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婚約解消

 病室の中を、狼狽えながら侍女達が走り回っている。

 それを片目で追っていると、年配の侍女が私へ歩み寄って来た。


「エリンシア様、恐れ入りますがエリンシア様が着られていたドレスは血だらけだった為、処分いたしました。その連絡は、バズガイン侯爵様にもお伝えした筈なのですが、代わりのドレスが届いておりません」


 酷く恐縮して話す侍女に私は微笑む。

 そうね、もう廃嫡すると決まった娘の為に何かをしようとも思わないのでしょう。それとも、私の為に何かをしようと、思いつきもしないのかしら?

 この病室に、私の荷物は一つも無い。

 いえ、目覚めた時にアイテムボックスに入れたアクアマリンのネックレス。これだけが私の私物ね。


「王子様や他の皆さまをお待たせする訳には行きませんわ。王城の侍女のお仕着せで構いません。私が着れそうなものは有りますか?」

「え・・・ございますが、何分新しい物は無く、着古したものしかございません」


 身を固くし俯く侍女と、その周りで走り回っていた侍女達が私をじっと凝視している。

 私がしっせきすると思っているのね。どう考えても貴方達に責任は無いでしょうに。

 今まで考えた事も無かったけど、私ってどんな人間だと思われているのかしら?


「それでいいわ」

「畏まりました」


 足早に、年配の侍女が席を外すと、数分もせずに一番新しめのお仕着せを持って戻って来た。

 手早くそれを着せて貰うと、今度は私の髪をどうしたらいいのか分からず、また躊躇している。

 そう、本来の私の髪は、腰くらいまであったのだけど、兄の放った風魔法は、顔に傷を負わせるだけではなく、左側の髪も一緒に斜めに切ってしまい歪だった。

 あの時、防護壁を出せなかったのは私だけで、他の来賓者は直ぐに防護壁を出し身を庇ったのだそうだ。


「一番短いところに合わせて、髪を切って頂戴」

「で・・・ですが!髪は貴族女性の嗜みです」


 切るのを躊躇う年配の侍女に、私はさも当たり前の様な口調で言う。


「これから、平民に成る私ですもの気に成らないわ」


 侍女たちが顔を見合わせて首を振りまくっている。

 今は私の命令でしたとしても、切った後に難癖をつける貴族は多い。下級貴族の彼女たちはそれを恐れているのだろう。


「大丈夫よ。この扉を出て行った後、次に現れる私は、侯爵令嬢ではなく平民なのですから」


 周りを見回し、意を決した年配の侍女が一歩前に出た。


「そのお役目、私が承ります」


 静かに一礼し、震える手で鋏を持って近づいて来た。

 鏡の中の私は、左半分に大きなガーゼが当てられている。薬と魔術が練り込まれたカーゼで、ぺったりと顔にくっ付いている。取ろうと思えば簡単に剥せる。不思議なガーゼだった。

 私の髪の毛が少しずつ短く成って行くのが見える。

 

 一番短いところが肩くらいだった。緩いウエーブの掛かっている髪は、切られる度に横に広がって行く。

 切り終わった髪が半円の様に広がってしまい見苦しくて、私は泣きたくなった。


「失礼します」


 いつの間に近づいていたのか、若い侍女が私の髪を櫛で数回梳くと、両サイドを編み込み、左右を真ん中で纏めて、ピンクの可愛らしいリボンを付けてくれた。

 広がって見苦しかった髪は、整えられ短いながらも可愛らしい。


「ありがとう」


 私は、心から彼女達に礼を言った。私の貴族としての最後の身支度を整えてくれた事に。

 侍女たちは少しホッとした顔をした後、深々と礼をした。

 私は立ち上がり扉の前まで来ると、年配の侍女が、ヒールの無い靴を私の目の前に用意した。


「この靴はまだ誰も履いていない新しい物でございます」

「ありがとう」


 靴も無くなっていた事には驚いた。金糸の刺繍が施され、小さな宝石も付いて居たので、気に入っていたのだけど、きっといい値が付いたのね。ちらりと後ろを見ると、侍女達が縮こまっている。

 今更どうでもいい事だった。


 室内履きはヒールが無いのが当たり前だが、部屋の外へ出るのにヒールが無いのは初めてだ。

 私は、頭からつま先まで、城メイド装束と成った。

 侍女が扉を開けると、そこには私を連行する為に待っていた騎士団長が居た。

 この方は、私が登城し、王子とのお茶会をしている時に、必ず警護で付いてくれていた人だった。

 騎士団長は、私を見ると一瞬目を見開いたが、直ぐに平静を装い、騎士の礼を取った。


「ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 私は(いざな)われるがままに、騎士団長の後を付いて行く。後ろには2名の騎士が付いて来る。

 これから、婚約の解消と私の処分が決まる。

 心臓が激しくがなり立てる。味方がどこにも存在しない恐怖。全て相手の掌の上だ。

 極刑を言い渡されない事だけを密かに祈りながら、私は長い廊下をゆっくりと歩いた。




◇◇◇◇


 そこは、大きな広間で、奥に壇上台があり、その前に5大侯爵家に連なる宰相のアズバル・シートス様が、書類の束を机に置き立っていた。

 その左側に王子と聖女ルメリア、その後ろに騎士が2名、王子達を守る様に立っている。

 右側には父と兄が立ち、その後ろにも騎士が2名立っていた。そこから少し離れたところに、見た事が無い服装の男性2名と女性1名が立っている。

 私は、促されるままに壇上台の前に立つ。すると騎士団長と騎士2名は、王子の居る左側に控えた。


 宰相のアズバル様は、私の姿を見ると少し眉を顰め、父の方を見た。父は全く意に介さず前を向いている。

 アズバル様は視線を私へ戻すと、静かな声で語り掛けて来た。


「私、アズバル・シーストが国王陛下の名代となり、エリンシア・バズガイン殿の此度の罪に対する判決と事後処理を行います」

「はい」


 裁判すらも無い。反論の自由も無く、塗り固められた嘘で私は裁かれるのだろう。


「私との婚約破棄の手続きを先にしてくれ。この女の処罰はその後でいい」


 一瞬、私の心は沸き立った。先にあの鎖が解き放たれる。ほんの少し鎖が外れただけで、小さな魔力が私の中に灯った。全部の鎖が外れたら、極刑から逃げ出すだけの力が手に入るかも知れない。

