キハラ様の復帰 5
昼食を済ませた私は、机の上に魔道具を乗せ、キハラ様に、カリエラ様が幼い頃にポーションを作る練習をしていた魔道具を頂いたのだと伝えた。
キハラ様は、魔道具をじっくりと見ながら言った。
「では、今朝突然に司祭様からポーションの作り方を見ませんかと言われたんですね」
「はい」
今朝の一件はアキからも聞いている筈なので、私に再確認している様だった。
「ご覧になってどうでしたか?」
「素晴らしかったです!あのような事が出来るのは、やはり聖魔法ならではの事なのでしょうね」
「・・・そうですか。ポーションは聖魔法以外ではやはり出来そうにないのですね」
「はい。カリエラ様は、聖魔法の流動を調節しながら、ゆっくりと魔道具へ力を流し、適正な魔力操作で魔道具を抑制しながらポーションを作っていました。一つの魔道具だったけれど、ポーションを造るために、力の量や流れを3つに分けていらして、とても根気と精密度と魔力が必要だと思いました」
「カリエラ様は、聖魔法を3つに分けで魔道具を操作していたんですか?」
「ええ。とても美しく洗礼された操作でした」
私は、キハラ様に見て来た事をうっとりと説明しながらも、つい私にも出来るだろうか?と視線をカリエラ様から頂いた魔道具へと向けた。使い方は分からないけれど、カリエラ様が魔道具へと流した聖魔法を模した偽聖魔法を魔道具へそろりと流す。すると、何も入っていない魔道具からカタリと音がした。
「こんな魔道具、初めて見ます!」
突然、目の前から魔道具が浮き上がった。それはキハラ様が持ち上げたからだった。ああ、もう少しで動きそうだったのに・・・。
「これは聖魔法でないと動かないんですよね?」
「え?・・・ええ、そうですね」
「じゃあ、動かせないですね。残念です」
私がきょとんとしてキハラ様を見ると、キハラ様はどうしてか真剣に私の目視線から、魔道具をひょいひょいと移動させる。キハラ様が居るのに、誘惑に負けて動かそうとしてしまった私も私だが、キハラ様の行動にも別の意図が見え隠れして、ハッとした。
「それにしても、魔力の無いエリン様にどうして司祭様はポーションを作ってみないか等といったのでしょう?しかもエリン様に合わせた魔道具を宮廷魔道具師に依頼しようとしたのでしょうね?」
言われてみれば、それもそう。どうしてでしょうか?私が首を捻ってキハラ様を見ると、キハラ様が珍しく眉間に皺を寄せた。
「そう言えば、アキから聞いたのですが・・・」
いつになく、キハラ様の声が真剣味を帯びている気がする。前回の件では、追及しないで下さったけれども、私が魔法を使えるのではないかと疑っている可能性は高い。
「聖女エナリス様が聖女の再認定を受けたそうですね」
「え?ええ、残念ながら変化は無かったようですが」
「・・・なぜ、再認定を受ける事になったのかご存じですか?」
ええと、確か、エナリス様は初級ポーションしか作れない方だったけれども、このところ力が伸び始めていたとオルターが言っていましたね。私は首を振りキハラ様を見た。
「事の発端は、騎士団へ納品されたポーションなんです」
抱えていた魔道具を自分の膝の上に置くとキハラ様が続けた。机が邪魔になって、魔道具の上の部分しか見えないのに、その上に両手を乗せてしまって、殆ど見えない。
「オルケイア国には、およそ30名程の聖女様がいらっしゃいます。その方々は皆様作れるポーションの等級や個数が違います。その為、作られたポーションは、一旦教皇様のいらっしゃる教会へ集められます。そこから選別され第1~第8騎士団や、地方の教会へと分配され、残りを地方の領地や冒険者ギルドが購入します。上級ポーションが作れる聖女は少ないです。殆どが騎士団へと納品される為、あまり市場には現れません。通常市場で売買されるのは中級ポーション迄ですね」
私は、初めて聞く内容に興味深く頷いた。そう言えば、ガイ様も、あの時中級ポーションならあると仰っていた。上級ポーションは平民では購入すら出来なかったのですね。
「今までは、教会へ集められたポーションを等級に分けて、分配していましたが、今は、この教会で作成された初級ポーションは全て第一騎士団へ納品されています。なぜならエリン様が詰めたポーションが有るからです。教会にて、魔道具を使って毒の混入が無いかを調べてから教会へ納めているのですが、エリン様は第一騎士団預かりでもありますので、第一騎士団が責任を持つ様にと」
え!?毒!?驚いてキハラ様を見ると、キハラ様もばつが悪そうな顔をしている。
「以前、鑑定士が鑑定しますとお伝えしましたよね?」
「はい」
「エリン様の罪状から考えて、毒の混入が危惧されます。その為、毎回、毒の鑑定が行われていました。勿論、一度も毒の感知は無く、問題は無かったのですが・・・」
「・・・はい」
キハラ様が一呼吸おくと、手元の魔道具を見た後、しっかりと私を見た。
「騎士団で、納品されたポーションの等級鑑定を行った時に、入り繰りが確認されました」
「入り繰り?」
「偶にあるんです。聖女様の作ったポーションはシスターが総出で瓶詰めをします。まだ、幼いシスターもおりますので、箱に入れる時に間違えて入れてしまう事が。ポーションは透明な為、残念な事に、ポーションの等級は目視では確認できません」
そうでした。それでついつい・・・ん?
