教会 一般開放 3
ブクマ200人に成りました。こんな拙いものを読んでくれてありがとうございます!
部屋へ戻ると、鳥のエサ入れに入れた筈の餌が無く成っていた。
部屋を見回しても、青い小鳥は居なかった。
「私が居る時に来て下さればいいのに・・・・」
少しがっかりして廊下の突き当りに有る水場でエサ入れを簡単に洗い部屋へ戻ろうとすると、大扉が開く音が聞こえて来た。
「エリン様、こんにちは」
「こんにちは」
アキが開ける扉をくぐって、キハラ様が両手にお昼のプレートを持って現れた。私は小走りでキハラ様へ近づくと挨拶をした。
両手が塞がっている私達の為に、アキが部屋の扉も開けてくれた。
「「ありがとう」ございます」
「気にすんなって、ってか、また青い鳥に食い逃げされてんの?」
アキの物言いはとても面白い。頭の中で母国語に変換するのに、知らない文章が入って来るのだけれど、多分崩れた言葉なのだと思う。私が、面白くてうふふっと笑うと、キハラ様が少し眉を潜めた。
「エリン様、アキは平民の中でも言葉使いが良くありません。真似はなさらない様にして下さいね」
「はい」
「へいへい。それでは、ごゆっくりお過ごしくださいまし~ぃ」
アキは軽く首を竦めると、私達が部屋へ入るのと同時に、わざと恭しく一礼をして扉を閉めた。
その姿に、私達は顔を見合わせて吹き出してしまった。
「そう言えば、青い小鳥が良く来ると聞いていますが、私は、一度も会った事ないですね」
「ええ、アキも無いんです。人が居ると来てくれないみたい」
私は少し寂しく思いながら窓を眺めた。コトリと音がして、キハラ様がプレートを机の上に置く音がした。今では、隣の部屋の椅子を持ち込んで2脚にしてあるので、キハラ様は、ご自身の椅子に座って、私を見上げる。
「取り合えず、お昼にしましょうか」
「はい」
私は諦めて窓から机へ視線を向けると、キハラ様が、ナップザックから小さな籠を取り出し、その中の包から、スパイシーな香りのする肉料理を、私達のプレートへ分けて入れてくれていた。
「これは、なんですの?」
「お口に合えばいいのですが、タンチと言う肉料理です。教会の食事は、健康的ではあるけれど、肉料理が無いので、今日は持参しました」
「美味しそうな香りですね」
「私の得意料理なんです。是非、お召し上がり下さい」
「ありがとうございます」
私は、いつもの葉物野菜とチーズのサンドイッチに、タンチを挟み、パクリと食べた。すると甘辛い味が口の中に広がり、ぼんやりとカレー風味だわと思った。
「美味しいです」
キハラ様がにこにこと頷き、ご自身もサンドイッチに挟んでガブリと食べる。
「パンに挟んで食べた事が無かったけれど、悪くないですね」
「ええ、とても美味しいです」
それからしばらくは他愛無い話をして食事を終えると、アキにプレートを返して戻って来たキハラ様が、何度か首を捻りながら椅子に座り直した。
「今、アキから聞いたのですが、ラジェット家が身元保証人になると言って来たんですか?」
「え・・・ええ。キハラ様がいらしたら話を伺おうと思っていたのですが、キハラ様もご存じなかったのでしょうか」
キハラ様は、眉を潜めて首を何度も捻っていた。
「ダスガン様からもガイエス様からも聞いていないですね。今日、騎士団に帰ったら聞いてみますね」
「はい、お願いします」
私が、週末冒険者のガイ様と一緒に冒険をしているのはキハラ様もご存じなのですが、その後、ガイエス様のお屋敷でお世話になっている事は、ご存じなのか分からない。
当初は、休日もキハラ様とお出かけするのかもと思っていたのだけれど、キハラ様のケガや巨大害獣の事で忙しくなってしまった上、毎回休日初日はガイ様と出掛ける事が決まり、休日のお誘いは有耶無耶の内に無くなってしまった。いえ、有っても断らなければならない状況に成っているのですが・・・。
