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初めてのお出かけ ニ日目 3

「ああ、分かった。今助ける」


 キハラ様にしがみ付いて泣いていた私に、その声は、突然聞こえて来た。

 いつの間に現れたのか、全身鎧を纏った黒髪の男の人が、大剣を手に角ウサギに飛び掛かって行った。本人の体ほどもある大きな剣をブンブンと振り回す力強さに、目が丸くなる。


 ガイエス様は、細身の長い剣を器用に使っていたけれど、この人は重そうな大きな剣を、難なく振り回している。

 しかし、大剣を大振りするので、角ウサギに避けられていた。ぴょんぴょんと斜め後ろに飛びのく。角ウサギの標的が私から彼に切り替わったのが分かる。だが、次の瞬間、先程とは打って変わって素早い動きで、飛びのいた角ウサギの胸元へと一気に剣を突き立てた。動きに合わせて後ろへ飛びのいていた筈の角ウサギは、空中で掴まり一発で仕留められた。


 呆然として見ている私に、彼は角ウサギから大剣を抜くと、鞘に収め私達の方へ歩いて来る。流れるような一連の動作は、慣れを感じさせた。


「大丈夫か?」

「あ・・・」


 振り返ったその姿は、褐色の肌に黒髪、白銀の鎧を纏った美丈夫で、瞳の色がガイエス様と同じ菫色だった。しかし、全身から漂う雰囲気は、ガイエス様とは全く違う。違うのに、最初に現れた時、ガイエス様かと思ってしまった。

 ガイエス様は、今日は用事があると言ってた。こんなところにいる訳がない。私は少し恥ずかしく成って俯いた。


「中級のポーションならあるが、いるか?」

「いいえ、結構です」


 私はキハラ様を覗き込み答えた。もう、中級ポーションくらいではキハラ様を助ける事は出来ないだろう。

 キハラ様はぐったりしているが、体の外部には打ち身程度の怪我をか見えない、だが内部の損傷が激しい。これなら、この人に気が付かれずに偽聖魔法が使えそうだった。


「キハラ様、助けが来ました。もう大丈夫ですよ」


 私は、キハラ様に抱き付き喜び合っている振りをしながら、全身に偽聖魔法を掛ける。すると、彼が回り込んでキハラ様を覗き込んで来た。私は体全体でキハラ様を隠しながら、治療の手を緩めなかった。暫くすると、あれほど青かった顔色に紅が差して来て、キハラ様が回復していくのが分かった。


「・・・凄いな。君は回復魔法が使えるのか?」

「え?」

「俺が来た時には、既に虫の息だったじゃないか。パッと見たところ、内臓にかなりの損傷を負っていたし、足が折れていた。顔も紫色に変色していたよね」


 目の前にしゃがみ込んで私達を見る彼は、爽やかな笑顔で言った。私は、出来る限り隠しながら治療をしたのに、助けに来て直ぐに彼は、私達の状態を確認していたらしい。確信のある声に、私は騙しきれそうにないと観念した。


「・・・す・・少しだけ・・・です」

「あんなに酷い状態から、ここまで回復させるなんて、君はすごいね。俺は初めて見たよ」


 人懐っこそうな微笑みを私に向ける彼に、戸惑った。けれどもこういう場合は、まず最初に私達は彼に助けて貰ったお礼をするべきだなのだろう。


「助けていただきましてありがとうございました」


 私は、キハラ様が意識を取り戻さないかチラチラ見ながら話をする。このまま会話を続けて、目覚めたキハラ様に私の秘密がバレてしまうのではないかとハラハラした。


「俺は、ガイと言う。冒険者だ。君達の名前を聞いてもいいかな?」


 ガイ?確か先程キハラ様から聞いたSランク冒険者の名前もそうだった。そう言えば風貌もそれと合致する。


「Sランク冒険者のガイ様ですか?」

「あれ?俺の事知ってた?」


 私はゴクリと生唾を飲み込み頷いた。キハラ様でもお会いした事が無いSランク冒険者。名前は聞いたことが有っても、早々会える人ではないと言っていた。自身もあまり人との関りを持たない人なのだろう。


