船上にて
部屋へ入ると、奥に机と椅子が用意されていた。
「エリン殿はこちらに座って下さい」
「はい」
扉から一番遠い席を勧められ座った。左にダスガン様、右にガイエス様。扉の前にキハラ様が立っている。
「目が覚めて直ぐにこんな話をするのは恐縮なのだが、船を降りた後もかなりの強行軍になるので、先にいくつか説明をしておいた方が、スムーズだし不安も多少は払拭されるのではと思ってね」
「お気遣い痛み入ります」
ダスガン様の言葉に、素直に頭を下げる。
知らない国で、犯罪者としてどう扱われるのか?真剣な3人の表情に自然と背筋が伸びる。
「まずは、改めて自己紹介をさせて貰おう。私は、オルケイア国 第一騎士団長 ダスガン・フレイン。エリン殿を護送する責任者を務めております。そして、こちらはガイエス・ラジェット様で、後ろに控えているのが、キハラ・ミールです」
私は、一人一人に会釈をする。先ほどとは違って、ガイエス様の紹介に様を付けている。多分、ガイエス様の方が、ダスガン様よりも爵位が上なのだろう。
「明日の昼前にはオルケイア国へ着く予定ですが、入港したらまず最初に、王都の市民管理課で、平民としての仮登録をします。ウイスタル国からの移民扱いとなるのですが、犯罪者なので、まずは仮登録となります。貴方は15歳で未成年の為、我が国で成人と見なされる18歳まで保護兼監視を受ける事となり、問題なく18歳を迎えたら、移民としての市民権を与えるものとします。手続きの後は銀行へ口座開設をし、そのままこれから住む事になる教会へ向かいます」
18歳?3年間も監視を受ける事になるの?
思ったよりも長い期間に、顔色が悪くなってしまったのだろう。ダスガン様が慌てて付け加える。
「長いと思うかも知れないが、本来であれば親元で教育を受けている時期だ。それが親元では無く、国になったと思ってくれればいい」
「もし、問題ありと成った場合はどうなりますか?」
「本来であれば、ウイスタル国へ引き取り要請をする事になるが、今回は目の前で魔法契約を交わして、二度と故郷の土は踏めなくなっている事実を私達は知っている。どうするかはその時に、議会で決める事になるでしょう。ですが、出来る事なら、問題なしとして市民権を受けられる事を望みますよ」
不安から聞いてしまったが、本当にダスガン様はお優しい方だ。不安で押しつぶされそうな気持を何度も温かい気持ちでフォローして下さる。
「はい。頑張ります」
「18歳まで住む家と仕事はこちらで用意します。平民となる為、メイドや執事や侍女等は居りません。自分の事は全て自分でしなければ成らないのです」
「・・・はい」
分かってはいたが、直ぐに不安がぶり返してくる。
「住む場所は教会内にある犯罪者を隔離する建物に住んでもらいます。修道女に成らなければいけないという事ではなく、司祭様や神官様達に導いていただき、君が今回犯してしまった罪を、きちんと理解し、今後同じ失敗をしない様に成長する為です」
「・・・はい」
そうでした、嘘で塗り固められた罪状ですが、一切否定もしなかったので、事実と受け取られているのですね。それでも、これだけ私の事を考えて、生活して行ける様にしてくれている事に感謝しかありません。
「基本的には一人暮らしとなるのですが、初めの1~2週間は、キハラが同居して、生活の仕方を教える事になります。仕事は教会の仕事を手伝って貰いますが、その時は、必ず騎士一名が同行します」
私は静かに頷いた。何かあった時の為の監視という事ですね。
「最初は、キハラが君にオルケイア国の読み書きを教える時間を取りますので、教会の仕事は、簡単なものから手伝って貰う事になります。罪状が罪状なので、君が更生したと司祭様や神官様に認められるまでは、部屋に鍵を掛けさせてもらいます。外に出る時は、必ず私達か騎士の誰かが付きます。とは言え、週に2日は休日となります。先に希望を伝えてくれれば、監視付きですが外出も可能です」
