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偽魔法と巨大害獣退治 2

「さてと、それでは秘密の共有をしようか」


 真っ直ぐな眼差しで私を見るガイ様に、困ってしまった。まさか、魔力を持たないガイ様に魔法契約が結べるとは思わず、ちょっとした悪戯に手を貸すつもりなだけだった。しかし、目の前で起こった事は、まぎれもなく魔法契約で、ガイ様は自身に鎖を繋いでしまった。魔法契約の効力を解除する為には、契約をした人全員の了承と血判が必要なのに。


「ガイ様、契約を解除いたしましょう」

「なぜ?」

「なぜって・・・ガイ様だけが負債を追う契約です。私は犯罪者ですよ?もし、この契約を悪用しガイ様を陥れるような事があったらどうするのですか!?」

「悪用するの?」


 しません!する訳が無いではありませんか。ですが、この方にそれを言うと「じゃあいいよね」なんて言い兼ねません。


「します」

「そうか!期待してる」


 意味が分かりません。私、オルケイア語の勉強がきちんと出来ていなかったのでしょうか?まるで喜んでいる意味に受け取れます。


「じゃあ、聞かせて、エリンの秘密を!」


どうしたものか、そんなつもりは私には無いのに、ガイ様の視線が痛いです。私は、話すつもりはないと言う意思表示のつもりで、お皿の上に載っている果物をフォークに刺して一切れぱくんと口に入れた。


「ん~。話ずらいかな?なら、俺から質問しようか」


 私は、もう一切れ果物を口に入れてもぐもぐする。そんな私をじっと見ていたガイ様が、少し考えると、言葉を続けた。


「君と一緒に巨大害獣退治をするに当たって、第一の騎士団長から君の事は全部聞いているんだ」


 それもそうですね。私と関わる以上、正しい情報を伝えておいた方が良いと判断されたのですね。ふふ。殆ど嘘ですけどね。私は果物をもぐもぐしながら、話しませんアピールを続けた。


「だから、君が魔力も加護も無いと聞いた時には、おや?って思ったんだよね。けれど、ウイスタル国から渡された君の事が書かれている幾つかの書類を見ても、やはりそう書かれていた。とても不思議に思ったよ」


 偽魔法を使っているところを見られてしまったのは不徳の致すところです。

 私は喉が渇いてしまって、飲み物をキョロキョロと探した。それに気が付いたガイ様が、マジックバックから水の入った瓶とカップを取り出し、カップに瓶の中の水を注いで渡してくれた。一口飲むと、冷えていても美味しい喉越し爽やかな薬草茶だった。


「ここ最近の事も聞いているんだ。情報共有はする約束に成っているからね。勿論君が魔法を使った事は言ってないから安心して、それ以外の事は全て報告してるけどね」


 あら?今日から私の事を報告出来なくなるけれども大丈夫なのかしら?と心の中で返し、気に入った薬草茶をもう一口飲んだ。


「エリン、ポーションに悪戯したでしょう?」


 私はギクリとした。キハラ様から暗黙に偽魔法は使わない方がいいと言われたけれど、もしかしてダスガン様達も私が偽魔法を使うと考えているのかしら?


「騎士団長はエリンとは関係ないだろうって言ってたけれど、あの時の女性騎士、キハラ様と言ったかな?彼女は何も言わなかったけれど、何か考えている様だった。前回の巨大害獣の怪我については、俺が持っていた中級ポーションを飲ませたとは言っておいたが、騎士なら自分の怪我の状態くらい分る筈、あの怪我が中級ポーションくらいで完治するとは思わないだろうね」


 良かった。ダスガン様は私が魔法を使うとは思っていないのですね。ですが、流石はキハラ様です。経験則と言う事でしょうか?これからはきちんと大人しくしておきますね!

