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キハラ様の悩み

今回は、ちょっとキハラの私生活が入ります。本編に関係ないのであまりエリンの側にいる人達の事を書いていませんが、いろいろ妄想していたりします。

 私は、いつもより重いナップザックを背負ってその店の扉を開いた。


「いらっしゃいませ。キハラ様」

「こんばんは」


 この店は、市民が使う中でも高級なレストランだ。今日はエリン様の話をしたいので個室を取って貰っている。


「お連れの方は既にご到着しています」

「ありがとう」


 ウエイトレスに連れられて、店の奥の個室へと案内される。いつも使っている個室だ。ウエイトレスがノックすると中から聞き馴染んだ声がした。


「どうぞ」


 ウエイトレスが扉を手前に引いて私を先に入れてくれる。


「お待たせ!遅れてごめんなさい。今日もいろいろあったの」


 私は、仕事終わりで騎士団の女子寮へ戻る為に、普通の服に着替えている。部屋の中には、上品な服を纏い、段を付けて耳元の直ぐ下までで揃えた清潔感のある紺色の髪に、同じく紺色の瞳を持つ男性が直ぐに席を立って私を迎え入れてくれた。


「いや、私も今来たところだ」


 私達が軽い挨拶を済ませると、その男性がウエイトレスに食事の用意をするよう伝え、私をエスコートして椅子を勧めてくれる。私もナップザックを下ろして椅子に座った。

 程なくして注文された食事が並べられ、部屋は二人きりになった。


「実はね、この間お願いしていた石臼の他に、今日はちょっと見て貰いたい物もあるんだ」


 私が、料理を後目にナップザックを膝の上に引き上げると、彼がそれを止めた。


「キハラ、まずは食事にしよう。その後に詳しく聞くから」

「え?・・・ああ、そうだね。ごめんなさい」


 私は(はや)る気持ちを抑えながら、ナップザックを元に戻し、彼を見た。

 彼は、ランディ・ファビレス。私の婚約者だ。彼は、平民だが、ミール領の中では一番の大店の跡取り息子。兄と同い年で幼馴染、気心も知れていて何でも相談が出来る相手だ。


 ランディは、15歳の時に王都の貴族院上等部へ編入試験をパスして入学し、大学部までも在籍し卒業した。勿論、跡取り息子として他の貴族との繋がりを作る事が目的だったのだろう。


 貴族院は、貴族の子であれば必ずそこを卒業しなければ貴族とは認められないと言われている学園だ。しかし、知力が高かったり、財力がある平民も、ある一定度の条件を満たせば入学は可能だった。

 私は貴族の子女として10歳に成った時から王都の学院へ入学していたので、父から話を聞いた時は驚いたものだ。


 私は、父からランディの人脈づくりに力を貸すように言われていたので、何かの集まりが有る度にランディを呼んだ。それもあってか、私は嫁ぎ先を探すのに・・・はっきり言って失敗した。

 これは私の黒歴史に当たるのかも知れない。代わりにランディは私よりも貴族の人脈や友人が多かった。


 何人かの下級貴族のご令嬢が兄やランディに言い寄っているのを何度も見かけた事が有る。ランディは、子供の頃こそガキ大将タイプだったけれども、大人になるにつれ、母親の美貌を受け継ぎ、爽やかなイケメンに変貌していて、しかも大店の跡取り息子なので、人気があったのだ。

 その姿にショックを受けた私は、初めてランディを好きな事に気が付いた。と同時に、ランディの周りにいるご令嬢と自分を見比べて、完全に敗北している事を理解した。


 周りが婚約者を決めて行く中、一人取り残された私は、一人で生きて行く方法を探した。そして、必死に経験を積み、卒業時に騎士試験を受け見事合格したのだ。

 合格を報告した時の兄とランディの顔は今でも忘れられない。落ちたら恥ずかしいと、隠して試験をうけていたので、二人ともおめでとうと言うまでの間に、凄く時間が掛かっていた。両親にも手紙で報告したのだけれど、返事がとても遅かった。


 その後、兄が貴族院を卒業するまでは、今まで通り、ミール家が借りている屋敷から騎士団へ出勤していたが、なぜか毎週ランディが遊びに来ていた。そして兄達が卒業を迎える半年前、突然、ファビレス商会が王都に支店を出し、その責任者としてランディが王都へ残る事に成ったと知った。

