選択は、国外追放一択で。
今まで空気の一部かと思われた兄の大きな声に、私はゆっくりと兄を見た。
「このまま、バズガイン家の恥を野放しにして貰っては困る!舞踏会からもう2週間以上も経っています。これ以上は待てません」
何が待てないのかしら?いえ、そんな事はどうでもいいわ。私も知りたい。私の未来を。そして覚悟を決めないと。
アズバル様が困ったような顔で私を見た。
私は、呼吸を整えるとゆっくりと立ち上がり、侍女のお仕着せでは難しかったのだけどカーテシーをする。
「どうぞ、このままお続け下さい」
「本人もそう言っている。続けて下さい」
久しぶりに父の声を聞いた。そう言えばこんな声だったかもしれないわ。
アズバル様は、眉間に皺を寄せると小さく溜息を付き、続けた。
「では、これからエリンシア・バズガイン殿の罪状と判決を言い渡すことする。罪状は、聖女ルメリア嬢に対する悪質な嫌がらせと殺人未遂です。何か言いたい事はありますか?」
「あります!」
アズバル様の質問に勢いよく手を上げて答えたのは聖女ルメリアだった。
私は目が点に成ってしまった。今の質問はどう聞いても私に対してでしょう?流石に隣に立つガーウィン王子も驚いた顔に成っている。
「私、本当に辛かったんです!毎日毎日、勉強道具は壊され、謂れのない嫌味を言われ続けて、言い返すと慎みが無いとか言われて!しかも、子爵令嬢の分際で、問われもしないのに声を掛けるなって言うんですよ!」
う~ん。それは同学年のお友達とのやり取りかしらね。取り巻きの方々に話を聞いた内容と合致するわ。
けれど、その相手は私では無いから、今回は関係ないわね。
「王子様と仲良くなった私に焼き餅を焼いた貴方が、彼女たちに指示してやらせたんでしょう!?本当に毎日辛かったんだから!」
途端に、ガーウィン王子の胸に飛び込んだ聖女ルメリアは大声で泣き出した。一瞬困った顔をした王子は、聖女ルメリアの頭を撫でながら、私を睨みつけた。
私は身に覚えのない事に困りながらも、目の前で起きている事に衝撃を受けていた。
淑女が、大声で怒鳴り散らし、あまつさえ男性の胸に飛び込んで大声で泣いているのだ。私が知っている貴族の淑女がする行為では無い。
学園で聖女ルメリアと一切会った事は無かったが、噂は聞いていた。でも、その噂の何倍も慎ましさが無い様に見えた。
「アズバル様、私も発言してよろしいでしょうか?」
「・・・え、ああ、どうぞ」
アズバル様も少し我を忘れていたらしく、私の声に反応が遅れていた。
「今伺ったお話ですが、私も友人から聞いたことが有ります。本来であれば、きちんとご自宅で、貴族の淑女としての行動や言動を習っていらっしゃったら、その様な事は起きなかったのではないかと愚考します」
「そうですね」
「何言ってんのよ!アズバル様もエリンシアの味方なの!?」
私はまた目が点に成ってしまった。いくら年上だからと言っても侯爵家の人間を呼び捨てにするなんて、いいえ、もしかしてもう私の事は平民と思っているのかしら?いえ、それでも知り合いでも無い相手に敬称は付けるのが当たり前です。
私はどうしたらいいのか、修正が難しい会話に言葉が出なかった。
「聖女ルメリア様!お気持ちはお察しいたします。これ以降の話は私にお任せください!」
あ、お兄様が助け舟を出したわ。聖女様って凄いのね。私、15年間一緒に住んでいましたが、一度も助け舟を出して貰った事がありません。
聖女様を見ると、ガーウィン王子が聖女様の口元を抑えて、兄に頷いていた。
あんなガーウィン王子を見るのも初めてだった。声に成らない声が、ガーウィン王子の手の隙間から漏れている。
そう言えば、数年前は聖女様は平民だったのよね。口さがない気もするけど、正直な気持ちを伝えられる平民も悪くないかも知れないわ。けれど、前世の記憶を辿ってもこんなタイプの人はそうそう居なかったけれどね。そう考え直すと、可笑しくてくすりと笑ってしまった。
「馬鹿にしないでよ!!」
聖女様の怒気を孕んだ声に驚いて聖女様を見ると、私を指差している。その為か、皆さまの視線が私に集中していた。
「これよ!こう言った感じで私を馬鹿にしているのよ!!」
また、王子にしがみ付いて泣き出した聖女に周りが閉口した。
「あ、あの、それではですね、聖女様がご乱心されていますので、他にどの様な事を、エリンシアがしたのか、私が代わりに罪状を述べたいと思います」
あの兄が、しどろもどろに成りながら必死に私の有りもしない罪状を述べようとしている。
これからこの人達は、この聖女様に振り回されて過ごして行くのかしら。とても大変な道を選んだのね。
だったら、私はもういいわ。早々にこの舞台から降りましょう。
「私からもよろしいでしょうか?」
今度は、凛とした声で意図的に周りの人々の注目を集めた。
「今更罪状を伺っても仕方ありません。その内容について私は一切反論は致しません。ですので、どうぞ判決を教えて下さい。皆さまは、どう結論付けたのでしょうか?」