「初めは初級ポーションに中級と上級が1本ずつ混じっていました。直ぐに騎士団の鑑定士より、シスター達に気を付ける様にと伝令が飛び、その後はしばらくの間は問題が有りませんでした」
そうそう。初めての日にやってしまって、でも鑑定をされていると聞いて直ぐにやめたのでしたわ。それなのに、すっかり忘れていました・・・キハラ様の事が有ったから・・・いいえ、いい訳ですわね。だって、後半は楽しんでいましたもの。
「しかし、また、しばらくしたら初級ポーションの中に中級ポーションが混在し始めました」
キハラ様の言葉に、つい私はキハラ様から目を逸らしてしまいました。
「直ぐに、シスター達に再度気を引き締める様に伝令が飛び、厳しく叱咤されたそうです。それなのに中級ポーションの混在は無く成らず、それどころか増えて行きました」
そ・・・そうですね。はい。私、すっかり鑑定の事を忘れて偽聖魔法の練習を楽しんでしまっていました。まさか、その為に、罪の無いシスター様達が叱咤されていたとは、心からお詫び申し上げます。
「しかし、シスター達も気を引き締め、年若いシスターに気を配り仕事を進めて行く中で、入り繰りは認められませんでした。そうする中で、何人かのシスターが、もしかしたら聖女様の力が向上し、幾つかの初級ポーションの樽が、中級まで引き上げられているのは無いかと言い始めたのです。なにせ、混在が増える一方だったので」
目が泳ぐとはこの事なのでしょうか、ソワソワしてどうしようも有りません。
「そして、エナリス様の再鑑定を行う事になりました。なぜエナリス様だけかと申しますと、カリエラ様もセリナ様も既に中級ポーションまでは生成できます。その為、力の加減を行って生成しているので間違いは無いだろうとの事でした」
言われてみれば、カリエラ様からあふれる聖魔法は指の先から魔道具へ流れ込む時、一定の力に成っていたし、合成や抽出をする度に、力の量が増えていた。けれども、各々の力配分は、変わらなかったと思う。
「エナリス様だけは初級ポーションしか生成出来ない為、力の加減をする必要が有りません。それゆえに、エナリス様の力が上がったのではと教会中が湧きたったのです。ですが・・・結果は、エリン様もお聞きした様に変化は有りませんでした」
私は、そっとキハラ様を伺い見てみると、キハラ様の視線はしっかりと私を見ていました。すると、キハラ様が私から視線を魔道具へと落としました。
「やっぱり、シスターが入り繰りしていたのでは無いか?悪戯をしていたのでは無いかと今は言われています。シスター達もそうなのだろうかと戸惑っています」
キハラ様は、ずっと魔道具を見ながら続けます。
「このままでは、この教会のシスター達の信頼が失われてしまいます」
私はドキリとした。ただただ楽しくてしてしまった事で、人に迷惑をかけてしまっていたなんて、思いもしませんでした。
「シスター達は今まで以上に気を付けて作業をすると言っています。だから、きっと今後はこんな入り繰りはないと思うのですが、エリン様はどう思われますか?」
私はとてもすまない気持ちで一杯でした。けれどもお詫びをする事すらも出来ない現状では、今後はその様な事は一切しないと心の中でキハラ様に誓い頷きました。
「私もそう思います。きっとこれからは入り繰りは無くなると思います」
するとキハラ様は、大きく息を吐くと満面の笑みで私を見た。私はその姿に確信した。きっとキハラ様は、私が何かを隠している事に気が付いている。けれど、私が自分から何も言わないので、気が付かない振りを続けてくれている。その上で警告してくれているのだろうと。
「私個人としては、中級ポーションが増えるのは嬉しいなって思いましたよ?」
「え?」
「昨今、なぜか、まるで巣を追い出されたかのように巨大害獣が出没するので、騎士団も冒険者も大わらわなんです。けが人も多いので初級ポーションでは追いつきません。正規のルートで、中級ポーションが増えるといいのになって思うんです」
なぜかにこにこと私を見詰めます。いいえ、駄目です。私、駄目です。言えませんし言いません!