 兄達がミール領へ帰ってしまうのは、寂しいと思っていたので、とても嬉しかった。


 そして、二人が無事に卒業を迎え、その祝いにと高級なレストランを予約していた日。私は騎士団の仕事から戻り、一度家で着替えてから出かける事にしていた。その時、ランディが迎えに来てくれたのだ。両手一杯に花束を抱えて。そして、プロポーズされたのだ。


 私は、目を白黒させて驚いた。ランディは可愛らしいドレスの似合う貴族令嬢と結婚するのだろうと思っていたので、なぜ私にと言う気持ちの方が大きかった。

 すると、子供の頃から好きだったと、兄が先に王都の学校へ行った時は気にも成らなかったが、私が王都の学校へ行ってしまった時には慌てて親を説き伏せ、猛勉強をして貴族院への編入試験を受けたのだそうだ。

 私が貴族院を卒業する1年程前から、親同士で結婚の話を進めていたらしい。だが、ランディと結婚するという事は貴族籍を抜けるという事になるので、私の気持ち次第だったそうだ。

 そんな時に、私の騎士団入団と言う話が出て、いったん白紙に戻ったのだそうだ。


 諦めきれなかったランディは、毎週家に押しかけて来ていたらしい。私はアプローチを受けていた記憶が殆ど無く、兄と仲良しだなと思っていただけだった。けれど、元々ランディが好きだった私は、突然のプロポーズに真っ赤になって頷いた。それに気が付かないランディは、次から次へと妥協案を打ち出し、私は、騎士団を辞めてお嫁に行ってもいい気持ちだったのだけれど、ランディは拠点を王都に持つので、結婚後も騎士団も続けて良いと自分から提案し、そうする事にしたのだった。



◇◇◇◇


「今日は、鴨が入荷したそうだから、鴨肉のソテーを中心としてシェフにお任せで作って貰ったが良かったか?」

「ええ、ありがとう!美味しそうだわ」

「追加したいものがあれば言ってくれ」


 そう言いながら、シャンパンバケツから、良く冷えたシャンパンを、グラスに注いで渡してくれる。私は人に聞かれたくない話が多いので、食事をサーブして貰ったら、呼ぶまで誰も部屋には来ない様にしてくれている。

 私達は、しばらく食事を堪能し、私としてはその後の話がしたくて来ているので、シャンパンも1杯でやめた。その姿に、なぜか少し眉間に皺を寄せたランディに、私は首を傾げた。


 食後のお茶が机にサーブされ、やっと私は本題に入れると身を乗り出した。


「あのね!」


 私は早速、エリン様から取り上げた魔道具をナップザックから取り出し机の上に置いた。


「これは?」

「聞いたら驚くよ!これは聖女のカリエラ様が幼少期に使われたポーションを生成出来る魔道具なんだって」

「それは・・・また、凄いものを持って来たね。大丈夫なのか?」

「うん。本当はエリン様が頂いたものなのだけど、魔道具の仕組みを調べるのに、魔道具師に見せてもいいって了承も貰っているそうなの!調べて貰えるかしら?」


 私の言葉に手を伸ばしたランディが、魔道具を持ち上げていろいろな角度から見ている。


「うちのお抱えの魔道具師が居るから、話をしてみよう」

「ありがとう!お願いね。それは聖魔法を使わないと使えない魔道具らしいんだけど、魔力が無くても使える様に改良出来ればありがたいのだけど」

「一朝一夕にはいかなさそうだが、多分、興味は持ってくれると思うよ」

「ありがとう!それと、この間渡した薬草はどうだった?石臼だともう少し細かく成った?女性・・・と言うよりは女の子でも使えそうな大きさの石臼は有った?」


 矢継ぎ早に言う私に、ランディは小さくため息を付いた。


「・・・君が、大事な話があるからって言うから部屋を取ったんだが、それが大事な話なのか?」


 私は大きく(かぶり)を振った。今の私に、エリン様以外の大事な話なんて有っただろうか?いや、無い!真剣な私の表情をじっと見たランディが突然手を出した。


「何?」

「この間、君に上げたペンダント付けてる?」

「ええ、勿論」


 私は、前回会った時に、肌身離さず付ける様にと言われてプレゼントされたペンダントの鎖を引っ張り服の中から引きだして見せた。プラチナの鎖にペンダントトップにはペリドットが埋め込まれている、魅了阻害の魔道具が付いているが、細工が可愛らしいので、お気に入りだ。


