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キハラ様の居ない日々。

 いつもの朝が来た。私は、目を覚まして直ぐに窓を開ける。気持ちの良い朝日と風が入って来て、一日の始まりを感じた。

 私はクローゼットを開けると、シスターの服に着替える。その横には、ローブが掛かっていた。

 私はクローゼットを閉めると、振り返り扉を見た。いつもなら、もうそろそろキハラ様が「時間ですよ」とノックをして扉を開ける筈。


 だけれども、ノックもないし扉も開かなかった。

 私は自分で扉を開けて、斜め前のキハラ様の部屋の前まで行き、ノックをした。しかし、応答は無かった。

 小さなため息が出た。昨日はやはりお戻りには成らなかった・・・成れなかったのだろう。

 キハラ様が居ないからと言って、規則正しい生活が出来ないと思われてはいけない。キハラ様の為にも、教わった事をきちんと示さなければと、私は自分を鼓舞して大きな扉のドアノッカーを叩いた。


 扉は重々しくも外側へ開いて行く。その先には、アキが立っていた。

「おはようございます」

「おはよう」


 昨夜、ダスガン様に速やかに部屋へ戻されてしまったが、扉の向こうからアキの大きな声が聞こえていた。言葉は分からなかったけど、怒っていた様だった。

 少し気後れしながらアキの横を抜けて扉を出ると、いつもの様に井戸まで行く。いつもは既に井戸水が桶に並々と注がれていて、私はそれで顔を洗うだけだった。

 私は、キハラ様がしていた方法を思い出しながら、初めて井戸水を汲んだ。

 汲んだばかりの水は冷たかった。しかも顔を洗った後で、タオルを忘れた事に気が付いた。

 いつもキハラ様が用意してくれていたから。水浸しで困っていると、アキが無言で腰に付けていたタオルを投げて寄越してくれた。


「いそぎな!時間が無いよ」

「はい!」


 私は、そのタオルで顔を拭く。時間が無いのはいつもの事だ。私は小走りで走った。尚も、アキは後ろから歩いて付いて来ていた。

 きっとキハラ様の代わりに、私の監視をしてくれているのだろう。


 いつもの教会へ着くと、シスターエメニが待っていた。


「「おはようございます。シスターエメニ」」

「おはようございます。エリン。アキ」


 いつもの挨拶をすると、シスターエメニが、今日の掃除場所を指示してくれる。私は、言われたところを念入りに掃除した。掃除をしながら、教会の祭壇に、キハラ様の事を祈った。

 時間に成り、他のシスター達が来る前に、私は教会を後にする。


「朝食を取って来るから、先に部屋に戻ってて。逃げたら・・・分かるよね」

「はい」


 私は、アキを見上げて頷いた。逃げる場所なんてどこにも無いのに。アキは、今朝から一度も笑っていなかった。とぼとぼと自分の部屋へ戻りながら、本当だったら、これが正しい罰の受け方なのだろうと思った。

 キハラ様もダスガン様もガイエス様も、皆優しかったから、ついつい甘えてしまっていた。それを甘受し過ぎていたのかも知れない。

 部屋の扉を開くのと同じくらいに、アキが朝食を持って戻って来た。私を追い抜いて机の上に朝食を置いてから振り返った。


「あのさ、私には兄弟が5人居るんだ」


 私は、突然の身の上話に首を傾げた。


「その兄弟を支えているのは、私の仕送りなんだ」

「はい」


 益々首を傾げた。


「だから私は、キハラ様と同じ対応をエリンには出来ない。看守として、適切な距離で対応したい。それは分かって欲しい」

「はい」


 家族構成の説明がどうして必要だったのかは分からないけれど、看守として対応していただけるという事は分かった。


「じゃあ、すまないが、これからは食事は一人で頼む。べ・・・別にエリンが私の食事に毒を混入するとか思って無いからな!」

「・・・はい」


 え?私、物凄く警戒されていますか?昨日、大きな声が聞こえて来たので、キハラ様に怪我を負わせてしまった私の事を怒っているのかと思っていたけれど、そうでは無かったのですね、ですが、ここはホッとしていい処なのでしょうか?


