キハラ様の復帰 4
司祭様が先頭を歩き、その次をオルターが続き、扉の開け閉めの時だけ、オルターがしていた。
私は、その後を人2人分開けて付いて行く様にと白い騎士の方に言われ、私の後ろを白い騎士の方が付いて来る。これから行く先には、白の騎士の方が行くのでアキは戻るように言われ、アキはしぶしぶ帰って行った。私は、その後ろ姿に少し不安を感じない訳では無かったが、仕方がないと諦めた。
しばらく歩くと、一般のシスターとすれ違う事が何度かあった。シスター達は、司祭様を見かけると、皆一様にその場で立ち止まり、頭を下げて司祭様が通り過ぎるのを待つ。後に続く白の騎士の方が通り過ぎるまでそのままなので、真ん中にいる私が誰か気付かれずに済みそうだった。
何度も右へ左へと歩いた為、私は今どこに居るのか全く分からなくなっていた。そして、一つの扉の前に着いた。今まで見て来た扉と全く同じものなのだけれど、オルターは開けようとはせず、逆に一歩下がった。
言葉としては聞こえなかったが、司祭様が何かを唱える。すると扉全体が光り、ゆっくりと向こう側へ開いて行った。
そのまま司祭様が入って行き、オルターは私を振り返えり横へ移動した。オルターはこの先には行かないようだ。
「エリン、来なさい」
「はい」
司祭様の声に私は答えると、オルターに一礼して扉の中へと足を進めた。一歩扉の中へ入ると、空気が一変した。神聖な場所とはこういうものなのだろうか。何がどう変わったと言う訳ではない。ただただ美しく清らかさを全身に感じるのだ。これが聖女様の力・・いや、気配なのだろうか?
私が呆然と立ちすくんでいると、後ろから白の騎士の方の足音がし、扉が重々しく閉められた。
「こっちじゃ、エリン」
私は慌てて、司祭様の後を追った。その間も、まるで夢の中に居るかのような錯覚を覚えた。渡り廊下に成っているその道を進み、左側へと道なりに進む。やがて、一つの真っ白な扉が現れた。
後ろから白の騎士の方が私達を追い越してその扉を叩く。すると鈴の音の様な綺麗な声が内側から聞こえた。
「どうぞ」
白の騎士の方が扉を手前側に開き、司祭様を先に通す。私は入っていいものかと躊躇した。
「入れ。だが、何かしようものなら、私が全力で排除する。いいな」
私は全力で頷くと、その扉を潜り抜けた。足元には真っ白な絨毯が敷き詰められ、右寄りに白い長丸のテーブルが置かれ、左右に椅子が2つづつ配置されている。その後方に、白い扉が有った。左側には見覚えのある樽が10個程並んでいた。
テーブルの奥には、椅子から立ち上がりこちらを見ている女性が居た。腰のあたりまである髪は、涼やかな水色をしており、はちみつ色の瞳を持った、ほっそりとした美しい女性だった。
「お待ちして居りました」
先程と同じ美しい声が聞こえた。
「突然すまないね」
「とんでもございません。いつでもなんなりと」
司祭様の言葉に穏やかに微笑む姿は、理想の聖女様そのものだった。
「この方が?」
「うむ。おいでエリン」
「はい」
私は、呼ばれるままに近づく。しかし、ある一定度まで近づいたところで、後ろからの殺気の強さに足が止まった。そんな私に気が付いたのか分からないが、司祭様が話を続けた。
「カリエラ、彼女がエリンだ」
「初めまして聖女様。エリンと申します。以後お見知りおき下さい」
私は、司祭様の言葉に、ついカーテシーをしてしまった。
「はじめまして、カリエラと申します」
驚いたような顔を一瞬したカリエラ様だったが、綺麗なカーテシーで返して下さった。この方も、貴族出身の方なのだろう。
「カリエラ、それでは早速だが、エリンにポーションを作っているところを見せて貰えるかな?」
「はい。畏まりました」
カリエラ様は、ゆっくりと後ろに有る白い扉を開き中へと消える。司祭様は私に中へ入る様促した。私は、後ろの白い騎士の方を気にしながらも、司祭様の後に続き、奥の部屋へと付いて行った。
その部屋は、作業部屋に成っており、奥には本棚があり、色々な本が並んでいた。左側には一面造り付けの棚が有り小ぶりの壺や瓶、籠や箱が収納されている。右側には、大きな陶器のかめが置かれており、蓋が閉まっていて、横に柄杓が立てかけてあった。
部屋の奥寄りに長い机が2つ設置されており、その机と机との間には人の腰までもある大きな魔道具が置かれていた。また、各々の机の上には別の魔道具らしきものが1つづつ配置されている。
カリエラ様は、一人長い机の奥へと移動し、司祭様と私と白い騎士の方は、扉付近に立ちカリエラ様を見ていた。
「申し訳ございません。こちらの部屋は作業をするのに椅子は邪魔なので置いておりません。もし必要でしたら、先程の部屋からお持ち下さい」