「隊の皆に見せたら、可愛いって好評だったんだ。ありがとう」

「うん。エリンの所へ行った時も外してないよね?」

「勿論、あ、でも見せてはいないよ。エリン様の所に行くとやらなければいけない事が多くて、それどころじゃないんだ」

「うん。別に見せなくてもいい。付けてれば・・・ね。そうそう、石臼の話だったね」


 話が元に戻ったので、私は話したい事を優先させた。エリン様の事で話したい話は沢山あるのだ。しかし、言えない事も多くとても心苦しかった。


「石臼で擦らせたらいい感じになったよ」


 仕事で使っている鞄から取り出されたエリン様の薬は、綺麗な粉末の薬になっており、これなら飲み易そうだった。


「ありがとう!これなら粉薬と言えるね」

「ああ、だが、非力な女性が使えそうな石臼は無かったよ。もし、量産するつもりが有るなら、うちを通して粉末にしてもいい。もしくは、この間の状態でうちへ卸してくれるなら販売も請け負ってもいいよ」

「え?どうして?」


 この薬は、只の試作品だ。エリン様が言うには本に書いて有る通りに調合し、それに自分なりに良いかもと思った薬草を少し加えてあると言っていた。まだ、試飲もしていないから効果も分からない。


「実はね、石臼を引いている職人が、前日に腕を怪我していてね、いや、大した傷では無くて数針縫ったくらいだったそうなんだが、石臼に残った粉末の薬を舐めてしまったらしいんだ。そうしたら、1週間くらいで治るだろうと思っていた怪我が、翌日には傷が塞がって、次の日には怪我の後すら無くなったと私に息巻いて報告してきたんだよ」

「凄い!流石はエリン様だわ!」

「・・・そうだね」


 どうしてなのかエリン様を褒めると、決まってランディはしかめっ面になる・・・。


 しかし、私は困ってしまった。粉の粒を小さくする方法を考える為にと軍に報告もせず勝手に、ランディに渡してしまった物だ、まさか効果まで調べられてしまうとは思わなかった。と言うか、市民を危険な目に合わせてしまった事実に困惑するしかなかった。


「何か困ってる?」


 私が静かに成ったので、気が付いたのだろう。ランディは仕事柄か人の心情の機微に敏感だ。


「前に話したように、エリン様は第三級犯罪者で、保護観察対象者なのよね。今回は身内だからと、つい私の独断でランディに粉末に出来るか試して貰ったの。まだ、その薬の成分などについては軍の管理下にあるから・・・」

「そうか、それは済まなかったな。じゃあ、きちんと軍の許可が下りてからでいい、前向きに考えて貰えないかエリンに確認してくれないか?その間は、皆に厳しく口止めをしておくから」

「ええ!勿論だわ。エリン様は薬師に成りたいって言ってるから、喜ぶと思うわ」


 私は嬉しくなってランディを見上げた、するとランディが何故か立ちあがり、隣の席に移って来た。


「じゃあ、これでエリンの話は終わりでいいよね?」

「え?」


 私の手を取るとその甲に口づける。私の心臓は一気に跳ね上がった。


「まさか、エリンの話だけで終わりじゃないよね?」


 プロポーズ後、ランディは、貴族に習って思わせぶりにすると、私が全く気がつかないと知り、それからは、直接的に好意を示すようになっていた。それはそれで心臓に悪い。


「来年には結婚式を挙げたいと思っている。仕事の関係も有って王都とミール領と両方で式を行う予定だけれどいいよね?」


 態となのだろう、椅子に座っているだけならそれなりの距離が出来るのに、必ず私の手を取り、体を寄せて来る。その行動は、経験の少ない私には恥ずかしくて堪らない!昔の様に兄弟みたいにしてくれていいのに、必要以上女性扱いされて私は居ても経っても居られなくなる。

 私は握られた手を必死に離そうとしつつ答えた。


「そ・・・それは構わないわ。仕事第一よね。勿論、ミール領の皆にも祝福して貰いたいから、日にちが決まったら教えてね。騎士団に休暇願を出すから」


 やっと手を離してくれたかと思ったら突然抱きしめられた。


「ありがとう、けれど、日にちは一緒に決めよう。仕事の関係も有るけれど、私達の記念日に成るんだからね」

「う・・・・うん」

「愛してるよ、キハラ」

「うう・・・・わ・・・たしも」


 直接的になったランディは、とても恥ずかしい言葉を連発する。エリン様の為に個室を取ったのに、私の羞恥心を隠すための個室に成りつつある。そう思った時に、ふと思ってしまった。