「エリン様」
「はい?」
「週末の冒険者ガイとの巨大害獣退治ですが、我々騎士団も冒険者も、巨大害獣と殆ど出くわす事が無くなってきました」
「ええ。伺っています」
「ただ、それは我が第一騎士団は、ですが」
「?」
キハラ様が、ナップザックから地図を取り出すと、机の上に私が見え易い様に置いてくれた。
「我が第一騎士団は、王都の膝元を守っています。管轄はここですね」
指で、王都の塀の出入り口が有る辺りをぐるりと回して見せた。
「第二~第八は、大きく外側の方までの範囲があるのですが、まあ、流石にそこまで足は延ばせないので、その領地を管轄している領主と連携を取っています。何かあれば要請を受けて動く。みたいにね」
オルケイア国は大きい国です。騎士団の守備範囲の広さに私は、ただただ驚いて見ていました。
「第一騎士団の管轄は、王都に近い分小さい。けれども密度は濃いです。その為、エリン様が冒険者ガイと一緒に回って下さったお陰で、終結を迎えられそうなのですが、それ以外の騎士団の管轄はまだまだなのだそうです。それ故に・・・・」
キハラ様の困ったような声に、私は顔を上げました。
「他の騎士団から、不満が上がって来ておりまして、エリン様を借り受けたいと」
「え?」
「事実、第一騎士団の管轄内で、今現在、巨大害獣に巡り合うのはエリン様と行動をした時のガイ様以外居ないに等しいのです」
その様な事を、ガイ様からも伺った気がします。私は視線を地図に落としました。けれども、この様な広大な土地を連れ回されたとして、ガイエス様の侍女達からのリカバリーを受ける事も出来ないのであれば、私はどうなってしまうのでしょうか・・・。恐ろしさに体が震えました。
「現在のエリン様は、第一騎士団預りで教会に身を寄せて頂いています。ですから第一騎士団の管轄内しか移動出来ないと規制がされており、それが抑止と成っています。ですが、ラジェット家預りとなると、他の騎士団から、どう解釈をされるか分かりません」
「解釈?」
「抑止が外れて、他の騎士団からの要請を受けざる得なくなるかも知れません」
「・・・そんな」
私の声が震えているのに気が付いたキハラ様が、ハッとして私の顔を見る。きっと私は真っ蒼な顔になっていたのでしょう。
「いいえ!いいえ、そんな事は有りません。私の考え過ぎです!それに、ラジェット侯爵の当主様が、そんな事を許す筈がありません。きっと他に何か考えが有っての事だと思います!」
他の考え・・・週末だけ、他の騎士団の領地まで出向くのには、距離的にも無理があります。そう考えると、やっぱりガイエス様の醜聞阻止の為と考えるのが正しい気がしました。
「それに、司祭様が半年は教会預りにしてくれると言っているんですよね?流石に半年も経ったら巨大害獣たちも討伐されていますよ」
「・・・そうでしょうか?」
「騎士団だけでは無く、報奨金がいいので冒険者達も頑張っていますしね」
頭の中で、この間会った冒険者達の事を思い出した。高額報酬の為に、無理をする冒険者達もきっと多いのだろう。
「それにダスガン様やガイエス様が許さないと思いますしね。大丈夫です」
「え・・・ええ」
あのような冒険者達が何人も、私の知らないところで危険な目に合っているのかと思うと、胸がつぶれる思いがしました。けれども、私は巨大害獣を引き付ける事は出来ても、倒す事は出来ないのです。足手まとい以外の何物でも有りません。
「それとですね、エリン様に少しご相談もありまして・・・」
キハラ様が、少し口籠りながら私の様子を伺っています。どうしたのでしょう?
