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夢の中

 私は、生まれる前から王子と結婚する事が決まっていた。

 それは、ウイスタル国が建国された時の王族と5大侯爵家の決まり事だった。


 ウイスタル国を建国する時に、王族と共に最大の尽力を尽くし、民を纏め上げた侯爵家が5つあった。

 どれが欠けても、ウイスタル国を開国する事は出来なかっただろうと言われている。

 その功績と、王族と侯爵家との繋がりを強固のものとする為に、王太子妃は5大侯爵家から順番に選ばれる取り決めをした。


 その約束が果たされる為に、第一王子と、その時の侯爵家の娘が生まれると、すぐに魔法契約にて婚約が結ばれる。

 その為、私は生まれたその日から、王子の婚約者と成った。年回りも3歳差で、生まれた時は王族からも喜ばれ、国中から祝福を受けたそうだ。


 しかし、雲行きが怪しくなったのは、私が5歳になり、教会で魔力検査を受けた時だった。

 貴族は大なり小なり魔力を持って生まれる。それこそが貴族の証だった。平民には魔力が無いのだ。

 勿論、例外はある。魔力を持たず生まれる貴族や、魔力を持って生まれる平民も居ない事は無かった。だがそれは本当に(まれ)な事だった。


 今まで、バズガイン侯爵家で魔力無しの子が生まれた事は無かった。兄のサイザスは、魔力検査で風の大いなる加護と魔力があると天啓を受け、国内屈指の力を持っていると高い評価を受けた。

 けれども、私は教会で、何度も調べ直して貰ったが、加護も魔力も全く無いと言われてしまった。


 その為、母は平民との浮気を疑われ、家の中はギスギスとしていった。

 気の弱い母は、私を守る事よりも自分を守る事に必死で、私は独り取り残され孤独に成って行った。

 殆ど家族と会話をする事も無く、ただただ王太子妃と成る為にと、沢山の家庭教師をあてがわれて、毎日勉強漬けだった。

 それでも文句を言わず、必死に勉強したのは、主席を取れば、両親から誉めて貰えたから。たった一言だけれども「よくやった」と言って貰えた、言葉を掛けて貰えたから。

 私がこの家で生きて行くためには、王子の婚約者であらねばならず、魔力で認めて貰えないなら、知力で勝ち取らなければ成らないのだと理解していた。


 初めてガーウィン王子と会ったのは、王子が10歳、私が7歳の時だった。

 父に連れられて、王城の談話室で、初めての顔合わせをした。

 初めて見たガーウィン王子は、黄金に輝く髪が神々しく、澄んだブルーの瞳が美しく、まるで絵本から出て来た王子様そのものだった。私は、幼いながらにも一目で恋に落ちたと思う。

 ガーウィン王子は、とても綺麗に微笑んで「君が、僕の唯一の人?」と聞いて来た。

 けれど、幼い私にはまだ難しすぎて意味が分からず、首を傾げてしまった。


 それから、幼い私は月に1度、忙しい勉強の合間を縫って、父に連れられ王城の談話室で、王子と会話をした。

 自宅では、家族と話す事すらない私は、王子との会話をする為の勉強までも家庭教師を雇い教わった。

 王族へ対する礼儀、マナー、言っては成らない言葉、相手を持ち上げて、相手が気持ちよく成る様に話す話法等だ。

 王子に面会する前に、既にみっちりと会話内容は決められており、教わった通りに会話をこなして行った。

 それでも、王子に会えるのは嬉しかった。決められた会話をしているだけなのだが、王子は時々、決められた内容から外れた質問をしてきたりして、人との会話がこんなにも楽しいのだと教えてくれるからだ。


 ガーウィン王子は日に日に美しく恰好良く成って行き、私はドキドキしっぱなしだった。

 私はと言うと、母譲りの栗色の髪はふわふわとウエーブがかかっており纏めるのがとても大変で、父譲りのエメラルドグリーンの瞳は、冷たく見えるとよく言われるので、伏目がちにして見えない様にしていた。

 その為か、ガーウィン王子に、よく「眠いの?」と聞かれて笑われていた。


 穏やかな日常だと、私は思っていた。熱く燃え上がるような愛情が有る訳では無いが、自宅のように冷たく冷え切ったものでは無かった。ガーウィン王子がどう思っていたかは、今となっては分からないけれど、私は私の持てる限りの力で、知識を吸収し王太子妃と成ったら、ガーウィン王子をきちんと支えられる人に成るという目標を持ち、日々実行し、充実した毎日を送っていたつもりだった。


 

 

 ある日、ウイスタル国にセンセーショナルなニュースが発信された。

 市井から聖女が発現したのだ。

 貴族の中に、回復魔法に長けた者はいるが、聖女は別格だ。

 回復魔法は、怪我や病気をした者の生命力や治癒力を活性化させて治療を行っていくものなので、治療を受ける者の限界までしか治療が出来ない。

 しかし、聖女や聖人が使う魔法は、その者の生命力も治癒力も必要とせず、与えるだけの力なので、限界は、聖女や聖人の力がどこまであるかで決まる。

 また、魔物や魔獣の浄化も出来る。近年は魔物や魔獣の発生は少なく、騎士団で対処できるくらいで問題は無い。

 だが、ある一定の周期で、魔物や魔獣が大量発生すると言われているので、力の強い聖女や聖人がいてくれるのは、やはり喜ばしい事なのだ。

 だが、聖女や聖人と呼ばれる者の出現率は低い。

 また、現れたとしても、聖女や聖人としての力が低く、回復魔法とあまり変わり映えしない場合も多かった。

 

