偽魔法と巨大害獣退治 3
誤字脱字報告ありがとうごさいました。大変助かります。これからもよろしくお願いします。
幾つかの必要な薬草を摘み終わると、私達は、馬に乗って移動を開始した。
山の中腹なのだろうか、少し開けた場所に差し掛かると、直ぐに巨大害獣が現れた。
「ここ数日は、全く巨大害獣に会わなかったから、もう居ないのかと思ってたよ。流石だね」
ガイ様がにっこり私を見て笑うとするりとリッキーから降りる。直ぐに剣を構えて、私めがけて走り込んで来る巨大害獣を難なく倒してしまった。少しくらい怪我をして下さったら、薬を飲んで貰えますのに。
いいえ、キハラ様から人体実験は駄目って言われていました。・・・とは言え残念です。
私が、アイテムボックスに巨大害獣を3匹ほど収めると、そろそろ下山しようとガイ様が仰いました。
「良いのですか?今日は3匹しか討伐出来ておりませんが?」
薬の調合等で、少々時間を使いすぎてしまった為、心配になって聞いてみた。
「ああ、このところ巨大害獣に出くわさなかったから、半分は確認作業のつもりだったんだ。3匹も討伐出来ればいいだろう」
「そうでしたのね」
「ああ、帰ろう」
良かった。今日はそこまで疲れていないわ。明日のガイエス様とのお出かけも普通に出来るかも知れません。少し嬉しくなってふふっと笑うと、ガイ様が不思議そうな顔で私を見て来た。
「なんなら、もう少し薬草を探しに行く?」
とんでも有りません。折角体力が残っているのに、その体力を全て使い切るつもりはありませんわ。
「いいえ、戻りましょう」
私は、きっぱりと意志をつたえました。すると、ガイ様はひょいっと私の後ろに乗り込み、リッキーに鞭を打ちました。
「よし!じゃあ、戻ろうか」
リッキーが軽快に山道を走っていた矢先でした。パーンと言う音と、見覚えのある狼煙が上がったのです。
それは真っ赤な煙でした。確か、緊急を要する救難信号だった筈です。私は、振り返りガイ様を見ました。ガイ様は狼煙の方角を目で追いながら、仰いました。
「エリン。申し訳ないが、少し寄り道をしてもいいだろうか?」
「勿論ですわ」
あの日、あの狼煙を上げた時、私達がどれだけ絶望的な思いで助けを待ったか、その時の気持ちを思い出し、今、その渦中にいる人達が心配になった。
リッキーの速度が上がり、私は必死に鞍にしがみ付いていた。すると頭の上から声がした。
「エリン。これからもしかしたらとても酷い惨状を見る事になるかも知れない。けれど、絶対に聖魔法を使ってはいけないよ」
「え?」
「君の聖魔法は、とても異質な物だ。あり得る筈の無い奇跡が目の前で起きてしまったら、どんなに口止めをしても漏れてしまうものなんだ。もし本当に秘密を守りたいのなら、むやみに使ってはいけないよ。もし、使ってしまったら、今から助けに行く人達を、逆に殺さなければいけないかも知れない」
「・・・そんな」
「君は、魔法が使える事を秘密にしたいんだろう?」
私は、こくりと頷いた。
「秘密を守ると言う事は、それだけ難しい事なんだ」
その言葉と一緒にリッキ-の速度を上げたガイ様に、私は何も答える事が出来ず、ただただ困惑していた。
赤い煙の間地かに来ると、左の方から獣の嘶きと人の声に成らない声が聞こえて来た。直ぐにガイ様はリッキーをそちらへと走らせる。すると、少し先の方に剣士らしき男性が血を流して倒れており、その傍には魔導士らしき女性が、必死に火の玉を作り巨大害獣に何度も打ち込んでいた。その威力は弱く、近くへ寄せない様にするのが精一杯の様だった。
「サーベルイタイガーか・・・」
「サーベルタイガー?あれも巨大害獣なんですか?」
「いや、あの大きさで通常の大きさだ。しかし、肉食系の強力な獣なので、推奨はBランク以上だな。どうみても、あの二人はそれ以下のランクだろう」
木々の合間から覗き見ている為、サーベルタイガーも冒険者達も私達には、まだ気が付いていなかった。
「エリンはここで隠れて待っていて。絶対に気が付かれない様に」
リッキーからするりと降りると、ガイ様は剣を抜き走り出した。その後ろ姿を私は鞍を握りしめて見詰めた。魔導士の炎の魔法のお陰か、音を消して走るガイ様にサーベルタイガーは、かなり近くなるまで気が付かなかった。しかし、流石はBランク推奨の害獣だ。勢いよく振りぬいたガイ様の剣を、素早く避けた。
