初めてのお出かけ ニ日目 1
今朝は冒険者の装備を付けてから出かける予定なので、キハラ様が着替えを手伝いに来てくれている。私は、ローブを被ればいいのだと思っていたのだけど、キハラ様が持って来た二つの袋からは、信じられないくらい色々なものが出て来た。
「取り合えず、服は自分で着れますね。他の物と同じような仕組みだから。あ、今回はパンツなのでちょっと違うけどお腹の所で紐を結わくのは同じです」
「はい」
袋から出て来た薄茶の上下は、転生前の記憶にある探検隊の服装みたいだった。上は半袖で、下はズボンを着込み、肘まであるクリーム色の革の手袋とひざ下まである靴下を履くと椅子に座らされた。
「これは革のブーツです。薬草採取に行く場所は、あまり足場がいい処ばかりではありません。怪我をしない様にこれを履いて下さい」
「はい」
私の足元にしゃがみ込んで、ブーツを履かせてくれる。穴が左右に沢山あって紐が交互にその穴を通って行く。これは前世の記憶にある物と同じだった。
「途中までは乗合馬車で行きますが、途中からは徒歩で1時間くらいは歩くと思います。大丈夫ですか?」
「はい。頑張りますので宜しくお願い致します」
キハラ様はにっこり笑って頷くと、両手を上にあげる様に言い、ローブを上からすぽんっと被せられた。襟が二重に成っていて、その下から手を出すところが有った。
「後は、これですね」
袈裟懸けバックをひょいっと私に掛けてくれる。これは薄ピンクの革製で可愛らしかった。
「これはマジックバックです。見た目よりも沢山物が入ります。そうそう手に入る物では無いので、今度ガイエス様がいらした時にはお礼を言った方がいいですね」
「その様なものが有るのですね。お礼を言うだけではなく、何かお礼をしたいですね」
「ええ、きっと喜びますよ」
マジックバック?私が持っているアイテムボックスと同じ様な物かしら?そういう概念が有るか分からなくて困っていたのだけど、同じようなものが有るのですね。それなら、今後はこれを使ってアイテムボックスが使えるかも知れません。
私はドレッサーの前に立ち、全身を見た。全体的に淡い色合いで、薄紫の羽毛がフワフワとしているのがとても可愛らしい。コルセットを付けて同じようなドレスばかりを着ていたあの頃を思い出すと、平民の服はなんて素敵なのだろうと思わずにはいられなかった。
キハラ様の出で立ちは、緑色でチェック柄の上下に少し厚めの革の胸当てを装備し、革靴は踝までのタイプで、腰には剣を付けている。そう言えば、まだ一度もキハラ様のスカート姿を見た事が無かった。勿論、背中の何が入っているのか分からないナップザックはいつも通りだ。
「昨日行ったところと同じお食事処で朝食を取って、そこでお弁当を買ってから行きたいと思いますがいいですか?」
「はい」
キハラ様は、扉のドアノッカーを叩きながら言った。
◇◇◇◇
少し遅い朝食を済ませ、買ったお弁当をキハラ様のナップザックに入れて、私達は、乗合馬車で山道を登って行く。
前世の記憶では、冒険者ギルドでクエストを受注してから行くのだとばかり思っていたのですが、私達がする事は植物採取で、随時募集中の案件だから態々クエスト受注をしなくて良いらしい。
採取した物を冒険者ギルドで買い取って貰う方式らしく、その時に、それに見合ったポイントも貰えるのだそうだ。
殆どがそうで、ギルドから依頼を出さないとやって貰えそうにないモノだけが、掲示板に張られる。つまりDランク以上の情報が貼られる。逆に、どの様な大物が来ているかを知ることが出来るので、チェックをして、危険な魔物が出ている時は、私達レベルの冒険者は出かけるのを止める事も有るのだそうです。
