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第1話 夏の日のメイドさん

 夏休みの繁華街は今日もお祭りと言わんばかりに賑わいを見している。


 スーツ姿の男性は革靴で早歩きをして人混みを見事にかわしている。左腕にしている高級腕時計を目にやるとそのスピードを速める。商談の時間が迫っているのだろうか。


 有名百貨店から出て来た若いカップルは、涼しい店内から暑い外に出た気温の差に参っている様子だ。彼女らしき人物がハンカチで彼氏の額から出る汗を拭いてあげている。仲睦まじいカップルで羨ましい限りだ。


 女子高生は、キャッキャッうふふと、片手に有名珈琲チェーンのカップを持って夏の熱波ももろともせずに楽しそうに歩いている。


 今日も変わらず賑わいを見せる繁華街を歩いていると、ふと立ち止まってしまった。


 見上げた視線の先にはビルにある巨大モニター。そこには夏の全国高校野球の決勝戦の模様が映し出されている。


 モニターには7番バッターが映っている。『岸原芳樹きしわらよしき』という名前。ポジションであるサードと学年、出身中学が字幕として浮かび上がっている。


 知った名前の高校球児がバッターボックスに立っているので、立ち止まったというわけだ。


 繁華街で急に立ち止まるものだから、後ろを歩いていたサラリーマン風の髪の薄い腹の出た中年に舌打ちをされて抜かされてしまう。普段ならこちらも舌打ちを返したくなる心境だが、今はそんなことはどうでも良かった。


 まるで有名人を見ているかのようにアマチュア野球選手を見ている。意外にも俺の他にも立ち止まって見ている人がいるのが伺えた。多分高校野球好きのおじさんだろう2人組。そんなおじさん2人と距離を開けてモニターを見る。


 キン!


 機械音声を通じて金属音が響き渡ると共に実況の声が聞こえる。打球は彼のポジションであるサードとショートの間、三遊間を抜けてレフト前に抜けて行った。その後、1塁をオーバーランしている姿が映し出される。


 全国大会でシングルヒットを放った7番サードの高校球児の顔は喜びの表情を浮かべていた。


「あの子アンダー15に選ばれた子やな」


 少し離れた距離にいるおじさんの1人がモニターを見ながら呟く。


「あー。岸原って子おったなぁ。めっちゃ打つキャッチャーの子……。ん? あの子さっきサードって書いてたけど、キャッチャーやないの?」

「噂で聞いたんやけどな。アンダー15におっためっちゃ凄いピッチャーの子。名前なんやったか忘れたけど……。あの子とずっとバッテリー組んでてんけど、その子肩やらかしてな。野球やめてんて。そんで、岸原くんはその子としかバッテリー組まへん言うてるからコンバートしたって話しやわ」

「へぇ。でもまぁ、守備変えても名門でレギュラーなれて、んで甲子園でヒット打ててるんやったらすごいわな」


 そんな会話を聞きながら彼等の隣を、スッと通り抜ける。


「あ、思い出した。『守神晃もりがみこう』や。そのピッチャーの子」


 いきなり名前を呼ばれて、ピクッと反応をしてしまい振り返るが、おじさん2人はこちらの様子を気にも留めずにモニターへと視線を伸ばしていた。


 小さくため息を吐いて、前を向き、コンクリートジャングルの繁華街を再度歩き始める。


 盛り上がる高校野球の音と街路樹に張り付いているセミの音が混ざり合った街。降り注ぐ夏の太陽は外にいるだけで体内から汗を排出していく。失われた水分を補給しろと少しずつ体が軽い警告を促す。


「お願いしまぁす」


 徐々に高校野球の音が消えていき、今度は物凄く可愛い声が聞こえてくる。どこかで聞いたことあるような、ないような、そんな萌えるようなアニメ声。声優さんでもいるのかと思い声の聞こえてくる方を見るがどうやら俺の予想は外れたようだ。


 メイドさんだった。


 炎天下の繁華街で、ふりふりの可愛いメイド服を着ているメイドさんがビラ配りをしていた。


 メイドカフェか。行ったことないな。喉も乾いたし、この機会に行ってみても良いかもしれない。


 そんな考えが頭を過ぎり、一生懸命ビラ配りをしているメイドさんのところへ歩み寄ってみる。


「メイドカフェ、『めいど☆いん』でぇす。どうぞよ──」


 ビラを受け取ろうとした時、まるでビデオの一時停止でも押したかのようにビラ配りのメイドさんが止まった。


 一瞬、俺意外の時間全てが止まったと勘違いしたのは、俺がラノベや漫画の読みすぎなのだろうか。


 もちろん、世界の時は止まっておらず、街路樹に引っ付いたセミの鳴き声も、遠くになったモニターの高校野球の盛り上がりも聞こえてくる。


 止まったのはビラ配りのメイドさんだけだった。


 その様子があまりにもおかしいので、メイドさんの顔を見てみる。


大平おおひら……?」


 全く予想だにしていない出会いだった。


 我が校の生徒会長、大平有希おおひらゆき


 特徴的な銀髪ロングの髪は、銀世界と評されるほどに美しくも儚い。彼女の髪だけでそれは一流芸術と同義でもあると言われている。


 整った顔は凛としており、強さと信念の奥にどこか愛らしさもある女性らしい顔立ち。


 顔だけではなく、スタイルも抜群なのは、彼女が隠れて努力した結晶なのだろう。胸は天からの授かりものかもしれないが、その細いウェストと脚は努力の結晶と言える。


 男の理想を具現化した容姿は異世界から転生してきた妖精のようで、学内では彼女を妖精女王ティターニアと呼ぶ輩も存在する。


 学内の彼女は、生徒会長という役職に就いていることもあり、厳しい姿勢を見している。


 風紀を乱す者には臆することなく注意をしている。それは相手がやんちゃな生徒でも、先生でも例外はない。


 そんな真面目な彼女は、容姿と生徒会長としての姿勢から学校ではかなりの人気者である。


 そんな彼女が──。


 メイド服を着ていた。


 詳細を述べるのであれば、メイド服を着てビラ配りをしていた。


 ちなみに、メイド服が異常なまでに似合っている。


「も、守神、くん……!?」


 ようやくと再生された彼女の時間。その最初の言葉は俺の名字であった。


 どうやら彼女も俺と同じく、予想だにしていない出会いだったと思っているのだろう。


 しかし、すぐさま凛とした表情を造り直すと、俺にちゃんとビラを手渡して言ってのける。


「め、めめ、メイドカフェ、めめめんど、どどど」


 前言撤回。


 顔を真っ赤にして動揺していた。


 ビラを受け取り、「ど、ども」と声を添えて頭を下げると、彼女は動揺した様子のままこちらに小さく伝えてくる。


「ど、どど、どうか、お願いしま……す……」


 それが店の宣伝ではなく、違う意味だと理解するのに時間はかかならかった。


 夏の終わりに差し掛かったコンクリートジャングルで、俺はメイド服を着た妖精女王ティターニアと出会ったのであった。

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