それによって、上手くガイ様は、サーベルタイガーと冒険者の間に割り込み、自分にサーベルタイガーの注意を向けさせたようだった。
何かを話している様だが、声は聞こえない。魔導士の女性が魔法を使うのを止めて、倒れている剣士に何か話すと肩を貸して移動を始めた。しかし剣士の怪我は酷いらしく、片足は動かない様で、魔導士の女性が必死に彼を引き摺っているに等しい為、あまり移動出来ていなかった。
その間にも、距離をお互いに取りながらガイ様とサーベルタイガーが、何度かガイ様は剣で、サーベルタイガーは鋭い前足の爪で打ち合う。ガイ様は後ろの二人を気にして戦っているので、動ける範囲が限定されてしまっている。サーベルタイガーも、ガイ様よりは後ろの二人の方へ回り込もうとしているのが伺えた。弱っている方を狙っているらしい。
魔導士と剣士の二人がある一定度後ろに移動したのを確認し、ガイ様が何かを取り出してサーベルタイガーに投げた。それはサーベルタイガーに当たると黄色い粉末が拡散し、途端にサーベルタイガーがピョンピョンと飛び跳ね、頭を何度も振り回して嫌がっている。その隙を突いてガイ様が下から剣を振り上げた。サーベルタイガーは剣を見損ねて胴体の横を浅くだが30cm程切り裂かれた。それにより後ろの飛びのいたサーベルタイガーは、体に付いた粉末がどうにも気に入らないらしく、何度か頭を振ると兆しも無く突然、ガイ様へ飛び掛かった。しかし、それを予想していたのか、体を左へ避けつつ剣を振りぬいた。
サーベルタイガーの右爪がガイ様の右肩を抉り、ガイ様の剣は、サーベルタイガーの腹を切り裂いた。サーベルタイガーは立ち上がる事が出来ず、転がったまましばらく唸り声を上げていたが、暫くしてその声は聞こえなくなっていた。
私は、リッキーの上でガイ様の怪我を気にして見ていた。すると、ガイ様がこちらを見て首を横に振った。きっと聖魔法を使うなと言っているのだと思う。
ガイ様はサーベルタイガーを確認してから、後ろにいる二人に近づいて何かを話している様だった。私も側に行きたいと思うのだけれど、リッキーの高さは高すぎて、一人で降りる事は出来そうになかった。リッキーはガイ様の言いつけを守っているらしく、鞍の上で私がリッキーの頭をチョンチョン突いても、胴体をトントン叩いても全く動いてくれなかった。
暫くすると、二人から離れてガイ様がこちらに戻って来た。
「エリン。待たせたな」
「肩!大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。聖魔法は使うなよ!」
私が動作も無く聖魔法を使える事を知っているガイ様は、私が使おうとするよりも早く言った。私も、先程の言葉を思い出し、頷くしかなかった。
「サーベルタイガーをエリンのマジックバックに入れて貰ってもいいか?」
「はい」
「あの二人を乗合馬車の所までは送って行きたい。いいか?」
「勿論ですわ」
「じゃあ、取り敢えず合流して、怪我の治療をしてから移動する」
「はい」
「後、エリンの説明をしようと思ったんだが、魔法契約で一言も喋れなかった。合流したら自分で自己紹介してくれ」
私はつい、くすくす笑ってしまった。
「やはり契約解除した方がよろしいのでは無いでしょうか?」
「いや、このままでいい」
ガイ様は、ふいっと向こうを向いて、リッキーの手綱を引くと二人の方へ戻って行く。流石にサーベルタイガーをリッキーの上から収納するのは・・・出来るけど、怪しまれるので、リッキーから降ろして貰って収納した。
二人に近づくと、魔導士の女性が私を見て挨拶をしてくれた。私は、努めて平民らしく対応をしなければと少し力んでしまった。
「危ないところをありがとうございました。ガイさんのお連れの方ですね?」
「はい。エリンと申します。ご無事で何よりです」
もう一人の剣士の男性は、魔導士の女性に凭れ掛かったまま苦しそうにしている。
「私は、サアヤ、彼はカイトです。あの、エリンさんも魔導士ですか?」
私の防具を見てそう思ったようだった。
「いいえ、私は薬師に成りたくて、勉強をしている最中なんです。今回も、薬草を取りにガイ様に連れて来て貰ったんです」
「そうでしたか」