「これから行くところは、草原に成るので、大した動物も魔物も出ません。安心して下さい」
「はい」
乗合馬車には見るからに屈強な冒険者達が乗っています。私は場違いの様な気がして固まっていました。
「次で降ります」
「はい」
一番早い停留所で降りたのは私達2人だけでした。他の方々はもっと奥まで行くようです。
「横道に入って、1時間ほど歩くと目的地に着きます。エリン様は長時間歩いた事は有りますか?」
「・・・いえ」
そう、殆ど馬車で送り迎えして貰い、学校以外は部屋で勉強三昧だったので、本当に体力が無いのです。
「無理せずゆっくり行きましょう」
「ありがとうございます」
流石にいつもとは違い、私に歩調を合わせてくれる。少し周りを気にしている様なのは、きっと外敵から守ってくれているのでしょう。両脇には大きな木々が立ち並び、その間を獣道よりは広く、馬車が入るには狭い道が奥まで続いている。私は歩きながらあまり疲れない事に気が付いた。
「ブーツに歩行補助が付いているんですよ」
その事を言うと、キハラ様が答えてくれた。冒険者装備とは凄いのだと感心してしまった。思ったよりも疲れる事が無く、目的地にも1時間程で到着することが出来た。
行き成り目の前が開け、とても広い草原が見えた時は感動してしまった。
青々と広がる、少し高低差が有るけれど色々な種類の薬草が自生している。
早速、キハラ様が大きな日除けの傘を組み立て、立ててくれた。その下には厚めの布を敷き、四隅に開いた穴に杭を打ち込み飛ばない様にしてくれた。
「ここを拠点にしましょう。薬草を摘んで、疲れたらこの下で休憩を取りましょう」
「はい」
「あ、そうそう、マジックバックの中に薬草採取に必要な鋏とかシャベルとか入っていますので、好きに使って下さい」
「ありがとうございます」
「いえ、それもガイエス様が忍ばせていた物です。お礼はガイエス様にお願いします」
「まあ」
昨日、さっさとお店に入って何かを購入していたけれど、これもその一つだったのですね。何から何まで用意して下さって、本当にお優しい方です。そよ風に吹かれて襟元の薄紫の羽毛がフワフワと広がった。何故かそれだけで、側にいない筈のガイエス様を感じて少し頬が熱くなった。
「さて!それでは、薬草の採取をしましょう。私も冒険者登録をした一番最初は、角ウサギを狩りつつ、キュアル草採取をしたものです!」
さっと、ナップザックから取り出した鋏を右手に持ち、キハラ様が足元を見回す。
「ここには、角ウサギすらも出ないから、初心者でももう少し上の草原に行くので、あまり荒らされていないんです。薬草採取のみにはとてもいい場所なんですよ」
「そうなんですね」
見回すと、本当に色々な草が生えている。勿論雑草の方が多いいのだろうけど。
「あ、ありました。これがキュアル草です。小さな葉はもう少し取るのを待った方がいいので、大きさはこちらの大きさを、根は使わないので、後々また葉が茂るように、この辺りから茎を切るのがいいです」
「まあ、そうなんですね」
キハラ様がお手本として、鋏でパチンパチンとキュアル草を摘むと、私に渡してくれる。それをマジックバックに入れると、私もガイエス様が持たせてくれた鋏を取り出し。その近くにあるキュアル草をパチンパチンと摘み、そっとキハラ様を見上げた。すると何故かキハラ様が眉根を寄せて私の手元を見ている。上手く出来なかったのだろうか?