「ねえ、ランディ。これは私の考え過ぎなのかも知れないけれど・・・」

「ん?」

「もし、私が毎週、別の男性と馬に二人乗りして冒険をしていたとしたら、ヤキモチを焼く?」

「焼くね」


 私を抱きしめる腕に少し力が籠った。きっとランディの眉間に皺が寄っている筈。けれど、恋愛について殆ど経験の無い私には、質問出来るのはランディしか居ないのだ。


「勿論、これは仕事だから、仕方の無い事なんだけどね」

「関係ないよ、君が毎週別の男と馬の上で抱き合ってるだなんて、考えただけで嫉妬でどうにかなりそうだよ」


 私を離すまいとしているランディに、少し口元が笑ってしまう。両手をランディ背中に回して私からもキュッと抱き付くと、少し腕の力が抜けた。


「私の事じゃないわ。私は自分で馬に乗れるもの」

「それもそうだな。じゃあ、そいつは知ってるのか?自分以外の男と、彼女が毎週馬に乗ってる事を」

「うん。知ってる。と言うかその人が取り決めたように聞いているわ」

「そうか、なら脈無しだな」

「え?」


 耳元で言われて、私は首を傾げた。


「そうなのかしら?私は、ガイエス様はエリン様の事が好きだと思っていたのだけど、思い過ごしなのかしら?」

「ん?まだ、エリンの話が続いていたのか?」


 少し不機嫌になった声が聞こえたが、私は無視して話を続けた。


「エリン様が部屋を見て泣いただけで、突貫工事で部屋を治してあげたりしても?」

「ガイエス様って、聖人様だろう?」

「ええ、そうよ」

「確か、侯爵家だよね?」

「そうね」

「お金の感覚がおかしいだけで、特に不満を持たれない様にしただけじゃないのか?」

「そうかしら?冒険をすると言ったら、高級で良いスキルの付いた防具を買って上げたりもしたのよ?」

「金を出すだけで済むならって事じゃないのか?」

「他の男性と冒険をした翌日は、疲れ切ったエリン様を労う為に、何人か侍女を雇ったらしいのよ?」

「あー。それは接待だな」


 突然、ガバット体を引き離されて、私の手がランディの服の端を掴む。ランディはそんな私の顔を覗き込むと、額と額をくっつけて、ゆっくりと、また私を自分の方へ引き寄せる。私は、恥ずかしいと言うよりも、この甘やかな感じにうっとりと成っていた。


「こうやって好きな人と肌が触れ合うだけでも、こんなに幸せな気持ちになるんだ」

「ん」


 ゆらゆらと体をゆらされて、先程の力よりも全く強くなく抱かれているのに、先程よりも気持ちが良くって、自からランディに擦り寄ってしまう。


「もし、キハラが別の男とこんな事をしていたらと思うと、相手の男を許す許さない以前に、始末してしまいたいね」

「ふふ。私はランディ以外にこんな事を許したりしないわ」

「絶対?」

「うん、絶対」


 気持ちの良いまどろみの中でも、エリン様とガイエス様の事を、どうしても考えてしまう。エリン様はきっとガイエス様が好きだろう。けれど、ガイエス様は、思ったよりもエリン様を好きでは無いのかも知れないと・・・。


「まあ、いずれにしても第三級犯罪者と聖人様ではどうしようもないんじゃないか?」

「ん?」

「もし、お互いが好きあっていたとしても、結ばれるのは難しいだろう?」

「・・・エリン様は、無実じゃないかと思うの」

「それが証明できるなら違うかも知れないが・・・いや、出来たとしても国同士の外交問題もあるだろう?翻すのは難しいと思うな」


 ランディが言う事は正しいと思えた。本人だけではどうする事も出来ない事は多い。


「二人の事は二人に任せるしかないさ。キハラは、キハラが出来る事をすればいい、私が手伝える事は手伝うから」

「うん。そうね、私、エリン様の為に出来る限りの事をする!頑張るわ!」


 途端に、力一杯に抱きしめられた。


「ああ、なんか焼けるなぁ」


 何に焼けるのかよく分からなけれど、折角なので私もしっかりとランディを抱きしめ返した。




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