教会 一般開放 6
目が覚めると、私はベットに寝かされていました。
真っ暗な部屋でぼんやりと天井を見詰めて考えてしまう。
思ったよりも前世の記憶は融合をしているようで、私の記憶と前世の記憶の境目がよく分からなくなっている様でした。
しかも、前世の記憶と共に与えられた力は、今世の常識の範囲内を優に超えてしまっている。
前世の記憶が、旅人に成った方がいいと言っていたのはこの事なのでしょうか。
他の人から異質に見られたら、逃げる様に次の街へ行くしかないのかもしれません。
何も考えずにセオリーだからと思っていた時は、旅をしながら生きていくのも楽しそうって思ってたけれど、それは、またこの街に戻って来る事が出来ると思っていたから。
街を逃げ出すという事は、私は二度とここへ戻っては来れないという事なのでしょうね。まるで犯罪者そのもの。
やっと、信じられる人々に巡り合えたと思ったのに・・・生まれが悪かったと諦めるしか無い。溢れる涙を止める事が出来ず、私は両手で顔を覆った。
「エリン様!?」
突然、声が聞こえた。驚いて声のする方を見ると、キハラ様が駆け寄って来るのが見えた。
「・・・どうし・・て?」
キハラ様が、私を心配そうな顔で覗き込んでくる。
「どうされました?怖い夢でもみましたか?それとも、どこか痛いのですか?」
私が首を振って応えると、少しホッとしたような顔をした。私は更に涙が溢れてきてしまう。
「突然倒れてしまったので、心配で、仕事帰りに戻って来てしまいました。ご了承も無いのに申し訳ありません」
「・・・いいえ・・・い・・いえ」
涙声のせいもあって、声が掠れてしまった。
「喉、乾きましたよね。今、用意しますね」
机の上に常時用意されている水差しから、水をカップに入れて戻って来てくれた。私は起き上がりそれを受け取りこくんと飲む。体が干上がっていたのか、とても美味しかった。
すると、隣からとても申し訳なさそうにキハラ様が話しかけて来た。
「エリン様、驚かせてしまって申し訳ありません」
キハラ様を見ると、とても真剣な顔で私を見ていた。
「あんなに驚かれると思わなかったので・・・私の配慮ミスでした」
「・・・い・・・いえ」
今の私は、どこからどこまでが今世で受け入れられる常識なのかが分からず、言葉少なに答えるしかなかった。
「それにしても、エリン様は多彩ですね。聖女も顔負けの回復魔法に、鑑定スキルまでお持ちだったなんて、驚きました」
私は、肯定した方がいいのか否定した方がいいのか分からず固まっていました。
「あの後の男たちの情けなさったら無かったんですよ!オロオロするばかりで、扉の開け閉めすら私が指示しないと出来なかったんですから」
思い出し笑いをするキハラ様を横目に、どうしたらいいのか困惑するばかりで・・・。
「あ、すみません。私ばかり話してしまって」
「・・・いえ」
「大丈夫ですよ!エリン様。これが有ります!」
目の前に、先程結んだ魔法契約書を見やすい位置へと開いた。
「エリン様の秘密を他言したら、私はエリン様の記憶を失ってしまいます。それは嫌ですから、絶対に他言しません!安心して下さい」
私を安心させようと思って仰っているのでしょう。けれども私の暗澹たる思いは拭えませんでした。
「きっと、言いずらい事も有ると思いますので、全部言わなくてもいいです。これくらいなら言ってもいいかなって思う事だけ教えて下さい。秘密は守ります」
・・・言ってもいいかなって事だけ・・・・。
「本音を言うと・・・私の下心も有るのは事実です」
下心?私はキハラ様を見上げ首を傾げました。
「先ほどもお伝えしました通り、私、年末か来年の頭には先程会って頂いたランディと結婚します。彼は平民なので、私も平民に成ります。貴族籍を抜けるという事は、今まで出来た事が出来なくなるという事です」
それは知っています。私もその覚悟ですから。
「初めは、エリン様をお支えするのは18歳まで・・・もしくは、騎士団よりエリン様のサポートを外されるまでと思っていました」
「・・・はい」
お仕事ですものね。分かります。
「ですが、今の私は、出来る事ならそれ以降もエリン様と繋がりが出来たら嬉しいと思ってしまっています。そんな時に、あの薬です。ランディから薬の提携契約の話をされた時は、飛び上がる程嬉しかったのです」
微笑みながら見つめて下さるキハラ様に、微笑み返すと、キハラ様の笑顔に陰りが落ちました。
「普通に仕事での繋がりが得られると思っていました」
「・・・申し訳ありません」
仰っている意味に私も、俯いてしまいました。
「私が甘かったのです。今までにない効力を発揮する薬です。疑うべきでした」
・・・何を?