「現在、教会内でエリン様の一般開放が決まったと聞きました。そうなると多分、エリン様が作る薬も、規制がどんどん解けていくかと思われます」
「まぁ」
よく分からないけれど、良い事の様な気がします。キハラ様は、ご自身のナップザックから見覚えのある薬瓶を取り出し、机の上に置きました。
「あ、細かくしてくださったのですね!」
「はい」
机の上の薬を手に取り、目の前に持って来ると、綺麗な粉に成っていました。とても飲み易そうです。一回分の量を計算して油紙に一つづつ分ければ、お薬の完成です!とうとう、お薬が出来たのです。
「実はですね」
薬瓶に目を奪われている私を、嬉しそうに見ていたキハラ様が、意を決した様にして言われました。
「もし、よろしければエリン様の作られた薬の販売する権利を、我がミール領のファビレス商会に一任して貰えませんか?」
「ファビレス・・・商会?」
キハラ様の言葉を復唱すると、キハラ様が少し恥ずかしそうに俯いた。
「わ・・・私の、と・・つぎ先です」
「・・・嫁ぎ・・・さき!」
復唱しながら、私は語尾が高くなってしまいました。 びっくりするのもそうですが、今まで見た事が無い恥じらい方をするキハラ様に、つい私の頬も緩んでしまいます。
「キハラ様、嫁がれるのですか!?いつでございますか?」
「今年の末か、来年早々を予定しています」
キハラ様の年齢を考えれば当たり前の事なのでしょうが、もう少し、私の側にいて下ると思っていました。それが、半年くらいしか時間が無いとは思いませんでした。
「少し、寂しくもありますが、お喜び申し上げます」
私は、ウイスタル国での、祝福の挨拶をしました。すると、キハラ様は真っ赤な顔のまま、ふにゃりと笑われました。
「あ・・・ありがとうございます。い・・・いえ!それを言いたかったわけでは無くてですね、薬の話です」
「は・・・はい!」
私も、なんとなく居住まいを正し、キハラ様を見ました。
「今まで相談をしていた相手と言うのが、私の婚約者なんです」
「まあ、そうだったんですね!」
「今回、薬を粉末にするに当たり、事故的なものだったのですが、その効能がとても有益だと分かりまして、私の婚約者・・・ランディと言うのですが、一般で扱えるように成ったら是非、ファビレス商会で取り扱いをと、出来る事なら、薬の配合を教えて頂き、ウチで作り販売したいと申しております」
「え・・・?」
どう考えたらいいのでしょうか?私の作った薬は、ダスガン様が持って来て下さった市販の本に書かれていた回復薬に一つ薬草を足しただけの大したことも無い薬です。そこまで真剣な顔をしてやり取りをする程のものでは有りません。
「駄目でしょうか?」
「い・・・いいえ、そんな事は無いのですが・・・」
「勿論!ファビレス商会へ一任していただけるなら、売り上げの20%を報酬として支払いますし、調合を教えられないと言うのであれば、石臼引きから後の工程と販売を請け負わせていただき、75%を報酬として支払います。如何でしょうか?」
キハラ様が商人に成ってしまいました。・・いえいえ、そうでは無くて・・・。
「キハラ様、あの薬はそんな大したものでは無いのです。市販の書物に書いて有った回復薬に1つ薬草を加えただけなのです」
「あ、まだです!契約も何もしていないのに話しては駄目です!!」
両手で×印を作って、真剣な表情をしているキハラ様に、私はついくすくす笑ってしまいました。
「エリン様ぁ~」
「ご・・ごめんなさい。ちょっと面白すぎてしまって」
暫く止まらなかった笑いに、少しキハラ様が拗ねていらっしゃるのがとても可愛らしかった。
私は、笑いが止まると、キハラ様へ提案をした。
「キハラ様、私の作った薬に、本当にそこまでする価値が有るか、その目で見て頂けませんか?」
「ですが、薬師に取って薬の配合は機密事項です。それを見せてしまってもよろしいのですか?」
「はい。キハラ様ですし、見たら気が変わるかも知れない程、単純な薬なのです。それを見た上でも、先程と同じ提案をしていただけるのか、そちらの方が心配なのです」
「分かりました。見ても他言は致しません」
商人キハラ様は、とても誠実な方です。勿論、騎士団のキハラ様もですが。私は、立ち上がると、私達の研究室へと移動しました。
「本当に呆れるほどの調合なのですよ?」
私は、キハラ様に振り返り微笑んだ。