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騎士団長会議 ダスガン

 第一騎士団へ出仕すると、直ぐに伝令が来た。

 本来であれば、今週末に行われる予定だった騎士団長会議の招集がかかったのだ。理由は分かっている。

 昨今始まった巨大な害獣出没。その上、エリン殿の監視をしているキハラの突然の入院騒動の事だろう。

 昨日の段階で、既にエリン殿が何かしたのでは?との声が上がっているのは分かっていた。

 いずれにしても今週中にはエリン殿の報告会も行われる予定だった。それが少し早まっただけの話だ。


 私は書類を抱えて、会議室へと向かった。

 会議室には、驚いた事に中央に王太子殿下のノイルス・カイム・オルケイア様がおり、右側に宰相閣下のドルガノ・ラジェット様とそのご子息のクレイブ・ラジェット様が既に座していた。

 私達は、左右に分かれて第一~第八まで騎士団長の席が有り、その指定席に座った。

 ドルガノ様は、私達が揃ったのを確認すると、王太子殿下に目配せをし、順番に騎士団長から報告をするようにと言った。


 騎士団は各々守護している区画がある。はじめは取り繕ったかのように、各々の団の月間の魔獣・害獣討伐戦績や、住民から寄せられた苦情対策等の報告が行われた。だが、全ての団で、追加で巨大害獣が発生し、その為、数名の怪我人がどの団でも出ており、その巨大害獣が発生した時と同時期に、エリンが入国した事を挙げた。


「皆がそう言っているが、ダスガンはどう思う?」

「それは、ただの偶然の一致かと思われます」


 ドルガノ様の言葉に、私は普通に答える。しかし、他の団長が異を唱えて来た。


「だが、今まで全くその様な兆候すらも無かったのだ!それでは、突如として現れた巨大害獣について、ダスガン殿は、何が原因と考えるのですか?」

「何が原因かはこれから調べて行く事でしょう?逆に、エリン殿がどのような事をして、あのような巨大害獣を呼び出したと言うのですか?」


 私の言葉に、皆が騒めいた。


「聞いたところによると、エリン殿を乗せた船にも、巨大害獣が現れたそうだな」

「はい。危ういところではありましたが、ガイエス様が中心になり撃退する事が出来ました」

「昨日も、エリン殿が巨大害獣に襲われ、騎士1名が怪我を負ったと聞いたが?」


 ドルガノ様の言葉に私は少し胸騒ぎを覚えた。宰相閣下までエリン殿を疑っているのか?エリン殿の入国を許可し、出迎えの指示して来た宰相閣下が?


「はい。ですが騎士は軽傷ですみました。今入院しているのは、精密検査をする為です」

「そうか・・・そうだな。昨日出没した、角ウサギの巨大害獣の報告書だが、突然変異を起こした害獣らしい。しかも、昨日今日大きく成ったものでは無く、多分50年以上は生存していただろうとの事だった」

「そうですか」


 ドルガノ様が、報告書を捲りながら言う言葉に、私は少しホッとしながら周りを見回した。


「だとしたら、どうして今頃、今まで隠れていた場所を捨てて出て来たんだ?何かが起きているとしか思えないんだが?」


 細身で神経質そうな第二騎士団長が、顎に手を当てて唸った。

 それは私もそう思う。何かが起きている。そしてそれは生態系を揺るがすものかも知れない。


「まだまだ情報が足りないな。もしかしたら、直ぐに終わる現象かもしれないし、そうでは無いかもしれない。引き続き、この件については調べて行くとしてだ、ダスガン、エリンの報告も今日ここで聞いても良いだろうか?」

「はい」


 ドルガノ様の言葉に、私は居住まいを正した。

 私は、まずウイスタル国からの報告書に書かれた内容を報告した。


「ほら!やはりだ。15歳でその様な腐った根性の持ち主では先が思いやられますな!」


 厳格な第四騎士団長は、大柄な体を椅子の背もたれに預けると腕を組み、厳しい視線をこちらへ向けた。


「今、お伝えしたのはウイスタル国の見解です。私の見解は違います」

「ほぅ。どう違うのだ?」


 なぜか、いつもは中立な立場を崩さないドルガノ様が、怪訝な表情でこちらを見ている。今起きている現象を、ドルガノ様までもがエリン殿が何かしたのではと疑っているのだろうか?

