教会 一般開放 2
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
今年の幕開けが、大変な幕開けに成ってしまったのですが、それでも、本年が皆様にとっても良い年になる事を祈っています。
大きな扉のドアノッカーを叩く。
程なくしてアキが扉を開いて、私の手に持っていたプレートを受け取ってくれた。
「丁度良かった。オルターも来てるんだけど、仕事の前に司祭様がお呼びらしいんだ」
「はい」
アキはプレートを自身の部屋の机の上に置くと、私の方へ走って戻って来る。
「なんなんだろうね?もう既に一般のシスター達には会っているから、今さら心構えとか言われても困るよね?」
「ええ」
「それに、一般開放早くない?私は半年くらいは解放されないと思ってたんだ」
「そうなんですの?」
私が、アキを見上げると、眉間に皺を寄せたアキが、言いずらそうに続けた。
「・・・あのさ、エリンの事は信じてる!信じてるけど、これから一緒に行動する事になるシスターの殆どは平民だから、貴族としての礼儀は全く知らない人が大多数だ。エリンの事をどこまで知っているかも分からない。無礼な事をされて、腹の立つ事も有ると思う。出来る限りホローはするからさ、腹が立っても揉め事は起こさない方向で頼むよ」
つまり、これから平民として生きていくための、お手本となる人達とお仕事が出来るという事なのですね。アキが神妙な顔をし続けているので、私は力一杯に頷いた。きっと立派な平民に成って見せますわ・・・と。
「それとね、元貴族だったり、家から除籍された人もいるんだ。皆、着ているシスター服は同じだから、なんか高飛車な物言いをする人が居たら、そうだと考えて、出来る限り穏便に頼むよ!」
高飛車・・・見分けるのがとても難しそうですが、私はアキの言葉に、しっかりともう一度頷いた。
外で待っていたオルターと合流すると、いつも仕事をしていた個室を通り過ぎ、真っすぐに教会の奥へと歩いて行く。その間に、何人かのシスターや神官に遭遇したが、軽く会釈をしてやり過ごし、しばらく歩いた先の立派で大きな扉の前で、オルターが振り返った。
「エリン、ここで司祭様がお待ちです。失礼が無い様にお願いします」
「はい」
オルターは、自分の服装に乱れが無いかしっかり2回ほど確認してから、扉をノックした。内側から「どうぞ」という事が聞こえ、オルターが扉を開く。
一応、私もシスターの服装に乱れが無いか確認してから、オルターが開けてくれた扉の中へと歩を進めた。
私の後にアキが、その後にオルターが続き扉を閉めてくれた。
「急な呼び出しで済まなかったの」
「いえ、とんでもございません。おはようございます」
既に、仕事を始めていたのか、机の上には書類が山と積まれている。手に持っていたペンをペン立てに戻すと、司祭様は立ち上がり、右奥に有るソファーへと私を誘った。
そのソファーには既に、聖女カリエラ様が優雅にお茶を飲み、その後ろには白い騎士の方が立っていた。後ろを振り返ると、アキとオルターは入り口を守るように立っている。こちらには来てくれない様だった。
「エリン。こちらに座りなさい」
司祭様が、先に一人掛けのソファーに座り、カリエラ様の前の席を手で示した。
「はい」
指示されるままに、カリエラ様の前に立つと、シスターの礼をする。すると、カリエラ様は緩やかに微笑んで、黙礼をしてくれた。ちらりとレグイ様を見るが、私には全く興味が無いと言わんばかりに真っ直ぐ前を向いて立っている。
私と司祭様が、座るとどこに居たのか、シスターが司祭様と私にもお茶を用意してくれた。私は黙礼をし、司祭様を見た。
「もう既に一般のシスター達にも会ったじゃろう、どうじゃった?」
どう・・・と申されましても、一言も話しておりませんので、何と答えたものか。
「皆さま、テキパキとしていらっしゃって勉強に成ります」
「それは良かったの」
当たり障りのない会話に、3人ともふふふ・・・と愛想笑いをした。何か聞きたい事が有るのでしょうか?カリエラ様が、司祭様に視線を流している。司祭様も、軽く頷き私を見た。
「エリンはラジェット家とは繋がりが深いのかの?」
「ラジェット家で、ございますか?」
「うむ」
私は、お茶に手を伸ばし、一口飲んで考える。ラジェット家。それはガイエス様のご実家だ。いろいろと不測の事態がありガイエス様の邸宅に週末ご厄介になっているので、繋がりと言うよりは、ガイ様のせいで関係の無いガイアス様にご迷惑をお掛けしているのが事実だ。
「そうですわね。繋がりと申しますか、私の監視も兼ねてと思われますが、いろいろとサポートをして頂いております」
「ふむ。して・・・・何か打診などは有ったのかの?」
「打診・・・でございますか?」
私ははて?と首を傾げて見せた。いろいろと便宜を図って下さっているのは分かっているが、それについて、特に話した事は無かった。何か有ったのだろうか?
