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初めてのお出かけ 一日目 前編

 朝食を取った後、ガイエス様が迎えに来るまでの間、この間買って貰ったチェック柄のオレンジ色のワンピースに着替えた。これは、庶民のお出かけ用らしく、襟元と手首に白いレースが付いていて可愛らしい。

 私のお気に入りでもある。クリーム色のポシェットを左肩から斜め掛けし、その中にはハンカチを入れた。

 髪は、いつも通り横に広がるのを止める為に、両横から後ろに纏めて、服に合わせたオレンジの花飾りを付ける。

 キハラ様は、上は白シャツにベスト、下は水色のパンツ姿だ。何かあった時にスカートでは動きにくいからと、背中にはいつも通り、何がそんなに入っているか分からない大きなナップザックを背負っていた。


 時間に成り、アキがガイエス様が来たと呼びに来た。


「「おはようございます。ガイエス様」」

「ああ、おはよう」 


 外で待っていたガイエス様に挨拶をした。ガイエス様の服装も市民に溶け込めるようにと、さらっとした布地の黒の上下のシャツとパンツだった。ただ、さらさらの白銀の髪と切れ長の菫色の瞳を実に映えさせてしまって、逆に人目を惹きそうだった。


「表に馬車を待たせてある。行こうか」

「いえ、行きません」


 先に歩こうとしたガイエス様に、間髪入れずキハラ様が答えた。驚きの顔で振り返るガイエス様に、キハラ様が続けた。


「これは、エリン様が平民として暮らして行く為の練習も兼ねています。平民は、簡単に馬車を用意など出来ません。乗合馬車で移動します」

「・・・なる程。では、これを」


 ガイエス様は深く頷くと、私に白地に桃色のバラの刺繍が施された手袋を手渡した。


「私達2人が付いている。態々罪人だと周りに触れ回る必要は無い」


 受け取った手袋から、視線をキハラ様に向けるとにっこり頷いてくれた。


「ありがとうございます」


 手を通すと、シルクの肌触りで心地良かった。だけれども、またバラの刺繍。部屋の壁紙といい、ガイエス様はバラがお好きなのでしょうか?とは言え、とても上品で上質な手袋に嬉しさが込み上げて来た。


「大切にします」


 心から思った事を伝えると、ガイエス様は頷き、直ぐに私から視線を外した。少し頬が赤くなったように見えた。


 ガイエス様が、アキへ御者に邸宅へ戻る様伝言を頼み、私達は教会の裏口から外へ出た。

 しばらく歩くと、直ぐに馬車乗り場に着き、他の市民に紛れて乗合馬車が来るのを待った。程なくして馬車が来たので、私達は馬車に乗ったのだった。


「今回は、魔法関係と薬草関係のお店を回りたいと思います」

「ああ、聞いている」

「エリン様には、魔法の基礎をお教えしたのですが、魔法が使えないので、これから先はお教え出来る事がありません。なので、今回は魔道具を売っているお店へまずはお連れしようと思います」

「分かった」


 二人で行先を決めてくれているので、私は窓から見える街並みをのんびりと眺めていた。この乗合馬車には幌が無い。馬車に乗っているのに、体に風を感じるのは新鮮だった。市民たちの服は貴族だった頃の私達が着ていた服とは違って、機能的だと思う。コルセットを付けなくても着れる服。つばの長い帽子を被っている人もいる。私もいつかはあのような帽子を被ってみたいなと思った。


「エリン様、次で降ります」

「はい」


 キハラ様が声を掛けてくれたので、慌てて周りを見回した。すると、以前連れて行って貰ったところとは少し違った街並みに見えた。華やかと言うよりは、少し雑多な感じを受ける。


「ここは、魔道具を売っているお店が多い通りです」


 停車場で降りると、キハラ様がウキウキしながら説明をしてくれる。


「取り合えず、大手の店に行きましょう。いろいろなタイプの魔道具が有るのですが、一般使い用とか、専門分野用とか、冒険者用とかあるのですが、エリン様なら一般使い用がいいですよね?」


 サクサクと歩いて行くキハラ様の言葉に、私の胸の中でドキリとしたワードが出て来た。冒険者用?私の前世での記憶が、ぴくりと反応した。


「ここがガーナード魔道具店です」


 目の前には、重々しい石造りで、店の入り口は5段ほどの階段を上がり、その手すりは鉄で出来ているが、くねくねと曲がっていて、手を置くと、しっくり来て、掴まりながら登る人にはとてもいい造りに成っている。上がった先の扉は既に内側に開かれていて、誰でも入れるように成っていた。


