予測不能な1日目
その日の朝は、激しいノックと共に勢いよく扉を開かれた。
「来た!来たよ!!あの人がSランク冒険者のガイ様!?」
物凄い勢いで飛び込んで来たアキが、瞳を爛々と光らせ私に同意を求めて来る。
「多分。自分でそう言ってましたから」
「凄いよ!Sランク冒険者のガイ様を始めて見ちゃったよ!」
「そんなに凄いですか?」
「そりゃあもう!!魔力も無く武力だけでSランクまで上り詰めた平民の星だよ!しかも、人前にあまり姿を見せた事が無いから、幻の英雄みたいなものだよ!」
冒険者装備に着替えた私は、憂鬱な気持ちでアキを見ていた。
「キハラを助けてくれた上に、エリンの冒険者指南役を申し出てくれるなんて、いったい何が有ったの?」
それは・・・言えません。私は、椅子からすっくと立ちあがると意を決して歩き出した。
「失礼が無いようにね!」
「ええ」
私の後ろを興奮して付いて来るアキの言葉に、瞳を逸らしながら頷いた。・・・だって、弱みを握られてるのだから。扉を開くと、この間と同じ冒険者の装備で彼は手を軽く振った。私の眉間にはきっと皺が寄ってる筈。しかし、浮かれ気分全開のアキが横を飛び出して行く。
「お待たせしました。エリンも既に準備万端です。今日はよろしくお願いします!」
ガイエス様にも、あそこまで丁寧だったかしら?余程憧れている人なのかも知れない。
「はい。お任せ下さい」
健康的に日焼けした肌に、黒髪。なのに瞳の色だけガイエス様と同じ菫色のガイ様は、アキに笑いかけた。すると、あのアキが信じられないくらい乙女な顔で真っ赤になった。
「じゃあ、行こうかエリン」
「はい」
私が再び歩き出すと、アキがハッとした顔で言った。
「ダスガン様からの伝言です。あまり遅く成らない内に、エリンを送って来て下さいとの事です!」
「勿論です。無理はさせませんよ」
ガイ様はにっこり笑って、私の背中に手を当てると教会の裏口から押し出した。なるべくのんびり歩いていたけど、あまり効果は無かった。いつもは直ぐに扉を閉めるアキが、私達を見送っている。
ガイ様は、馬に乗って来たらしく、その馬の所へ私を連れて行った。
「馬に乗った事はある?」
「いいえ。ありません」
「うん。分かった」
ガイ様が、馬の肩の辺りをトントンと叩くと、馬が前足を曲げて体制を低くしてくれる。すると、ガイ様が私をひょいと馬の上に軽々と乗せてくれた。すると直ぐに馬は前足を戻したので、私の視線は凄く高く成り、慌てて鞍にしがみ付いた。するとガイ様が、鐙に足をかけて後ろに乗って来た。
手綱を持ち直したガイ様が、馬をゆっくりと歩かせる。
「街中はそんなにスピードは出せないから、その間に慣れてくれる?街から外れたら速度を上げるからね」
そんな事を言われても、馬車ではなく、直に馬に乗るなんて初めてだ。慣れるって何?と思った。
しかし、ぽっくりぽっくり歩く馬に、私はそこまで怖くは無いと思った。
「問題ありませんわ。それで、今日はどこへ行く予定ですか?」
「ん?勿論、害獣退治だけど?」
前を向いている私の顔を見る事は出来ないでしょうけど、私の眉間に皺が寄るのは理解してくれている事でしょう。
「・・・冒険のイロハを教えて下さると伺っていますが、行き成り害獣退治ですか?」
「うん!きっといい勉強になると思うよ」
・・・勉強。そう言えば、実家での今までの勉強も殆どがスパルタでした。これくらいは当たり前なのかも知れません。
「分かりました。頑張ります!」
「うん。まあ、殆どは俺が害獣を倒しているのを見てるだけでいいよ。あ、後、害獣をそのまま持ち帰りたいから、前と同じようにマジックバックにそのまま入れて貰えるかな?」
「ええ、それは構いませんわ」
何もしないでいいらしい。つまりは荷物持ちという事かしら?
「君も、薬草採取はしたいんだよね?」
「出来ればでいいですわ」
だって、脅されて同行しているんですもの。私の希望なんて聞かなくてもいいのに。
「多分、まだ誰にも気が付かれていない採取出来る小さな草原が有るんだ。そこで、俺が休んでいる間、採取するといいよ」
「ありがとうございます」
私が馬上で頭を下げた。
「なんだか、今日は他人行儀だね」
「他人ですから」
私が少しむっつりして言うと、後ろからガイ様のくすくすと言う笑い声が聞こえて来た。私、むくれておりますのに!
