キハラ様の復帰 2
今朝は、鉄格子をコンコン叩く音で目が覚めた。
眠い目を擦りながら、音のする窓を開くと、待ってましたとばかりに空色の小鳥が飛び込んで来た。部屋の中をクルクル飛び回ると、私の肩の上に着地し、頭で私の頬をグリグリとして来る。
「ふふっ くすぐったいわ。けど、この時間に来てもご飯は無いのよ?」
私がベットから降りると、空色の小鳥は私の肩から飛び立ちドレッサーの上に止まった。私も、シスターの服に着替えて髪を梳かす。その動きを頭を上下に動かして見ている。
(小鳥って手の動きが気になるものなのかしら?)
髪の両側を編み込みピンで留めると櫛をドレッサーに戻した。すると待ってましたとばかりに空色の小鳥が飛んで来たので、両手を出してみた。すると、そこにちょこんと止まり、私の顔に頭をこすりつけて来る。その可愛らしさに、つい私も頬をスリスリしてしまった。
「ご奉仕が終わったら戻って来るらから待っててね。戻ったらご飯にしましょう」
私の言葉が分かるのか、空色の小鳥は手から飛び立ち机の上に降りた。机の上をチョンチョン移動しているのを見ながら、私は部屋から出て、ドアノッカーを叩いた。
いつも通り、シスターエメニに指示された区画を綺麗に拭き掃除をし、いそいそと部屋へ戻る。途中でアキが朝ごはんを貰いに離れるが、殆ど部屋に付くのは同時だ。
「じゃあまた後で!」
「はい。ありがとうございます」
残念なことにアキが食事を置いてくれる時には、空色の小鳥は外に出ていて戻って来ない。アキが部屋を出て、私が食べる用意を整える頃に、ひょっこりと鉄格子の間から顔を出すのだ。
「もう少し早く戻って来てくれたらアキにも会わせてあげられるのに」
私は小鳥用に千切ったパンと葉物野菜を、既に定位置と成っている机の上に置いた。ツンツンと突いて食べているのを見ながら、私も食べる。教会の食事に肉は出ないので、小鳥に分け与えやすい物ばかりだ。お肉に関しては、私は食べてはいけない訳では無いので、休日に頂いている。
食事が終わって食休みを取る間、空色の小鳥は一緒にいてくれる。外からアキの足音を聞きつけると、窓から飛び立ってしまうのが残念だった。
アキに空色の小鳥が良く来るのだと伝えるが、興味が無いらしく「あっそ」で終わってしまった。空色の小鳥もアキもお互いがお互いに興味が無さそうで残念です。
もう一つ残念なことが有り、昨日はウキウキしていたオルターが、今日は沈んでいました。
アキが心配して声を掛けると、聖女様が再認定を受けたのですが、変更は無かったそうなのです。珍しくもアキが慰めていました。
部屋に付くと、今日は樽も2つに戻っていて、いつも通りに仕事をして下さいとの事でした。
「聖女様の再認定が上手くいかないだけで、あんなに残念がるものなのですね」
私が不思議に思って言うと、アキがああと頷いた。
「それは、教会に居る聖女様の地位によって、国から賜る奉納金が違うんだよ。この教会は聖女様の数も少ないし、地位も上級が1名しかいないから、奉納金が少ないんだ。だからこそエリンを受け入れたとも言える」
「え?」
「第三級犯罪者を、どこの教会も受け入れ拒否しててさ、困った国が特別補助金をどんどん吊り上げて行って、騎士団の者が監視に付くと追加条件も付けて、漸くこの教会が受け入れを承諾したんだ」
そうだったんですね。皆様危険と隣り合わせだと感じながらも私を受け入れて下さったんですね。それはそうですよね。第三級犯罪者ですものね。けど少しショックでした。
話をしながらポーションを瓶詰めしていたので、偽聖魔法を一度も使わず1樽終わってしまいました。練習しないのもなんなので、100本以上あるポーションに偽聖魔法を掛けると、1/3くらいが中級に成った。今までの中で一番いい感じとほくそ笑んだ時、一瞬誰かに見られている気がして振り返った。けれど、そこには誰も居ない。勿論、見られていても全く問題は無い。気づかれる筈が無いのだから。
「エリン!1樽終わったなら休憩しようか!」
「はい」
アキは食事を一緒に取るのは嫌らしいのだけれど、お茶休憩は一緒にしてくれる。きっと立ちっぱなしが辛いのね。速攻座って、用意されているポットからお茶を注ぎ、私に渡してくれる。しかも、この頃はお茶菓子が付く。クッキー系なのだけど、甘いものは嬉しい。
「この教会のシェフがお菓子も焼いてるんだけど、腕良いよね」
「ええ、そうですね」
