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心の深淵にあるもの

 体が重い。

 ずぶずぶと引きずり込まれるように、闇の中へと沈んでいく。

 途中、ジャラリと音がするので、目を凝らして見てみると、鎖だった。

 真っ暗なこの世界は、時折光って何かが見える。

 何だろう?鎖が何かを縛り付けているみたいだった。


『こっちだよ』


 また、知らない人の声が聞こえた。

 だけど、なんだろう?懐かしい気がする。

 知らない人の声の筈なのに。


『ここだよ』


 私は、深い闇の深淵に小さな光を見つけた。

 声はそこから聞こえて来る。

 そこへ行っていいのだろうか?行かない方がいいのだろうか?

 少し、怖い気がした。

 だけれども、私の意思とは関係なく、体は引き込まれるように、その光へと向かって落ちて行く。


『やっと会えたわね』


 光の玉にしか見えなかったソレは、うっすらと女性の形に見えた。

 ジャラリと音がして、さっき見えた鎖が大量にその女性を逃がすまいと絡みついている。


 貴方は誰?


 最深部に到達したのだろう。私は、光る女性の近くに降り立った。

 周りを見回すと、いくつかの鎖がふわふわと漂っている。


『私は私よ。そして貴方だわ』


 ?

 意味が分からない。そう、こういう時はにっこり笑えばいいのよね。


『あ~。ごめん。私ね、あんまりゲームとかしてないのよ。だからこれが何かのゲームかなんて分からないんだわ』


 益々意味が分からない。


『ま、貴方にとっても私にとっても、ここが現実だわ。なんのゲームかなんてどうでもいいわね』


 私には、この女性に返す言葉が未だに見つからない。


『私、ずっと貴方を見てたんだよ。どんなに辛い時でも、歯を食いしばって必死に勉強して、前へ前へと進んでいく貴方を、誇らしく思っていたわ』


 鎖に繋がれた光る女性は、私を見ている気がした。


『貴方一人だけに負担を掛けてしまってごめんね。まさか、転生した途端に鎖に縛られてしまうなんて思わなかったから慌てたわ』


 てん・・・せい?


『そうよ!私は貴方、貴方は今生の私なの。本当は私のこの記憶ごと生れたんだけど、即座に掛けられた魔法契約によって、私だけこの鎖に雁字搦め(がんじがら)にされて、ここに取り残されてしまったの』


 ・・・意味が分からない。


『あのまま、王太子と結婚していたら、この鎖が緩む事も無く、私達は一生交わる事が無かったでしょうね。そういう意味では、あの聖女様には感謝だわ』


 胸が苦しい。


『あ!ごめん!デリカシーに欠けてました!何が有ってもあの聖女は許しません!!本当だよ?』


 胸が苦しいままだけど、ちょっとだけ笑ってしまった。


『私は、貴方の頑張りを知っている!こんなところに囚われていたけど、ずっと一緒に居たんだよ。おいで、15歳の私』


 私は躊躇した。とても貴族とは思えない言葉遣い。でも、なんだろう?とても暖かい。


『まだこの鎖が完全に外れないから、動けないんだよね。だからこっちに来て!鎖が完全に外れないからこそ出来ることが有るんだ。早く来て!』


 暗い闇の中で、一つだけ光っている女性。でも鎖で雁字搦めに成っていて動けない人。全く意味は分からないけど、でも・・・。

 私は無意識に、彼女に近づいていた。すると耳元でジャラリと鎖の音がして、勢いよく、私は光る女性に引き寄せられ、抱きしめられてた。


『エリンシア。貴方は頑張ってた、ずっとずっと頑張ってたよ。私は見てた。どんなに辛くても、俯く事無く我慢している事すら無視して、最善を目指して頑張ってた。偉いよ!私は貴方が本当にとても誇らしいわ!』


 私は、光る女性の胸に抱きしめられて、優しく頭を撫でられていた。

 私は貴族の娘。見ず知らずの人に、ちょっと優しくされたからって表情を崩してはいけない。心の内はきちんと隠して、己の矜持を守らないといけない。いけないのに。


『泣いたっていいさ!ここには私しか居ないんだから。我慢しなくていいよ。本当は分かっていたんだよね。聖女が現れてから、貴方のたった一つの拠り所が奪われて行くのを、ただ見ているしか無かった。貴方は、自分には何も無いから、神の祝福も、魔力も何もかも持っていないから、奪われるだけの人生なんだと達観するしか無かったんだよね』