 ・・・とは言え、折角使えるようになった偽魔法なのに、残念です。暫くは封印するしかございませんのね。


「エリンはさ、魔法が使える事を秘密にしたいんだよね?」


 私は無言で頷いた。ここは嘘をついても仕方がないです、バレているのですから。


「それにしては、うかつな事ばかりしていないか?」


 私は又もやギクリとした。実際に自分に宿った力がどのようなものか調べてみたいと言う気持ちと、前世の自分の記憶が、知られては駄目だと自制を促して来る。ああ、それなのに私の自制心の弱さがついこれくらいならと魔法を使いたがるのです。だって仕方ないじゃないですか、ずっと魔力が有ったらどんなにいいだろうって憧れていたんですもの。


「自覚はありそうだね」


 ガイ様が、愉快そうに笑った。はい。ありますとも。そして反省もしていますとも!私はカップを置いて、蒸しパンをちぎり一口食べた。朝から肉は重たすぎる、卵巻きとかあったらなとぼんやり思った。まだ、食べた事が無いが、記憶の中の卵巻きは美味しかった。朝食でも食べられそうだった。


「なぜ君が魔法を使えるかについては置いておいて、このままの緩い君の判断では、いつかはバレてしまうよ?」


 ゆ・・・緩い。私は一瞬固まりましたが、つい声を出してしまいました。


「こ・・・これからはもう致しません!キハラ様とお約束しましたから」

「へぇ。なんの約束をしたの?」

「ポーションに悪戯しないとお約束しました。もうしません。これからは粛々と詰める作業のみに勤しむつもりです」

「そうか、ポーションはやっぱり君か」


 あ、キハラ様は、ダスガン様達にも黙って下さっていたんですね。騎士団への報告は流石に止められないと思っていたのに、失敗しました。


「君さ、どうしても魔法を使う事を知られたくないの?」


 ガイ様が、いつになく真剣な表情で私を凝視してきた。


「ええ、知られたくありません。私は、知られずひっそりと生きて行きたいのです」

「ひっそりと、薬師として生きて行きたいのかい?」

「ええ、出来たらいいなと思ってます」


 ふ~ん。とガイ様が言葉を切ってお肉を頬張った。今はまだ普通の薬しか作れないけれど、ポーション並みの回復薬が作れたらいいなと私は思っている。


「少し、考えたんだけどさ」


 再び薬草茶を手に取った時に、ガイ様の声がして、私は顔を上げた。


「君は語学が堪能だって聞いてる。それなら、薬師を目指すよりも、どこかの商会で通訳の仕事をしたりとか、他国の書類や小説などの翻訳の仕事が出来るんじゃないのかな?」

「それは駄目です。旅先でその様な仕事を受けるのは無理が有りますもの」

「旅先?まさか、エリンはこの国を出るつもりなの?」

「ええ、セオリーですから」

「セオリー・・・?」


 そうなのです。ガイ様には分からないでしょうけれど、異世界転生者と言う者は、旅をして生きて行くものなのです。私の前世の記憶が教えてくれました。


「エ・・・エリンは、オルケイア国は気に入らなかった?」

「いいえ、まだまだ知らな事が多いですが、概ね気に入っております」

「じゃあ、このまま定住すればいいじゃないか」

「仕方が無いのです。これは宿命なのですから」

「・・・宿命なの・・・か!?」


 ガイ様ったら物凄く驚いていらっしゃるわ。ふふ。オルケイア国に定住ですか。出来たらいいのに。でも無理なのです、それがセオリー、異世界転生者の常識なのですから。


「という事は、君は薬師として行商人を目指しているという事なのか?」


 行商人。考えもしませんでした。旅をしながら薬を売るのだから行商人と言う事になるのですね。私は胸の奥を探ってみたけれど、前世の記憶は全く反応を示しませんでした。


「・・・そうですわね。そうなのかも知れません」

「そう・・・・なんだ」

「ですから、この3年間の間に、私にしか作れない薬を完成させたいのです」


 どうしたのでしょうか、酷くガイ様が落ち込んでいる様に見えます。私は薬草茶を一口飲み、ふと、この方にならお願いしてもいいのかも知れないと続けた。


「その為には、偽聖魔法を使って少し違った方向性の薬をと考えているのですが、教会では作ってはいけないので、ガイ様さえよろしければ、ガイ様が巨大害獣を退治している間だけで結構ですので、この時間の一部を私の研究する時間にいただけませんか?」


 ただの思い付きです。断られたらまた考えればいい。ですが、今の私に教会以外で与えられた時間は少ないのです。この時間であれば、足りない薬草も一緒に採取できるし、一石二鳥、私はドキドキしながらガイ様を見詰めた。ガイ様は少し思案しているようだったけれど、ゆっくりと頷いてくれた。


「いいよ。まあ、君が行商人に成るのは納得がいかないけど、薬師に成りたいと言う気持ちは受け止めたいと思う。俺に出来るだけのサポートはさせて貰おう」

「ありがとうございます!」


 思わぬところで、良いサポーターを得ることが出来ました。後は、私がこの時間を上手く使って、極上の回復薬を作ればいいのですね!私、頑張りますわ!