「そうですね。私もポーション迄は行かないかと思いますが、良い薬を作れれるように日々精進したいと思います」
私も必死に笑顔を作ってキハラ様を見た。しばらく笑顔の応酬をしていましたが、先に、諦めたのはキハラ様でした。
「期待していますねエリン様」
「はい!」
「それでは、これは私が預かってもいいですか?」
膝の上に有る魔道具をぽんぽんと叩いて、キハラ様が言った。
「え!?」
話の流れに付いて行けず、私は驚いてしまった。
「この間言った友人なのですが、顔が広いので、石臼の事を聞く時一緒に、この魔道具を渡して、市井の人でも1からポーションを作る事が出来ないか、調べてくれる人を探して貰おうかと思うのですが、どうでしょう?」
「ああ・・・・うう~ん」
「駄目でしょうか?聖魔法でしか動かないのなら、ここに有っても仕方がないと思うんです。それなら、友人の伝手を辿って研究者に渡して貰えれば、いつかは市井初のポーションが生まれるかも知れません。そうしたら、一番に権利はエリン様に頂けるようにしますから!是非!」
キハラ様が真剣な顔でこちらを覗き込んできます。私はこの魔道具を使って、ちょっとポーションまがいの物を作ってみたいと思っていたのですが・・・。
「それにおかしいですよね?」
「え?」
「カリエラ様は、どうしてこれをエリン様に下さったのでしょう?まさか、エリン様がこれを使ってポーションが作れるなんて思ってませんよね?」
「まさか、あり得ません」
それは無いと思います。不思議な事を言うキハラ様に首を傾げてしまいました。
「言い逃れが出来ない様な現物を手に入れる為の小道具?」
「ん?」
キハラ様が、魔道具に話しかけてます?どうしたのでしょうか?
「これは、お借りしてもいいですよね?必ずや友人にポーションが作れる魔道具を作る方法を探させますから!」
「は・・・はい」
キハラ様がとてもやる気を出して下さっているのに、無下には出来ません。ちょっぴり残念ですが、キハラ様にお任せする事にしました。
「あ、もう時間が残り少ないですね」
ふと時計を見ると、キハラ様との勉強の時間は残り30分程になっていました。楽しい時間は本当に短いです。
「では、最後に、ガイエス様とのデート服選びをしましょうか!」
「え!で・・・デートではありません。リカバリーです」
本当に、今日のキハラ様はおかしいです。言葉が間違ってばかりいます。勿論、洋服選びは手伝って戴きたいとは思いますけれど。
キハラ様は、きっちり魔道具をご自身のナップザックに入れると出口付近に置いて、私のクローゼットを開けた。
「え・・・・」
どうしたのでしょう?キハラ様は一度固まったかと思うと、幾つかの服を取り出し振り返りました。
「エリン様?・・・これはど・・・どうしたのでしょうか?」
目の前に出された服を見ると、それは少し装飾が寂しいと思って、私が刺繍した服でした。夕方余った時間を使って、ちょっとだけ豪華にしてしまいました。
「私が刺繍しました」
そんなに驚かれるとは思っていなかったので恥ずかしいです。自分でも会心の出来だと思っております。
しかしどうしたのでしょう?キハラ様がさっきの私の様に目が泳いでいます。
「ざ・・・斬新な刺繍ですね」
「お分かりいただけますか?これはバラをモチーフにして刺してみました!」
ガイエス様はバラがお好きな様なので、自然とイメージしてしまった事を、照れてもじもじしながら言いました。
「え!?害獣じゃないんですか!?」
「え!?」
私の刺繍を呆然と見ていたキハラ様が、ギクシャクとしながら、なぜか私の刺繍した服をナップザックに入れて行きます。しかも、刺繍糸も。
「で、ガイエス様とのお出かけの洋服ですが、これはどうですか?」
新たにクローゼットの中から、新しく買ったワンピースを取り出し私に合わせながら聞いてきます。今までの会話、無かった事にされました!もしかして、私刺繍下手なのですか?
「パステルカラーグリーンですし、ほらここに黄色のバラの装飾もありますから!」
私は、キハラ様が選んでくれた洋服や靴、髪飾りに満足はしました。しましたが・・・。
「今週はこれにいたします」
「いいですね。それでは、私は団へ戻りますね」
キハラ様がにこにことナップザックを持ち上げた。私の刺繍糸が入っているナップザックを。
「キ・・・キハラ様、あの・・・」
「エリン様!人には向き不向きが有ります」
「・・・はい」
「刺繍なんて出来なくてもいいです!今は薬師の道を一緒に模索していきましょう!」
キハラ様は気遣いができる人、全力の笑顔で仕事に戻って行かれました。
・・・私、そんなにも刺繍下手なのですか?