暫くすると人通りの多い道から、少し小道へ入り、ガイ様は馬を加速させていく。
「これからしばらくは、喋らないで、舌を噛むからね。目的地まで急ぐよ!怖かったら、俺にしがみ付いていいからね」
「・・・」
しがみ付くも何も、上がるスピードに、私の体はガイ様の腕の中にすっぽりと埋まってしまっているみたいです。両手はずっと馬の鞍を握りしめて、私は落ちませんようにと祈りながら歯を食いしばった。
とても周りの景色を楽しむなんて出来ず、必死にしがみ付いている内に、周りの景色はどんどん変わり、馬車ではいけないだろう獣道をどんどん先に進んでいく。多分、既に前回出かけた草原よりも上に来ているのだろうと確信が有った。
木々の間を抜けて、道なき道を走り少し行った先で、突然ガイ様が馬を止めた。
どうしたのだろうとガイ様を振り返ると。ガイ様が何かを探している様に周りを警戒している。
「どうやら、近くにいるね」
何がとは聞きません。分かっていますから。
「俺は降りるけど、エリンは馬の上にいた方がいい。こいつは頭がいいから、まずいと思ったらエリンを乗せたまま逃げてくれる。動かない今は鞍を握っていていいけど、馬が走り出したら、この手綱をしっかり握って、大変だろうけど両脚は頑張って馬を挟んで落ちない事だけを考えるといいよ」
それだけ言うと、ガイ様はするりと馬から私を残して降りてしまった。私は馬の上から周りを見回してみるが、何の気配も感じなかった。
「やっぱり・・・君を連れて来たのは正解だったようだ」
「どういう事ですか?」
「この間も言った様に、ギルドから依頼をされて、今、出来る限りの巨大害獣を討伐しているんだけどね、やっぱり探すのが大変なんだよ」
私は、嫌な予感がした。
「今回は、態と獣道を走り回って、近くにいる巨大害獣を呼び込んだんだ」
「呼び込む・・・・」
「そう、君を使って」
「それは、どういう意味で・・・」
「来た!エリンはしっかり馬にしがみ付いているんだよ!」
私の言葉を阻止してガイ様が、右斜め先へと走って行ってしまった。ここは木々が多くて見通しが悪い。目を凝らしてガイ様がどこに居るのか見ようとするけれど、あっという間に見失ってしまった。
しかし、少し遠くから何か重々しい音と獣の鳴き声、戦っているのだろうと思われる音が聞こえて来た。
私は、言われたとおりに馬の鞍にしがみ付いていた、この音は馬にも聞こえているだろうに、馬は静かに側の草を食んでいた。
大した時間も経たず、ガイ様が戻って来た。
「エリン!仕留めたよ。マジックバックに入れてくれるかい?」
「はい」
姿を見る限り、怪我などどこにも無さそうだった。時間も大して経っていないのに、本当にこの方は強い。そう言えば、キハラ様を助けて下さった時も、あっという間に倒してしまっていた。Sランクは伊達ではないのだと思い直さざる得なかった。
私が馬を降りようとすると、ガイ様がそれを制した。
「いや、そのままでいいよ」
ガイ様が手綱を持つと、そのまま私を乗せて馬を歩かせ、巨大害獣の所まで連れて行ってくれた。流石に巨大害獣だ、馬に乗っていても、そのままマジックバックに入れてるふりをしてアイテムボックスに収納する事が出来た。
「よし!この調子で今日は3匹くらいは討伐したいな」
「え・・・・」
ひょいと後ろにまたがったガイ様が、不穏な事を言う。とは言え、今の様な討伐方法なら、私は楽なのでいいかと思い直す。ガイ様は、巨大害獣を探して森の中を走り回る。少し行くと、巨大害獣とばったり出会ってしまった。
直ぐにガイ様は馬から飛び降り、剣を抜いて巨大害獣に飛び掛かって行く。走る速度の速さと、流れるような剣裁きに見惚れた。流石に大きな害獣だけあって、ガイ様が剣を1回で振り切ろうとしても途中で止まってしまう。しかし、そこから力技で再度振り切るガイ様も凄かった。瞬く間に、巨大害獣を仕留めてしまった。
私のアイテムボックスに入れると、再度ウロウロと、でも移動する場所を見ていると一定の場所を横移動している気がした。
「この付近の巨大害獣を探しているのですか?」
気に成って聞いてみると、頭の後ろから声がした。