◇◇◇◇


 朝食を済ませて、敷物の上をマジックバックに戻すと、ガイ様が私に問いかけて来た。


「ちなみに、エリンはポーションは作れないの?」

「いろいろあって、試したことが有りません」

「じゃあ、折角だから今試してみたら?」

「道具が足りないですわね」

「道具か・・・」


 ごそごそと、ガイ様が、マジックバックから空瓶やポーションを幾つか取り出した。その中には聖女の水まであってびっくりした。


「これだけじゃ駄目かな?」


 流石に、魔道具は無かったけれど、試してみてもいいのかも知れない。

 私のマジックバックには、キュアル草やレノン石を粉末にした物もある。出がけに必死に抑えたポーションを作ってみたいと言う気持ちが膨れ上がって来た。敷物の上に置かれたポーションに手を伸ばすと、初級ポーションと中級ポーションが有った。詰めている時には無かったが、初級ポーションには口元に水色の紐が結ばれており、中級ポーションには黄色の紐が付いていた。


「この紐は?」

「ああ、等級を表す紐だよ。それが無いと全部同じ見た目だから見分けられないだろう?売り場に並ぶ時には、それを見て購入するんだよ」

「表示が見える訳では無いんですね」


 私には、内容を確認しようと考えたら矢印が付いて名前が見える。それ以上を知りたいと思うと、成分表示まで出てくる。これも、他の人には無いスキルなのだろう。


「表示?」

「いいえ、何でもないです」


 不思議そうな顔をして私を見るガイ様に首を振って、ポーションを敷物の上に戻し、空瓶と通常の水が入った瓶を手に取ると、私はマジックバックからキュアル草とレノン石の粉末が入った瓶を出した。


「お試しくらいならいいですよね?」

「うん。いいと思う」


 半分以上自分に向けて言った言葉に、ガイ様が答えてくれた。私は、カリエラ様がポーションを作る為に配置した通りに素材を並べる。


「俺は、邪魔だろうから少しは慣れて見てるね」

「はい」


 少し離れた場所に、別の敷物を敷いて、ガイ様が座った。

 私は、カリエラ様が聖魔法を流していった順番を思い出しながら、まずは聖魔法を水に干渉させる。すると上手く水と融合を始め聖女の祈りが浸透し、直ぐに3%に達してしまった。一旦水への干渉を停止し、キュアル草の粉末に聖魔法の力を注ぐ、しかし、キュアル草に聖女の祈りが蓄積されてしまい、キュアル草の成分を抽出する事は出来なかった。


「駄目だわ。違う。この方法じゃないんだわ」


 私は、力を止めて出来上がった聖女の水と聖女の祈りを含んだキュアル草の粉末を見てがっくりした。やっぱり成分の抽出をするには、あの魔道具が必要なのかも知れない。

 キュアル草の粉末をじっと見ると、体力回復(小)怪我回復(小)聖女の祈り(小)と出た。効果が増えてる。聖魔法で、キュアル草に蓄積した聖女の祈りを水へと移動させた。するとキュアル草の粉末から聖女の祈り(小)が消えた。自分が干渉したものだから、引っ張り出すのは簡単だった。それなら、キュアル草に有る成分を引っ張り出せないだろうか?必死にキュアル草の成分に干渉するけれど、どうにも上手くいかなかった。


「駄目だわ。キュアル草に偽聖女の祈りを練り込められるのに、キュアル草の成分を抽出して聖女の水には入れられないわ」

「ん?それでいいんじゃないのか?」

「え?」


 胡坐をかいて、こちらを見ていたガイ様が言った。


「効能が同じなら、粉薬でもいいんじゃないのか?」

「効能が同じ?」


 私は、手元の粉薬の入った数本の瓶を見た。今回は、キュアル草の粉末のみに聖女の祈りを追加し、それは出来た。じゃあ、もう一つの粉薬。キュアル草とレノン石とアサゲ草を混ぜたものだ。これは「回復薬」と表示が出ている。