すると、直ぐに白い騎士の方が動き、椅子を2脚持って来てくれた。司祭様と私は、ありがたくそれに座ったが、白い騎士の方は、私のすぐ後ろに立ち私の監視を続けている。
カリエラ様は、柄杓を持ち、右側の陶器のかめから水を汲み、真ん中の大きな魔道具の中心の穴に何度か注いだ。
「ポーションに使う水は、どれでも良いのですが私はリースト山の湧水を使っています」
次に、左側の棚から籠と瓶を取り出し、真ん中の魔道具の横に置き、籠の中から鮮度の良いキュアル草を取り出し、魔道具の左側に付いている引き出しに数十枚入れた。瓶にはレノン石の粉末が入っており、それを右側の投入口から、計量スプーンで量りサラサラと入れる。キュアル草を乾燥させる事も無く合成が出来るらしい。
「こちらに入れたのはキュアル草とレノン石でございます。これで素材の設置は完了と成ります。これから聖魔法を使って合成していきます。少し時間がかかりますので、お疲れになりましたら、ご自由にお隣の部屋でお寛ぎ下さい」
「ありがとうございます」
司祭様は頷き私を見たので、私は了解の意味を込めてお礼を言った。しかし、私は最後まで見学したいので、途中退出など考えてもみなかった。
「では、参ります」
カリエラ様は、両手を広げ小さな声で呪文を唱え始めた。多分魔力を注ぐ物へと手を当てるのだろう、カリエラ様からゆっくりと流れ出て来る聖魔法は、カリエラ様の手の先からそのもの達へと干渉していく。
カタリと音がして魔道具がゆっくりと動き始めた。真ん中のリースト山の湧水が少しづつ気化しているのが見えるが、私達が行った時とは比では無い程少ない。
魔道具のキュアル草が入っている左側の側面には、カリエラ様の聖魔法を受けて、先程は見えなかった筋が光りながら浮き出して来る。しばらくすると、レノン石を入れた右側が、まるで石臼の様に、上の方がクルクルとゆっくり回りだした。
外側から見ていると、魔道具の動きしか見えない為、私は鑑定をしながら見ていた。カリエラ様は絶妙に聖魔法を操り、リースト山の湧水へ聖女の祈りを練り込んでいく。1%2%3%4%・・・と少しづつ上がって行った。5%程になった時、左側からキュアル草の回復薬の成分が湧水へと溶け出し始めた。
ああ、私はキュアル草を乾燥させてそのもので薬を作っていたけれど、聖女様は成分のみの抽出が可能なのだと改めて思った。すると今度は右側のレノン石からも防腐効果のみが抽出され中央の湧水へと溶け込んでいく。
私の偽聖魔法には無い効果だった。私は、我知らず身を乗り出してカリエラ様の聖魔法を自分の中へ引き込んだ。それは、聖女ルメリアの聖魔法ともガイエス様の聖魔法とも違う種類の聖魔法だった。
小一時間程経っただろうか、カリエラ様が、呪文を唱えるのを終わらせた。顔には疲労感が漂っている。勿論、魔道具の中心にはポーションが出来上がっていた。
「ポーション造りはこれで完了です」
「なんて純度の高い初級ポーションなのでしょう!凄いです!とても勉強になりました。ありがとうございます」
少しお疲れ気味に私達へ微笑みかけるカリエラ様へ私は素直に立ち上がり拍手した。カリエラ様が作った初級ポーションは、聖女の祈りが8%まで練り込まれいていて多分、普通の初級ポーションよりも治癒力は高いだろう。
「エリンもポーションを作ってみたくなったかの?」
「出来る事なら作ってみたいですね」
「じゃあ、試しにやってみるかい?」
「ふふ。私は魔力がありませんから無理ですわ。ですが、今回のこの体験を生かして薬師として、今まで以上に良い薬を調合出来る様に頑張りたいです」
私は、出来上がったポーションや、それを調合していた魔道具から視線が離せない状態で、司祭様の言葉に答えた。だから、司祭様が私をどの様な目で見ているのかも気が付かなかった。
「それに、あの魔道具は凄いですね!聖魔法で動いているようでしたが、魔力が無くてもポーションまでとは言いませんが、それに近しい処まで生成することが出来る魔道具などは無いのでしょうか?」
「どうじゃろうかの。この魔道具は宮廷魔道具師が、聖魔法に合わせて作っているものじゃから、市井では出回っている物では無いじゃろうな」
「そうでしたか。残念ですね」
「なんなら、エリンの魔道具が作れないか宮廷魔道具師に依頼してみるかい?」
「いいえ、宮廷魔道具師の方を困らせるつもりはございませんわ」
「面白そうだと思うがの」
私は丁重にお断りした。本当は喉から手が出る程欲しいと思ったが、秘密を守る為には、宮廷魔道具師と関わる訳にはいかない。けれども、この様な魔道具が存在している事が分かっただけでも収穫だった。
「では、見学も終わったな」