「よく分かったね。そうだよ。冒険者ギルドから、万が一街へ降りて来る巨大害獣が現れたら困るから、この辺りに生息する巨大害獣が居たら討伐して欲しいと依頼を受けているんだ」
「そうでしたか」
やはりと思っていたら、向こうから巨大害獣が現れた。前にキハラ様に言われた言葉が蘇る。
冒険者たちは希望の獲物を探しに森に入るが、必ず会える訳ではないと。しかも、絶対数の少ない筈の巨大害獣だ。こうも簡単に巡り合ってしまうのは、やはり囮が良いからかしら?と自虐的に思った。
先ほどと同じく、難なく倒したガイ様が、馬の行く方向を変えた。馬も心得たもので、途中、浅瀬の川が有ってもひょいひょいと大きな岩を使って渡り、獣道すらも無い道を走った。
すると、木々の間から草原が見えて来た。
「3匹倒したから、休憩もかねてエリンの薬草採取場所へ行こう。ここは、殆ど知られていない森の中の平原だから取りたい放題だよ?」
その言葉に、私は目を瞬いた。この間から比べると場所的には狭いが、自生している薬草の種類が多そうだった。
ガイ様が降りると、馬が自分から前足を折って体制を低くしてくれる。それでも、自分で降りるのは難しく、ガイ様に手伝って貰って降りた。
「朝食もお預けに成ってしまったから、お腹も空いたろう?食べ物は持って来たんだ。一緒に食べよう」
ガイ様のバックもマジックバックらしく、そこから敷物を取り出し、流石に日除けの傘は無いらしく、日陰に成っているところに敷いてくれた。そこにドカリと座ると、マジックバックから大きなバスケットを取り出し、開いた。中には、区分けされていてサンドイッチとサラダ、果物、焼いた肉が入っていて、今作ったばかりと言わんばかりにいい匂いがして来た。
「ガイ様が作られたのですか?」
「いや、流石に俺には作れない。知り合いの店で注文して作って貰ったんだ」
「そんな事をしてくれるお店が有るんですね」
私は感心しながら、ガイ様から渡される木で出来た水筒を受け取った。これは、前にキハラ様が持って来た水筒と仕組みは同じようだった。
「お腹が空いただろう?どうぞ、好きなのを召し上がれ」
「ありがとうございます」
私は、馬に乗って見ていただけで、殆ど荷物持ちしか活躍は出来ていなかったが、お腹は空いていた。渡されたフォークで果物を突きパクリと食べた。とても甘くて美味しい。体に染み渡る気がした。
「エリンは口が小さいね」
果物を堪能していた側で言われて、ガイ様を見ると、実に楽しそうな顔をして、自分もサンドイッチを食べながら私を見ていた。私が果物を食べる姿をずっと見ていたらしい視線に少し恥ずかしく成った。
「食事をする淑女をそんなに凝視するものではありませんわ!」
失礼に当たりますと暗黙に言うと、ガイ様が笑った。
「失礼。あまりにもエリンが幸せそうに食べてるから目が離せなかった」
どこのジゴロの言葉なのでしょうか?私は、聞きなれない言葉に、頬が赤くなってしまいました。でも、これは恥ずかしいからです!そうそれだけです。ムッとしてガイ様を見ると、ガイ様の唯一ガイエス様と似ている菫色の瞳が、とても優しく私を見つめていた。しかも、サンドイッチを手渡してくる。私は、それを受け取り、パクリと食べる。マッシュポテトが挟まったそれは、少しからしが効いていて、美味しかった。
「美味しい。今度、この店を教えて貰えますか?」
「ああ、いいよ」
にっこり笑いながら、お肉にかじりついているガイ様に、私も自然と笑顔に成ってしまった。暫く食事を取り、のんびりすると、ガイ様がお行儀悪くも敷物の上にゴロリと横に成った。
「俺は、少し休憩するから、エリンはこの辺りの薬草を採取するといいよ」
「ええ、ありがとう」
私も少し食休みを取りながら、周りの草花の名前を鑑定する。いつもの薬草に加えて傷薬に使うソアラ草やシス草も生えていた。これは、傷薬なので、シップの様なものを作るのにいい。私は、どのルートで回って薬草採取をしようかと検討した上で動いた。
馬の上に居ただけなのだけど、実は思ったよりも疲れていた。慣れない移動方法に、思ったよりも長い時間馬の上に居たので、落ちない様にしていた事も有り、体はかなりバキバキに成っている気がした。これで、帰りもあるのだ。少しでも体力は温存したいと思った。