「まさか、あそこまで精度の高い鑑定スキルをお持ちとは・・・」
「!」
「ランディが言う様に、サンセツ機は今世紀最大の薬草魔道具と言われています。指定した成分の含有量で初級・中級・上級・クズと分ける事が出来るのです。高いお金を払って、鑑定スキル持ちの貴族に選り分けをして貰うよりも精度が高いと言われている程です」
・・・そうなんですのね。よく分からないのですが・・・。
「しかも、今までどの魔道具でも、高位鑑定スキル持ちの方々ですら、アサゲ草に回復を促進させる成分が有ると鑑定出来たものは居ませんでした」
え・・・。
「これについては、ランディが特許を取りたいと言っています。勿論、発見者はエリン様でです。そして、他の薬でも同じ効果が出るのか調べたいと申しております」
「それは・・・・」
「大丈夫です!色々試していたら偶然見つけてしまったと報告はすると言っています。鑑定スキル持ちだと気が付かれない様にします。今まで鑑定出来た者もいないのですから、気付かれないと思います」
どうしたらいいのでしょう?
「エリン様、どうか私を頼ってくれませんか?」
その真摯な声に顔を上げると、真剣な顔でキハラ様が私を見ていました。本当にどうしたらいいのでしょう?
「エリン様にお会いする前は、第三級犯罪者をオルケイア国に野放しにするのは反対でした。けれども、エリン様にお会いして、人となりを見ておりますと、とても第三級犯罪者とは思えませんでした。それどころか、エリン様と過ごすと好感を抱く事ばかりです」
「それは私も同じです。ダスガン様もガイエス様も勿論キハラ様も、とても良くしてくださいます。オルケイア国の方は、お優しい方ばかりです」
「・・・私が、力不足でエリン様をお守りできず、大怪我をした時も、エリン様に助けていただきました」
私は、肯定をする事は出来ず、微笑みかける事で誤魔化してしまいました。
「私が、貴族籍を抜けた場合、エリン様の教育係から外される可能性があります。今はそれがとても辛く感じます。出来る事なら、エリン様がきちんとオルケイア国に根を下ろして平穏な毎日を過ごせていると確信が出来るまで、お側に居たいです。いえ、それ以降も・・・烏滸がましいのですが友人としてお付き合いしていけたらと、望んでおります」
嬉しさに、また涙が溢れて来ました。
「話せるところまででいいんです。私が、エリン様のサポートをする為に、知っておける事だけでも」
あの運命の日を境に、私の幸福度は逆転したようです。ですが・・・・。
「キハラ様、お心遣いとても嬉しく思います。けれども、それはいけません」
「エリン様!」
「お気持ちはとても嬉しいのです。しかし、今のキハラ様は騎士団の一員で、私の監視役の筈です。報告義務が有るのに、それを秘匿してしまっては、キハラ様が重罪を犯したことに成ってしまいます!キハラ様にその様な事をしていただく訳には参りません」
「いいえ!お気になさらず。先ほどもお伝えした様に、私の我儘で始めた事です。その結果がどうなったとしても受け入れる覚悟です」
私は果報者です。けれども、それは甘受出来ません。自分の幸せの為に、キハラ様を犠牲にする事は出来ないのです。
私は、もう一度はっきりと首を横に振りました。キハラ様のお顔が絶望に歪むのを辛く思いつつも、私も覚悟を決めました。
「魔法契約は解除しましょう。そして、私の口からダスガン様とガイエス様に本当の事を話したいと思います。お時間を頂けるようにお伝え下さい」
「エリン様!」
「初めからそうすべきだったのです。お話しできる時間はふんだんにありましたのに、保身の為に黙っていた私が悪いのです」
「ち・・・ちが・・・」
「それに、きっとこれからも私の無知のせいで次から次へ問題が起きてしまいますわ」
そう、今だってどこまでが今世の常識の範囲内なのか分からないのですもの。
「そこは、私がサポートします。大丈夫です、エリン様に不自由な思いはさせません!」
「・・・ありがとうございます。ですが、もう決めました。明日、ダスガン様にお会いしたいとお伝え下さい。キハラ様、お願いします」
キハラ様ががっくりと肩を落としているのが分かる。ここまで巻き込んで決死の覚悟までさせてしまいました。本当に優しい方です。私の為に、今も胸を痛めて下さっている。
「キハラ様のお気持ちは嬉しく思います。結果がどうなったとしてもそのお気持ちは大切に受け取らせていただきますね」
「・・・・畏まりました」
俯いたキハラ様の声が涙声だった事に、私は愚かにも嬉しく思ってしまったのでした。