「私は、エリンと申します。この方はキハラ・ミール様。男爵令嬢です」

「よろしくね」


 気さくに手を出して来た。私は少し緊張しながらその手を取る。


「お願いがございます」

「ん?」


 私の手を握ったまま、彼は私の顔を覗き込む。


「私が魔法を使える事を、誰にも言わないで頂きたいんです」

「なぜ?さっきの魔法は凄いと思うよ?そんな魔法が使えるならこの国で一目置かれるんじゃないかな?」

「それが嫌なのです。私、少々色々な事がありまして、もう、人に干渉される生活は嫌なのです。Sランク冒険者のガイ様なら、このお気持ちお分かりいただけるのでは無いでしょうか?」


 ガイ様は、私の手を決して離すことは無く、そのままの状態で、少し考えると頷いた。


「そうだね。人より少し違うところが有ると、何かと周りが煩くて嫌だよね。よし!分かった。俺は気が付かなかった事にするよ」

「ありがとうございます」


 私はホッとして彼の手を離そうとしたが、今度は両手で掴まれてしまった。


「その代わりさ、偶に一緒に冒険に行かない?」

「え?」

「君と一緒なら、安心して冒険出来そうだ」


 見返りもなく、約束などして貰える訳が無い。とは言えど、先程の戦いを思い出して体が震えた。


「私では、ガイ様の足手まといにしか成りません」

「ん?」


 不思議そうな顔をして私を覗き込むガイ様から視線を逸らし、私は先程感じた気持ちを吐露した。


「私は、()()()()()回復魔法は使えます。・・・ですが!もし、今回と同じように、命が掛かった戦いに成った時に、相手を倒すための算段が私には有りません」

「ん?攻撃魔法が無いという事かな?」

「いいえ・・・。いえ、無いのかも知れませんが、それ以上に、害獣や魔物だったとしても、今の私では、攻撃を仕掛ける事が・・・出来ないのです」

「うん。討伐は俺がするからいいよ」


 私が項垂れて言う言葉を、正確に理解できずに、あっさりと答えるガイ様に、私は正確に伝えなければと焦った。


「・・・違うのです。もし、ガイ様の命が危ぶまれている時でも、きっと私は、戦えない。・・・・命を奪う覚悟が出来ていないのです」

「あ・・・ああ、成程ね」


 今度は、理解してもらえたようで、ガイ様が言葉を詰まらせた。


「先ほども、大切な友人の命が危ぶまれている状態にありながら、私は、攻撃方法を模索しつつも、それを実行に移すだけの覚悟が出来きず、手をこまねいていました。時間ばかりが過ぎ、結局はガイ様に助けていただきました」


 呼吸が整ってきたキハラ様を見ながら、己を情けなく思いつつも、それでもまだ、生き物を殺す覚悟は出来ていなかった。


「いいんじゃないかな?」

「え?」


 ガイ様の明るい声に、驚き顔を向けた。


「それは、それでいいんじゃないかな?誰も彼もが、害獣や魔物と戦える訳じゃないと思うよ。だから、俺たち冒険者が居る。人の殆どは戦う事をせずに一生を終わる人が多い。それでいいと思うよ」

「ですが、それは冒険に行こうとも思わない人々の事でしょう?私は、行きたいと思っているのです。過激な冒険をするつもりはありませんが、それでも、今回の様な事が、またいつ起こるかも分からないのです。そんな時に、背中を任せる事も出来ない人と、いえ、それどころか私では足手まといにしか成らないのに・・・」


 私は、ガイ様の手を振り払おうとしましたが、強く握られていて敵いませんでした。


「エリンは頑張り過ぎじゃないかな?もしかすると、エリンが努力したら討伐も出来るのかも知れない。でも、それでエリンの心が傷づくなら、俺は努力をする必要は無いと思うよ。そこまでして、害獣退治をする必要は無いよ。それは俺がする。だから、エリンは後方で守りや回復をしてくれればいい。それに、自分で言うのも何だけど俺は強いよ?もしもの時は、俺を置いて逃げてくれればいい。敵を倒したら後から追いかけるからさ」

「そんな・・・」


 やっと手を離してくれたが、こちらの話を全く聞き入れる事無く、自分の言葉に自分で肯定をしながら立ち上がった。


「うん!それがいいよな。強い敵が出たら、エリンは一目散に逃げる事!俺は、少し時間がかかっても倒すから、そしたら、あっという間にエリンに追いつく。そういう契約にしよう!エリンは補助と回復のみ。戦うのは俺のみってね。じゃあ、そう言う事でいいね」