サクサクと歯触りもいいクッキーを食べていると、扉をトントンと叩かれた。オルターからは、今日も終わり頃に来ると言われている。誰だろうとアキと二人顔を見合わせた。
直ぐに、アキが立ち上がり警戒しつつ扉に近づいた。
「どなたですか?この時間は立ち入り禁止に成っている筈ですが?」
アキが腰の剣に手を伸ばして、静かな声で言った。
「突然すまないね」
その声は、ルグレスト司祭様の声だった。驚いたアキが、剣から手を離し、扉を開けた。するとそこには、やはりルグレスト司祭様が立っていらっしゃった。そのまま、開いた扉から、聖木で作られた杖を突きながら、ゆっくりと中へ入って来る。
「ルグレスト司祭様!お呼び頂ければこちらから参りましたのに」
私が慌てて立ち上がると、手でそれを制して愉快そうに笑った。
「いやいや、何とはなしに来てしまっただけなので、お気になさらず。お茶の時間でしたかな?」
「はい。休憩を頂いていました!」
いつになくビシッと直立不動でアキが答える。
「休憩の時間なら、休憩を取って下さい。私は、少しエリン殿の様子を見に来ただけですから」
私に近寄って来たルグレスト司祭様に、アキが素早く椅子を勧め、お茶の用意をする。こんなに素早く的確なアキは初めて見た。
「ありがとう、貴方達も座って休憩の続きをどうぞ」
私は勧められるままに椅子に座り直したが、アキはさっとドアの前に立って戻って来なかった。
椅子に座った司祭様が、私が詰めたポーションを眺めながら、お茶を一口飲んだ。
「きちんと奉仕活動も、お仕事もしているそうですね」
「はい。教わった通りにしか出来ませんが、私に出来る事は頑張ろうと思っています」
「感心感心」
にこにこと私よりも詰め終わったポーションばかり見ている。司祭様は、あまりポーションを見た事が無いのかしら?
「エリン殿が詰めているポーションは、全て聖女エナリスが作った初級ポーションでしたね」
私は、誰が作ったものかは知らなかったので、アキを見てみた。
「はい。そう伺っています」
アキが答えた。そうだったんだ。知らなかった。
「エリン殿は、ポーションを詰めてみてどうでしたか?」
「そうですね・・・」
ポーションやキハラ様に購入していただいた薬のを鑑定してみて、使われる薬草によって効果が違ったり、多分持続力なども違うんだろうなって思ったら、自分でも作ってみたくなった・・・のですが、鑑定の事は言えないのですよね。
「大切なお薬の最終工程をお手伝いしていると思うと、身が引き締まる思いです」
「・・・ほぉ」
「流石に私にはポーションを作る事は出来ないのですが、同じように、人の助けとなる様な薬を自分でも作れたらとつい思ってしまいました」
「ああ、オルターからの報告で、エリン殿が独自に薬師を目指していると聞きましたよ」
「あ、はい。まだ本にある様にしか作れなくて、それに粒も荒くてまだまだですが、作る練習をしています」
「そうでしたか。新たな薬と言う物は開発するのはとても難しいものです。今ある物が正確に作れる事も薬師としては必要なスキルなんですよ。頑張って下さい」
「はい。ありがとうございます」
私が頭を下げると、残っていたお茶を飲み干し、司祭様が立ち上がった。
「休憩中にお邪魔しましたね」
「いいえ、とんでもございません!」
アキが、騎士の礼を取り一歩下がり、扉を開いた。
「今日は、良い物が見れました。ありがとう」
司祭様がにっこり笑って、その扉から出て行くのを、私も立ち上がり頭を下げて見送った。
パタンと扉が閉じる音がして、アキがこちらへ小走りで近づいて来るのが分かった。
「き・・・緊張した~」
アキの言葉に、私も深く同意し頷く。それにしても最後の言葉はどういう意味でしょうか?私が真面目にお仕事をしている姿が見れて良かったという事でしょうか?いずれにしても突然の訪問は心臓に悪いです。
「抜き打ちで、こうやってこれからも来るのかな?」
「かも知れませんね」
今回は好印象を持って貰えた気がします。この調子でいつ司祭様が現れてもいい様に全力で頑張ろうと心の中で誓いました。さて、手始めに残りの1樽を瓶詰めしてしまいましょう。今回は、きちんと偽聖魔法の練習も怠る事なくすべてを済ませて、部屋へと戻ったのでした。
◇◇◇◇
お昼の時間に成り、扉がノックされる。私は、今日もキハラ様が一緒に食事を取ってくれる事を期待しながら扉を開けた。
そこにはキハラ様が居たので、望み通りの現状に笑顔が零れました。しかし、手にはプレートが有りません?