 私は酷く慎重になりながら、エリン殿と初めて会った時の事を、私が感じた周りの空気感も含めて話した。

 その中で、ガイエス様が仰っていた、エリン殿が使ったと思われる癒しの魔法については割愛した。これはガイエス様が言っているだけで、私としてはよく分からなかったからだ。


「ふむ。ウイスタル国で、その様な強力な聖女様が現れたのか」

「凄いな、体の欠落した部分を復元できる聖女様なんて、私は聞いたことが無いぞ!」

「今世紀最大の聖女様なのでは!?」


 皆の興奮と感心は、聖女ルメリアにあった。だが、それが功を奏した。


「そうか!今世紀最大の聖女が現れ、今回力を発揮してしまった事が発端かも知れないな」

「ああ、史実にも、強大な力を持つ魔物が現れる時、それを諫める力を持つ聖女がいずこかに現れるとある。その聖女が現れたのでは、この様な現象が起きてもおかしくないのかも知れないな」


 史実とは逆な事に気が付いてないようだが、原因がエリン殿ではなく、聖女ルメリアにあると皆が納得しはじめていた。


「しかし、困ったな。聖女は他国の聖女だ、我が国にはそれに匹敵するだけの聖女は居ない」

「そうだな。もしもの時は、ウイスタル国は我が国に聖女を寄越してくれるだろうか?」

「国外追放を唯一受け入れた我が国だ、その恩義を感じてくれていれば、可能性としてはあるのではないだろうか?」

「逆に、エリンが居る我が国には、害を受ける可能性がると聖女を派遣しては貰えないんじゃないか!?」

「ええ!?」


 すっかり雑談に成っている会議室で、私はふと聖女ルメリアの事を思い出して身震いした。あの聖女は力は凄いが、性格は酷かった。私としては来て欲しくないと思う。


「それでは、ダスガンはエリンをどう見ている?」


 皆の声を抑えて、ドルガノ様が私に問いかけて来た。途端に会議室はしん・・・と静まり返り、皆の視線が私に集中している。


「私は、エリン殿は・・・ウイスタル国が言うほど、悪い娘だとは思っておりません。人の話もきちんと聞く娘なので、これから教会で正しい教育を受ければ、二度とあのような愚行を犯す事は無いと思っています」

「そうか、・・・分かった。では、今回の会議はここまでとする。稀代の聖女が現れた為に、生態系が変わりつつある可能性が有る。暫くは、各々の守護地での変化変動を逐一報告して貰う。また、いつも以上に、害獣や魔物達との交戦が多く成る事も考えられる。神殿からのポーションも多めに支給する事としよう」


 先ほどまで、文句を言っていた他の騎士団長達も、全てを納得した訳では無いまでにも頷いていた。


「あ、そう言えば、私の守護地ですが、巨大害獣が何匹か現れているのは事実ですが、魔物の出現が下がっている様な気がします」

「それなら私の所もですね。報告書にも上げましたが、魔物の出現はかなり落ちています。まあ、それ以上に巨大害獣の脅威が大きいですが」

「私の所もです!」


 一人の声に皆が声を上げた。ふと、副団長が作った書類にも同じ現象が出ていた。巨大害獣が現れて、魔獣の出現率が下がった。これにはどんな意味が有るのだろうか?


「うむ。その件も含めて、今後も動向を見て行くこととする。では、今日はこれにて会議を終了とする」

「「「は!」」」



 ドルガノ様の言葉に、私達は立ち上がり騎士の礼を取った。本来であれば王太子殿下が退出し、次に宰相閣下が退出した後に、私達が退出する事に成る。しかし・・・。


「皆は退出して良い。ダスガン、君は少し残ってくれ。もう少し聞きたい話がある」

「はい!」


 私は、再度騎士の礼を取り、他の団長が出て行くのを見送った。皆が会議室を出て行ったのを確認すると、ドルガノ様が、もう一度着席するよう促してきた。

 部屋には、ノイルス王太子殿下とドルガノ宰相閣下とそのご子息のクレイブ様と私だけに成った。


「一人残って貰ってすまない」

「いえ、とんでもございません」


ドルガノ様が、皆が提出した報告書を、クレイブ様に手渡しつつ私に声を掛けて下さった。


「私には疑問が有ってね。少し、エリンという娘について聞かせて貰いたい」

「はい」

「エリンを迎えに行くに当たり、君が一番受け入れを拒絶していたと思うが、先程の話を聞く限りでは、かなり前向きに受け入れている様に感じた。それはどうしてなのだろうか?」


 エリン殿を受け入れると議会で決まり、その迎えに騎士団の誰を選出するかと、今回の様に騎士団長会議が行われたのだ。その時、一番反対をしていた私が、見極めたいと言って立候補したのは記憶に新しい。


「どうにも腑に落ちないのだよ。この数日間で何が有ったのか?なぜ、そこまで君達がエリンに心酔しているのかが」

「え?いえ、心酔とまでは行かないかと、ただ、この目で見て、少しウイスタル国側の言う事に疑念を感じずには居られなかった。と言うだけです」


 どうやら、ドルガノ様達はエリン殿の人となりが気に成っている様だ。しかし、私もそこまで詳しく知っている訳ではない。一緒にいた時間とて1週間くらいの話だ。これくらいの期間であれば、自分を偽り、私達に本心を見せずにいる事も可能だろう。それでも、この数日間の間で、私はエリン殿が悪い人間とは思えず、逆に好ましいとすら思っていた。