◇◇◇◇
その夜、キハラ様は深夜にもかかわらず、明日の用意があると帰って行きました。
翌日の奉仕と仕事は、殆ど上の空で食事も殆ど残してしまいました。
昼時に、いつも通りにキハラ様が現れ、まずはファビレス商会の本部へ行く事に成りました。
外には馬車が用意されており、ファビレス商会の馬車なのだそうです。
街中を静かに馬車が走ります。キハラ様ともご挨拶以外の話が出来ておりません。とても静かな時間が流れています。けれども、それが嫌だとは思わないのは何故でしょうか。
しばらく行くと、馬車が街中で止まりました。
「エリン様、ここがファビレス商会の王都支部です。下は店舗なのですが、上の階が事務所と自宅に成っております。今日は自宅の方へお連れしますね」
「はい」
キハラ様にサポートされて馬車を降りると、石作りのオシャレな建物の一つへと案内される。1階は、皮製品の店らしくバックや靴など色々な商品が並べられていた。私達は直ぐに関係者用の扉から内側に続く階段を登って行った。2階までが店舗で3階が事務所、4階と5階が自宅なのだそうだ。
4階へ着くまでに、私の息は上がってしまって、扉をノックしようとしたキハラ様の手に縋ってしまった。とても直ぐにご挨拶出来そうになかったので。
「あ、申し訳ありません。息が整うまで少し待ちますね」
私が、必死に頭を振ると、キハラ様にいつもの笑顔が戻りました。私も嬉しく成り微笑み返し、息を整えました。
「もう、大丈夫ですわ」
「はい、では行きましょう」
キハラ様がノックをすると、中から女性の声が聞こえて来ました。
「ミール男爵令嬢様、お待ちして居りました」
多分、女中頭なのだろう、年配の女性が扉を開きにこにこと迎え入れて下さった。
「ランディは居るかしら?」
「はい、首を長くしてお待ちです」
「・・・そ、そう」
少し、頬を赤らめる乙女なキハラ様に、私もつい口元が緩みます。恋って素敵です。
「お食事の用意も出来ておりますので、先に水場で手を洗ってから向かって頂けますか?」
「ええ、ありがとう」
一礼をすると、忙しそうにその場を去っていく女中に、私は目が点に成った。主を置いて行ってしまうのだと。そんな私を見てキハラ様がくすくすと笑った。
「平民はこんなものですよ。殆ど自分で自分の事はします。水場はこちらです」
「はい」
私は、キハラ様に連れられて、水場で手を洗うと、食堂へと通されました。そこには、既にランディ様とシウス様が居らっしゃいました。
「こんにちはエリン様、ようこそ、我がファビレス商会へ。歓迎します」
「ありがとうございます」
客人である私に礼をして下さったランディ様は、その足でキハラ様を抱きしめました。近しい方とはハグをするものなのでしょうか?そう言った事には疎いので、キハラ様の後ろで私は棒立ちに成っていました。
「お帰りキハラ」
「た・・ただいま?」
キハラ様が苦笑しながら答えていらっしゃいました。
「お昼の用意がしてあるので、先に食べてから、昨日の話の続きをしよう」
「ええ、ありがとう。エリン様はこちらの席へどうぞ」
ランディ様が仰ると直ぐにキハラ様が、ランディ様の腕を搔い潜り、私を席へと誘導して下さいました。横を通る時のランディ様の不服そうな顔が、私にはちょっと嬉しかったりします。きっとこの方なら、キハラ様は幸せになれると思えたから。
緊張の為、昼もあまり食べる事が出来なかったのですが、色とりどりの食材と、私が食べやすい果物がいくつもあり、これからの話し合いに向かって体力を付けられたと思いました。
「それでは、この契約書の解除を先にしてもいいのかな?」
食事が終わり、女中達が食事を下げ、私達4人に成ると、シウス様が契約書を机の上に広げて仰いました。
皆の目が私を見詰め、私はしっかりと頷きます。
「お願いします」
「分かりました。では解除の契約書に血判をお願いします」
前回と同じく、ランディ様、キハラ様、私が血判を押し、シウス様へお渡しします。シウス様は、自らも血判を押した後に、やはり額に汗を滲ませながら、魔法陣を描き、魔法契約書を無に帰して下さいました。
「こんなにも早く契約を解除したのは初めてですよ」
「申し訳ございません」
「お手数をお掛けしました」
「お手を煩わせて申し訳ない」
皆、各々お詫びをすると、シウス様がははは・・・と笑ってこちらを見ました。
「契約は解除したけれども、今後の為に幾つか質問をしても良いのだろうか?」
「そうだな、これだけで終わりと言われても納得はいかないな」
