ルグレスト司祭
司祭様なので威厳が欲しいと思っていましたが、どうしても・・・おじいちゃんはじゃって言って欲しくて言葉使いちょっと変えました(汗)
パタンと扉が閉まり、部屋の中に静寂が戻った。
「司祭様、こちらへ。お疲れでしょう?お茶のご用意をさせましょうか?」
「いやいい、人を呼ぶ前にエリンの感想を聞きたいのぅ」
振り返ると白い楕円形のテーブルの前の椅子を引き、私が座りやすくしてくれている。私がその椅子に座ると、聖女カリエラも私の目の前の椅子に座った。
「感想でございますか?一言で言って、不思議なお嬢様ですね」
「ほう。不思議か」
「はい。部屋へ入って来た時に見たオッドアイの瞳にも驚きましたが、それ以上に、所作の美しさ、気品、雰囲気の柔らかさや穏やかさは、とても第三級犯罪者とは思えませんでした」
「それは同意じゃのう。勿論、元はオルケイア国の王太子妃予定だった方じゃ、普通のご令嬢とは一線を画してるじゃろうが、不思議と彼女には犯罪者特有の穢れが見られん」
「あの方、本当に犯罪を犯しておりますの?」
涼やかな水色の髪がサラリと前に落ちる。
「どうなのじゃろうのう?証拠は全て揃っておるし、本人も肯定しているそうじゃ。それだけを見ると立派な第三級犯罪者じゃのぅ」
「そうですの」
カリエラは、エリンの出て行った扉を暫くじっと見た。
「あの方は、本当に魔力も加護も無いのでしょうか?」
「ん?どうしてそう思うんじゃ?」
水色の髪を少し右手で弄び、困ったような顔をした。
「これは、ただ、私にはそう見えた、と言うだけなのですが・・・」
「うむ」
「私がポーションを作っている間、とても興味深そうに見て下さっていました」
「そうじゃな」
「その視線が、まるで私が使っている聖魔法の流れを追っている様に見えてしまって・・・。緊張してお恥ずかしながら、私、初級ポーションなのに、つい配分を間違えて聖女の祈りを少々多めに練り込んでしまいました」
「ほお。カリエラにしては珍しい」
自らの失敗の告白に、少し頬を赤らめている姿は可愛らしかった。
「魔法は目に見えないもの、発動後の対物に対する効果やそれにより変動・変化した地形、その痕跡で初めて使われた魔法の種類や威力が分かる。魔力感知が秀でていても、だいたいとしか認識出来ないと聞いています。今回、目に見えて分かるのは魔道具の動きのみの筈なのに、どうしてでしょう?エリン様の視線は、間違う事なく私の意図した魔力操作を追い続けていた気がするのです」
カリエラは私へ視線を向けた。その視線に私も頷かざるえまい。隣で見ていて、エリンの瞳の動きは何かを追いかけている様だった。それは魔道具の動きとは違っていたと、私も思ていたのじゃ。
「初めて、エリンがこの教会へ来た時の事、剣聖殿がエリンには魔力が有る筈だと言っておった」
「まあ!ではやはり?」
「いいや、剣聖殿がどうしても検査して欲しいと言うのでしたのじゃが、エリンには魔力も加護も一切なかった。無かったのじゃが・・・・」
あの時のエリンの姿は今も目に焼き付いておる。
「祭壇の間で、魔力検査を行う魔道具を使って、いつも通りの手順で魔力検査を行ったのじゃ。魔力検査を行うのは、貴族の子供達が6歳に成る頃に行われる。それもあって魔道具は、子供達の気を引く為に派手に光る球体にして上空に吊ってある。そこへ私の魔力を使って、市民カードを球体の中へ入れる。これはただのパフォーマンスじゃ。本番は、足元に有る魔法陣を使って魔力と属性の鑑定を行い、球体の魔道具で、市民カードに結果を焼き付けているのじゃ」
「まあ、あれはパフォーマンスでしたの!?」
「ふふふ。幼い子供達を、あの場所に釘付けにしておかねば、鑑定が出来ぬからな。魔道具が頭上で光っていれば、子供達もそこから動かないからのぉ」
「そ・・・そうですわね。幼い頃、何が起きるのかと期待感が高かったのは覚えております」
祭壇の間に連れてこられた子供達は、緊張していたり怯えていたりそれぞれだが、鑑定が始まると必ず、上に有る魔道具をキラキラした目で見詰めていた。
「いつもの子供達と同じ反応をすると思って検査をはじめたのだが、エリンの反応は明らかに違っていたよ。私が光の魔法で市民カードを球体へ入れるまでは、同じじゃったが、普通ならそのまま光る球体を興味深そうに見つづける筈じゃった。しかし、エリンは、私が次の段階として足元の魔法陣に魔力を注入した途端、足元に視線を向けて、まるで何かが下から駆け上がって来るのを追っているかのような素振りをしたのじゃ。それ故に、私もエリンの市民カードを見るのが楽しみじゃった。なのに、市民カードには魔力無し、加護無しと焼き付けられており・・・暫く、私の方が呆然としていたものじゃよ」
「まあ・・・。それでどうなさいましたの?」
「何も、鑑定の結果を告げただけじゃ。後はエリンが来る前に決めた通りに・・・」
