第17話 普段とのギャップ
初めて入る女子の部屋。
男の妄想的に、なんだかふわふわしているものが多く、やたらとファンシーな装飾で埋め尽くされているのを想像した。枕元に蝶ネクタイをしたクマさんのぬいぐるみとか。それを抱いてしか眠れないギャップとか。
だが、彼女の部屋は妄想を簡単に打ち砕いた。いや、別に打ち砕いてくれても構わない。それは男が、俺が勝手に妄想しただけなのだから。
殺風景な8畳の部屋は俺の部屋と同じ間取り。だが、俺の汚部屋と全く違い、片付いている。シンプルな学習机とベッド。中央におしゃれなガラスのセンターテーブルがあるだけだ。あと、ゴミ箱を買えと言うだけあって、ピンクのゴミ箱があるのが見えた。
衣類はクローゼットにしまってあるのだろう、衣服等が床に落ちれいることはなかった。流石はクローゼットを開けろとツッコミを入れるだけのことはある。
部屋の感想もそこそこにして、シンプルなベッドに大平有希を支えてもらうのをバトンタッチ。
無論、枕元に蝶ネクタイのクマさんは存在しなかった。
仰向けにすると、彼女の呼吸が乱れているのが目立つ。
「大丈夫か?」
「はぁ……。はぁ……」
相当しんどいのか、こちらの質問に答えず、ただただ呼吸を乱している。
この状況の彼女を放置するほど人間が腐っているわけではない。なにか自分にできることを瞬時に考える。
「体温計は……」
見た目に高熱があるのは確かだが、一応熱を計った方が良さそうだな。しかし、初めて入る部屋なので、救急箱はおろか、体温計の居場所もわからない。1Kの部屋だし、探せばすぐに見るかるだろうが、女子の部屋を漁るほど愚かな変態でもない。
「廊下……の、収納スペース……」
辛うじて出した声は、こちらの言葉への回答と捉えて良さそうだ。
勝手に漁るぞ?
なんて質問はしない。わざわざ答えさすなんてのは酷だろう。俺はすぐさま廊下に出る。
同じ間取りなので、どこに収納スペースがあるのかすぐにわかる。
部屋を出て左手にはキッチン。その逆、右手には風呂と独立洗面台。その隣に、スペースが余ったので申し訳程度にある長細い扉。そこが収納スペースとなっている。
開けると、真ん中に板が挟んであり、上と下で物が収納できる造りになっている。そこの上の方に、掃除道具と救急箱があったので取り出す。一応、中身を確認すると、湿布や絆創膏、市販の薬、それに体温計があるのが確認できた。
救急箱ごと持って、扉を閉めようとした時、下に見覚えのあるエナメルバッグがあるのが見えた。
「これ……。俺の野球道具か……?」
見間違えるはずもない俺のエナメルバッグ。手に取ろうとしてやめる。
なぜここに俺の野球道具があるのかは気になるが、今は彼女の容態を優先するべきだろう。
扉を閉めて部屋に戻る。
「熱は計れそうか?」
尚も苦しそうに息を荒げる彼女へ聞くと、もう口を動かすのもしんどいのか、小さく頷くだけ頷いて、こちらから体温計を取る。
「はぁ……。はぁ……」
顔を真っ赤にしてワイシャツの上のボタンを外そうとするので、反射的に俺は背を向ける。
熱で苦しんで、息遣い荒くボタンを外すとかエロすぎて刺激が強い。
「熱冷ましのシートとか買ってくるわ」
熱で苦しんでいる相手に欲情なんかしちゃダメだ。
頭を冷やそうと、背中越しに言い残して部屋を出ようとすると、ガシッと俺の腕が握られる。
「大平?」
!?
振り返ると、ワイシャツは汗でびっしょり張り付いており、胸の谷間まで開けて、脇を閉めてベッドに座っている。
セクシーグラビアみたいなポージングに悩殺されそうなのをなんとか堪えて、目を逸らした。
「お、おい……」
「す、すみません……。服を……取って……」
「ふ、ふくぅ?」
「クローゼットの中に……体操服でも良い……ので」
「あ、ああ。うん」
そりゃ、そんだけ汗だくなら気持ち悪くて寝れもしないだろう。
彼女の発言から、クローゼットも開けて良いとのことなので、遠慮なくあけさせてもらう。
あまり服のないクローゼットの中なので、いつも着ているミニスカメイド服が目立っている。
クローゼットの下にプラスチックの引き出しがある。クローゼットのハンガーには寝巻きらしいものも、体操服もなかったので、ここだと思い、引き出しを開ける。
「……」
開けた引き出しは、ハズレであったがアタリとも言える。
手に取ったのは大平有希のブラジャーだった。
血が光の速さで身体全体を駆ける。
「……メロンでも包むのか?」
あえてそういう表現をして興奮を抑えようとしたが、無駄だった。
生まれた年が同じ同級生。同じ学舎で、同じ時を過ごす同級生の胸の発育が如何わしいほど成長しておられる。こんなもん興奮しないわけがない。
見た目でも大きいと思っていた彼女の胸だが、ブラを見て思い知らされる。彼女の体は女神に愛された肉体であると。そんな彼女は今、淫らな姿で──。
「あかん。こんなことしてたら殺される。煩悩退散」
なんとか正気に戻り、名残惜しいがブラジャーが入った引き出しを閉めて、次の引き出しを開ける。そこには見慣れた学校の体操服が入っている。
寝巻きは寝巻きであるのだろうが、とりあえず体操服でも良いみたいなので体操服を持って彼女の下に戻る。
彼女はグラビアポーズはやめており、仰向けで苦しそうに息を荒げていた。
服を持っていくと、タイミング良く、ピピピと体温計が彼女の体温を計り終えたのを知らせてくれる。
「何度?」
「……39.2」
「えぐいな……。とりあえず着替えなよ。俺はキッチンにいるから」
こちらの案に素直に頷くと、容赦なく服を脱ごうとするので俺はそそくさと部屋を出た。
39度を超える熱なんて、今、まさに彼女がその状況だろうが、熱で朦朧として苦しいだろう。俺はすぐにキッチンに向かい、適当にコップを拝借して水を入れる。
コップと救急箱に入っていた市販の薬を取り出して、彼女が着替えたろうタイミングを見計らって部屋に戻る。
服を脱いで体操服を着るくらいはできるみたいで、彼女は体操服姿になっていた。
「市販の薬じゃあんまり効かないかもしれないけど、飲まないよりかはマシだと思うから飲んどけ」
彼女は素直に従い体を起こして、薬を飲んだ。
そして再度ベッドに寝転がり、苦しそうな息を吐き続ける。
「大丈夫か? それじゃ、熱冷ましのシートとか色々買ってくるからな」
こんなにも苦しそうな人がいたら、おせっかいと言われようが優しくしてしまう。俺の中の良心はまともに働いてくれているみたいだ。
部屋を出ようとした時に、「待って……」とか細い彼女の声が聞こえてくる。
「少しだけ……。側に……いてくれません……か……」
普段、凛として強い女性の彼女が熱にうなされて心細くなっているのだろうか。いつもの態度のギャップを感じると共に、ここまで熱が出て1人になったら誰でも良いから側にいて欲しい気持ちもわかる。高校生は、風邪を引けば家族が側にいるだろうが、俺と大平は違う。風邪を引いてしまったら1人ぼっちだ。そんなの、心細いに決まってる。
「わかった」
立場が違えば、俺も大平に言っていただろう言葉だ。俺はできるだけ優しく彼女に答えて、大平が落ち着くまで彼女の側で、彼女の容体を見守ることにした。




