いつもの害獣退治?1
朝、目覚めると、いつもよりも広いベットに教会では無い事を思い出す。
教会の朝は早いので、部屋の中は真っ暗です。私は、するりとベットから降りると、静かに部屋の明かりの魔道具を付け、周りを見回しました。
確か、手前の方に書棚が有ったはずなので、皆様が起きるまで、本を読もうと思ったのです。
しかし、有ったはずの場所には書棚がありません。書棚の代わりに大きなドレッサーが置かれていました。
今までは暫定的でしたが、これからは毎週来る事に成ったので、住み易い様に内装を変えて下さったのかも知れません。けれども、書棚を撤去されてしまったのには本当にガッカリです。まだ読んでいない本も沢山あったので、今度、ガイエス様にお願いして、幾つかまた本をお借りしようと思います。
仕方が無いので、ソファへ移動すると、アイテムボックスからお借りしていた薬事辞典を取り出し、今日採取出来ると嬉しい薬草を書きだしました。
今回作ってみたいと思っているのは、疲労回復の滋養強壮剤です。薬事辞典を調べると体力回復薬と言うのが有りました。これが近いかと思います。病気やけがを治す薬では無く、疲れを取るような薬なので、どれだけ需要が有るかは分からないのですが、出来上がったら、ドルガノ様へ進呈しようと思っております。
薬草を取りに出かける訳では無いので、手に入るかは不明ですが、書かれている薬草以外に、同じような成分がある薬草が見つかるかも知れません。幾つかメモを取り、ふと窓を見ると、カーテンの間からうっすらと光が入ってきています。
私は、カーテンを開けようとソファを立った時に、コンコンコンと扉がノックされました。
「はい、どうぞ」
「「お・・おはようございます」」
静かに扉を開き、昨日の侍女達が入室して来ました。
「もうお目覚めだったのですね。直ぐに、ご用意いたします」
「エリン様はお座りに成ってお待ち下さい」
私を起こすために来たのに、既に私が起きていた事に驚いて、侍女達が急ぎ足で入室して来ました。マナ様は直ぐに窓へ向かいカーテンを開けてくれています。サエラ様は、洗顔用の水を張ったボウルと石鹸とタオルを乗せたワゴンを押して私の元へと来てくれました。
「サエラ様、おはようございます」
「おはようございます。エリン様。遅く成り申し訳ございません」
「いいえ、教会の朝が早いのです。お気になさらず」
話をしている間にも、サエラ様はテキパキと動き、用意されたボールに合わせた高さの椅子を置くと私に向き直った。
「エリン様、ご用意が整いました。どうぞ」
「ありがとうございます」
私は、ソファから立ち上がり、その椅子に座り、用意された石鹸と水を使って顔を洗いました。タオルで顔を拭きながらも、これは平民としてどうなのでしょう?と悩みました。
その間にも、マナ様が、クローゼットの中から朝食用の服を人揃え取り出し、私に見せます。空色のワンピースの様な服は爽やかな朝にピッタリでしたので頷きました。すると、直ぐにお二人が私の着替えを始めました。クローゼットの隙間から見えた服の量が前回よりも増えている様に見えたのは気のせいでしょうか?
いえ、それよりも・・・平民の身としてこの待遇で良いのでしょうか?
「お食事のご用意が整いましたら、呼びに参ります。もう暫くこちらでお待ちいただけますか?」
「はい。お願いいたします」
サエラ様の仰る事に頷き、ソファへ座り直すと、いつの間にかマナ様が、お茶の用意をしてくれており、お二人は急ぎ足で、礼をして部屋を出て行きました。
一人に成り、出されたお茶をゆっくりと口に運びながら、殆ど貴族だった時と変わらない対応をされてしまい、これから平民として生きて行く準備として、これで本当に良いのか不安です。
けれども、本日はこれからガイ様と薬草採取・・・では無くて、巨大害獣退治に行くのです。その前にもう少し、欲しい薬草をピックアップしなければいけません。
効能が似た様な薬草名を探して、私は薬事辞典を再度読み進めました。
程なくして、食事の用意が整ったとマナ様が呼びに来て下さいました。
広間へ行くと、ガイエス様の前の席へ誘導されます。これからは、ここでお食事をいただく事に成るのでしょう。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
席へ着く前にガイエス様へ朝のご挨拶をすると、新聞を見ていたガイエス様がこちらを見て微笑んで下さいました。ガイエス様が新聞を畳んで横に置き、合図をすると、直ぐに給仕が配膳を始めてくれます。
ガイエス様の前には、朝食だと言うのに、サラダ付きの大きなステーキとロールパンとスープが配膳され、私は目をパチクリしてしまいます。同じようなものが私にまでは配膳されたらどうしようと戦々恐々としていると、私に配膳されたお皿には、野菜と果物多めで、スフレオムレツと生ハムが3切れに、ロールパンとスープが置かれてホッとしました。
「では、いただこうか」
「はい、頂きます」
