キハラ様の復帰 1
ブクマ100人に成りました。ありがとうございます!
これから、またご奉仕と仕事が始まる。そしてキハラ様が復帰して下さる。
通いで、勉強の時間のみ来て下さる事に成ったのが残念だけれども、それ以外の時間は騎士としての仕事をしているそうなので、仕方ないです。
朝、目を覚まし、いつもの一日が始まりました。もう、顔を洗うのにタオルを忘れる事は有りません。顔を洗い終わった桶にタオルを洗って掛けると、ご奉仕活動に向かいます。
少し後ろからアキが付いて来てくれる適切な距離にも慣れました。
だけれども、今日の教会は少し雰囲気が違いました。まだ、私は他のシスター達に会う事は許されていないので、お互いに出くわさない時間帯で動いているのですが、なんだか分からないのですが、周りから落ち着かない感じを受けるのです。
その理由は、仕事の時間に分かりました。
「おはようございます、アキ、エリン」
「「おはようございます」」
「すみません、今日はいろいとろ立て込んでいるので、樽1つをつめ終わったら、私を待たずに部屋へ戻って貰ってもいいでしょうか?」
なんだか、オルターは少し興奮している様に見えました。
「何かあったんですか?」
当然の事ながらアキが質問しました。
「実は!うちに在籍している聖女様の再認定が行われることに成ったんです」
アキが首を傾げると、オルターは細かく説明をしてくれました。
「うちの教会には聖女様が3名居ますが、筆頭のカリエラ様は上級ポーション迄作れます。次席のセリナ様も中級ポーション迄作れます。で、最後のエナリス様は初級ポーション止りで、伸び悩んでいたんです。それがこの頃、エナリス様の納品するポーションに中級が混じっている事が多くなったんです」
「・・・という事は?」
「エナリス様の聖女の力が増してきているのかも知れません。なので、本日、司祭様が再度、エナリス様の聖女の力を再鑑定し、再認定をする事に成ったんです」
「・・・へぇー」
アキは分かっていない様です。私も良くは分からないのですが、つまり聖女様の能力が向上したと言う事なのかも知れません。それは喜ばしい事なのかも知れないですね。
「畏まりました。1樽詰め終わりましたら、速やかに部屋へ戻らせていただきます」
「よろしくお願いします。空いた時間は好きに使って戴いてかまいませんので、今日はなるべく大人しくしていただけるとありがたいです」
「はい。分かりました」
私は、少し早めに帰れるのが嬉しかった。今日は、キハラ様が復帰する初日なので、キハラ様が居ない間に見よう見まねで作った回復薬を見て貰おうと、準備をする時間が出来たのだから。
ポーションをサクサク詰めて、簡単に偽聖魔法の練習を済ませてしまったので、今日はあまり中級ポーションは出来なかった。
部屋へ戻ると私は直ぐに、アイテムボックスからマジックバックに、今日使う分の薬草と作った回復薬を入れ替え、部屋の隅の箱の中にある、まだ使っていない道具を取り出す。それを机の上に置こうとして、これからお昼ご飯が来ることを思い出し、気が早すぎたと箱に戻した。
(思ったよりも用意出来る事が無いわ)
椅子に座ると、残りの時間が暇になってしまった。マジックバックからダスガン様より頂いた薬草の本を取り出すが、何度も読んでいるのでパラパラと捲るけれど、飽きてすぐに机の上に置いてしまった。
(早く時間が流れないかしら?待ち遠しいわ)
こんな時こそ、あの空色の小鳥が来てくれるといいのに。あの小鳥は気まぐれで、来る日と来ない日がある。この2日間は私の方が家に居なかったから、小鳥もどっかに行ってしまったのだろうか?
