教会 一般開放 4
「本当に呆れるほど簡単な調合なのですよ?」
私は、分かり易い様に、ダスガン様より頂いた、市販の本の回復薬のページを開きキハラ様へ渡した。
「この回復薬の頁に書いて有る通りですと、キュアル草とレノン石を配合するのですが、私が作っている回復薬には、このアサゲ草を追加しているだけなのです」
「アサゲ草・・・・だけ、ですか?」
「はい」
不思議そうな顔をしたキハラ様に、私は苦笑した。だって、顔にそれだけなのですか?と書いてあります。ですが、本当にそれだけなのです。
「この本の5頁に戻って下さい」
「はい」
「まず、調合する前に、しなければ成らない事が書いて有ります」
私は、キハラ様の机の前に、使い込んだ布を広げて、研究室の中のロープに干されているキュアル草を3枚を置くと、軽く手でパリパリと砕く。砕かれた葉と茎の部分を分け、次にピンセットや鋏で細かくし乍ら5段階に分けはじめる。
今までこれは一人でして来たので、暇に任せて何時間でもやっていた。その為、キハラ様は興味深そうに見て下さっているが、とても地味で時間の掛る作業なので、飽きられないかと心配になった。
私は、選り分けを終わらせると、マジックバックに入れてあった小瓶を取り出し5段階の薬草に合わせて並べると補足説明をする。
「選り分けたのを、各々の瓶に入れて置きます」
私は、大きく砕かれた葉の欠片や茎の欠片を段階毎に瓶にひょいひょいとピンセットで入れると、キハラ様を振り返り笑いかけました、するとキハラ様がぎこちない笑顔で返して下さいました。やはり地味だと思われたのでしょう。
「キュアル草は、体力や怪我回復の効能が有ります。回復薬の成分の含有量は、同じ葉の中でも違います。見ていますと数字は各々の薬草で違うのですが、キュアル草は回復薬の含有量が1~50で出て来るので、5段階に分けました。乾燥したキュアル草を、軽く砕き、その欠片の含有量が1~10・11~20・21~30・31~40・41~50で瓶を作っています。」
「え~・・・え~と」
キハラ様が眉を潜めて悩んでいらっしゃいます。私も初め本を見るだけではよく分からず、悩んだものです。私はキハラ様の持っている本へ指を滑らせます。
「5頁のここの文章に書いて有ります。このサンセツ機を使いと言う部分はよく分からなかったのですが、その後に続く含有量に小分けして調合した方が、薬の効き目も一定化するので、望ましいと有ります」
「あー・・そう・・・ですね」
「レノン石は、防腐効果が有るのですが、含有量は変わらないので、入手したら直ぐに砕いてビンに入れてあります」
私は、マジックバックから、横に太めの瓶に入れたレノン石のを取り出した。
「次は、アサゲ草なのですが、これの葉には特出する成分が無かったのですが、茎に回復薬を促進させる作用のある成分が有ったのです」
「・・・」
私は、奥に干していたアサゲ草の色合いを調べ、茶色く色が濃くなっている葉を2枚取って、作業机で、パリパリと葉を取り、茎だけにする。葉は要らないのでゴミ箱に捨てて、茎を鋏で少し細かくする。
「これも、成分は大差ないので、分ける必要は有りません。これらを調合するのですが、本によると、キュアル草:90・レノン石:10の配合とあるのですが、私は、キュアル草:80・アサゲ草:10・レノン石:10の割合で作っています」
私は、作業机の端に置いてあった薬研を中央へ移動させると、キュアル草の3段階目の瓶を手に取り、適量を入れるとゴリゴリと磨り潰しした。
暫く磨り潰し続け、これくらいかなと思ったところで、乳鉢へと移動させる。
次にアサゲ草を適量、薬研に入れて同じようにゴリゴリと磨り潰した。硬い部分なので、量は少ないけれど、キュアル草よりも力が必要だった。ある程度の細かさに成ったら、キュアル草を入れた乳鉢へ入れる。
最後に、既に砕いて有るレノン石を、既定の量乳鉢へ入れ、すり棒でゴリゴリと丹念に潰しつつも混ぜて行く。暫くすると、荒い薬の出来上がりだ。
この間、私はキハラ様に気づかれない様に小さく温風を擦っている葉に当て、潰すと出て来る水分をこっそり蒸発させていた。これはガイエス様の家で、侍女が髪を乾かす時に使う風魔法と火魔法の混合魔法だ。上手く取り込む事が出来て、とても重宝している。
「出来上がりました。市販の本に書いて有ったのは、キュアル草とレノン石で回復薬が出来ると有ったのですが、私の薬は、それにアサゲ草を追加しただけの簡単な物なのです。この様な事、誰でも気が付いて、もう作っていらっしゃる方いるのではありませんか?」
私が、乳鉢のまま薬をキハラ様へ渡すと、目をパチクリとしたまま、受け取って下さった。
「・・・どうなのでしょう?アサゲ草は私には雑草の一種としか認識が有りませんでした。薬草として本に載っていたのですか?」
「いいえ、ガイ様と一緒に採取に行った時に、回復を促進する効果があったので摘んで来たのです」
「・・・本に書かれていた訳では無いのですか?」
「はい。どの本にも有りませんでした。どうしてなのでしょうね?」
「採取する時に気が付いたのですか?」
「はい。ガイ様は、私が採取している時は、呑気に転がっていらっしゃるので、私もじっくり腰を据えて必要な薬草を採取出来るんです」
「・・・・調べながら、採取しているんですか?」
「はい」
どうしたのでしょうか、キハラ様の視線が私と乳鉢と本を何度も行き来した後、天井へ向かって大きくため息を付かれました。
「採取している時に、ガイ様から何か言われたことは有りませんか?」
「え?」
「その・・・不思議だな~・・・みたいな?」
不思議な事?ガイ様は、いつでも不思議な方ですし・・・。私が首を傾げて見せると、今度は下を向いてキハラ様が大きく息を吐いた。どうしてしまったのでしょう?