「それはどういう事でしょうか?」


 息子のクレイブ様が続けた。


「私達にエリン殿を迎えに来るよう言っておきながらも、始めはエリン殿を引き渡したがらなかったのです」

「そうなのですか?」


 クレイブ様は、ドルガノ様の方を少し見た後、私の顔をもう一度見て聞いた。


「私の見た限りですと、聖女以外は、皆、エリン殿を自国に残し、聖女付の侍女にしたかったようです」

「え?殺そうとした相手の侍女に!?」


 驚きを隠せ無いと言った顔で、クレイブ様はドルガノ様の顔を再度見た。


「それは、とても辻褄の合わない行動ですね」


 今まで、一言も話さなかったノイルス王太子殿下が初めて言葉を発した。


「いや、魔法契約で制約を付け、決して逆らう事が出来ない様にすれば、問題は無い。それだけ、エリンという娘に価値を見出していたという事にもなるがな」


 ドルガノ様が暗い声で言った。言われてみればそうだ、あの時、進行役をしていたアズバル宰相であれば、そのような魔法契約書を作成するのは容易そうだった。


「ウイスタル国は、魔法の国と呼ばれる程に魔法の力が強い者が優位に立つようです。そういう意味では、エリン殿は、魔力・加護無しの為、最下位だったと思われます。しかし、かなりの努力家で、あの年齢で、上級学部の勉強は勿論の事、周辺国の言語の読み書きも習得済だと言っていました」

「ほう、知力に富むか。これはまたどちらとも取れるね」


 ノイルス王太子殿下が不思議な事を言いクレイブ様を見た。私は不敬にあたらない様に気を付け乍ら周りを見回す。


「ダスガン様、私達は今、凄く困惑しています」


 クレイブ様が言った。困惑しているのはこちらの方だ。何が言いたいのかよく分からない。


「弟の事なのですが・・・」

「ガイエス様ですか?」

「そうです。弟と・・・聖剣ガイエスと、エリン嬢の関係はどうなのでしょうか?」


 私はハッとした。ドルガノ様の今までに無い言い淀み方。何かを秤にかけるような押し問答。合点がいった。()()()かと。


「そうですね。私が見る限りでは・・・・」


 3人共、私の言葉に必死に耳を傾けているのが分かる。どうしたものかと悩んだが、私にわかる範囲で答えるしかない。


「エリン殿の気持ちはよく分かりませんが、ガイエス様は、とてもエリン殿に興味を持っているようです」

「やはりかぁ~」


 息をつめて聞いていたドルガノ様が、嘆息した。


「ですが、興味を持っていると言うだけで、それが恋心なのかは私には分かりません。ただ、今までのガイエス様の行動から考えると行き過ぎは感じます。それが好意なのか、エリン殿の境遇を哀れに思ってなのかは判別がつきません」


 頭を抱えてしまったドルガノ様に、もう少し詳しく付け加えなければと言ってはみたものの、途中でどちらなのだろう?と私も分からなくなってしまった。


「そうですね、ですが恋心すらも神に捧げた聖人様と呼ばれた弟が、興味を示しているだけでも物凄い進歩です。しかもそれに行き過ぎが見られるとは!」

「・・・寄りによって、国外追放を受ける程の犯罪者に・・・」

「我が妹姫を袖にした男が、とうとう、あの朴念仁が恋を知ったのか!」


 きちんと私の見解を言ったはずなのだが、すっかり3人共、ガイエス殿を恋する青年と認定してしまったようだ。


「それで?エリンはどうなのでしょうか?弟に興味が有りそうですか?」


 皆の視線が私に集中する。頭をフル回転して必死に思い出すが・・・・。


「今のところ・・・・」

「「「今のところ?」」」


「ガイエス様よりも、キハラに懐いていますね」

「なんと!?」

「元が侯爵令嬢なので、ガイエス様が、エリン殿をおもんばかって色々と用意をしてくれてはいるのですが、元の水準が高いのでしょう。それ程感激をしている様には見えませんでした。それよりも知らない事を率先して教えてくれるキハラの方がポイントが高いようです」


 見るからにがっくりしているドルガノ様と、少し面白がっている風のクレイブ様を私は苦笑いして見るしかなかった。


「私も会ってみたいな!エリン嬢に!」

「「「え!?」」」


 突然のノイルス王太子殿下の爆弾発言に、私は真っ蒼になってしまったが、直ぐに自分を取り戻したドルガノ様がピシャリと言った。


「エリンに魅惑の(まじない)いや魔法、護符などが確実に無いと分かった時には、その場を設けましょう。それまでは駄目です」


 ほっとしてノイルス王太子殿下を盗み見ると、この二人には弱いのか、少しつまらなそうな顔をして頷いた。


「楽しみにしておくよ」


 話が終わったと見て、私はすかさず騎士の礼を取り、退出する事とした。なぜなら、このままここに居たら何を命じられるか分からないからだ。私は今度こそ引き止められる事なく、会議室を無事逃げ出す事が出来た。



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