「キハラがする予定の監視には、私が一緒に付いて行く。でも、それだけだ、終わったら速やかに部屋に戻って欲しい。いいかな?」

「はい。分かりました」

「後、私は学が無いし、魔力も無い平民だから、キハラが復帰するまでは、勉強の時間は自分で自習して貰うけどいいよな?」

「はい」 


 アキは、私が全て受け入れた事に安堵したのか、やっと笑顔を見せてくれた。


「キハラがいつ戻って来るのか分からないけど、それまでよろしく!」

「よろしくお願いいたします」


 私は、シスターエメニがする礼の仕方を真似た。


「じゃあ、オルターが来たら呼びに来るから!」


 そう言うと、アキはさっさと部屋を出て行き、後ろからは鍵を施錠する音が大きく聞こえた。

 一人で食べる朝食は味気なくて、早くキハラ様が戻って来てくれないだろうかと思ってしまう。いや、実家にいた時も、殆ど一人で食事をしていた。これは普通の事なのに、だいぶ私はオルケイア国に来てから甘やかされていた事を再認識した。

 食があまり進まなくて、もそもそと食べていると、窓の鉄格子をコンコンと鳴らす音が聞こえた。なんだろうと、音のした方を見ると空色の小鳥が鉄格子の間にちょこんと座っていて、鉄格子を突いていた。


「可愛い」


 思わず唇から言葉が漏れていた。私は脅かさない様にそっと、食べていたパンを小さく千切って、窓に近い机の上に置いた。空色の小鳥はこちらを見たり、周りを見回すと、鉄格子の間をするりと抜けて机の上に止まった。

 その姿は全身空色で、頭部は少し暗めの青で、そこから毛が数本伸びており金色だった。お腹の辺りは白く尾も数本、細いが体くらいの長さがあった。

 私は気が付かない振りで、ゆっくりとスープを飲む。すると、空色の小鳥は、ちぎったパンにチョンチョンと近づきパンを突いた。少し大きかったのか、突いて千切りながら食べている。

 一人きりだった食卓が、途端に素敵な空間に成った気がした。

 葉物野菜も小さく切ると、先程よりは私寄りに置いた。パンを食べ終わった空色の小鳥は、私を見て何度か首を傾げたが、チョンチョンと近寄って来ると、葉物野菜の切れ端を銜えて、元の位置に戻って食べ始めた。

 私は、葉物野菜とパンを交互に同じところに置き、空色の小鳥に食べさせた。何度か繰り返すと、空色の小鳥はお腹が一杯に成ったらしく、窓から出て行ってしまった。


「撫でてみたかったな」


 残りのパンにチーズと葉物野菜を挟んでパクリと食べながら、空色の小鳥が居た場所を見ながら、口元が少し緩んだ。たった、これだけの事で幸せを感じる事が出来るのだと思った。

 そう言えば、この後は仕事に成るのだけれど、いつもは朝食の食器をこのまま置いていった。戻って来ると無くなっていたのは、きっとアキが片付けてくれていたのだろう。今日はキハラ様の代わりに私の監視に付くから、このまま食器を置いて行くことは出来ないと思った。


 私は、いつもよりも早く、食器を持って、ドアノッカーを叩いた。扉を開けたアキは、私が持っている食器を見て、少し驚いた表情をしたけれど、直ぐに受け取ってくれた。

 それと殆ど同時に、表のドアノッカーが叩かれた。オルターが迎えに来たのだろう。

 アキは、私から受け取った食器を、自分の部屋の机に置くと、表のドアを開けて、私と一緒に出た。


「おはようございます。オルター」

「おはようございます。では行きましょうか」


 オルターも、あまり私の方を見ない様にしている気がした。今日会った人の中で、いつも通りだったのはシスターエメニだけだった。

 いつもの個室に入ると、既にお茶用のセットが用意されていた。


「今日は、終わりの時間に迎えに来ますので、大人しく作業をお願いします」

「畏まりました」


 私はいつも通りに頭を下げたが、オルターはそそくさと部屋を出て行ってしまった。


「ふん。腰抜けが」


 アキの言葉にオルターが私を怖がっているらしいと分かった。昨日、キハラ様が戻らなかった事に尾ひれを付けて、悪い噂が広まっているらしい。私は小さくため息を付くしかなかった。