あからさまに肩を落としたサアヤさんに私は何も言えなかった。
「今、俺が持っている薬は中級ポーションと初級ポーションが一つづつだが、良ければ安く譲ろうか?」
「いいえ、私達お金が無くて、そんな高価な物は買えないんです」
項垂れるサアヤさんに、私はガイ様を見た。しかし、ガイ様は小さく首を横に振る。
「そうか、なら仕方ないな。取り合えず応急処置をしておこうか」
「はい」
ガイ様が、カイトさんの折れた足を、マジックバックから出した木と布で補強する。苦しそうにうめくカイトさんの声が痛々しい。
「カイト!大丈夫?」
カイトさんは声を出すのも苦しいらしく、それでもサアヤさんの言葉に頷いて見せている。ガイ様がご自身の肩に包帯を巻くのを手伝いながら、これはかなりまずいのでは無いだろうかと思った。
「そう言えば、エリン」
「はい?」
「君が作った回復薬が有ったよね?あれ出して貰える?」
私は、ガイ様ったら飲む気なのかしら?くらいの気持ちで、作った3本をマジックバックから取り出して渡した。
「これはエリンが調合した回復薬だ。まだ、試験的に作った物なので、大した効き目は無いと思うが、使うか?」
「回復薬ですか?」
「ああ、効き目を保証出来ないから、ただでいいよ」
ガイ様がとんでもない事を言い出した。
「だ!駄目です。本を見て見よう見まねで作っただけの物なんです!」
私が慌ててガイ様から薬の瓶を取り返そうとしたが、リーチの長いガイ様は、私から薬の瓶を遠ざけて、サアヤさんに渡してしまった。サアヤさんは瓶の中身を見ながら眉を潜めた。
「粒が荒いですね」
「そうです!まだまだ改良の余地がある試作品なのですわ!」
「だが、毒ではない。飲んだからと言って死ぬことはないさ。少しでもよく成ればめっけもんくらいの薬かも知れないが、今飲める薬が無いなら、試してみるのもいいんじゃないか?」
サアヤさんはカイトさんを見た。するとカイトさんが手を伸ばしてその薬を受け取ってしまった。ハッとして見ると、上級ポーションのつもりの薬だった。
「カイトが飲む気の様なので、この薬を頂いてもいいでしょうか?」
私は悩んでしまった。見るからにカイトさんの状態は良くない。今の私は偽聖魔法を使う訳にもいかない。けれど、キハラ様に人体実験は駄目と言われている。ほとほと困ってしまった。すると、またガイ様が、マジックバックから水の入った瓶を取り出しサアヤさんへ渡してしまう。
それを了承と受け取ったのか、サアヤさんから受け取った水でカイトさんが薬を飲んでしまった。
「あ・・・・」
カイトさんは小さく息をついて、水の入った瓶をサアヤさんへ渡した。成分を鑑定した時に毒は無かった。上級まで行かなくてもそれなりの回復薬の筈だ。飲んでしまったものは仕方ないとカイトさんを見ていた時だった。
「う・・・ううう・・・・」
カイトさんが苦しみだしたのだ。サアヤさんに掴まり唸り出した。
「カイト!?大丈夫?ちょ・・・ちょっと!これ本当に回復薬なの!?」
「うぁぁぁ・・・・・あうぅぅ・・・・」
カイトさんの背中を摩りながらサアヤさんが厳しい目で私を睨んだ。私は驚きながらも、何度も頷いた。しかしカイトさんの様子はどんどん悪くなる一方だった。私は困ってガイ様を見た。するとガイ様はカイトさんをじっと見ている。
「あ・・・・ぁぁぁ・・・・足・・・が・・・・・いた・・・い!」
カイトさんが、必死に痛みを訴えている。ガイ様は直ぐにカイトさんの近くに寄り、縛り付けた紐と木を外し、破けていた布を更にびりびりに破いて、足を晒した。その足は何度も痙攣を繰り返している。私は真っ蒼になって見ていたが、どんどん足の腫れが引いて来て治癒されて行くのが分かった。だがしかし、カイトさんの苦しむ声はどんどん大きくなっていく。私は、恐れ戦いた。
「治って行ってる事は確かだが、治る速度の速さが逆に痛覚を刺激しているのかも知れないな」
ポーションだって同じような作用のはず、しかし、飲んだ人が痛みを訴えたという話は聞いた事は無かった。やはり何かが違う。しかも、私の前世の記憶が強く反応し私に伝えて来た。西洋医学で手術が始まった頃に、体を治す事が出来ても痛みに耐えられなくて死んだ人が多く、そこから麻酔が生まれたのだそうだ。そう・・・いま必要なのは麻酔なんだわ!