「魔道具の原動力は、魔石なので、込められた魔力が無くなったら、魔石を交換しないといけないので、少し裕福な庶民の買い物に当たります。エリン様の部屋にはランプが無いから、ランプを見てみますか?」

「はい!」


 そう、今の部屋は光源が日光しかないので、暗く成ったら速やかに眠るしかないのですが、ランプが有ったら少しは、夜でも勉強が出来ます。実家では、普通にランプを使っていたのですが、魔石の交換が必要とは知りませんでした。きっと、メイド達が管理していてくれたのですね。


「エリン様の場合は、上に吊るすタイプのランプと手元を照らすタイプのランプがあるといいですよね」


 ランプが沢山置いてあるところで、キハラ様がきょろきょろと見回してぶつぶつ言っている。私も側で近くのランプを見てみるが、笠の部分が鉄のままだと少し武骨で、笠の部分と台座を色々な布地や革細工で覆って品を出している物や、笠の部分が不思議な色合いの鉱物(?)で出来ていて高そうな物もあった。

 私としては、薄桃色の布地で覆っているランプがいいなと思って見ていた。


「どれか気に入ったものはあるか?」


 いつの間に隣にいたのか、ガイエス様が声を掛けてくれた。私は桃色の布地で覆われたランプが気には成るものの、値段がよく分からなかった。先ほども、少し裕福な庶民の買い物と行っていたし、私は、今はまだ裕福な庶民では無いはず。


「私、お金が出来てから買い物はしたいと思います」


 これ以上、キハラ様やガイエス様に散財をさせてはいけません。私はお二人にはっきりと伝えました。


「ん?そう言えばジェズガの報酬が入っていますよね?」

「ああ」

「それで買えると思いますよ?」

「え?」


 私は、市民カードを取り出しましたが、残高はまだ0です。


「更新していないから、まだ0ですが、買い物する時に更新されて残高が出ますから、それで買いましょう」

「そうだな」


 にこにことキハラ様が仰いながら、いくつかのランプを私の前に並べた。


「部屋の上に取り付けるのはここら当たりがいいと思うんですが、どうですか?これについてる魔石なら、私充填出来ますから、買い切りで使えます」

「ああ、そうだな、魔法が使える者だと魔力量にも寄るが、これくらいの魔石なら充填は誰でも出来る。勿論、魔石が壊れてしまったら魔石の取り換えは必要だが」


 並べられたランプは平べったいランプで、多分部屋の上に取り付けるタイプのものだ。魔石の入るところが白と黄色と緑のものが並んていた。部屋の色合いから考えると黄色が一番良さそうだった。


「それなら黄色を、後、そこの桃色のランプも買えますでしょうか?」

「うん!大丈夫だと思うよ」


 キハラ様が、私の希望する桃色の卓上ランプを手に取った。


「装飾は刺繍かぁ。エリン様も刺繍は出来ますか?」

「はい。人並みには」

「ん~。でも、刺繍でお金を稼ぐなら、服飾の方がお金に成りそうですね」


 私が首を捻っていると、キハラ様が私に桃色のランプを手渡した。


「エリン様は、魔法にとても興味を持っていらっしゃいますが、魔力が無いとどうしようもないです。魔道具を造るのは平民に多いのですが、本体を造ります。鍛冶屋作業ですね。これは出来ませんよね?」


 私は頷いた。


「それに魔石を動力として設置出来るのは、魔力を持つ者でないと出来ません。平民には魔力を持つ者は殆どいません。じゃあ、誰がしているのかと言うと、うちの様な領地を持たない男爵家の者だったり、貴族より降下して平民と結婚した者とかです。これもエリン様には出来ないですよね?」


 私はもう一度頷いた。


「そうすると、この装飾ですが、刺繍などで覆って女性受けを狙っていますが、それ程売れる物でも無いので、まとまった仕事に成りません。刺繍で生計を立てるなら、お勧めは服飾系となります」


 ああ、これは仕事探しも含めての外出なのですね。私に出来る事を必死に探して下さっている。


「ただ、服飾なら刺繍よりもお針子も出来ないと雇って貰えるところは少ないかと思われます。お針子の仕事は・・・自分で服を作った事は無いですよね?」

「はい」


 申し訳なさで一杯になる。私が魔法に興味を持っているのは、私の中の偽魔法をどうこれから使っていけるかを調べる為。真実を伝えず、教わろうとしていたから、きっとキハラ様は必死にどうしたらいいか考えていて下さったのですね。