 だが、聖女ルメリアの聖魔法の力は強かった。100年に一度の奇跡と言われた。

 回復魔法での治療では1週間から10日程かかった怪我を、数時間で完治させてしまったり、長い事患っていた病気を、1日で治してしまったと言う話だ。


 その噂を聞きつけた子爵家が、直ぐに聖女ルメリアを探し出し、養子縁組を持ち掛け、孤児院で育った聖女ルメリアは、あっさりと承諾したのだそうだ。そこからは早かった。

 子爵家より聖女ルメリアの発現が国に報告され、あれよあれよと言う間に、貴族の子息子女が通うファイラス学園に編入が決まったのだ。

 ウイスタル国では、この学園を卒業しないと貴族として認められる事は無い。


 編入したのは、聖女ルメリアが13歳。私が12歳。王子が15歳の時だった。

 私が中級学部へ入学した年に、聖女ルメリアが1学年上に編入した。同時に王子は上級学部へと上がった。

 中級学部と上級学部は、同じ敷地内にあるが、広い敷地の為、そうそう会う事が出来る環境にはなかった。

 私は、両親から中等学部の間に、近隣諸国の言語と上級学部の勉強も習得し、上級学部へ上がった時には、王太子妃の勉強に専念出来るようにと厳命されていた。

 年を重ねる毎に増える家庭教師と勉強範囲に、息付く暇さえもなかった。


 だから、全く気が付かなかったのだ。

 王子とのお茶会がキャンセルと成っても、勉強の時間が増えたと喜び、偶に会う王子の様子が、少しずつ冷たく成ってきても、大人に成ったのだと思っていた。

 だって、私の周りには、そういう人しか居なかったから、以前の優しい王子の方が、イレギュラーだったのだ。


 会話の中で、「ルメリアに優しくしてやってくれ」と言われても、1学年上の先輩に会う事は殆ど無く、どの様に対処したらよいか分からず、分からな時は、にっこり笑うように教わっていたので、そうしていた。

 そうすると「君は変わるつもりは無いんだな」と厳しい口調で言われる事もあった。

 少しずつ、王子も私の家族と同じくらい冷たい人に成って行った。


 王子に言われた事もあり、聖女ルメリアの事が気に成り、私の取り巻きと言われている人達に、それとなく聞いてみた。

 すると、聖女ルメリアは、聖魔法の力が有るだけの平民だと言われた。

 平民として育った聖女ルメリアには、貴族の仕来たりが理解できず、粗野な態度に貴族達の反感を買っているらしい。

 そんな中、なかなか友人の出来ない聖女ルメリアに救いの手を差し伸べたのがガーウィン王子だったそうだ。


 この頃は、昼食は必ず王子と一緒に取っており、婚約者の私を差し置いて仲睦まじい様子なのだそうだ。

 その姿に怒り心頭した、私と面識も無い貴族令嬢が、聖女ルメリアの靴を隠したり、勉強道具を破いたりしていると誇らしげに報告を受けた。

 私は、子供っぽい悪戯に、何と答えたらいいのか分からず、ただただにっこりと笑った。


 どれだけ聖女ルメリアが、ガーウィン王子と親密に成ったとしても、建国時からの決まり事は変わらないと、私は思っていた。

 私は王太子妃になるだろうし、もしかしたら聖女ルメリアは側室に成るのかも知れないとは思ったが、それだけだ。


 社交界デビューは15歳からだが、私はガーウィン王子の婚約者と言う立場なので、舞踏会に出席しなければならない事もあり、その時は、ガーウィン王子よりドレスや宝石が届き、舞踏会への行くのには、必ず迎えに来てくれていた。

 しかし最近は、大人に成ったガーウィン王子と私は会う機会がどんどん減り、私が出向かなければいけない舞踏会が有った事を後から聞き、その舞踏会では、私の代わりに聖女ルメリアがパートナーとして出席していたのだそうだ。

 流石にこれはおかしい。私は首を傾げた。

 なぜなら、私を蔑ろにすると言う事は、5大侯爵家のバズガイン侯爵家を敵に回すと言う事。その様な事は、出来る筈がない。国王様も許しはしないだろう。


 ----なら、どうして?


 私は、意識がふわりと浮上するのを感じた。

 左目の激痛と発熱に魘され(うな)つつ、近くで言いあう男性の声に、右目をうっすらと開いた。

 


「風魔法はやり過ぎだ!左目が潰れてしまったじゃないか!これではどこかに嫁に出すことも出来ん!」

「だって、まさか防護壁すら出せないなんて思わなかったんだ」

「エリンシアには魔力は無いと知っていたじゃないか」

「知ってたさ!知ってたけど、流石に防護壁くらいは出せると思うだろう?これじゃあ・・・」

「これじゃあ?なんだ?」

「貴族の子供とは言えない。・・・平民そのものじゃないか」

「・・・そうだ。だからこその政略結婚だったのだよ」

「・・・王子も嫌がる訳だな」

「まったく我儘な王子だ。だが、まあいい。聖女ルメリアを養女に迎えて、王子と婚姻させ、お前も、フェリシス王女を妻に迎える事が出来る。バズカイン家としては何の問題も無い。後は、名実ともに傷物となってしまったエリンシアをどうするかだが・・・」


 

 こちらを見もせず自分たちの話に夢中に成っている父と兄の姿に、うっすらと開いた右目から涙が零れ落ちた。


『・・・ああ、私は今も昔も家族運が無いわね。いえ、愛情運も無かった気がするわ。』


 え?頭の片隅から、知らない女性の声が聞こえた。その声は、心の奥底の更に深い処から聞こえる。

 私は、その最奥の闇へと溺れる様に沈んで行った。


 


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