お二人が仰るのは分かります。これから、ダスガン様達にもお話をするつもりなのです。先に少しお話をしても問題は無いのかも知れません。
「・・・はい。答えられる範囲内になりますが、よろしいでしょうか?」
「エリン様、ご無理はされなくてよろしいですからね。私が勝手にしてしまった事ですから」
心配そうにこちらを見るキハラ様に微笑むと、緊張しながら前を見ました。
「君は鑑定スキル持ちなのかい?」
早速答えに窮します。私は困ってキハラ様を見ました。
「エリン様は、入国して直ぐに教会で魔力と加護は無いと司祭様がお調べに成っています。鑑定も魔力を使って行う事です。ですから・・・」
キハラ様が私の代わりに途中まで答えて下さいましたが、最後はキハラ様にも分からない事です。私へ視線が向けられました。
「そうですか、鑑定も魔力を使うものなのですね」
「で?持っているのですか?」
シウス様が再度聞いてきました。
「分かりません。私は魔力を使って見ている訳では有りませんので」
皆様の視線が痛いです。ですが本当にそうなのです。私の体に流れる魔力の様なもの、それは一切使っていないのです。
「ただ、見ていてもう少し詳しく知りたいと思ったら見えるのです。けれども、そうやって見えるものは草花や鉱石等でした、人を見た時には何も見えませんでした」
「ふむ、それは生まれた時からそうだったのかい?」
私は困って首を傾げました。
「分かりません。私はウイスタル国に居た頃は一日中部屋で勉強をしていましたので、草花や鉱石を見る機会は殆どありませんでした。けれど・・・」
「何か心当たりが有るのかい?」
私は静かに頷きます。
「多分ですが、ウイスタル国で、婚約を解除する為に行われた、魔法契約の解除後では無いかと思っております」
あの時、魔力では無かったけれども、それに近いものが私の中に溢れかえった。きっとあの時に、本来私が生まれ持った力を取り戻したのでしょう。もしかするとこの力もその時に戻ったのかも知れません。
「婚約解消でかい?」
不思議そうな顔で皆が私を見ています。
「私も良くは分からないのですが、婚約の魔法契約をした時に、私には抑制が掛かってしまったのだと思われます。その抑制が契約解除により外れた様なのです。その為、私自身も、どの様な力が戻ったのか、自分でも分からないのです。その上、私はあまり人と関わって来ませんでしたし、魔力が無かったので魔法に関する勉強はした事が無かったので・・・」
「魔法に対する常識がないのですね・・・・」
「はい。何が出来て当たり前なのか、何が出来なくて当たり前なのか、よく分かりません」
このお二人が知っているのはここ迄なので、聖魔法もどきの話まではしなくて済みそうです。
「しかし、それにしても不思議な力だよね。魔力が要らない鑑定スキルだなんてさ」
「そうなのですか?」
よく分からず、シウス様を見ました。
「そりゃそうだよ、鑑定だって、まずは呪文を唱えて魔力を流し込み調べるんだ。とても大変な作業さ、鑑定が出来る者は少なく、君と同じように、何かに特化している場合が多い。師と仰げる人も少ないから、過去の魔術書を読み込んで、自分に有った呪文を探して勉強するんだ」
そうなのですね。ふむ。
「けど、草花や鉱物の鑑定は、ポピュラーな方だ。これくらいなら、別に告白しても問題ないんじゃないのか?」
「ん?」
「これから、第一騎士団長に告白しに行くんだろう?」
「ええ」
シウス様がキハラ様に話し始めました。
「鑑定のスキルは国は欲しがると思うけど、鑑定出来るのが草花や鉱物限定だと分かれば、そこまで重要視されることも無いだろうから、キハラ殿には頑張って貰いたいな」
「え?」
「現在作れるのは回復薬の上位版くらいなものだ、これなら、騎士団で多少は求められるかもしれないけど、態々国の機関で作るよりも、民間で作らせた方が良いと判断されそうだ。だからね、キハラ殿が上手く上官を誘導して、ファビレス商会が一手に請け負い、一部優先的に騎士団に納品する契約をして貰えれば、安定収入が確保出来るし、新商品も確保できるで一挙両得じゃない?」
「いや、そんなキハラに危ない事はさせられない!」
「仕方ないでしょ、俺たちは呼ばれてすらも無いんだからさ。先手必勝だよ?」
私に集まっていた視線が、今度はキハラ様に集まっています。キハラ様は少し考えていたようですが、きりりと男前の笑顔で皆様に頷いたのでした。
◇◇◇◇
再度、私達はファビレス商会の馬車に乗り、今度は騎士団へ向かっていました。
皆様の応援を受けて、キハラ様が百面相をしていますが大丈夫でしょうか?