 私は少し体に力が入ってしまい、ふるふると震えた。

 アズバル様は、王子を見た後に私を見て静かに言った。


「王子のご意思もある。婚約解消の手続きを先にするが、エリンシア殿も良いか?」

「はい」


 望むところです!でも、気取られてはいけないわ。私は、小さく息を吐き、体の力を抜いた。

 アズバル様は、壇上台の上に置かれた書類箱から強い魔力を発している羊皮紙の契約書を取り出し置いた。

 そして再び、書類箱から別の強い魔力を発している羊皮紙を取り出す。


「一枚目に置いたのは、婚約の契約書です。この契約を破棄し、無効とする為の書類はこちらに成ります。お双方共に書かれている内容をご確認の上、納得されましたら署名と血判をお願いします」


 婚約の契約書からは、薄い桃色の魔力が出ており、その魔力は、鎖と成り私と王子に絡みついている。

 王子は渡された婚約解消の契約書を手に取った。


「婚約解消なのだな。婚約破棄では無いのか?」


 ガーウィン王子が、契約書から目を離さずアズバル様に問いかける。瞳はせわしなく文字を追っていた。


「はい。今回のエリンシア殿の罪は許しがたいものもございますが、結果的は、悉く(ことごと)失敗でした。それに年齢も15歳とまだ未成年であり、廃嫡予定でもあります。であれば、廃嫡前の不祥事がバズガイン侯爵家に災いと成らないようにとの国王様よりの配慮でございます」

「そうか。内容は問題ない。だが、一文追加して貰いたい文言が有る」

「なんでしょうか?」

「【エリンシア・バズガインが一度(ひとたび)国外へ逃れた場合、再入国は一生涯認めぬ】とね。あ、これから平民と成った場合、名前も変わるのか?その名前にしておかないと意味は無いだろうか?」


 ガーウィン王子は、今まで見た事が無い侮蔑を含んだいやらしい笑い方で私を見た。

 本当に、もう、私の知っているガーウィン王子は居ないのだと私は俯いた。


「血判を押しますので、名前が変更されたとしても有効です。が、エリンシア殿は如何されますか?この文面を追加しても宜しいでしょうか?」

「はい」


 異を唱える必要性も感じない。もし、この国を出たとして、再び会いたい人など、この国のどこにもいないのだから。

 私の答えを聞くと、直ぐにガーウィン王子が書類をアズバル様に手渡した。この契約書を作成したのがアズバル様なので、訂正や追加もアズバル様にしか出来ないのだ。

 文言が追加された契約書に署名と血判をおしたガーウィン王子は、さあ書けと言わんばかりに私を見た。


 私は、一歩前に出ると、壇上台の上の契約書に書かれている内容を、さらりと見た。

 本当にバズガイン侯爵家の損になるような文言は一つも無い。

 代わりに、私を廃嫡する事が条件の一部だと明記されていた。

 国王陛下が、どれだけ5大侯爵家を大切にしているのか、そしてバズガイン家がどれだけ私を不要と思っていたのかが良く分かった。

 私は無言で署名し血判を押した。


「それでは、婚約解消の手続きを行います」


 アズバル様が、婚約の契約書の上に婚約解消の契約書を乗せると、小さな声で呪文を唱え始めた。

 私は魔力が無かったので、魔法の勉強をした事が無い。聞いていても全く分からない呪文だった。

 しかし、目の前で婚約の契約書が、婚約解消の契約書の下で燃え上がり、婚約解消の契約書を突き抜けて煙と成って散って行く、それと同時に、王子に繋がっていた鎖は簡単に消滅した。


 しかし、私に繋がっている鎖は、私の体の最奥から次々と吹き出すように現れ、消えてゆく。

 何度も何度も体の奥底から鎖が千切れ、代わりに今まで感じた事の無い力が体中を駆け巡る感覚に眩暈がして、私は胸元を抑え跪いてしまった。


「これで婚約は解消されたのか?契約書が燃えただけで何もないようだが」

「はい。滞りなく解消されました」


 王子は不思議そうに、燃え残った婚約解消の契約書を見た後に私を見て鼻で笑った。


「大袈裟だな。そんなに婚約解消されたのが悔しいのか?」


 私は、跪き俯いたままの状態で、一気に転生前の里中江里の人生をトレースしていた。情報量の多さに眩暈がするが、体中を巡る魔力は私に踏み止まる力を与えてくれた。


「エリンシア・バズガイン殿。これから君への処罰を通達する。立てますか?それとも休憩を挟みますか?」


 アズバル様の声には、心配してくれているのがにじみ出ていた。


「い・・・・」

「駄目だ!今すぐ全ての手続きを済ませて下さい!」


 私の声にかぶる様に答えたのは、兄のサイザスだった。



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