大量の紙を手に持ち、私が反論した時の為に、偽の証拠を沢山用意したのだろう。後ろにも大きなカバンがあって大変そうな兄は、両手に持っていた紙をゆっくりと下げると私を驚いた顔で見ていた。
「反論しなくて良いのですか?貴方にも言いたい事があるのではないですか?」
「無いと言ったら嘘に成ります。ですが、それを言っても状況は変わらない事も理解しております。どうぞ、判決を仰って下さい」
アズバル様は、暫く私を見つめていたが、小さな溜息を付くと、今度はしっかりと私を見た。
「判決。エリンシア・バズガイン殿は有罪。貴族籍から除籍し、平民とす、名前もエリンと改める様に。その上で国外追放とします」
国外追放!国外追放なら悪くないわ。私は胸の中で飛び上がって喜んだ。決して気取られないように、悲しんでるような素振りで。
「ただし」
だが、アズバル様はまだ続けていた。
「エリンシア殿は未成年です。国外追放とするのは気の毒過ぎると、国王陛下からご厚情を賜わっております」
え?
「他に選択肢を出せないものかと、陛下は仰いました」
「そうだ、父上はお優しい方だからな」
横から、ガーウィン王子まで出て来た。後ろでは聖女ルメリア様が不服そうな顔をしてこちらを見ている。
「エリンシア様は生まれて直ぐに王子とのご婚約が成立され、未来の王太子妃として恥ずかしくない成績を残さなければと、小級学部・中級学部とすべてに置いて毎回主席でいらっしゃった。これから上級学部へ通われるように成れば、そこでも主席を狙っておいででしたね」
「・・・はい」
それ以外に私の存在理由を示す方法が無かったから。でも、それが何?
「ファイラス学園は、貴族の登竜門としても知れ渡っていますが、成績が優秀な平民にも門徒を開いています」
私は嫌な予感がして、背中がぞわぞわした。
「今からなら、今年の編入試験に間に合います。エリンシア殿の成績であれば問題は無いでしょう。平民としてファイラス学園に通いませんか?」
「ただし、国外追放が免除に成る為には、もう一つ条件がある」
アズバル様の言葉にお断りをしようと口を開いたところで、何故かまた兄が割り込んで来た。
「上級学部から専門学部へ行く時には、専攻は侍従学部を専攻し、後々は聖女ルメリア様が王太子妃となった時の侍女としてサポートをする!それが条件だ」
嫌な予感は的中した。とんでもない物を投げて寄越そうとしている。
「恐れ入りますが、私には資産が有りません。編入試験が受かったとして、支払う学費が有りませんので・・・」
しずしずとお断りを申し上げようとすると、突然目の前にずっしりと重い巾着が置かれた。
驚いて顔を上げると、ガーウィン王子がこちらを見ていた。
「300ゼネガル入っている。これは、生まれた時から王家に使え、私の婚約者として、幼いながらに公的なパーティでも私のパートナーとして勤めてくれていた。婚約解消と成った今は、それに対しての正統な報酬として渡して欲しいと父上から預かった金だ。受け取って学費の一部にして欲しい。足りない分については・・・」
渡りに船とはこの事ね!これから、全く知らない土地で1人で生きて行くにはお金は必要。ありがたく頂くわ。
私は、直ぐに300ゼネガル入っている巾着に触れると、はいのボタンを押した。すると、目の前から巾着は忽然と消えた。
「え?ええ!?」
皆が、突然消えた300ゼネガルに叫び声を上げ、慌てて周りを探し出した。
「なっ何今の!何が起きたの!?」
後ろから飛び出して来た聖女ルメリアが、巾着袋が置いてあった付近の壇上台を必死に探している。他の人達も驚いて、周りをキョロキョロとしている。
誰かアイテムボックスに気が付かないかな?と見ていたが、誰一人としてその言葉を発する者は居なかった。
もしこの世界にアイテムボックスと言う概念が無かったら不味い事に成りそうなので、余計な事は言うまいと、探し回っている皆を後目に声を掛けた。
「お金も無くなってしまった様ですし、私は国外追放を受け入れます」
「「「え?」」」
皆が一斉に私を見た。
「アズバル様、廃嫡の書類に私のサインが必要でしょうか?」
「い・・・いや。それはバズガイン侯爵が手続きをすればいいだけだが」
「そうでしたか、では、どの様な流れで国外追放を受けたらよろしいのでしょうか?」
「いや、待て、待つんだエリンシア。先ほども言ったように、この国で生きて行く方法はある。それに、先ほど、魔法契約書に、一度この国を出たら二度と戻って来る事は出来ないとサインをしたじゃないか。忘れたのか?」
本日は、本当にガーウィン王子の初めての顔を何度も見る事が出来て楽しいです。ですが、この方がなぜこんなに慌てているのかが分かりません。
「はい。勿論覚えています」
「なら、滅多な事を言うんじゃない。外国で1人で生きて行く事なんて出来る訳が無いだろう?父上の温情もある。大人しく言う事を聞くんだ。もし、君がどうしてもと言うなら然るべき手順を踏んで側室に迎えてもいいと思っている」
は?何を馬鹿げたことを言っているのかしら?