「・・・その鋏で、キュアル草が1万束くらい買えそうです」
「え!?」
キハラ様の鋏は鉄で出来ていて握るところだけ、皮が巻かれている。私の鋏は、全体的に乳白色の鉱物で出来ており、真ん中の留め金の所にはバラの花が彫られており、取っ手にはなめし皮とその上に、柔らかで上品な布が巻かれている。・・・本当にバラがお好きですね。
「いえ、お気になさらず。どんどん採取して行きましょう。で、凄い薬師に成ってガイエス様に良い薬を作ってあげればいいんですものね」
「はい!初めて作った薬はガイエス様にプレゼントします」
「いえ、それは人体実験に成るので駄目です」
「あ・・・」
私達は顔を見合わせて大笑いした。声を出して笑ったのなんていつぶりだろう。幼い頃にしか覚えがなかった。
暫くは一緒に近くの薬草や、見てもよく分からないが薬草っぽいものを、キハラ様と相談してマジックバックに入れた。冒険者ギルドの受付で、薬草は鑑定もして貰えるので、気にせず持って帰る事にしたのだ。
「そろそろ、お昼にしましょうか」
「はい」
私達は、拠点にした傘の下に戻り手袋を取った。キハラ様はナップザックの中から取り出したお弁当を私に渡してくれる。
「先ほど、一緒に乗合馬車に乗っていた冒険者の方々は何を捕まえに行ったんでしょう?」
「そうですね、いくつかのパーティが居たみたいなので、あの装備なら、中級モンスターくらいまでなら狩れそうです。希望する動物や魔物に会えるかは時の運ですけどね」
「そうなんですね」
続いてビンの蓋を開けてから、飲み物を渡してくれた。
「この山の上には、上級モンスターも居るので、それが降りて来ると危ないですね。今、上級モンスターが倒せるのは、AやSランクの冒険者で無ければ難しいのですが、オルケイア国でAランクの冒険者は100人にも満たないですし、Sランクなんて10人にも満たないです。しかもエイケルーラ市に今何人いるのか。冒険者は根無し草ですからね、直ぐに自分の狩りたい動物や魔物を探して旅に出てしまいますから」
「旅人なんですね」
ビンを固定して置ける木箱を取り出すと、私達の間にそれを設置し、自分のビンをそこに置き、私にも置き方を教えてくれた。
「ええ。あ、でも一人だけエイケルーラを拠点にしているSランクの冒険者が居ます。その為、Aランク以上の動物や魔物が出た時には、冒険者ギルドから討伐依頼を受けて出かけてくれます」
「まあ、頼もしいですね」
「頼もしいだけではなく、見た目もカッコいいと言う噂です。平民の生まれらしく魔法が全く使えず、剣一本でのし上がって来た人らしいです」
「凄いんですね」
お弁当は、おにぎりの様な物でおかずが真ん中に挟まれている。私ははしたなくも、キハラ様がするのを真似て、包んでいる紙の間からおにぎりにパクリと噛り付いた。甘辛い味付けがしてあって美味しい。
「確か、色黒で黒髪にアメジストの瞳だと聞いたことが有ります」
「まあ、ガイエス様と同じ瞳の色なんですね」
「そうなんです!しかも名前がガイと言うんです。平民なので家名はないんですけどね」
「キハラ様はお会いした事は無いのですか?」
「無いです。会ってみたいですけどね」
などと他愛ない話をし、お昼ご飯を取った。少し食休みをした後、キハラ様はぐるりと回りを見まわしてから言った。
「これだけ見晴らしが良いので、何かあれば直ぐに走って戻りますから、私は少し角ウサギ狩りして来てもいいですか?」
「はい。勿論です」
キハラ様も少しポイント稼ぎをするようです。私は了承しました。
「後、念のためにこれも置いて行きます」
キハラ様が、ナップザックから見覚えのある箱を取り出した。昨日、ガイエス様が渡していた箱だった。箱に付いている2つの鉄で出来た留め金を下にパチンパチンと下ろし、箱を開けた。
その中には、3~4cmくらいの丸い丸薬の様な物が9個と長細い筒が3本入っていた。
