第10話 0からのスタート
国道沿いに建設されている俺の住んでいるマンション。出ると無駄に広い歩道に出て、その奥の車道には数台の車が走っている。
学校がある南とは逆方向。北の方角へと歩いて行く。
北の方を数秒歩いた先にある、駐車場の広いコンビニ。いつもお世話になっている俺の第二のおかんを超えて、その先、北へ200Ⅿ程歩いた先にあるスーパーへとやって来た。
たった3分程度歩いただけで汗が流れてきているが、スーパーに入った瞬間に、この世の天国と言わんばかりの冷風が俺達を包み込んでくれる。
「なに食べたいですか?」
柄物のTシャツの胸元を引っ張って、冷風を送っていると、涼しい顔をした大平有希が、入口付近に大量に積まれている買い物かごを取って聞いてくる。
「持つよ」
彼女の質問に答える前に、彼女から買い物かごを受け取ろうと手を差し出した。
「良いですよ。一応、ご主人様なんですから、あなたは私の質問に答えるだけで大丈夫です」
「ご主人様だろうがなんだろうが、こういうのは男の役目だろ」
半ば強引に彼女から買い物かごを受け取る。
彼女もここで言い争うのは時間の無駄だと考えたのか、すぐに買い物かごから手を離す。
「どうも」
「いえいえ」
簡単な受け答えをして、買い物かごをどちらが持つ問題を終える。そして、最初に彼女が出した質問について考えを始める。
「食べたい物……。そうだなぁ……」
「わかっているとは思いますが、スーパーで作れる物にしてください」
「わかってるよ」
「どうだか……。なんだかあなたは突拍子もないことを言い出しそうなので」
「まともに話したのは今日が初めてなのに俺の性格を決めつけるな」
「まともに話したのは今日が初めてなのにわかりやすい自分の浅い性格を直してください」
このメイド様、口わっる。毒めっちゃ吐いてくる。口喧嘩で勝てる気がしない。
もともと、変なリクエストはしない気でいたが、本当に変なリクエストするとなにを言われるかわかったもんじゃない。
でも、逆にこれだけの美人に罵られるのも、あり?
いや、罵るなんて優しいもんじゃ済まなそうだからやめておくか。
食べたい物、食べたい物。
彼女の質問に答えるため、食べたい物の参考として周りを、キョロキョロと見渡した。
「お」
「なにか思いつきました?」
「これだな」
言ってスーパーの商品を買い物かごに入れようとすると、ガシっと万引き犯でも捕まえる勢いで俺の手首辺りを大平有希に掴まれてしまう。
「ちょっと! なにを入れようとしているのですか!」
「え? からあげ弁当」
「からあげ弁当て! からあげ弁当てえ!」
こちらの行動に若干の怒りを見せる大平有希へ諭すように言ってやる。
「コンビニのからあげ弁当も良いが、スーパーのからあげ弁当も美味しそうじゃない?」
「バカですか? あなたはバカなのですか? なんでわざわざ一緒にスーパーに来ていると思っているのですか?」
「飯買いに来たんだろ」
「食材です! 手作りを作ってあげるって言っているんです! 既に出来上がっている弁当は手作りですか? はい、答えて」
「一応、スーパーの総菜係の人が作ってくれてるんじゃない? だから手作りでしょ」
「メイドが作るって言ってるでしょ! スーパーの従業員が作る弁当と専属メイドが作るご飯なら専属メイドを選ぶでしょ! なにを考えているのですか!」
「冗談じゃねぇかよ。冗談」
鬼気迫る彼女のツッコミが鋭すぎて、怖くなってからあげ弁当を元に戻す。
しかし、ここのからあげ弁当が美味しそうだったので、ついつい手に取ってしまったな。今度、また買いに来よう。
「なんです? からあげが食べたいのですか? からあげにしましょうか?」
「今はからあげの気分じゃないな」
「今のやりとりは一体なんだったんでしょう……」
額に手を持って行き、深いため息を吐かれてしまう。
これ以上怒らせたら物凄い毒が飛んできそうだ。
冗談はこれくらいにして、本気でなにが食べたいか悩むことにする。
というか、普段の昼飯はコンビニのおにぎりやカップ麺だから、なにが食べたいかなんて正直悩むところだ。
俺の中の昼飯は、晩飯と違って手軽で簡単なイメージ。実家の時は、インスタントラーメンとかうどんにチャーハン食ってたイメージしかないな。
なので、昼飯のリクエストというのはすんなりと出ない。
チラリと大平有希を見ると、俺がリクエストを言わないのでなにも動けないと言わんとばかりにこちらを見ていた。というか、早く答えろと若干の圧を感じる。
というか、メイドがご主人様に圧をかけるなよ。
ん……? メイド? メイド喫茶。メイド喫茶の定番といえば……。
「オムライス?」
「オムライス、ですか」
大平有希は、案外ちゃんと答えた、なんて言いたげな反応を示した。
「オムライス良いですね。得意料理です」
メイドの得意料理がオムライスだなんて、彼女は王道的理想のメイド様なのだな。本当に天職かよ。
「オムライスだから……」
大平有希は頭の中でレシピを思い出しながら、ぶつぶつとオムライスに必要な材料を呟いている。
「ん……」
なにかを思い出したような、気が付いたような、そんな声が彼女から漏れると、こちらへ恐る恐るといった風に質問をぶつけてくる。
「まさか……。フライパンくらいあります……よね?」
「ないぞ」
「やっぱり」
あんぐりとした顔だったが、どこか察していたともいえる表情を見せてくる。
「フライパンもないなんて、守神くんの家にはなにもないと考えるべきですね」
「あんたが掃除してくれたからな」
「ほんと、嫌味ったらしい人ですね」
嫌味たっぷりに言われてしまい、これ以上反撃するのは怖いので、「あ」と思い出したフリをしながら言ってやる。
「コンロならあるぞ。IHのコンロ」
「マンション備え付けのね」
同じマンションなので、コンロ備え付けなのは知っていて当然か。コンロは数に入らないらしい。
「まぁ良いです。家になにもないことがわかったので、逆に買い物が楽です」
中途半端に揃ってなくて、0からのスタートの方が楽って考えらしい。
その気持ちはわからなくもない。




