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第2話 夏休み明けのティターニア

 まだまだセミの鳴き声が聞こえてくる夏休み終わりの学校。窓を閉め切っているのにセミ達は、ミンミンミンと性欲を曝け出して鳴いている。


 そんな性欲に従順な彼等の鳴き声に負けず劣らず、2年F組の教室内は夏休み明けの久しぶりの再会で賑わっている。


 夏休みはどうだった? 楽しかった。短いよね。もうちょっと休みたかった。


 そんな声が聞こえてくるが、そう言う割にみんなの登校時間がいつもより早いのは、早く学校へ来たかった表れなのかもしれない。


 教室のど真ん中。なんともハズレ感が否めない教室の中心で、緑の下敷きをうちわ代わりにしてあおぐ。


 学校から家までの距離はそこまで遠くない。歩いて数10分程度である。しかし、こう暑いと歩くだけでも汗が止まらない気温だ。


 クーラーは効いているが、設定温度が27度と正気を疑うレベルなのだが、生徒が勝手に触れないようになっている。学校側の陰謀か、俺達を熱中症にでもしたいのか、本気で疑うぞ。


「あっちぃ……」


 聞き慣れた声が近づいてくると、目の前に180センチ後半の高身長イケメンがやって来る。ツーブロックの刈り上げマッシュで、まるでモデルを思わせるような見た目の彼の登場に、クラスメイトの女子数人の目がハートマークになっているのが伺えた。


「晃。あおいでくれぇ……」


 高身長イケメンの近衛正吾このえしょうごが、馴れ馴れしくお願いしてくるのだが、嫌悪感なく下敷きであおいでやる。


 彼はネクタイを緩めて、ワイシャツの第二ボタンを外して、そこから俺の送る風を取り入れいている。


「ふぃい。生き返るわぁ……」


 極楽と言わんとばかりに気持ち良さそうな声を出している彼に、あおいでいる方とは逆の手を差し出す。


「正吾。あおぎ代、100円」

「へーへー」


 正吾は尻ポケットからどこのブランドかもわからない長財布を取り出した。


「ほらよ」

「おいおい。まじで払うなよ。冗談だ……ぞ?」


 掌に乗ったコインを見て疑問の念が漏れる。俺の知っている100円玉ではなく、そのコインには女神みたいな人物像が描かれている。


「んだ? これ?」

「1フラン」

「フラン!? え? フラン!? お前、フランス行ってたの!?」

「んにゃ。財布に入ってた」

「入ってた!? フランスに行ってないのにフランが入ることある!?」

「俺自身もフランを持っていることに驚きを隠せないが、無意識に体だけがフラフラと海外に行ったのかもしれねぇ。フランだけに」

「国内線でパスポート10年分取得するバカが海外なんていけるかよっ!」

「あれは良い勉強だぜ。しかし、そのおかげで身分証明書の提示を簡単にすることができるぞ。一石二鳥だ」


 この発言から察する通り、こいつはバカだ。


 黙ればイケメン、喋れば残念の近衛正吾。この見た目に騙された女性は多い。ちなみに目をハートマークにしているクラスメイトの女子は彼の本性を知らないのだろう。


 モテるのは一瞬、モテないのは永遠の童貞王子と呼ぶに相応しいバカだ。


 しかし、そんなバカになんど救われたか俺はわからない。


 幼稚園の頃からの付き合いで、もう随分と長いこと一緒になる。もしかしたら家族よりも長い時間をこいつと過ごしているのかもしれないな。


「まぁ、とりあえず金は冗談だから返すわ」

「いや、それはお前にやる。俺には必要なさそうだからな。今、俺に必要なのは晃の風だぜ」


 確かに。お前がフランスに行く想像が全くつかない。


 それなら俺が持ってた方がまだ行く可能性は高いかもしれない。


「んじゃ、風代金としてもらっておくか」

「そうしてくれ」


 フランといえど、代金をもらったからには仕事はちゃんとするタイプで、俺は正吾へ風を送ってやる。時折風を浴びる正吾を見て、「きゃぁぁ」と小さな黄色い声が聞こえてくる。クラスメイトの夢見る女子達。こいつの正体を知った途端、足元から崩れ落ちる感覚になるのだろうと思うと目も当てられない。


「そういえばよぉ、晃。昨日お前の言ってた最新の格ゲー、買ったぜ」

「ああ。あれな。どうだった?」

「おうよ。良かったわぁ。痺れたね。特に銀髪巨乳ヒロインの必殺技、『めいど──』」


 バンッ!


 衝撃破がやってくるかのような勢いの良い音。


 どうやら俺の机が叩かれたみたいであった。


 あおいでいた手が止まり、正吾との会話が止まる。それは俺達だけではなく、クラスメイト全員の会話を止めていた。


 沈黙に包まれる教室の中央には、銀髪の生徒会長、別名、妖精女王ティターニアの大平有希が異議を申し立てるように俺の目の前に立っていた。


「守神くん。お話しがあります」


 まるで弁護士のようにお堅い喋り方だけで場の緊張が高まる。クラスメイト達も固唾を飲んで見守る。


「お話しって言っても……。もうすぐチャイム鳴るぞ?」


 前の黒板に設置されている壁掛け時計を指差して言うと、タイミング良く、始業を知らせる鐘の音が校内へ響き渡った。


「ほら」


 キーンコーンカーンコーンと鳴り響くチャイムの音。しかし、大平有希はチャイムの音を無視するかのように微動だにせずに立ち続ける。その姿は何者にも屈しない騎士のような精神を感じるが、なぜそんな精神を俺へかざしているのかは理解できなかった。


 なにが起こるのか興味深々のクラスメイト達だが、教室内に入って来た若い女性教師の姿を見ると自然と自分達の席へと戻って行く。正吾もその流れに乗って席に戻って行った。


 だが、大平有希だけは依然として俺の前に立ちふさがる。


「猫芝先生」


 背中に目でもあるのか、担任の猫芝先生が教卓に立った頃に大平有希は名前を呼んで、綺麗な半回転ループを見せつける。


「守神くんにお話しがありますので朝のホームルームは抜けさせていただきます」

「あらあら。夏休み明け早々、守神くんなにをやらかしたの?」


 ほんわか困ったボイスで問われて俺を見る先生は首を傾げている。


「いや……」


 わかりません。


 そう答えようとするよりも、夏休みの一件を思い出す。


 夏休みの繁華街でメイド服を着た大平有希を見た記憶が蘇る。


 おそらく、その件で話しがあるのだろう。


「しょうがありませんねぇ。すぐに始業式ですから、それまでには間に合うようにしてくださいね」

「はい」


 歯切り良い返事をする大平有希。流石は信頼と実績の生徒会長。鶴の一声とは言ったものだな。


「ここではなんですので、生徒会室へと行きましょう」


 さて……。俺はどうなるのやら……。

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