キハラ様の復帰 3
昨日に間に合わなかったです・・・。これから水曜日分を書き始めます。間に合うかなぁ~。でも、書きたいものはあるのですv
翌日から、キハラ様の厳しい体力造りが・・・始まらなかった。
奉仕活動も仕事もきちんと済ませて、キハラ様と一緒にお昼をいつも通り食べた後、買ったばかりの運動がしやすい服に着替えて外に出た。
アキも監視をすると一緒に付いて来たけれど、準備運動とストレッチで私の体力は終了した。
私が疲れ切り座り込んでのを見たアキは、監視を切り上げてさっさと部屋へ戻ってしまった。
キハラ様も、水筒を私に渡してくれると隣に座った。
「想像以上でした」
「はい?」
水筒の水を飲んでからキハラ様を見た。
「体力が無いのは知っていましたが、ここまで無いとは・・・」
「大丈夫です!少し休んだら次の運動も頑張ります」
「ええ、頑張って徐々に体力を付けて行きましょう。週末に体力を温存してのトレーニングを少し考えますね」
「はい。お願いします」
真剣な顔をしてキハラ様が仰るので、私は余程の劣等生なのだと肌で感じた。勉強の時もそうだけれど、家庭教師が居ない時も、私は必死に予習復習を繰り返した。それと同じだ。キハラ様がいらっしゃらない時間に自主練を・・・・。
「自主練は止めて下さいね」
「え!?」
まるで、私の心を読んでいたかのようにキハラ様が言った。
「週末に向けてのトレーニングですから、無茶をして週末に倒れてしまっては元も子も有りません。体力作りは私に任せて下さい」
言われてみればその通りだ。つい、出来る限り頑張ろうと思ったけれど、週末に動けなくなっていたら意味が無かった。それに何をしたら体力が付くかもよく分からない。
「はい。私、キハラ様に付いて行きます!」
「よろしくお願いします。では、もう少しだけストレッチをしましょうか」
「はい!」
そこからは休み休み、いろいろなストレッチを30分程して部屋へと戻った。疲れ切った私を椅子に座らせると、キハラ様は、さっきとは別に用意していた水筒を渡してくれた。その中身は、甘酸っぱくて美味しかった。
キコの実の絞り汁とハチミツと混ぜたものを20倍に薄めた飲み物だそうだ。前世の記憶からハチミツレモンみたいだと思った。
少し休憩を取った後に、キハラ様の元部屋、今は簡易研究室となった部屋へと移動し、乾燥した薬草を細かく砕き薬研を使ってもっと細かく磨り潰す作業をした。
「いろいろと調べてみたのですが、これ以上細かくするには、石臼を使うのがいいそうです。しかし、石臼は物凄く重いです。エリン様が使えるかどうか・・・」
「そんなに重いのですか?」
「ええ、その重みで磨り潰しますので。しかも、その石臼を教会に持ち込むのは難しそうです」
「そうですか。石臼で磨り潰すとどれくらい細かくなるのでしょうか?」
「サラサラに成りますので、とても飲みやすい粉薬に成ると思いますよ。実は、商人の知り合いが居ましてね、その人に相談したら、小麦や大豆を粉にする方法を教えてくれたのです」
「まあ、小麦粉程にサラサラに成ったら飲み易そうですね」
私は前世の記憶の中の小麦粉を想像した。
「エリン様、小麦粉を見た事あるんですね」
「はい。見た事が有るだけですけど、想像は出来ます。あと・・・ふるい?」
「ふるい?」
前世の記憶を辿った時に、クッキーかケーキか何かを作ろうと思って、購入して来た小麦粉を計量した後に篩をかけて、大きめの粒を取り除いていた。
「細かい網目状の物なのですが、擦り上がった薬をもう一度、それに入れて振ると、その網目を通る物と、通らなかった大粒の物とを選り分けることが出来るんです。そう言うものは有りますか?」
「ふるい・・・ですか。今度友人に聞いてみますね」
「はい。お願いします」
「後、この薬草も少し持って帰ってもいいですか?友人に石臼で細かくして貰えないか聞いてみます」
「ありがとうございます!必要な分だけお持ち下さい」
「友人は忙しい人で、直ぐに会えないかも知れないので、結果は気長に待ってて下さいね」
「はい」
私は、一歩前進した気がして嬉しかった。
その後の作業は、キュアル草は沢山採取したけれど、他の薬草はそんなに採取していなかったので、直ぐに残りが少なく成ってしまって、調合は出来そうにない。小瓶には、細かく砕いた薬草毎に入れて調合は後回しにした。
