第200話 妖精女王の退位
体育館に集められた全校生徒達。
残暑の体育館は蒸し風呂状態で、ベタつく汗が出やがる。
昨今、体育館に冷房を取り付けている学校もあるってのに、我が校には未だ施工が成されていない。
ま、今更つけられても俺は卒業だから無意味だけどね。
しかし、後輩達のためにも早く取り付けて欲しいってもんだ。
「ごぉぉ。あぢぃぃよぉ」
「正吾……。最近まじでゴリラ感増してないか?」
今までは比喩表現として使っていたが、この暑さに参っている正吾を見ると、冗談抜きでゴリラに見えてしまう。
ポンポンと肩を叩かれ振り返ると、可愛らしい顔をした白川琥珀も汗をかいて暑そうにしている状態だった。
「旦那。あれ見てみ」
「あれ?」
彼女が指差した方を見ると、女子生徒達が黄色い声を出して正吾を見つめている。その目がハートマークなのは目にも明らかだ。
「わたしと守神くんから見るとゴリラ感が強くなったけど、違う世界線を生きる女子から見ると、『晃。暑いな(爽やかビーム)』みたいな感じなんだよ」
「あのゴリラから(爽やかビーム)が出てるとは思えないぞ」
「でも、それが現実。実際にゆっこが鼻血を出して倒れたし」
「またゆっこかよ。もう良いよゆっこ。そんなに好きなら正吾と付き合えよ」
「ちっちっちっ。わかってないな守神くん。ゆっこは守神くんと近衛くんの絡みが好きであって、単体の近衛くんに用はないよ」
「辛辣」
暑さにやられて、くっそどうでも良いやり取りをしていると、体育館の壇上に銀髪の妖精女王が降臨なさった。
うわあああああ!
人気アイドルのライブみたく急に盛り上がる体育館。
最近、あの子が体育館の壇上に上がるたびに沸き上がるんだけど。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
軽い挨拶が始まると、彼女の声を聞くために場はシンとなる。
「本日限りで生徒会長を退任することになりました」
ええええええ!
なんて驚く声を放つのはもちろんネタだろう。
そりゃ生徒会長の任期は決まっている。それが今日までだ。
「一年生の頃より勤めてまいりました生徒会長というお仕事。それに対して──」
暑い中始まる退任の挨拶。
普通なら、誰も聞かないようなことでも、さすがは妖精女王。みなが心して聞いていた。
そんな彼女の生徒会長退任式は、妖精女王の退位と呼ばれたとかなんとか。
♢
「「「生徒会長お疲れ様」」」
カンっとグラスの音を鳴らして乾杯をする。
「ありがとうございます」
放課後、俺と有希、白川と正吾でファミレスに集まり、有希の生徒会長退任をお祝いしてあげることになった。
「いやー、生徒会長じゃないゆきりんってのも違和感があるよね」
「生徒会長じゃなければ琥珀さんはわたしを利用しなかったでしょうしね」
「言い方っ。そんなこと思ってないよ! 純粋に勉強教えて欲しかっただけだよ」
「ふふっ。わかってます。今となっては琥珀さんに勉強を教えて良かったと思います。こうやって仲良くなれましたし」
「ゆきりん」
ガシッと手を掴んでうるんだ瞳で見つめ合う。
「わたしも、ゆきりんと友達になれて嬉しいよ。これからもズッ友だね」
「ズッ友……」
白川の言葉に、ちょっぴり視線を外す有希はどこか困惑しているように見えてしまった。
「おい、白川。それフラグっぽいぞ。大学に入ったら連絡取らないタイプの女じゃねぇかよ」
正吾が笑いながらとんでもないことを口走りやがった。
「なにをおお! 取るわいっ! 五分おきに連絡取るわいっ!」
「メンヘラかっ!」
白川と正吾が楽しそうにしている様子に有希が乗っかった。
「大学といえば琥珀さんは指定校に受かったんですよね?」
彼女の質問に白川はピースサインを送る。
「受かったよん」
「このやろ、逃げやがって」
「逃げるなああああああ! 受験から逃げるなああああああ!」
「逃げるってなに!? 戦ったんだよ! 戦って勝ったんだよ!」
そんな俺達の様子を見て、有希がクスクスと楽しそうに笑う。
「近衛くんは大丈夫ですか? 晃くんと同じ推薦入試ですが」
「なんとかなる! 高校の時もなんとかなったしな!」
この計画性のない発言に有希が指を指して俺を見てくる。
こいつは、いつ、いかなる時もこれなんだという思いを込めてゆっくり首を横に振ると、察したような顔をした。
「そういう守神くんこそ大丈夫なの?」
「俺にはスパルタ教師がいるからな」
「スパルタ教師ゆきち♪」
「「「……」」」
唐突に、有希がノリノリでギャルピースしてくるもんだから、三人が唖然となってしまう。
「やべぇ。妖精女王が退位してから、頭のネジがぶっ壊れやがった。末恐ろしい」
「ふんぬっ!」
「いでええええ!」
「やかましいですよ霊長類王」
「おい、晃! お前のところのメイドの教育がなってないぞ!」
「なってないのはお前の頭だよ、霊長類王」
「うほおおお!」
「ちょ! ファミレスでゴリラの雄叫びを上げるなあああ!」
♢
話が随分と脱線してしまったが、今回集まったのは個人的に有希の生徒会長退任をお祝いしようってことだったので、話の筋をしっかりと戻し、彼女を労ってあげた。
白川と正吾と別れ、家までの国道沿いを有希とふたり歩く。
「あー、とうとう生徒会長が終わってしまいました」
どこか名残惜しそうに言い放つ有希。
「お疲れ様」
「これで晃くんに、私がメイドカフェでバイトしてるということで脅迫されることもなくなるのですかー」
「そもそもしてねー」
「ふふ。そうですね。でも、もし、あの時、えっちなことを強要して来たら、私は従っていたでしょうね。あの時の私はそこ以外に居場所がありませんでしたから」
「でも、もし、えっちなことを強要してたら、こうやって隣を歩いてくれていないだろ?」
「はい」
「じゃ、俺の選択は大正解だ。えっちなことよりも、俺はずっと有希に隣にいて欲しいからな」
「……晃くん」
ガシッと手を掴んでくる。
「受験まで数日! 追い込みますよ! やる気がみなぎってきました!」
「やべ、変なやる気スイッチ押しちゃった」
「さ! 帰ったら勉強です! さぁ! さぁ!」
「はぁ……。やれやれ」
生徒会長じゃなくても、有希は有希。そこになんの変化もない。