「エリン様、今日は外出します。昼も外で食べる事にします」
「え?」
「大丈夫です、きちんと本部には報告してありますし、許可も取っています。では、行きますか」
「え!?この服でですか?」
「はい。これは仕事の一環なので、服の変更はありません」
驚いている私を、キハラ様はにこにこ笑いながら部屋から引っ張り出した。裏門まで来ると、キハラ様がアキへ伝令を伝える。
「16時迄には戻ります」
「了解しました」
二人で騎士の礼をしているので、少し疎外感を感じてしまいました。
「エリン」
裏門を出ようとした寸前にアキが私に向かって言った。
「休日らしい休日を味わえていないんだから、今日は少し楽しんでおいでよね」
私が目をぱちくりとさせ、キハラ様を見ると、キハラ様もにこにこ笑っている。視線をアキに戻すと、私は嬉しく成って大きく頷いた。
いつもの乗合馬車に乗り街中へ到着すると、すぐに近くのオシャレな感じのレストランに入った。
「ここは食べ物も美味しいのですが、メインはデザートです。エリン様は小食なので、食事は一つだけ取って共有しませんか?で、デザートに力を入れましょう」
「はい!」
私は、いつになくワクワク感に心が躍っていた。騎士の服とシスターの服を着ている異質な私達を遠巻きに、お洒落をした女性達が見ている。そんな事も気に成らないくらい私は楽しかった。
メインのデザートは、私は果物を中心としたパフェを頼み、キハラ様はチョコでコーティングされたクマ型のケーキを頼んだ。
「この後は、運動をする為の洋服と、もう少し余所行きの服や髪飾りを買いましょう」
「あ、出来れば小鳥の餌とか餌箱とかも買いたいのですが」
「ん?小鳥?」
「はい。偶にですが、空色の小鳥が朝食時に来るんです。いつも私の食事を机の上に置いて食べて貰ってるのですけど、折角ならお皿に入れて、栄養の良い物をあげれたらと」
チョコケーキをモグモグと食べていたキハラ様が目を真ん丸として言った。
「エリン様ったら、とうとうペットまで飼い始めましたか」
「いいえ、ペットではありません。お客様です」
必死に今までの経緯を説明すると、キハラ様がクスクス笑いながら言った。
「お客様では、おもてなししない訳には行きませんね」
レストランを出ると、キハラ様は、前回とは違う洋服屋さんへと連れて行ってくれた。そこで、運動をするのに向いている伸縮性の高い上下の服を3着買い、その隣の店では、外出着をとキハラ様が色々な服を持って来た。
「あ、あの、私今それ程外出する予定は無いのですが・・・」
確実に1日はガイ様に連れられて害獣退治に行くので冒険者の服でいいし、翌日は使い物に成らない私をリカバリーする為にガイエス様が迎えに来て下さるだけだ。
「ガイエス様が迎えに来て下さった時に、同じ服ばかりでは味気ないでしょう?せめてもう数枚は、欲しい処ですね。特にエリン様の可愛らしさが強調される様な服が!」
「そ・・・それは・・・」
少し欲しいかも知れません。今ならお金も少しは有るので、数着なら買ってもいいのかも知れません。キハラ様の後ろをついて歩いて行くと、次から次へとキハラ様が気に入った洋服を腕に掛けて行く。
これは本当に勉強の一環としてやっていい事なのだろうか?と少し不安に駆られたけれど、キハラ様に言われるがままに試着していると楽しくて、一気に不安が何処かへ行ってしまいました。
「エリン様はオレンジとか暖色系が似合いますよね。これもいいわ、こっちも、悩みますね」
気が付くと、数着ではなく、数十着購入し、髪飾りも6つも購入してしまった。でも、これも必要経費だと思いましょうと支払いをしようとしたら、すかさずキハラ様が支払ってしまった。
「キハラ様、私自分のお金がありますので、それで支払います」
「いいえ、今回は私に支払わせて下さい」
「え?どうして?」
キハラ様は少し恐縮した顔をして続けた。
「昨日、あれから半券を持って冒険者ギルドへ行ったのですが、金額に驚きました。とてもあの金額に見合う働きを私はしていません。ですが、お返しするのも失礼かと思いましたので、少しでもエリン様に還元させていただこうと思います。ですから、気にせず受け取って下さい」
「そんな事はありませんのに・・・」
「お願いします。これからもエリン様のお側に居たいんです。我儘を許して下さい」
私はどうしたものかと思いはしたのですが、キハラ様の気持ちも分かる気がして、今回は受け入れる事にしました。
「ありがとうございます。大切に着ますね」
キハラ様は嬉しそうに笑うと、買った洋服をナップザックへと入れて行く。あのナップザックがマジックバックでは無い事が本当に不思議だ。
「後、刺繍糸と針や色々な布地が欲しいのですが・・・」
「それならマイラのお店がいいわね。丁度隣に雑貨屋があるので、お客様のおもてなし道具も買ったら教会へ戻りましょうか」
「はい」
私達は、マイラのお店へ寄り、刺繍に必要な道具を一式と、色取り取りの刺繍糸を購入し、隣の雑貨屋で少し深みのある陶器のお皿を2つと、店主お勧めの栄養満点の鳥の餌を購入して教会へと戻ったのだった。