程なくして、馬車は第一騎士団の建物へ到着したようです。この馬車はファビレス商会の馬車なので、キハラ様が門番にお話をして下さり、入る事を認められたようです。
門をくぐると、そのまま馬車は長い道を走りました。第一騎士団の敷地はとても広い様です。大きな建物の前で馬車が停まると、私はキハラ様の先導で会議室らしきところへ案内されました。
縦長の机に、キハラ様と隣同士で座り、皆様がいらっしゃるのをお待ちする事に成りました。
程なくしてドアがノックされ、ダスガン様達がいらっしゃいました。私は、ダスガン様とガイエス様がいらっしゃるとは思っていたのですが、それ以外にもう一方、年配の男性が来られたのには驚きました。それも、どこかでお目にかかった事が有る気がする方です。
キハラ様が、直ぐに立たれたので、私も慌てて立ち上がり、シスターの礼をしました。
「待たせてしまって申し訳ない。どうぞ、おかけ下さい」
最初に声を発したのは、年配の男性の方でした。その方は、一番奥の席に座ると、右側に立つ私達に手を差し出し座るように仰いました。私の前にはダスガン様が座り、キハラ様の前にはガイエス様が座られました。どうやら、この年配の方がこの部屋での最高責任者の様でした。
「今回は、私、ドルガノ・ラジェットが取り仕切らせて貰う。良いかな?」
「よろしくお願いいたします」
私は、必死に驚きを抑えながら挨拶をした。ラジェットと仰るのなら、もしかするとガイエス様の・・・?
「私は、この国で宰相をしている。君をこの国へ迎え入れるかどうかを決議した者達の一人だ」
そうだったのですね。私はかなり驚きはしたものの納得した。だからガイエス様が、私を迎えに来る一人として選ばれたのだと。
「今日は、君から大切な報告が有ると聞いている。詳らかにする事を期待している」
「は・・・はい。よろしくお願いします」
私は、ここまで来て、どこまでの話をしようかと悩んでいた自分に呆れた。もう、真実を話すしかない。例えそれで、見限られたとしても。私は皆様の顔を一巡して見た後、小さく息を吐いた。
「私の国では、建国時から、王族と5大侯爵家との間には決まり事がございまして、その当時の王太子様と5大侯爵家の長女が順番に選ばれ婚姻を結ぶ事に成っております。それを違えない為に、二人が揃うと、直ぐに魔法契約で婚約の儀を行います。その為、私は生まれて直ぐに婚約の儀を受けました。
しかし、私には魔力がございませんでした。それでも、婚約の儀が解消される事が無かったため、私は、家庭教師を何人も付けられ、魔法以外の勉強を身に付けました。他の人より劣っているのだから、勉学だけは人よりも賢くあれと。私は自室と学園以外に出かけた事が有りません。友人と呼べるものもおりませんでした。
けれども、結果はご存じの通りでございます。
私は、聖女様を陥れた罪により、婚約の儀を解消され、国外追放と成りました。
その時です、魔法契約が解消された時に、私は初めて魔力らしきものを感じる事が出来たのです」
「らしきもの・・・なのか?」
ドルガノ様が私の言葉を復唱されました。
「はい。私は始め魔力なのだと思っていましたが、フルメリア教会では認められませんでした」
「成程。そうか」
「はい。それに私のこれは、呪文を必要としません」
「え?」
「ダスガン様が持って来て下さった魔法の本は全て読みましたけれども、私のこの魔力もどきは、他の方が行った魔法を取り込み、複製する事が出来る様なのですが、発動するのに呪文は必要無いのです」
皆様が不思議そうな顔をしてこちらを見ていらっしゃいます。前例の無い事は、説明をするのが難しいです。
「今更ではございますが、教会から送られてきたポーションですが、初級を中級に変化させたのは私でございます。魔法らしきものが使える様になって、嬉しくて何も考えず悪戯心でやってしまいました。シスター達に一切過誤はございません。誠に申し訳ございませんでした。」
「・・・そうだったのか」
ダスガン様が言葉少なに呟かれました。きっと飽きられているのでしょう。
「ただ、魔力を取り込んでも、合致しないと模倣は出来ない様でした」