敷物の上から立ち上がり振り返ると、ガイ様はすうすうと寝息を立てていた。この様な場所で寝れるとは凄いわと思いつつ、私は、まずソアラ草を採取する為に動いた。取り合えず、欲しい薬草を採取し終えると、私は少し悩んだ。
ダスガン様より頂いた薬草の本に書かれた薬の作り方は、私でも出来る物だったが、出来上がったものは飲みにくく、効果もいまいちだった。それに比べて、聖女様の作るポーションは、飲んだ事は無いが、液体に成っている段階で味は分からないが飲みやすいと思う。私は、ポーションまでは行かなくていいので、もう少し飲みやすい薬を作りたいと思った。
暫く採取をして、それなりの種類や本数を手に入れたので、これ以上は取るのを止めようと思い、ガイ様の所へ戻った。すると、ガイ様も目を覚ましていたようで、戻って来る私を横に成ったまま見ていた。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
ガイ様の横に座って、一息つく。
「エリンは、まるでどこに欲しい薬草が有るか知ってるように動くね。もしかして鑑定スキル持ってる?」
「鑑定スキル?」
「うん」
寝転がったまま私を見上げるガイ様に、私はどう答えたものか悩んだ。この方は、他の人よりも少し私の秘密を知っている。だからと言って、全てを話してしまっても良いのかは思案するところだ。
「ガイ様は、鑑定スキルをお持ちなのですか?」
「いや、鑑定スキルはかなりレアスキルだからね。持ってる人は少ないよ。それに鑑定スキルは万能ではないから、鑑定出来るものが、人それぞれ違うらしいよ」
「そうなんですか」
あ、だから私は草花は鑑定出来ても、人は鑑定出来なかったという事なのかしら?
「まあ、それでも鑑定スキルがあれば、それに特化した国の機関で働くことが出来るから左団扇だな」
「それは、国に取り込まれるという事でしょうか?」
「ん?」
「あ、いえ・・・」
「・・・そうか、そうだね。そうとも言うね。鑑定スキルが有るって分かっただけで、国は放っておけないかも知れないね」
「そうなんですね。勿論私も鑑定スキルなんて持ってません」
私がにっこりガイ様に答えると、ガイ様もにやりと笑って言った。
「そう来たか!」
ガイ様には薄々バレていそうだけど、絶対に肯定は致しません!
「採取はもういいの?」
「はい。この間の残りもあるので、それ程大量には必要無いです」
「分かった!じゃあ、帰りがけにも3~4匹くらい、巨大害獣を討伐して帰ろうか!」
「そんなに、出くわすものでしょうか?」
ガイ様は立ち上がると、私に両手を伸ばす。私はその手に掴まって立ち上がった。
「うん。君が居るから」
意味深に笑われて、私は瞳を逸らした。私も薄々気が付いている。あの巨大害獣たちは、私に興味があるみたい・・・と。その興味が何なのかは不明だけれど、きっと私はいい囮なのだろう。
私達は、また馬に乗ると先程と同じように周りをうろつき、追加で5匹も巨大害獣を倒して、下山した。
帰り道、冒険者ギルトへ寄り、薬草は自分の分しか採取しなかったのでスルーし、巨大害獣を納品した。すると、8匹もの巨大害獣を見たギルド職員は、流石はガイ様だと褒め称えていた。
私は、既に体力の限界に来ていて、落ちかける意識を必死に繋ぎながら、近くの椅子に座ってすべてが終わるのを待っていた。気持ちは、早く教会に戻って眠りたい。座っている私に近寄って来たギルド職員が何かを言って、銀の板を私の目の前に出したので、私は無意識の行動で、私の市民カードをそれに当てた。
「さあ、帰ろうか」
ガイ様の言葉に、もう言葉を発するのも辛く成っていた私は無言で頷いた。必死にガイ様の後ろを付いて行き、馬に乗る、ふらふらしている私にガイ様の声が聞こえた。
「急いで教会に戻るから、もう少し頑張るんだよ?」
私は頷いたつもりだけれど、分かって貰えたかももう分からない。体が何度か傾いて馬から落ちそうになるのをガイ様が必死に支えてくれていた。自分でも体を真っ直ぐにしようと思ってはいるのだけれど、もう自分の体では無いかの様に、思う様に動かなかった。
なんとか教会へ辿り着き、ドアノッカーに呼ばれて出て来たアキに、私は手渡される。
私の記憶はそこ迄だった。