「専門分野用も、鍛冶屋作業ですね、冒険者用は、ボムとか麻痺玉とか攻撃系の物が多いので、調合師が作ります。とても危ない薬品や素材を使うので、エリン様にお勧めが出来ません」

「はい」

「魔道具は、購入するのに留めるのをお勧めします」

「はい」


 私は、俯いて頷いた。きっと夢見がちな私に現実を見せる為に、ここへ連れて来て下さったのですね。


「ですが!エリン様、まだまだ仕事探しは始まったばかりです。きっと何かエリン様に出来る事が有る筈です。めげずに一緒に探しましょう!」

「その通りだ。君がきちんと独り立ち出来るまで、私達はフォローし続けるから心配しなくていい」


 いけない!私が落ち込んでしまっては駄目だわ。ハッと顔を上げるとお二人が凄く心配した顔をして私を見ていた。私は、自分の中の偽魔力の使い方の為に魔法について知りたいと思っているけれども、仕事は別に探そうとも思っています。魔法については趣味の方向で抑えて、仕事探しもきちんとしなくてはですね。


「はい。お願いします」

「じゃあ、取り合えずランプを購入したら、次は薬草関係のお店に行きましょう」

「はい」


 ガイエス様は黄色のランプを持つと先に歩き出した。


「会計済ませてしまいましょう!いくら入金が有ったのか楽しみですね。ジェズガの魔石は絶対に大きかったと思います。特別ボーナスいくらなのかなぁ?」


 私が持っていた桃色のランプをひょいと受け取ってキハラ様が仰った。


「あ、自分で持てます」

「いいからいいから。それよりも、支払った後の残高見せて貰えますか?多分同じくらい私も入金が有ると思うので、早く知りたいんです」

「ええ、勿論ですわ」


 私達は、支払いのカウンターへ2つのランプを置き、私の市民カードで支払いをした。ガイエス様が、ランプを教会へ届ける様に手続きをして下さっている間、私達はドキドキしながら、支払いを済ませた私の市民カードを覗き込み、残高を見た。


 黄色のランプの値段が15、000ルド。桃色のランプの値段が8、000ルドでした。市民カードの残高に記入された金額は、477、000ルド。・・・これは、高いの?低いの?一緒に見ていたキハラ様を見た。


「あれだけの人数で割ったのにこんなにも貰えるなんて!」


 必死に飛び上がるのを堪えているキハラ様の様子から高いのねと理解した。手続きが終わって戻って来たガイエス様と一緒に店を出たキハラ様は踊るような足取りで先頭を歩いている。


「少し歩きますが、この先に評判のいい薬屋があります。まずは、そこへ行きましょう」

「はい」

「あの金額で、あそこまで喜べるものなのか・・・」


 ガイエス様に取っては高い金額では無かったみたいだった。5分ほど歩いて行くと、前方でぴたりとキハラ様が止まって、こちらを振り返った。頭上には、フーリ薬店と書かれた木製の看板が掛かっていた。

 扉を開けると、思ったよりも小さな店で、奥にカウンターが有り、その奥に恰幅のいいおばさんが座っていた。壁際には棚があり、だが、そこには何も置かれていなかった。サクサクとキハラ様がおばさんの前に行った。


「こんにちは、フーリ。体力回復薬と持久力回復薬と傷薬を1つづつ下さい」

「あいよ。1、500ルドだよ」


 フーリと呼ばれたおばさんは、背後一面に有る木の棚の3つの箱を引き出し、各々の薬を取り出した。他にも沢山箱が有るのだから、もっといろいろな薬が有るのかも知れない。


「エリン様、支払いをお願いします」

「はい」


 私は、フーリの持つ銀色のカードに市民カードを当てて支払いを済ませた。渡されたのは、油紙に三角にまかれた粉薬だった。白の紙に包まれているのが体力回復薬。黄色が持続力回復薬。緑色が傷薬だそうだ。ハンカチに包んでポシェットに入れ、私達はフーリ薬店を出た。その後は立て続けに近くの薬店へ入り、買い物はしなかったが、いろいろな薬を見て回った。