「そんなの嫌です!」
聖女ルメリアの尖った声が響く。ですが、私も同意見です。初めて同じ気持ちに成りました。
「側室なんて認めません!ガーウィン王子の妻は私だけです!」
あ、そっちらでしたか。まあ、思惑は違っても結論は同じですね。
幼い頃に恋心を抱いた王子様は、もう居ないのです。お会いしなかった日々の間に変わられてしまって、私は1人取り残され、この世に存在しない理想の王子様に恋い焦がれていた。
今ならはっきりと言えます。目の前にいるガーウィン王子は私の慕う王子様ではありません。
「勿論だとも、私も君以外を妻だとは思わない。だが、君はまだまだ貴族としての勉強が必要だ。その勉強を手伝ったり、側で君を支えられる優秀な人材が必要なんだ」
「でも、それがエリンシアである必要は無いじゃない!」
困った顔で、父や兄を見る王子に、私は小さなため息をつきました。
病室での父達の会話に違和感を覚えておりました。父は私を嫁に出しようがないと怒っていらっしゃいました。
廃嫡した私を嫁に出すとはどういう事なのか?そういう事だったのですね。
私をどこまでも、ご自身の手駒として扱うのですね。
「私が王太子妃となった時に、貴方を雇うかと言われたら、お断りだわ。だから、今の話は根本から駄目なのよ」
「い・・いや、エリンシアはとても優秀だ、その時に成ったら居てくれて良かったってきっと思うよ」
ガーウィン王子も女心の分からない人だと、流石の私も呆れます。
「嫌よ!絶対に嫌!!」
また聖女様が癇癪を起しだしました。これは、稀に起こる事では無く頻発している事の様ですね。
こんなに気性の激しい方が好みだったのであれば、私がタイプで無かったのも理解できます。
それに皆さま大切な事を忘れていらっしゃいますわ。
「皆さま、聖女様の仰る通りです。だって、私の罪状を思い出して下さい」
皆が私を見つめる。思い当たらないのかしら?不思議だわ。まあ、嘘で塗り固めた罪状ですものね。
「私の罪は、聖女様の殺人未遂だったのではありませんか?」
途端にハッとした顔をし狼狽える皆さま。お願いですから、自分たちで作ったお話の辻褄はきちんと合わせて欲しいものですわ。
「そうよ!私を殺そうとする人を側になんて置けないわ!」
嬉しそうに叫ぶ聖女様。私もこれで決めたいと思います。
「国外追放一択でお願いします」
最後に、一文を追加して下さったガーウィン王子には感謝の気持ちで一杯です。国外追放と成ったら、もうこの国とも、皆様とも永遠にお別れなんですもの。
魔法契約書は、双方の同意がないと解除出来ない。そして私は、同意など致しませんので。
「エリンシア・バズガイン殿。意思は変わりませんか?」
宰相のアズバル様の声が、広間に響く。
「はい」
「それでは、平民のエリンは国外追放とします」
「はい」
私は、唯一知っている平民が貴族を敬う動作をする。両膝を付き、胸に両手を交差させ頭を垂れた。
「エリン。立ってよろしい」
このまま皆が退室した後、騎士達に連れられて、国外追放になるまで住む牢屋に連れられて行くのだろうと思っていたが、アズバル様がすぐに立つ事を許して下さった。
「国外追放するに当たり、近隣諸国に受け入れの打診をしましたが、どこの国も犯罪者の受け入れを拒否し、唯一、オルケイア国だけが受け入れを認めて下さいました」
あ・・・それもそうですね。殺人未遂ですもの。大罪だわ。それでも受け入れて下さるとは、流石は大国オルケイア国ね。いろいろな民族が集まっている国と聞いているわ。私の様な者でも紛れ込んで生活して行けるかも知れない。
「では、これからは私達の番ですね」
その声に振り替えると、父や兄の後ろに控えていた、珍しい服装の3名がゆっくりと私の方へ歩いて来た。