 いつも通りに初級ポーションをビンに詰めていくが、心は千々に乱れてしまっていた。

 今朝起きたら、もしかしたらキハラ様は戻っているかも知れないと期待していたけれど、戻っていなかった。ガイ様に気を取られていたとは言えど、きちんと治療は出来たと思っていた。まさか、出来ていなかったのだろうか?今もまだ診療所で治療を受けているの?今、どんな状態なの?


 物思いにふけりすぎてしまって、ハッと気が付いた時には、初級ポーションがまだらに中級ポーションに成っていた。キハラ様をどう治すべきだったかと考えていたら、偽聖魔法が飛び出していたようだった。

 まだらに効果が違うポーションを見て、私の偽聖魔法は、力の流れ具合が違うのかも知れないと思った。

 試しに、この後20本初級ポーションをビンに詰めて並べると、20本全部に偽聖魔法を流し、中級ポーションに全てを一気にしようとした。しかし、半分以上が初級ポーションのまま残ってしまった。


(これではいけないわ。もしもの時に、きちんと偽聖魔法が使える様に成らないと!)


 私はそれから、20本ビンに詰める度に、一気に中級まで底上げする練習をこっそりした。終わりの時間が来ても、どうしてもまばらでしか無かったが、中級ポーションに成る数は増えて行った。

 

 仕事が終わって、部屋へ戻るが、自習時間は一人きりだ。

 マジックバックにもアイテムボックスにも、採取して来た薬草達が沢山入っていたが、キハラ様の事を考えると何も手に付かず、その日はベットから窓の外をずっと見て過ごしてしまった。

 時間に成って、アキが夕食を部屋に持って来てくれたが、食欲が湧かず、少ししか食べられなかった。

 下げに来てくれたアキが、私を困った様な顔で見たけれど、何も言わずに戻って行った。

 明日こそは、キハラ様は帰って来て下さるだろうか?私はお行儀悪くも、そのまま気が付いたら窓も開けっぱなしで寝てしまった。




◇◇◇◇


 翌朝、何かが髪を梳いてくれているのを感じて目を開けた。しかし、目の前には誰もおらず、しかし、それでも髪の毛を何かが梳いている。私は、頭の方へ手を伸ばすが何も掴めず、代わりにパタパタと羽音がして、それが私の机の上にちょんと止まった。


「また来てくれたのね」


 寝巻にも着替えず、シスターの服のまま眠ってしまっていた私は、一応、別のシスターの服に着替え直した。ぼさぼさになった髪を櫛で梳かしていると、また空色の小鳥が頭の上に止って邪魔をする。


「お食事の時に来てね。今は出かける準備をしないといけないの」


 理解したのかは分からなかったけれど、空色の小鳥は一度ピィと鳴くと、鉄格子の間から外へ出て行ってしまった。

 今週はキハラ様と一緒に居られるはずだったのに、キハラ様は戻って来る事は無く、アキの監視の下、毎日教会への奉仕と仕事を行った。奉仕はいつも通り丹念に掃除をし、キハラ様の無事を祈る。


 仕事は、途中から樽が1樽から2樽に増えた。それを良いことに、私は、20本を一気に中級まで伸ばせたら次は30本、次は40本と量を増やして、きちんと均等に偽聖魔法を使う事が出来る様にと訓練を続けて行った。


 自由時間は、薬草の本を見ながら、火は使えないので、薬草を干した後に、薬研(やげん)を使って擦って粉末にし、本に書いて有る通りに調合してみた。油紙を買い忘れていたので、調合した粉末は小瓶に入れて保管する。鑑定をしてみるが、微回復 微々と出ている。本に書いて有る通りに調合をすると、その通りの物が出来上がるようだ。