「申し訳ございません。まだ、あまりオルケイア国の事には疎く、もしかしたら何かお話が有ったのかも知れませんが、私としては何の覚えもございません。何かございましたでしょうか?」
カップを机に置いて答えると、司祭様とカリエラ様が顔を見合わせた。
「実はのぅ。先週半ばにラジェット家より、エリンの身元引受人に成りたいとの申し出が有ったのじゃ」
「え?」
寝耳に水だ。つい先日、ガイエス様と過ごさせていただいたけれども、その様なお話をした覚えは無い。
「流石に、エリンを受け入れて1か月強なのでの、時期尚早と伝えたところ、週末のみでも良いと言うので、週末のみラジェット家で、侍女見習いとして預かって頂く事になったのじゃ」
「侍女見習いでございますか?」
思いもしなかった事に復唱してしまう。
「侍女見習いなら、私の所でもよろしいでしょうに」
目前から、少し拗ねたような声でカリエラ様が私を見詰めて言った。私は目をパチクリさせながらなんと答えたものか思案した。
侍女も、旅をしながら出来る仕事ではない。はっきり言って不要と思える。しかし、ラジェット家からのお話だと言うし、昨日、あれだけ時間が有ったにも関わらずガイエス様や、執事からそう言った話は出なかった。と言う事は、まだガイエス様にもお話がいっていないのかも知れない。
それではなぜ、ガイエス様のご実家が動かれたのか?思い当たるのは一つしかない。
きちんと伺ったわけでは無いが、ウイスタル国の立ち位置で考えると、ガイエス様の地位は、1代限りの騎士爵と思われる。とは言えど、元は侯爵家、いろいろな事情が有ったとしても、未婚の女性を毎週、自宅へ招き入れる等、噂にでもなってしまったら醜聞以外の何物でもない。迂闊でございました。
私ったら、平民に成ったので、物事を簡略化して考え過ぎていました。平民の私にとっては問題なくても、ガイエス様を貶める行為でした。
目の前のお二人は、毎週、私がガイエス様の邸宅へご厄介に成っていた事迄は知らないご様子。きっと、問題になる前にと、ラジェット家が先手を打って下さったのでしょう。・・・しかし。
「そこまで、甘えてしまって宜しいのでしょうか?」
「え?」
私がこの国に来たがために、関係の無かったガイエス様までも巻き込んで、ガイエス様の評判を貶めてしまっては申し訳が無い。本当であれば、私は一人で身を立てる方法を模索すべきなのです。それを、皆様の優しさに甘えすぎていました。とは言え、独りになる事を考えると、急に不安に押し潰されそうに成ってしまい、知らず知らず私は、震える手を胸の前で握りしめた。
「いいえ、いいえ、違うのです!」
途端に、目の前から慌てながらも心配の籠った声が聞こえてきた。
「私は、少し拗ねてしまっただけなのです。侍女見習いでしたら、私でもご教授差し上げられましたのにと・・・」
私は、俯いた顔を上げ、カリエラ様を見る。カリエラ様がうっすらと頬を赤らめて恥ずかしそうにチラチラと私を見ている?