その内の自分なりに調合した回復薬の粉を数本、キハラ様に持って帰って頂く事にした。
楽しい時間は、いつもあっという間に過ぎて行ってしまって、キハラ様は中抜けで私の所へ来て下さっているので、16時には仕事に戻って行ってしまう。
私は、それを見送ってから、部屋の掃除や洗濯をし、夕食を頂く。前世の洗濯は洗濯機任せだったので、教えられた手洗いでの洗濯はかなり大変だった。
その後は自由時間なので、私は、購入した服に華美に成りすぎない様に気を付け乍ら、刺繍を施し、就寝する。やっと穏やかな日常が戻って来た気がした。
◇◇◇◇
日々はゆっくりと過ぎてゆき、どんどん週末が近づいて来る。
奉仕活動を済ませ、朝食の時間だ。私はいそいそとこの間買った空色の小鳥用の皿を、机の端に用意する。毎回来てくれる訳では無いのだけど、一応、水と餌を入れて準備万端だ。
あれからまだ小鳥が来てくれた事が無い。折角用意したのに。食事をしながら窓を見るが、青空が見えるだけで小鳥の姿は無い。今日も来ないのだろうか?と少し諦め始めた時、パタパタと羽音がした。
私が顔を上げると、鉄格子の間をすり抜け飛んで来た空色の小鳥は、机の端に止まった。
私はドキドキしながら、素知らぬ顔でサンドイッチを食べる。目の端で、空色の小鳥が皿を覗き込んでいるのが見える。上手く食べてくれるかしらと見ていると、お皿の上をふわりと飛び超えると、私の方へちょんちょんと歩いて来る。
「あ、違うの、そこに貴方のご飯が用意されているのよ。食べていいのよ」
私が慌てて空色の小鳥に声を掛けると、小鳥の動きが止まった。私は脅かさない様に一生懸命、両手でお皿へどうぞとジェスチャーをしてみせた。すると小鳥が頭だけ後ろを向き皿を見ていたようだけれども、直ぐに興味を無くして私の方へちょんちょんと近づいて来た。
「分からないのね。そうね、変なものが有るとしか思わないのね」
私は、中に美味しいご飯が入っている事に気ついて貰おうと、皿から小鳥の餌を一つまみ取り出し、空色の小鳥の前にパラパラと置いた。これを食べて美味しいって思ってくれたら、きっとお皿に行くはず!私は、小鳥の動きをじっと見た。
小鳥は、私と目の前に置かれた餌を見比べて、可愛らしく首を傾げた。しかし、小鳥はその餌の上をちょんちょんと横断し私のプレートの前に寄って来た。
(あれ?もしかして餌を間違えたのかしら?全く興味なしだわ)
私は、いつもの様に、私のパンを少し千切って小鳥の前に置いた。すると小鳥はツンツンと突きながら食べ始める。葉物野菜も千切って置き、果物も千切って並べた。するとやはりツンツンと突きながらみんな食べてくれた。
「残念。餌が違ったのね。でも、このお皿で食べて欲しいな」
すると、まるで言葉の意味を理解しているかのように、空色の小鳥が後ろを振り返った。けれども直ぐに果物を千切って食べ始めたので、きっと気のせいだろう。仕方が無いので、いつも通り私のご飯を分けてあげて食事は終わった。
次回からは、餌を皿に入れるのではなく、私のご飯を分けて入れてあげようと思う。そうしたら、きっとお皿で食べてくれるはず。そう思うと楽しみになった。
「それでは、お仕事の時間なので私は行きますね」
私がプレートを持って立ち上がると、小鳥もさっと窓から出て行ってしまった。
部屋を出て、ドアノッカーをいつも通り叩き、アキにプレートを渡す。程なくして表のドアノッカーも叩かれた。
現れたオルターは、いつになく神妙な顔をしていた。
「本日は、司祭様よりお話があるそうです。まずは、いつもの仕事部屋へ行きます」
「はい」
私とアキは顔を見合わせた。これから有るのかもねと言っていた矢先の話なので、思ったよりも早かったわと思っただけだった。
仕事部屋に到着すると、既に部屋の中で司祭様と真っ白な騎士服を着た方が待っていた。
「お待たせしました」
オルターがいつになくキリッとして扉を開けると司祭様に報告し、体をずらし私が入室しやすくしてくれる。本当にオルターは司祭様信者ですね。私もオルターに恥をかかせてはいけないと、シスターの礼を取ってから入室する。
「ご無沙汰しております。司祭様」
「こんにちは」
人の良さそうな笑顔で、椅子に座っていた司祭様が答えて下さる。部屋の中を見ると樽の用意が無かった。ちらりと後ろを見ると左右にアキとオルターが扉付近に立っている。
「まあ、座りなさい」
「はい」