「模倣・・・か」
「他には、ついこの間の事ですが、鑑定が出来るのでは?と言われましたが・・・」
「鑑定も出来るのか!?」
ダスガン様の驚愕してた声に、私は言葉に詰まりました。
「あ、それは私が話します!」
キハラ様が、私の後に続き声を上げて下さいました。
「これは、鑑定と呼んでいいのかも分からないのですが、エリン様は草花や鉱石を見る事が出来るのだそうです」
「見る?」
「はい。文字通りの見るのだそうです。鑑定をするには魔力を使いますが、エリン様は魔力は要らないのだそうです。ただ、気になるから良く観察すると細かく理解できるのだそうです。
私は、エリン様が平民に成って生活をしていけるように、エリン様が興味を持たれている事で、仕事に成りそうな事をサポートしております。その中で、エリン様は薬師をご希望されております」
キハラ様が私を見て微笑み頷いて下さいました。私も嬉しくなって頷き返しました。
「この時に、作られた回復薬が、通常よりも良いものでございました。その為、作り方を伺ったところ、今までは雑草と言われており、使われた事の無い草から、新しい効果を追加されていらっしゃったのです」
「その様な事が?」
「はい。ただ、騎士団で使うには弱いと思われますが、一般市民が通常のケガでの治療薬として使うのであれば有効であると考えます!」
「そうか」
「はい。エリン様はまだ、薬師の勉強を始めたばかりです。ですが、この鑑定眼が使えるのであれば、今後、薬師として生活をしてく事が可能では無いかと私は思っております。又、この新薬につきましては、我がミール領のファビレス商会が代行を請け負い、平民へ向けた販売をしたいと思っております」
あの程度の薬で、そこまで認めて下さるなんて、少しキハラ様は身びいきが過ぎる様です。面映いです。
合いの手は殆どダスガン様でしたが、ガイエス様は一切お話をして下さいません。そっとご様子を伺うのですが、全く表情が読み取れませんでした。
「なんとも、まことしやかに信じることが出来ない事ばかりだな。常識ではあり得ん」
ドルガノ様が困った様に顎を撫でていらっしゃいます。私もこれ以上何を伝えればよいか分からず。周りを見回しました。
「あの、私はエリン様の魔法もどきが人に害を与えるているのを見た事が有りません。今後も無いと私は信じています」
ドルガノ様はキハラ様から私へ視線を移動させました。
「エリン殿、貴方はどの様な魔法が使えるのですか?」
「はい。私が今までに取り込んだ偽魔法は回復魔法と盾の魔法と温風の魔法でございます」
「・・・ポーションは作れるのか?」
「いちから作る事は出来ませんでした。魔道具が有ったからといて出来るかは分かりません」
「そうか・・・」
ドルガノ様は、暫く思案した後に、顔を上げられました。
「今回の報告は以上でいいか?」
「はい」
今、私が分かっている事はここ迄でございます。
「では、今後の事だが、今まで通り、後半年は教会預りと成る。聞いているかと思うが、これから週末は、我がラジェット家にて身柄を預かる事に成っている」
「はい。侍女としての勉強をさせて頂けると伺っています」
この時初めてガイエス様が驚いた顔をされて、ドルガノ様を見られました。ご存じなかったのでしょうか?
「今回の話は、とても興味深い話ばかりだった。これから、もしかするとエリン殿の能力について、検証や、調査をさせて貰う事になるだろう。それは含み置くように」
「そ・・・その時には私もお供をさせて頂いて宜しいでしょうか?」
私が言い淀んでいると、キハラ様が声を上げて下さいました。しかも、ガイエス様も手を挙げて下さっています。・・・・何もおっしゃいませんが、きっと同じ意味なのでしょう。
「私の出来る事であれば、よろしくお願いいたします」
私が頭を下げると、慌てたようにダスガン様が付け加えられました。
「ドルガノ様、エリン殿に話が行く前に、私を通して貰えますか?」
「うむ。考慮しよう」
私は、思ったよりも大事に成らなかった事に心底安心をしてしまいました。
けれども、異世界転生についてはやはり言えませんでした。