「え?・・・いえ・・・」

「じゃないと、皆に言ってしまいそうだな。エリンが凄いヒーラーだって」


 私を見下ろして、ガイ様はにやりと笑った。拒否権は無いのだと。私は不安を感じつつも、私の秘密がバレても困るので、生まれて初めて憎まれ口を叩くことにしました。


「畏まりました。私、強い敵を見たら、ガイ様の事は見捨てて全力で逃げさせていただきます!」

「ああ、そうしてくれ」

「本気ですからね!」

「うん」


 それ程までにもこの方はご自身に自信が有るのでしょうか?いずれにしても、私はもう少し、私の事をガイ様に伝えなければなりません。

 右手の革の手袋を、私はゆっくりと外し、手の甲が見え易いように、ガイ様に向けました。


「・・・」


 流石のガイ様も沈黙しています。


「私、悪女なのです!」

「ぷっ」


 途端に吹き出してしまったガイ様に、私は初めてムッとしました。これがムッとするという事なのですね。


「私、第三級犯罪者なのです!」

「そっか、じゃあ気兼ねなく俺を見捨てられそうだね。良かった良かった」


 とても、理解の出来ない方です。


「そうではありません。私が側に居たら魔物だけでは無く、私にも命を狙われる可能性が有るのです」

「狙うの?角ウサギすら殺せなかった君が?俺を?」

「・・・・うっ」


 それもそうでした。言葉遊びの様な罪状だったので、深く考えもしませんでしたが、第三級犯罪者とはなんと罪深いのでしょう。


「君、本当に第三級犯罪者?」

「え?」

「だって、角ウサギを殺せないんだろう?」

「・・・しっ指示を出したのです。自分でしたのではありません」

「ふ~ん。じゃあ、俺も殺させるように誰かに依頼する?」

「・・・す・・・するかも知れません」


 そんなこと、する訳が無いじゃありませんか!と言うか、依頼の仕方すら分かりません。ですが、この様な無謀な方にはお灸を据える必要が有ります。


「私と冒険に行ったら、心配事が一杯になってしまいますね。ほほほ・・・」


 確か、悪女と言うのは胸を張って、相手を見下ろし嘲笑うのですよね。ですが、膝の上にキハラ様が居るので立てないし、胸を張ったらキハラ様が膝から落ちてしまうので、辛うじて右手の甲を口元に当てて笑って見せました。


「エリン?今何かに憑依されてる?変だよ?」


 ガイ様は、しゃがみ込んで、私の顔を覗き込み言った。私は、そのままの姿で固まりました。自分でも変だと思ったけど、頑張ってみたのに・・・。


「さて、帰るか!」


 ざっと立ち上がったガイ様に、私は慌てて付け加えた。


「私が第三級犯罪者である事は本当です!私には、今お目付け役が付いていますので、二人で冒険をする事は無理でしょう。色々な制約も付いているのです」

「ふむ。分かった、じゃあそこら辺りはこちらで何とかするよ」


 そう言いつつも、既に視線は倒した角ウサギに向かっている。

 こんな約束をして、本当に大丈夫なのかと不安になるけれど、今はそうするしかなかった。


「それにしても大きな角ウサギだな。こんな大きさの害獣は初めて見たよ」


 そうそう居る大きさでは無いのでしょうか?ガイ様は、角ウサギの周りを回って全身を見た後に、こちらを見た。


「この頃、今まで見た事が無い大きな害獣が出没しているらしい。その調査も兼ねて、冒険者ギルドに依頼されて、俺は今日来たんだ」


 そうだったんですね。


「出来れば、このままの状態で角ウサギを持ち帰りたいところだがな」

「それなら、私のマジックバックに入れて行きますか?」

「え?入るの?」

「はい」


 私は、頷いた。だって、角ウサギの横に、収納しますか?はい・いいえが出ているもの。入ると言う意味よね?私は、そっとキハラ様を膝から降ろして、マジックバックを角ウサギの体の一部に当てて、まるでマジックバックに入れている様に見せかけて、アイテムボックスのはいボタンを押した。


「君のマジックバックは、容量が大きいんだね」

「ええ、人からの貰い物なんです」


 私は、ガイエス様を思い出し、にっこり笑った。


「よし!じゃあ、彼女は俺が運ぶよ。さあ、帰ろう」

「はい」


 私は頷いて、ガイ様の後を付いて行った。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 女騎士弱過ぎじゃないのがなぁ。
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