私は慌てて、マジックバックとアイテムボックスの中を、麻酔に使えそうな薬草を探し手に取った。
「これを!カイトさんに噛ませて下さい!」
「何この葉っぱ!」
私は取りだしたねむり草を、サアヤさんに渡そうとしたが、受け取るのを拒否された。
「ねむり草です。煎じている暇が無いんです。けれど、この草は噛んでも眠気を呼びますので大丈夫です!」
「何が大丈夫なの!?こんな山の中で眠ってしまったら動けなくなるじゃない!」
それもそうだ、けれども今は、痛みを和らげる、もしくは無くす方法が必要なのです。私は困りながら、必死に薬草をサアヤさんに差し出した。
「そこは大丈夫だ、俺達がきちんと乗合馬車送るから、それよりも早くカイトを痛みから解放してやった方がいいんじゃないのか?」
ガイ様の言葉に一瞬ひるんだサアヤさんは、私からねむり草を受け取ると、ねむり草とカイトさんの苦しむ姿を交互に見比べた。苦しむカイトさんに躊躇し続けるサアヤさんからガイ様がねむり草を奪い取ると、カイトさんの口に無理矢理、捻じ込んだ。
「何をするの!」
慌てたサアヤさんが、ガイ様が捻じ込んだねむり草を取り出そうと、カイトさんを支えている反対側の手を伸ばした、しかしその手をガイ様が捕まえる。
「大丈夫だ、見てみろ」
ガイ様の言葉に、サアヤさんはカイトさんの顔を見る。カイトさんは、意図せず苦しみに歯ぎしりをする度にねむり草の成分が口に広がり、浸透していき、苦しそうな声もどんどん小さく成り、意識を失った。
暫くは、カイトさんの体がビクリっとしたりしたが、その内にそれも無く成り、ぐっすりと眠ってくれた。
私はこっそりとカイトさんに偽聖魔法が必要かどうか見ていたが、途中から必要性を感じなくなった。つまり、完治したのだと思う。
「それじゃあ、そろそろ移動するか」
「どこへ?」
「こっちの獣道を降りて行くと乗合馬車が来る道にたどり着く筈だ。乗って来た馬は居ないんだろう?」
「はい」
大人しくサアヤさんが頷くと、凄く複雑そうな顔で私とガイ様を交互に見てから、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいえ。きっとカイトさん、もう大丈夫だと思います。良かったですね」
私が笑いかけると、サアヤさんも泣き笑いの様な顔をした。
「エリン、乗合馬車の所までは、リッキーにカイトを乗せたいから歩いて貰ってもいいかな?」
「勿論ですわ」
勢い良く頷くと、ガイ様が愉快そうに笑った。意識の無いカイトさん一人を馬には乗せられないので、先にサアヤさんに乗って貰い、ガイ様がカイトさんをサアヤさんの前に座らせて、サアヤさんにカイトさんが落ちない様に支えて貰う事にした。ガイ様が手綱を握り、なぜか反対の手を私に差し出してきた。私が首を傾げると真剣な顔で言う。
「迷子に成ったら困るから、手を繋いでいくぞ」
「なんですか?それは」
子供扱いに少しムッとしたのですが、暫くすると、それで良かったと思った。
どうしても、私の歩きは遅いのです。歩き始めたガイ様の速さに、初めから引きずられそうになって、ガイ様が慌てて歩く速度を私に合わせてくれました。
乗合馬車の停留所へ向かう途中、サアヤさんがぽつりぽつりと話してくれた。
サアヤさんはEランクでカイトさんはCランクの冒険者なのだそう。出身地が同じで、先に冒険者に成ったカイトさんが、偶にサアヤさんとパーティーを組んでくれるのだそうだ。
今回の巨大害獣は、通常ではEランクでも倒せる害獣が巨大化している場合が多く、2人で連携をすれば倒せると踏んで探し回り上まで来てしまったのだそうだ。報酬も、通常の20倍の為、一獲千金のつもりだったらしい。
無事乗合馬車に二人を乗せることが出来た私達は、リッキーに乗って帰路に就いた。折角残っていた体力はガリガリに削られ、教会に着く頃には、前回と同じく、意識朦朧となりアキへと手渡されたのだった。