 ち・・・ちがう。


『そう、違うんだよ。本当はそうじゃないの。貴方の一部の私がここに囚われていたから、貴方は少し欠けていたの。私と言う自分が欠けていたのよ』


 違う。そうじゃないわ。

 私がもっともっと頑張れば良かった。ガーウィン王子が、まだ私に優しかった時に、私がもっと頑張って、気持ちを伝えれば良かった。

 どんどん冷たく成って行く姿を、大人に成って行くのねと納得せずに、優しいままでいてと言えば良かった。貴方が好きですと言えば良かった。他の人を見ないでと言えば良かったの。


『いいよ、泣いて、沢山泣いて、泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いて』


 涙が溢れて止まらない。どうしたらいいの?心の中では「駄目よ!私は貴族だもの、己の矜持は捨てられない!」って思っているのに・・・。


『捨てなくていいのよ。捨てなくても泣いていいの。そして変わろう。これからは、私も一緒に生きて行く。もう1人じゃない。いえ、1人なんだけど独りじゃないよ』


 本当に、意味が分からないのに、冷え切っていた心の中が暖かくなって来る。まだ、私には出来ることが有るって力が湧いて来る。

 そして、私達は深い闇と光に溶けて行った。

 



 ◇◇◇◇

 

 ふと私は目覚めた。

 瞳を開いている筈だけど、左側にガーゼらしきものが張り付いており、固定されているのか、左目は全く動く様子が無かった。

 ゆっくり体を起こすと、周りを見回したが、見覚えのない部屋だった。

 戸棚に薬が配置されているところを見ると、ここはまだ王城の医療施設らしい。

 どれだけ寝ていたのだろう、熱はもう無いようだった。

 ベットの横のサイドテーブルに、私のアクアマリンのネックレスがぽつんと置かれていた。

 無意識に、それに触れると、ピッとお音がして、収納しますか?と横に文字が出た。


「やっぱり、何かのゲームの世界なのかな?」


 はいのボタンを軽く指でつんと小突くと、アクアマリンのネックレスが、私のアイテムボックスに収納されたらしい。すっと消えた。


「まだ、きちんと統合出来ていないみたい。記憶がところどころしか思い出せないわ」


 私の記憶の中に、もう一つの記憶があった。

 ところどころ霞がかっていて、断片的な記憶。

 私の前世の名前は里中江里。飲んだくれの父親と、子供に手を上げてばかりの母親、兄弟も居た気がするけど思い出せない。

 あの頃の私も歯を食いしばって生きていた。バイト三昧の日々だけど、知識は身を助けると、大学への進学資金も自分で稼いで、必死に生きていた。

 そうそう、彼氏らしき人もいたみたいだけど、なんか紐っぽい。


 ほんと・・・あの人の言う通り、今も昔も家族運も恋人運もないのね・・・私。


 生まれて直ぐに行われた魔法契約。王子との婚約。それが解消されれば、あの鎖は全て消えるのだろうか。

 魔法契約は、この世界の私と王子との婚約だったから、異世界転生したもう一人の私は囚われてしまった。

 だけど、王子の婚約破棄の言葉にほころびが出て、ほんの少しだけど力が戻った。

 胸の奥底にある光。そこからゆっくりと体を巡るもの。初めての感覚。

 きっと、これが魔力。


「あ、エリンシア様!お目覚めに成ったのですね。今、主治医を呼びますので、そのままでお待ちください」


 部屋へ入ってきた侍女が、上半身を起こした私に気が付き驚くと、直ぐに主治医を呼びに行ってくれた。


「目が覚めて良かったですね。あの事故にあわれてからもう1週間も目覚めなかったんですよ」

「・・・そうでしたか」


 事故・・・ね。王女様と結婚する予定の兄の為に、作られた偽装ね。

 完全に王家とバズガイン家は共謀して、私を廃嫡するつもりなのね。

 それは別に構わない、でも極刑は嫌だわ。その時は、戻った力を使って何が出来るかわならないけど、最後まで足掻いて見せる。


「皆、貴方の目覚めを待っていたんですよ。その間に、いろいろな手続きを進めております。もう暫くこちらでお休みください。準備ができ次第ご案内します」

「はい」


 何の準備かしら?私を断罪するための準備?いずれにしても、婚約解消の魔法契約を行わないと、王子も新たな婚約者を迎える事は出来ない。私が目を覚まさなくて慌てたでしょうね。

 どんな断罪が待っているか分からないけど、私も私の未来を諦めない。

 だって、私はやっとスタートラインに立ったんだもの。




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