 瓶を一つ取り、コルクを開けて、聖女の祈りを練り込んでみる。すると、思ったよりも簡単に練りこめた。継続して練り込んでいくと、聖女の祈りが10%に成ったところで、表示が「回復薬(小)」と出た。これが、初級ポーションと同等の効能なのかは、不明だ。

 もう一つの「回復薬」の瓶を手に取り、コルクを開けて聖女の祈りを練り込んでいく、20%を超えたところで「回復薬(中)」と出た。ついでに、もう一瓶の「回復薬」に聖女の祈りを練り込み40%を超えたところで「回復薬(上)」と成ったので止めた。


「水に溶かし出す事は無理だったけれど、粉薬に練り込む事は出来たみたい」

「おお!出来たんだ」

「どうでしょうか?検証してみないと分からないですが・・・」

「じゃあ、俺が飲んでみようか?」

「怪我も病気もしていない人が飲んでも意味が有りません」

「それもそっか」


 こちらの敷物の上に戻って来たガイ様が、目の前の瓶を持ち上げて見比べている。


「まだ、この粉薬は荒いですから飲みにくいですし、粉薬では冒険者様達の様に、戦いの合間に使うのは難しいでしょう」

「うん。冒険者向けじゃなくて市井で暮らす人向けなら、問題ないんじゃないか?」

「・・・そうですね。この荒さも、キハラ様が解決出来るかもしれませんし」

「ん?何か依頼しているの?」

「はい。キハラ様のご友人が石臼でもっと細かく出来るかも知れないと仰っているんです」

「そうなのか」


 ガイ様は、三つの瓶を交互に、空に透かして見ている。


「これは、3つ共同じ薬なのか?」

「はい。ただ、練り込んだ聖女の祈りの量が違いますので、私の想定としては、これが初級ポーション、これが中級、これが上級のつもりです」

「え!?上級も作れたのか?」

「ただの、つもりです」

「試してみたいな・・・」


 それは同意ですが、どこにもけが人も病人も居ません。


「そうだ、これをこのまま水に入れたら?」

「え?」


 そう言うと、ガイ様は水の入っている瓶に、回復薬(小)をサラサラと入れてコルクで蓋をすると、シャカシャカと振った。暫く振ったその瓶を光に透かして見ると、残念そうな顔で私を見た。


「分離してる」

「してますわね」


 水に溶ける程の細かい粉では有りません。瓶の上の方に荒い葉の粉がぺたぺたとくっついており、瓶の下には細かい粉が沈殿している。鑑定すると、少し成分が溶け出してはいるけれども、ポーションとまでは形成されていない。


「煮出してみたらもしかしたら、ポーション化するかも知れないな」

「そうなのかしら?でも機材が有りませんわね」

「だな、次回持ってくるよ」

「それはありがたいのですが、害獣退治に来ていて、そこまでの時間を薬作りに使えますか?」

「う~ん。そうだなぁ。移動速度を上げれば何とかなるんじゃないかな?」

「え?あれ以上に早く移動出来るんですか?」

「うん。俺一人の時は、リッキー()の走りはもっと早いよ。あれでも、一応気を使って走らせてるんだ。行けそう?」

「が・・・頑張ります」


 ガイ様はくすっと笑うと、私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。


「うん。頑張れ!エリンはまだまだ秘密が有りそうだな。今日聞いた話だけでも俺は驚愕したよ」


 私としては当たり前の事と認識していたので、こんなに驚かれてこちらが驚いてしまった。


「俺は、絶対にエリンの秘密は他言しないから、と言うか言えないからね。エリンも誰にも言えない事が有ったら、まずは俺に相談してくれよな」


 ガイ様がどうしてこんなに良くしてくれるのかが分からなくて、私が困った顔をしてガイ様を見ると、反対の手で持っていた瓶を私に返してくれた。


「瓶は、後日洗って返しますね」


 私が伝えると、ガイ様はにっこりと笑い返してくれた。



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