暫くすると扉をコンコンと叩く音がした。時計を見るとやっとお昼ご飯の時間に成っていた。きっとアキが食事を持って来てくれたのだ、私は立ち上がると扉を開けに行く。
「アキ、今日は胸が一杯で食事をする気がしないわ」
「それは残念だわ。久々に一緒に食事ができると思ったのに」
その声は、待ちに待った人の声だった。勢いよく扉を開くと、そこには両手にトレイを持って立っているキハラ様が居た。
「お帰りさない!!」
抱き付いてしまいそうな衝動を抑えながら私が瞳を潤ませて見上げると、キハラ様もにこにこと笑いながら言って下さった。
「ただいま。お待たせしました」
「はい!待ってました!」
机の上にトレイを置くと振り返ったキハラ様に、今度こそ私は飛びついたのだった。
◇◇◇◇
軽く食事をした後、私はキハラ様が居ない間に行った回復薬の作り方を説明し、机の上に所狭しと乾燥させた薬草と作った回復薬を並べた。それをキハラ様は興味深そうに一つ一つ見て下さった。
「私の居ない間に、いろいろと試してみたんですね」
「はい!」
「火器が使えないから出来る事も少なくて難儀したでしょう?戻るのが遅く成って申し訳ありませんでした」
「いいえ、戻って来て下さっただけで嬉しいです」
私が見つめると、キハラ様は困ったような顔をして笑った。
「私は大丈夫だと言ったんですが、どうやら、私達を助けてくれたS級冒険者のガイが、精密検査を受けさせて欲しいと依頼をしたみたいなんです」
私は無言で頷いた。それはきっと私のせいだわ。どこまで治療出来ているか心配だったのでしょう。
「精密検査を受けた結果は、擦り傷一つ無しでした」
「良かった・・・・です。」
少し口籠って知った私に、キハラ様が少し悩んだ表情を浮かべたけれども、意を決するように私に向かって話し出した。
「あの時、最後までエリン様を守り切れず申し訳ありません」
「い・・いえ、そんな事は有りません。全力で守って下さってありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。結局はS級冒険者のガイ様に良い処は全部持ってかれてしまったみたいですけど、次は私がきちんと最後まで守りますからね」
「はい!お願いします。あ、後これを」
私は、マジックバックから冒険者ギルドで受け取っていた半券を渡した。
「これは?」
「この間の冒険のポイントと報酬です。仲良く半分こです。あ、巨大害獣は3人で割りました」
「え!よろしいんですか?」
「勿論です。冒険者ギルドで換金出来るそうなので、早めに換金して来て下さいね」
「漁夫の利、ありがたく受け取りますね」
「はい!」
あの時の事を深く掘り下げられたらどうしようかと思っていたけれど、キハラ様はこれ以上何も聞かないでくれた。きっと騎士団で色々な話を聞いていた筈なのに。
「あ、今日はお土産も有るんです。だけど、この部屋ではちょっと考えてしまいますね。用意をしてきますから、ここで少し待ってて貰えますか?」
「はい・・・?」
それだけ言うと、キハラ様は部屋から出て行ってしまいました。隣の部屋のドアが開く音がしたので、ご自分の部屋へ戻ったようです。しばらくドタバタとした音が聞こえていたのですが、再び扉を叩く音がしてキハラ様が顔を出した。
「用意が整いました。エリン様は机の上の薬草達を持って来て貰えますか?私の部屋へ行きましょう」
そう言うと、私の部屋に置かれていた箱を持って出て行く。私も机の上の物を全てマジックバックへ戻して後を付いて行った。
キハラ様の部屋に入るのは初めてなのでドキドキしたのですが、最初に見た私の部屋と同じでした。違うのは、キハラ様が用意した、天井から何本も紐が渡して有り、そこに洗濯ばさみの様な物が何個も付いている。机は窓の傍に有り、こちらの窓にも鉄格子が嵌っていたので、ここで生活をしていたキハラ様に申し訳ない気持ちに成った。
「じゃあ、エリン様は薬草で干したい物を、このフックに挟んで下さい。私は、機材を設置しますね」
「はい!」
私は、マジックバックから、これから干して使おうと思っていた薬草を、洗濯ばさみの様な物に挟んで行く。横目でキハラ様を見ていると、私の部屋から持って来た箱から、火器を使う機材を机に並べていた。
「長めの机も欲しいな。ちょっと待ってて下さいね」
「はい」
キハラ様は、そのまま扉を出ると、表につながるドアノッカーを叩いている様だった。私は、取り合えず干せるだけ干し終わり、周りを見回していた時に、キハラ様とアキが長い机を持って戻って来た。
「壁側に設置して、椅子も2脚こっちに移動していいかな?」
「おう!いいよ、使って無いのいくつもあるから」
そう言うと、2人はバタバタと部屋を行き来して、あっという間に、キハラ様の部屋は簡易研究部屋に成ってしまった。
「凄いです!なんだか、私何でも作れそうな気がして来ました」
「うん!作っちゃおう!」
「な・・・なんか、羨ましいな」
「アキも手伝いに来てくれてもいいんですよ?」
「それは遠慮する」
そう言うと、アキはさっさと部屋を出て行ってしまった。私達は顔を見合わせて笑った。