「黄色の丸薬はシビレ。赤の丸薬は爆弾。紫の丸薬は毒です。これは、もしも一人でいる時に狂暴な動物や魔物に出会ってしまった時に、相手に投げつけて使って下さい。後、この長い棒は白は迷子に成った時の救難信号。黄色は狂暴な動物や魔物が側にいる事を伝える救難信号。赤色は、緊急を要する救難信号です」
「まあ、凄いですわね」
「この草原では、魔物が出た事が無いですし、動物も小物しか出ないので、どれも使う事は無いでしょうが、一応渡しておきますね」
「・・・これもガイエス様が?」
「はい」
二人でしばしクスクス笑いあい、キハラ様は角ウサギを探しに、草原を抜け木々の間の向こうへ走って行ってしまった。角ウサギ・・・前世の記憶だと、可愛い動物のイメージです。ポイントの為にはキハラ様頑張ってと思いますが、狩られる角ウサギの事を思うと、急いで逃げて!っと思ってしまいます。
私は、薄ピンクのマジックバックを開き、手前にある鋏と薬辞典を手に取り、静かに周りを見回した。
「キュアル草はもういいから、ソアラ草を採りたいですね」
呟くと、一斉に周りに矢印が出てソアラ草と表示が出た。
「期待通りですわ」
植物ならきっと出る筈と思って呟いてみたのですが、思った通りでした。私は近くのソアラ草から採取を始めた。どこにあるのか分かるので、先程よりも採取するのが早い。納品用をマジックバックに入れたけれど、まだまだあるので、自分様にアイテムボックスにも納めて行く。かなり採取出来たので、今度は別のを採りたいと思い呟く。
「レノン石はどこにあるのかしら?」
右奥に沢山矢印が出たので、そこへ行くと、大きな石の塊と、その近くに散らばっている小石に矢印が出ていた。私は手早く小石を集めて大きめの物はマジックバックに、小さめの物はアイテムボックスに入れた。いくらか取れたので次はどうしようかと周りを見回す。
「回復が早くなるような薬草が有ればいいのだけど」
すると、今度は矢印が出た先にアサゲ草と表示された。私はそれに近寄り、これは何に聞くのかしらと首を捻った。するとアサゲ草の下に、体力回復 小と出た。
「これも持ち帰りましょう」
私は、アサゲ草を沢山取り、同じようにマジックバックとアイテムボックスへ入れた。その後は、なるべく薬辞典にある薬草を探し、マジックバックとアイテムボックスに分けて入れる。暫くすると流石に疲れて来たので、キハラ様が用意してくれた大きな日除けの傘の下に行き休んだ。出がけにアキが私達に渡してくれた水のビンをマジックバックから取り出し、上の飲み口の蓋を開けて、私は少し飲んだ。動き回った後の水分は体にしみいる様で美味しかった。
少し落ち着いたので、周りを見回してみるが、本当に誰もくる気配がない。今はキハラ様も居なくなってしまって一人きりだった。
「何か、聖女の祈りに匹敵するような薬草は無いのかしら?」
ふと思い立ち呟くと、かなり遠くの方で光る物が見えた。遠すぎて矢印が出ている様だけれど、読み取れない。私は少し遠いけど、採取しようと立ち上がった。
少し山なりに成っているところを登り近づくと、やっと見えて来た。倒木された木にそれは3つ生えていた。名前がフェールス茸と出ている。詳細を望むと回復超向上 希少と有った。
私は、2つをアイテムボックスに収納し、1つをマジックバックに入れる。周りを見回したが、これ以上は見つける事が出来なかった。
「希少ですか。そうそう使う訳にはいかないかも?ですわね」
近くには別の茸も生えていたので、それらも一応採取し日除けの傘の方へ戻ろうとした。すると、左側の草原が途切れ木々が立ち並ぶ隙間から、キハラ様が走って来るのが見えた。
キハラ様が何か叫んでいるようだった。よく聞き取れず首を傾げ乍ら見ていると、キハラ様の後ろから、木々をなぎ倒しキハラ様より数倍以上の大きさの動物が、キハラ様を追いかけて来ていた。頭に角が見えるので、角ウサギなのだろうか?それなら安心だ。だってキハラ様は角ウサギくらいなら倒せると仰っていらっしゃいましたから。
「・・・・げて、・・・・・はや・・・・・エリン様・・・・」
ところどころ聞こえて来た言葉はよく分からなかったけど、私は日除け傘へ向かいつつ、キハラ様へ合流しようと近づいて行った。