「サンセツ機は使って・・・・ご存じないのですね?」
「はい。これは何なのでしょうか?」
キハラ様はご存じの様なので、私は少し前のめりに頷いた。
「・・・そうですか、ん~。取り合えず、本物をお持ちしましょう」
「え!?サンセツ機をですか?」
「はい。直ぐに取って参りますので、少々お部屋でお寛ぎ頂いて宜しいでしょうか?」
「はい」
「あ、それとサンセツ機の持ち主も一緒に連れてきても宜しいでしょうか?」
「私は良いのですが、ここへ入れても問題は無いのでしょうか?」
「・・・そうですね、そこは何とかします。エリン様さえご了承いただけるのであれば、連れて来ます」
「はい。お待ちしています」
何故か、酷く真剣な顔で、頷き乳鉢を私へ返すと、キハラ様は部屋から飛び出すかのように出て行ってしまいました。残された私は、取り敢えず出来上がった回復薬をビンに詰めてから、部屋へと戻り待つ事にしたのでした。
◇◇◇◇
暫くして、大扉の開く音と、複数の足音が聞こえてきて、私の部屋を通り過ぎて、研究室の扉をノックして開ける音が聞こえた。ドタドタと何か重そうな物を運んでいる音と声が一頻りした後、今度こそ私の部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
キハラ様の声が聞こえて少しホッとしながら、私は扉が開くのを待ちました。扉から入って来たのは、キハラ様だけでした。
「エリン様、お待たせしました。サンセツ機を研究室に設置しました。それと私の友人2名が同席しますが、よろしいでしょうか?」
「はい」
私は、頷きキハラ様と共に研究室へと移動しました。すると、先に入室していた2名の見知らぬ男性が奥に立っていました。
「初めまして、エリン様、私はファビレス商会の王都支店を任されておりますランディ・ファビレスと申します。以後お見知りおき下さい」
「私は、シウス・リドルスターと申します。よろしくお願いいたします」
「初めまして、こちらこそよろしくお願いいたします」
お二人共とても洗礼された礼をして下さいました。貴族籍の方でしょうか?私も、失礼が無い様にシスターの礼を返しました。
「お噂はかねがね、キハラから伺っております。これから良いお付き合いが出来る事を望んでいます」
「ちょっ!ちょっと待って、話をする前に契約からしましょう!」
ん?契約?どういう事ですの?私が不思議に思ってキハラ様を伺いますが、キハラ様は、直ぐに2お二人の方へ行かれてしまいました。
「シウス様、先程お話した魔法契約書をお願いします」
「ああ、そうだね。机をお借りしても宜しいかな?」
キハラ様では無く、私の方を伺うシウス様に、私は何が何だか分からず、首を傾げてしまう。
「では、この机でいいでしょうか?」
キハラ様が、お二人の近くに有る研究用の机と椅子を勧めている。手前の机は、先程調合に使ってそのままの状態なので・・・それは問題ないのだけれども、何が起きているのでしょうか?
「キハラ、エリン様も不思議そうな顔をしているよ?いいの?」
「はい、きちんと魔法契約をした後で無ければ話せない事ですから」
ランディ様の言葉にキハラ様が応えつつも、手早くシウス様に机と椅子を用意している。シウス様は、ご自身の鞄から、正式な魔法紙や必要な道具を出し始めた。見覚えのあるその魔法紙は正式な書類だ。つまり、シウス様は貴族で魔法が使えるという事になる。
確か、ランディ様はご婚約者の方だった筈。ご紹介いただけるのでしょうか?少しソワソワしてしまいます。いえ、その前に、何の魔法契約をするつもりなのでしょう?
テキパキと動いているキハラ様を止められる方はいらっしゃらない様で、シウス様の隣にランディ様を座らせると、その前に椅子を二脚置き、私を呼んで下さいました。
「エリン様、こちらへどうぞ!」
何が何だか分からないのですが、手前の机に置かれた魔道具を横目に、私は示された椅子へと座ったのでした。