「私、前回お会いして、エリン様を気に入りましたの。ですから、もしエリン様が平民として生活するのが難しいと思われるのであれば、私の侍女としてこのまま教会に残って頂いても宜しいのにって思っていましたの。そうしたら、直ぐにラジェット家がエリン様を強引に連れて行こうとされるのですもの」
え・・・と。あ、そういう意味で言った言葉では無く・・・。
「まだまだ、時間が有ると思ってましたから、これからエリン様を口説き落とすつもりでしたの」
「・・・」
「それを、いとも簡単に、身元引受人だなんて!私は伯爵家の出ですので、侯爵家からの横槍では太刀打ちできませんでしたの」
どうしましょう。侍女に成りたい訳ではございませんとも言いづらいですわ。
「まあまあ、カリエラ、落ち着きなさい。取り敢えず最低でも半年は教会預りとし、エリンを見極める時間が必要と言ってある。週末はラジェット家で侍女見習いをして貰う事になるが、それもこれから身を立てる仕事の選択の一つとしてだ。この半年間の時間を使って、そのままラジェット家へ仕えたいのか、平民として暮らしたいのか、教会で暮らしたいのか、いろいろと考えてみると良いかと思うんじゃよ」
私は、一瞬で独りきりと言う思い込みを一蹴されてしまいました。しかも、思いもよらない告白を受けて、私の知らないところで、私の事を心配して下さる方々が他にもいらっしゃった事に、胸が熱くなりました。
「私には出来ませんでしたけれど、司祭様が時間を作って下さいました。これから、私とも仲良くして下さいましね」
私は、その言葉に答える前に、ちらりと後ろに立つレグイ様を見上げました。すると、こめかみがピクピクしています。きっと反対なのでしょう。私は、カリエラ様と司祭様を交互に見て頭を下げた。
「ありがとうございます。色々な事にチャレンジしてみたいと思います」
「18歳までは、まだまだ時間が有る、慌てる必要は無いんじゃぞ」
「そうですわ。半年後、決め兼ねる様でしたら、司祭様が何とかして下さいますからね」
司祭様が少し困った顔をしている様ですが、私は、つい嬉しさの方が勝り、頷いてしまいました。
「その時は、よろしくお願いいたします」
「うむ。・・・老体に鞭打って頑張ろうかのう」
「そうなりますと、週末はラジェット家へ侍女見習いとして伺う事になるのであれば、今後のガイ様との巨大害獣探しはどうなってしまうのでしょうか?」
「その話については、何も連絡が無かったのう。週末は、全てラジェット家で監督するとの事じゃったので、騎士団の方へ連絡が言っているかも知れん。すまぬが聞いてみて貰えるかの?」
そっと後ろを振り返ると、アキが大きく首を横に振っていた。
「はい。本日、キハラ様がいらっしゃったら伺ってみますね」
「あら?そうなりますと、エリン様がお休みする日が無くなってしまうのでは?」
「ほう。それもそうじゃの。少し、仕事の日にちを減らした方が良いかの?」
「実家にいた時から比べると、のんびりしたスケジュールです。今のままで問題ございませんわ」
私がそう伝えると、困った様な顔をしたカリエラ様と、のほほんと笑顔の司祭様が顔を見合わせた。
「エリン様、もしよろしければ偶に、お茶をご一緒しませんか?私は、聖女と認定されてから、殆どこの教会から出た事が有りません。不満は有りませんが、もし、エリン様の過ごされたウイスタル国のお話など伺えたら嬉しいのですが」
私は困って、司祭様を見た。
「それは良いかもしれんのう。エリンが良ければ・・・じゃがの」
私は、そっと後ろに立つレグイ様を見た。すると、真正面を向いたまま、とても渋々とではありますが、小さく頷いてくれました。
「ありがとうございます。機会がございましたら、よろしくお願いいたします」
「ええ、司祭様にもご了承を頂いたので、近々私の部屋へご招待いたしますわね」
「楽しみにしています」
その後は暫く、教会での仕事や奉仕活動について歓談し、気が付くと仕事の時間が終わっていました。
「今日のお仕事は終わりじゃの」
「え!?」
司祭様が、にこにこしながら、オルターに目配せをした。すると、オルターがこちらに近づいて来ると一例をして私に退出を促して来る。
「エリン。またの」
「楽しかったですわ」
私は立ち上がり、お二人にシスターの礼にて答えると、司祭様の部屋を後にした。
「あの・・・本日のお仕事はしなくても宜しいのでしょうか?」
「はい。司祭様が仕事は終わりですと仰っているのですから。それに、今から行っても、仕事は有りませんしね」
上機嫌のオルターは、司祭様のお話が聞けて感無量だったようだ。幸せいっぱいの笑顔で、私達を部屋まで送り届けて下さった。