暫く、静かに食事を続けていたのですが、目の前からどんどんステーキが消えて行くのが面白くて、のんびり食べながら目で追ってしまいます。見ているだけで満腹に成ってしまった為、私は半分も食べられずフォークを置きました。
「エリン様、ハムは全部お食べ下さい」
「え?」
いつの間に来たのか、隣にムルダ様がいらっしゃいました。
「坊ちゃまから聞いては居りましたが、エリン様もかなりの偏食家のご様子。体力が無いのはそのせいでも有るでしょう。少しづつ治していきましょうね」
さあどうぞとばかりに、私から視線を外さないムルダ様に押されるように、一度置いたフォークを握りハムに刺しました。けれど、既にお腹が一杯です。そのまま、もう一度ムルダ様を見ましたが、無言の圧力を感じました。
私は困ってガイエス様の方を見ると、私の視線に気が付いたガイエス様がにっこりと微笑まれました。助けて頂ける事は無い様です。私は、決死の覚悟で、フォークに刺したハムを、口に運びました。
口に入れると、爽やかなハーブの香りが鼻から抜けて、思ったよりも食べやすく、なんとか皿に有ったハムを全部食べきれました。すると、ムルダ様がパチパチと手を叩いて褒めて下さいます。幼子では無いので、少し気恥しく周りを見回すと、当たり前の様に使用人もメイドも侍女さえも控えめに拍手してくれていました。本当に恥ずかしいので止めて欲しいです。
「エリン様、お昼のお弁当はガイ様にお渡ししてあります。その中に、野菜と果物の間に、薄い肉を挟んであるサンドイッチを入れて有ります。小さくカットして有りますから、3つはお食べ下さいね」
「え?」
「ガイ様には、代わりに食べて誤魔化さない様にと口を酸っぱくして言って置きますからね」
「・・・」
私が言葉に成らない声を上げていると、目前から少し楽しそうなガイエス様の声が聞こえてきました。
「ムルダの食育が始まったね」
「・・・食育」
「ムルダの言う事は絶対だから。週末は諦めた方がいい」
「・・・絶対」
横を見上げると、ムルダ様がにこにことこちらを見ていらっしゃいました。
「エリン様、薬師に成って人の体調を整えようとする者が、偏食家では示しがつきませんよ。きちんとした食事をしましょうね」
「・・・はい」
果物が好きなだけで、偏食家の自覚は無かったのですが・・・。
◇◇◇◇
部屋へ戻り、出かける準備をしようと思うが、既に、冒険者の服は用意されており、サエラ様とマナ様が着替えを手伝おうと近寄って参ります。そろそろ、お断りをしなくては成りません!私は、右手をお二人の前にすっと出して御止めいたしました。
「なりません!私は平民です。このまま貴族の時の様な扱いをされては困ります」
お二人は驚いた顔をした後、顔を見合わせ、サエラ様が口を開きました。
「勿論、存じております。現在のエリン様は、我が主のお客人としての待遇を受けて頂いております。これには貴族も平民もございません。正当な待遇でございます」
「!?そうなのですか?」
「「はい」」
言うが早いか、にこにことお二人が、手早く私を冒険者の服へと着替えさせていきます。私は、客人のもてなし方法までは習っておりませんでした。これが、正しいおもてなしと仰るので有れば、受け入れない訳には参りません。戸惑いつつも支度の手伝いをして貰っていると、扉をノックする音がしました。
「どうぞ」
「失礼いたします」
ムルダ様の声でした。準備が整い、マジックバックを袈裟懸けにかけて貰うと私は振り向きました。
「ガイ様がご到着されました。ご用意は如何でしょうか?」
「「はい、万端でございます」」
私が答えるよりも先に、サエラ様とマナ様が答えられました。
「それでは参りましょう」
「はい」
「「いってらっしゃいませ、エリン様」」
「行ってきます」
お二人に礼をして、ムルダ様の後を付いて行きます。
玄関ホールを抜けて扉を開くと、階段の下に、いつもの馬を連れたガイ様が居らっしゃいました。
ムルダ様も一緒に階段を降り、ガイ様の前に立ちました。
「一言よろしいでしょうか?ガイ様」
ガイ様は、ムルダ様を静かに見下ろして頷きました。
「お昼ご飯は12時頃にきちんとお召し上がり下さい。夜ご飯のご用意はきちんとして置きますので、まともな状態で、エリン様をお返しください。お願いいたします」
「はい。分かりました」
ムルダ様の食育。厳しそうです。ガイ様は、にこにことムルダ様の言葉を受け入れています。ムルダ様の口調は厳しめなのですが、不思議と通じ合っている感じがします。
「エリン様も、ご無理はなさらない様に、これ以上は駄目だと思われましたら、きちんとガイ様にお伝えして帰っていらして下さいね」
「はい」
ガイ様へ近づくとガイ様がリッキーをポンポンと叩いて、膝を付かせた。それでも私には高いので、いつも通りにガイ様に乗せて貰いました。リッキーが立ち上がると直ぐにガイ様が後ろに乗って来ました。
「それでは行って参ります」
「行ってくる」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
私が、ムルダ様に一礼すると、ガイ様がリッキーを走らせたのでした。