 基本はどこまで行っても基本。これに採取したアサゲ草を少しづつ加えて行くと微回復 微に成った。しかし、その後いくら追加しても、表示は変わらない。これ以上上がる事は無いようだった。


 すりこ木で粉末にと言っても、とても荒いし味も美味しくは無い。前世の記憶を辿っても、飲みにくい薬だと思った。火が使えればもう少し粉砕する事が出来るのだろうか?聖女様達が作っているポーションにもこれらは含まれていた。でも、あれはどう見ても液体だった。この薬草をどうやって液体にしたのだろう?煮出したのだろうか?それとも聖魔法を使っているのだろうか?作っているところを見てみたいと思った。

 

 


 今週の最終日には、久しぶりにダスガン様が来て下さった。

 毎日、きちんと奉仕活動と仕事をしていたとアキから聞いたと褒められた。自習時間はどうしていたかと聞かれたので、お粗末すぎて頬が赤くなったけれど、一応、作ってみた薬を見せた。


「これは・・・・回復薬か?」

「・・・そのつもりです。まだまだ改良の余地が有りますが」


 私が苦笑いをすると、ダスガン様は、その小瓶をくるくる回しながら見て言った。


「一つ貰って言ってもいいか?隊の鑑定士に鑑定させるので」

「はい。どうぞ、出来ればどのような鑑定に成ったか、後日教えて貰えませんか?」

「ああ、分かった」


 ダスガン様は、にっこり笑うと、バックの中から出した布で割れない様に大切に巻いてバックへと戻した。


「そうそう、今週末はどこか行きたいところはあるか?」

「いえ・・・まだどこへ行ったらいいかも分かりません。今回はダスガン様がご一緒して下さるのですか?」

「いや。2日目はガイエスが行くと言っていたんだが、1日目が問題でな」


 私は、首を傾げてダスガン様を見た。


「エリン殿は、この間会ったガイ殿と何か約束をしているか?」


 約束。・・・今度、クエストに同行して欲しいと言われた覚えが有る。だが、そんな事は難しいだろうと思っていたので、すっかり忘れていた。


「エリン殿に冒険のイロハを教える約束をしていると本人は主張していてな。毎回1日目はガイ殿が同行すると言っている。それでいいか?」

「え!?そんな。毎週、冒険に行く程の体力は無いかと・・・・。」

「そうだよな」

「あ、でも、冒険を一緒に行きましょうと話はしていました」

「そうか・・・なら、まずは今回は一緒に行って貰ってもいいだろうか?それ以降は、またこちらで調整しよう」

「はい。お任せします。・・・あの、先週、冒険禁止と言われましたが、禁止は解除されたのでしょうか?」

「ああ。Sランク冒険者ガイ殿のたっての希望だった為、上層部があっという間に禁止を解いてしまったよ」


 ガイ様ったら、本当にご自身でどうにかしてしまったのですね。Sランク冒険者は少ないと伺っています。何かご無体な方法を使っていなければ良いのですが・・・。それに、あまりお近づきに成りたくない方でしたのに。


「じゃあ、明日はガイ殿が迎えに来るから、よろしくな」

「あっ!あの。キハラ様はどうされているのでしょうか?」

「ああ、それも伝えに来たんだった。ガイ殿の事で頭が一杯に成っていたな」


 ダスガン様が頭を掻きながら笑った。


「キハラは、週明けから通いで勉強の時間に来る事に成った」

「良かった。ご無事だったんですね」

「ああ、精密検査を受けていただけだからな」


 私は全身から力が抜ける気がした。もしかしたら私がきちんと手当てできなかったのだろうかと、どんどん悪い方へ考えてしまて、この頃は、もうキハラ様に会えないのではと思い始めていたのだ。


「嬉しい」


 少し涙ぐんで言うと、ダスガン様が私の頭を撫でながら大袈裟だなと笑った。


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[気になる点] ポーションは毎回鑑定すると言われてるのに、勝手に改変していいわけないのに何やってるの? 頭イカれてるの?
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