「はい」
「司祭様や神官様より更生したと認めていただいたら、少しづつ自分で行動できる範囲も広がるので、腐らず頑張って下さい」
「はい」
「教会の仕事を手伝う事についてはきちんと賃金も出ます。今後、市井で生活をする事を考えて、貯金して下さい」
「はい」
「目標は、この3年間で、司祭様や神官様に思想の改善と、正しく生活できる人と成ったと認められる事です。何かあれば、私達にも相談して下さい。この国で生活する極意をお教えしますよ」
「ありがとうございます」
しばらく監禁状態が続く様だが、思ったよりも好待遇で驚きが隠せない。優しく微笑んでくれるダスガン様に、私も口元が緩む。
「勿論、君の手についている印で、君がどこに居るかは随時分かっている。監視も付いているので、逃げよう等とは考えないように」
最後に一言付け加えたガイエス様だけは、厳しい目で私を見ている。ガイエス様は私を受け入れるのに反対派だったのかも知れません。
「はい、精一杯務めさせていただきます」
私は深々と頭を下げた。
「あの、一つだけよろしいでしょうか?」
話がひと段落ついたので、立ち上がろうとしていたダスガン様に声をかける。
「ん?何だ?」
『私、オルケイア国の読み書きは習得済です。後、近隣諸国の読み書きも一通り習得しております。ただ、言葉遣いが貴族的かも知れませんので、平民の話し方の練習は必要かもしれませんが・・・』
「え?」
『父上の指示で、中級学部中に近隣諸国の読み書きと上級学部の勉強は全て習得済なのです』
オルケイア国の言葉でお伝えすると、3人共に驚愕の表情で私を見ている。
『・・・そ、そうか。そう言えば、ずっと首席だったとアズバル様が仰ってたな、君はかなりの勤勉家なんだね』
『恐れ入ります』
座り直したダズガン様が、ガイエス様と目配せをした後に、手をパタパタと振り、キハラ様にも席に座るように指示した。
『そうすると、エリン殿は、オルケイア国の言葉は、読み書き両方とも既に出来ると考えていいのだろうか?』
『はい』
私が頷くと、キハラ様がう~んと唸りだした。どうかしたのだろうかと見ていると
『語学って難しいから、教会側にも言葉の勉強に始めは集中するから、仕事は少なめにってお願いしていたんです。1年は言葉の勉強を中心にしながら、平民の生活習慣を覚えてって貰うつもりだったんですよ』
悩みこんでしまったキハラ様に、私は慌てて姿勢を正し言った。
『庶民の生活習慣は全く分かりませんので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします』
私が頭を下げると、キハラ様が真顔で拍手してくれた。
『凄いわ、もう仕事できるレベルの会話だわ。しかも、丁寧語も理解してる。教える事が見当たらないわ』
『言葉だけでございます。ただの張りぼてです』
『ダスガン様!どうしましょう?カリキュラムの組み直しが必要でしょうか?』
カリキュラム?かなり綿密に決まっていたのかしら?ちらりとダスガン様を見ると愉快そうに笑っていた。
『仕事が楽になって良かったな』
『そう来ますか!』
楽しそうな二人のやり取りの片隅で、思案顔のガイエス様が二人を諫めた。
『語学の勉強を省く事が出来たとしても、状況は変わりませんよ。お二人とも気を引き締めて任務に当たって下さい』
『『『はい!』』』
『なぜ君まで答える』
眉間に皺を寄せて、ガイエス様が私を見た。
だって、任務ではないかもですが、私、当事者ですもの。
私は家庭教師に教わった通りの笑顔を作って、ガイエス様に応えた。
『取り合えず、頑張って下さい』
『はい』
私はもう一度、しっかりと返事を返した。