報告はオルターとエメニから受けていた。殆ど問題行動も無く、言われたとおりに穏やかな時間を過ごしていると聞いた。しかし、初めての休日には害獣騒ぎに巻き込まれ、女性騎士が怪我をしたと聞き、やはり何かあるのかと気を揉んだが、翌週にはその女性騎士も戻って来たと聞き、取り敢えずは胸をなでおろした。すると今度はポーションの入り繰り問題が起き、聖女エナリスの再鑑定をする事に成ったのじゃ。
「司祭様は、初級ポーションの入り繰りはエリン様が関わっているとお思いですか?」
「入り繰りなら関係ないじゃろう。エリンが詰めているのは初級ポーションのみじゃしのう。しかし・・・」
「?」
「皆、入り繰りと言っておるが、微妙に中級ポーションが多く成っている気もするんじゃがの」
「ふふ。本数が微妙過ぎて分かりませんわね」
「一度、エリンが作業しているのを、見に行ったことが有るんじゃが、エリンの詰めたポーションからエナリス以外の魔力を感じたんじゃ。しかし私はポーションの等級は鑑定出来ぬし、その魔力の主が誰かも分からなかった。もしかすると、エリンの元へ運ばれる前に、誰かが何かしたのかのう?」
「どうでしょうか?」
くすくすと楽しそうなエナリスの声が部屋に響く。それが突然止まった。
「そう言えば・・・」
「ん?」
「エリン様が私を褒めて下さる時に、『純度の高い初級ポーション』と褒めて下さいましたわ。もしかして、エリン様は鑑定が出来るのではありませんか?」
「・・・鑑定?」
「だって、私、ポーションを造りますとは言いましたが、初級ポーションとは一言も言っていませんし、しかも聖女の祈りを多く練り込んで純度を高めてしまった事にも気が付いていらっしゃったのですもの。鑑定が出来ると考えられませんか?」
「ううむ。考えられるかも知れんが、鑑定スキルはかなりのレアスキルじゃ。流石に、鑑定スキル持ちをウイスタル国が国外追放するとは思えんのう」
「そう言われると、そうですわね」
「一概に鑑定スキルと言っても、それぞれが鑑定出来るものが違う場合が多い。我が国の鑑定スキル持ちは、かなり優遇されて国の機関で働いているしのう」
「エリン様って本当に謎が多い方ですわね」
「うむ」
カリエラが珍しく悪戯っ子の顔をして、私を見た。
「司祭様、実は私、先程エリン様に悪戯をしてしまいましたの」
「ん?」
「エリン様を見て、穢れが感じられないとお伝えしましたでしょう?なので、浄化の魔法をエリン様に流してみましたの!」
「ほぉ、いつじゃ?」
「エリン様に、私が子供の頃に使っていた魔道具をお渡しした時ですわ。手が触れた時に一気に流しましたの、けれど、一切穢れは現れませんでした。代わりにエリン様に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をされてしまいましたわ」
「エリンは気が付いたのか?」
「多分。私が浄化の魔法を流した途端に私を凝視されて、私の口が動いているのを確認されていました」
「カリエラも人が悪いのぅ」
「ふふ、けれどあの方に浄化が必要なほどの穢れも無ありませんでした。それにやっぱり魔力を感じてから、私を見たと思うのですわ」
「悪なのか、善なのか、謎の多い娘だのぅ」
「そうですわね。ですが、私気に入りましたわ、是非これからは私付きのシスターにしていただけませんか?」
はちみつ色の瞳をキラキラと輝かせて、期待と共に私を見詰めて来る。
「まだまだ、見極めなければならん事も多い。直ぐにカリエラ付きのシスターにする事は出来んが、後々の事として考慮する事のしようかのぅ」
「先の話なのですね。楽しみにしていますわ。それと、もし又何かエリン様について何かございましたら、是非私にもお声がけ下さいね。出来る限りのサポートをさせて頂きますわ」
「おやおや、すっかりエリンがお気に入りかね?」
「ふふ。そうですわね。大変気に入りました。もしエリン様が、このまま教会に残る事を選択されたら、私付きのシスターとしてずっと面倒を見させていただきたいですわ!」
「ん?」
「可能性として考えられますでしょう?エリン様が市井で生きるのが難しいと考えて、このまま教会に残る未来も!」
「そうじゃのう。のうカリエラ、お主に渡した魔道具はきちんと動作しておるかのぅ?」
カリエラはにこにこと笑いながら、胸元からシャラリと音を立て鎖を引き出し、首から外すと私の前に鎖の先に繋がれている魔道具を置いた。
「この通り、きちんと今も動いていますわ。魅了阻害魔道具は」
「ふむ」
私も、自身のポケットから同じ魔道具を取り出し見てみるが、やはり問題なく魔道具は動いていた。
「すっかり魅了されている様に見えたが、魅了の魔法はかかっておらんのだな」
「はい。純粋なる興味と・・・エリン様の人となりが気に入ったとしか言えませんわね」
「ふむ。実は私もじゃ」
私がつい言ってしまった言葉に、カリエラはふふふっと楽しそうに笑った。