白い騎士の方の声に、私はハッとしてカリエラ様を見た。カリエラ様は疲れた表情ではあるが、私と視線が合うとにっこり笑って下さった。
「とても勉強になりました。本日はありがとうございました」
私が、シスターの礼をすると、カリエラ様は小さな呪文を唱え、私に祝福を送って下さった。
「エリン様の未来に幸多からんことを」
「ありがとうございます」
私が踵を返し退出しようとすると、カリエラ様に再度呼び止められた。
「エリン様、しばしお待ち下さい」
「はい」
私はそのままカリエラ様を見ていると、カリエラ様が左側の棚の中に有った籠を取り出す。その籠から小さな魔道具らしき物を取り出して、こちらへと回り込んで近づいて来た。白い騎士の方は、聖女様を止める事はしなかったが、さりげなく剣に手を掛けている。
「よろしければこれをどうぞ」
私の目の前に立ち、小さな魔道具を私に差し出す。小さいと言っても40cm四方の箱型の物だった。
私は無意識に手を出し、それを受け取る。その瞬間、私の手にカリエラ様の指先から光の洪水が流れ込んで来た。驚いてカリエラ様を見ると、声は全く聞こえなかったが、唇が何か呪文を唱えている。そしてその瞳は私をしっかりと捉えていた。
驚きはしたものの、その光は、また新たな聖魔法らしく私の体の中に流れる偽魔法と融合する。ただ、それだけで、私に害を与えるものでは無いと直感的に思った。
「これは・・・何でしょうか?」
「これは、私が聖女と認定された子供の頃に使っていたポーションを造るための魔道具です。子供の魔力で使うものですので、簡易的なものですが、私はもう使いませんので、よろしければどうぞ」
私は呆然とカリエラ様を見ていた。無意識に何かと聞いてしまったのは、私に向けられた聖魔法の事だったのだけれど、多分、誰も私に聖魔法が向けられた事に気が付いていない様だった。
「そ・・・そうなのですね」
私は、自分に起きた事がよく分からず、とは言えど、それを訂正する事も出来無かった。
「これは、宮廷魔道具師様がカリエラ様の為に作られた魔道具ですか?」
「はい」
「これを、市井の魔道具師に見て貰い、魔力が無くてもポーションが作れる魔道具が作れないか依頼しても問題は有りませんか?」
カリエラ様は少し首を傾げると、視線を司祭様へ向けた。
「よろしいでしょうか?」
「そうじゃの。門外不出と言う訳ではない。しかし、それ相応の魔道具師でなければ、悪戯に壊してしまうだけに成るかも知れんな」
「そうですね。宮廷魔道具師は最高位の魔道具師です。その方が作った物を、魔力の無い市井の魔道具師が構造を理解できるでしょうか?理解出来たとして改良出来るのでしょうか?それは分かりません。ですが、これはエリン様に差し上げますので、どのようにされても構いませんわ」
「ありがとうございます」
言われてみればそうかも知れない。だからこそ魔力無しの市井の薬師はポーションが作れないのだ。市井の魔道具に、ポーションが作れる物も無いのはそう言う事なのだろう。
「レグイ。すまぬが、エリンを送って貰えるかの?私は少しカリエラに話があるのじゃ」
「畏まりました」
白い騎士の方・・・もといレグイ様ですか。彼は一切表情を変えず、司祭様に騎士の礼を取った。
私も、お二人へシスターの礼をすると、部屋を退出する。もと来た道をそのまま進み、初めの白い扉の前まで来た。私は魔道具で両手が塞がっているので扉は、レグイ様が開けて下さった。
「私の指示する通りに歩け。何かしようとするのであれば、直ぐに粛清するからな」
「畏まりました」
魔道具を持っているのに何が出来ると言うのでしょう?私は、早くいつもの所へ帰りたくて、レグイ様の仰る通りに歩いた。しばらくして見覚えのある廊下が現れ、その先には、アキとキハラ様が待って下さっていた。
「エリン様!」
「エリン!」
「キハラ様、アキ、迎えに来て下さったんですね」
私は、嬉しく成って小走りで近づいた。どうやら、キハラ様やアキは、これ以上入ってはいけないと言うラインが有るらしく、近くまで来て下さったけれど、一定の場所からは踏み込むことは無かった。
「では、私はこれで、後はキハラに任せていいな」
「はい!ありがとうございました!」
キハラ様とアキが騎士の礼を取る。しかしレグイ様は用は済んだとばかりに、礼も返さずさっさと元の道へと戻って行ってしまった。
「レグイ様だったんだね」
その後ろ姿を見たキハラ様が仰った。私はどういう意味なのかと首を傾げる。
「とりあえずお昼にしましょう。その時に、今日あった事を教えて頂いても宜しいですか?」
「はい!お伝えしたい事が沢山あります」
私は、腕の中の魔道具をキュッ抱え込んで、キハラ様を見上げて、微笑んだ。