私は勧められるままに、用意された椅子に座った。司祭様の右後ろには白い騎士服の方が立っている。
「今日はね、ちょっとエリンに聞いてみたい事が有ってね」
「はい」
私が首を傾げると、後ろに立っていた白い騎士服の方が鋭い目で私を見ていた。
「今、エリンは薬師に興味が有るんだよね?」
「はい」
「それは、ポーションを詰める仕事をしたから興味が湧いたと考えても良いのかの?」
「はい。ポーションの存在は知っていましたが、今までは医師に処方されるままに受け入れていて深く考えた事が有りませんでした。ポーションにも幾つかの種類が有ったり、その価格帯の違いや、貴族と庶民の方々では、薬や治療の幅が違うのだと教わりました。勿論、私が理解しているのは、まだ初歩の段階でしか無い事でしょう。それだけに、勉強のし甲斐もあると思っております」
真剣に司祭様にお答えしつつも、まだまだ薬師の何たるかも知らないのにこの様な回答で良かっただろうかと不安になった。
「真面目に考えている様で感心感心」
「恐れ入ります」
「それならポーションの作り方にも興味があるのではないかの?」
「勿論、ございます!ただ、ポーションは聖女様にしか作れないと伺っていますが?」
「そうじゃな。その通りじゃ。じゃが、ポーションの作り方に興味はあるのじゃろう?」
「はい」
「なら、出来る出来ないは置いといて、見学してみるかの?」
「よろしいのでしょうか?」
後ろの白い騎士服の方の視線に殺気まで含まれるようになった。本当に大丈夫なのでしょうか?
「よし!ではこれから見学に行こうかの」
「お待ちください!それはとても興味深いお話で嬉しく思いますが、私、まだ一般のシスターや神官様とすらお会いする事の許可を頂いておりません。それを飛び越えて聖女様にお会いするのはどうかと思いますが?」
「ん?そうじゃったな。では本日を持って、一般のシスターや神官、他の者達との接触を許可する。勿論、聖女達も含めてじゃ」
「ルグレスト司祭様!」
途端に後ろに控えていた白い騎士服の方が声を上げた。
「本日、聖女カリエラの元へエリンを連れて行く事は言ってあった筈じゃ」
「そ・・それはそうですが、全ての者達との接触も一緒に解禁するのはどうかと思います!まだ、この者が力の無いシスターや神官達に害を成さないとまでは証明されていないかと!本日一日の事であれば、私が全力で聖女様をお守りすれば良いかと思っておりましたが、他の方々までも私一人では守り切れません」
白い騎士服の方が私を睨みつけて言う。司祭様はその姿から私へ視線を流した。
「ふむ。エリンはどうじゃ?」
「左様でございますね。私と致しましては、皆様に害意を持つつもりはございません。しかし、私がシスターとして、私の様な犯罪者が突然目の前に現れたらと考えますと、とても不安な思いをすると考えられます。それを払拭できる何かがあれば良いのですが」
私も真面目に考えてみました。目の前に毒殺や刺殺を平気で指示する犯罪者が現れるのです、どれだけ恐ろしい事でしょう。白い騎士の方に一票です。
「大丈夫です!教会の中は、私とキハラのどちらかが必ずエリンに付いて動きます。何かあっても私達が食い止めます」
「君達の様な、末端の騎士でそれが可能なのか?」
白い騎士様、大変失礼な方です。しかし、言われ慣れているのでしょうか、アキはどこ吹く風でした。
「はい!エリン一人くらいなら片腕一本で制圧可能です!」
アキも、ちょっと失礼では無いでしょうか?私、もう少し手強いと自負しております。
「何かあった時に責任は取れるのか?」
「責任は私が取るよ。私が解禁するのだからね」
白い騎士の方がアキを睨みつけて言った言葉に、司祭様が静かに答える。はっとした白い騎士の方が、司祭様に騎士の礼をした。
「差し出がましい事を申しまして失礼いたしました!」
司祭様は、大して気にもしていないかのようににこにこ笑って頷いている。司祭様が皆方敬われているのがよく分かった気がします。
司祭様は、杖に力を入れてゆっくりと立ち上がり、私に向かって言った。
「それでは、参ろうかの」
私はもう一度白い騎士の方を見たが、もう私を見てはいなかった。納得したという事なのでしょうか?いずれにしても、ポーションの作り方を知ることが出来るのはとても嬉しい。私は、立ち上がり司祭様にシスターの礼をし、答えた。
「お供いたします」