「あ、そうそう、今回はこれを仕入れて来たよ」
「なんですか?」
キハラ様が、いつものナップザックから大きめの瓶を取り出し、長机の上に置いた。
「聖女の水」
「聖女の水!?」
驚いてキハラ様を見ると、次々と瓶を取り出し合計5本、机の上に置いた。
「エリン様が干して磨り潰して粉にしてくれた薬草ですが、普通の水で煮出しても、粗が残り効果も下がるんです。ですが、この聖女の水で煮出すと全て溶けてくれて効果を維持出来るんです」
「そうなんですか?」
「はい。これは水に聖女様が回復の聖魔法を溶かし込んでくれている水なんです。私達は遠征をする時に、ポーションを持って行くのですが、現地で足りなくなった時に、簡易的に作れる様に、この聖女の水と薬草も持って行くんです。やはり聖女様が作って下さった初級ポーション程の力は無いのですが、それでも無いよりはいいので」
水に聖魔法を溶かし込む。一体どうやって溶かし込んでいるのでしょう。不思議な水です。これを私が自分で作ることが出来るように成れば、自分で一からポーションが作れるという事ですわね。
「聖女の水は一般的に売られているのですか?」
「いいえ、聖女様が1日に作れる量は一人一人決まっていますから、とても市販出来る程の量はつくれないんです。通常はポーションを納品して貰うのですが、遠くへ遠征に行く場合、聖女様が付いて来てくれる時もあるのですが、それが出来ない場合は、この聖女の水を作って貰って持って行くんです」
「そうなのですね」
じっと聖女の水を見ると、横に「水 聖女の祈り3% 効能:無し」と出た。流石にこれだけでは治療薬には成りえないのでしょう。やはり薬草が必要なのですね。
「そうそう、ダスガン様からの伝言です。この間受け取った回復薬は、殆どの成分を失う事なく作られて、他にも配合が有ったみたいで市販されている粉薬から考えると良質だそうですよ。良かったですね」
「はい」
「ちなみに、この瓶に入っているのがそうですか?」
「そうです」
薬草を干すのと一緒に取り出して置いておいた瓶入りの回復薬をキハラ様が手に取った。
「では、これを使って簡易ポーションを作ってみましょうか!」
「はい。あ、でもこの聖女の水はどうやって手に入れたんですか?」
「勿論、ガイエス様からの内緒の差し入れです」
人差し指を口に当てて、ウインクする。
「ガイエス様が作られたのですか!?」
「いえ、ガイエス様の聖魔法は戦いに特化しているので、直に回復を掛ける事は出来ても、こういった物は作れないらしいです」
「まあ、貴重な物をありがとうございます」
「上手く作れたら、1本貰ってもいいですか?騎士団で鑑定してみたいので」
「はい。勿論です」
私は、力強く頷くと、キハラ様と一緒に簡易ポーションに挑戦した。
しかし、惨敗で、上手く薬草が混ざらなかったり、必死に混ぜていたら聖女の水が殆ど気化してしまったりした。
「上手くいかないものですね」
「そうですね。遠征に持って行った時は、どなたがポーションを作っているのですか?」
「回復を担当する魔導士の方々ですね。ただ、合わせる薬も聖女様が作られているので、そこにも何かポイントが有るのかも知れません。折角、教会に住んでいるのですから、いつかは聖女様に作り方をご教授頂けるといいですね」
「いつか、聖女様にお会いする事が出来たら、伺ってみたいと思います」
「その日が早く来るといいですね」
私達は、失敗に次ぐ失敗で、すっかり無くなってしまった薬草の瓶を見ながら苦笑いした。聖女の水は残り3本と成っている。
暫くは、薬草を少し手直ししながら聖女の水と上手く混ざってくれる方法を模索する事にした。
この後は、部屋の掃除をして、夕食の時間に成った。
久しぶりに、キハラ様も夕食を食べてから帰ると仰ってくれて、二人でキハラ様の居ない時の話をしながら食事をした。
キハラ様も、S級冒険者のガイ様にはお会いした事が無いらしく、私の話を聞きながら眉をしかめていた。けれど、翌日のガイエス様の話にはもっと眉をしかめて悩んでいた。
教会の裏門までお見送りしたかったが、アキに断られてしまい、部屋の扉の前でキハラ様とお別れする事と成った。
「じゃあ、また明日来ますね」
「はい。お待ちしています。あ、私少し体力も付けたいと思っているのですが、何か良い方法は有るでしょうか?」
「ああ・・・。ガイ殿との害獣退治の為ですね。少し考えて来ますね」
「よろしくお願いします」
私が、シスター流の礼をすると、キハラ様は騎士の礼を取ってくれた。しかし、しばらく経っても礼を取ったままなので、私は少し首を傾げた。
「エリン様」
「はい?」
「・・・助けて下さってありがとうございました!では、また明日!」
私がびっくりしている間に扉は閉められてしまって、私は答える事が出来なかった。
私は何とも言えない気持ちで閉まった扉を見ていた。きっと、キハラ様はいろいろと気が付いているのでしょう。だけれど、私が言うまでは聞かないと暗に示して下さっている様だった。
私も、言い訳や、嘘をつかなくても良い事を感謝しつつ、部屋へと戻った。