「じゃあ、そろそろお昼時だから、私お勧めのお食事処へ行きますか?」

「ああ」

「はい」


 キハラ様のお勧めのお食事処(?)へ連れて行かれて驚きました。船の中の食堂よりも人との距離が近く、私達は4人がけの席に付いたのですが、頼んだ定食は、机一杯にサーブされ、とても食べ切れる量ではありません。しかし、食べた事の無い魚料理や卵料理がとても美味しく、ざわついた店内は活気が有って楽しかった。


「そう言えば、ダスガン殿からこれを預かって来てたんだ」


 食後のお茶を楽しんでいた時に、ガイエス様が、薄い小冊子を私に渡して下さった。開いてみると、薬辞典と書かれており、回復薬や他の薬の材料や配合の仕方などが書かれていた。私はちらりとポシェットの中の体力回復薬の材料と、小冊子の材料を見比べてみて少し違う事に気が付いた。


「皆さん、この通りに薬を作っているのですか?」

「いえ、これを基本にしてお店独自の配合をしています。人によって同じ薬でも効き方が違う事も有りますし。私はフーリの薬が一番体に合うので、あの店でよく薬は買っていますね」

「どこのお店にもポーションは売っていませんでしたね」

「ええ、ポーションが作れるのは聖女様だけなので、教会でしか買えないですね」


 私は、頷きながらも真剣に小冊子を読み込んでしまい、キハラ様に肩を揺すられてハッとした。


「お薬に興味が湧いてきましたか?」

「はい」


 キハラ様の言葉に私は力強く頷いた。


「まだ、一人で火器などは使わせて貰えないけれど、私が一緒なら使えるし、それ以外での薬の調合なら一人でも出来ると思います。興味があるなら、出来るかどうかは後回しで、試してみますか?」

「いいんですか?」

「勿論です。やってみたい事は何でも試してみましょう。でも、それにあまりお金をかけるのは勿体ないので、よろしければ薬草の素材は、自分で取りに行ってみませんか?」

「え」

「キハラ!何を言ってる?」


 キハラ様はにこにこと私を見て言った。その言葉にガイエス様が眉をしかめている。どういう事でしょう?


「初期の薬草素材は、近場の草原で手に入ります。魔物も角ウサギ程度の小物しか出ないので、私が一緒に行くなら全然危なくもないですからね。ついでに、冒険者登録もしちゃいましょうか?」

「キハラ!」

「冒険者登録!」


 胸の奥のもう一つの記憶が、物凄く反応しています。やりたいと。


「駄目だ!絶対に中型の魔物が現れないと言う保障は無い。もし襲われたらエリンでは対抗できない!危ない事をさせるべきでは無い!」

「必ず私か、護衛が出来る騎士が一緒に行けば問題ないですよ」

「だが・・・」

「私、冒険者登録したいです。薬草の素材集めを自分でしたいです!」


 ガイエス様の反対を圧しても、私はキハラ様の案に乗りたいと思った。


「ガイエス様、お願いします。私は薬造りにとても興味が湧いているんです。きっと初めは失敗ばかりに成ると思います。素材を自分で取って来て使えるのならば、どれだけ失敗しても気にせず研究出来ると思うんです。どうか、冒険者登録をさせて下さい」

「お願いします!ガイエス様!」


 キハラ様も横で手を組んで、一緒にガイエス様の了承を取ろうとしてくれています。ガイエス様は酷く困った顔をして私達を交互に見て、小さくため息をついた。


「まあ、今は監視が付いているから、一人で冒険に行くとは考えにくいが、監視が無くなった後が心配だ」

「監視が無くなる頃には、エリン様も角ウサギくらいは一人で倒せるくらいには成っていますよ。ねえ」


 私に向かってにっこり笑ったキハラ様に、私は動揺した。わ・・・私に動物が・・いえ、魔物が倒せるのでしょうか?少し不安は残りますが、採取はしたいので、必死に笑顔を作ります。


「頑張り・・・ます」


 渋い顔をしたガイエス様が、しぶしぶ頷いた。


「絶対に危ない事はしては駄目だからな」

「はい!薬草の素材採取だけです」

「決まりですね!では、これから冒険者登録と冒険者の装備を買いに行きましょう!そうしたら、明日は薬草採取にいけますよ」


 勢いよくキハラ様が立ち上がると、またもサクサクと歩いて行ってしまう。後を追うのはとても大変だ。


「直ぐにエリンを置いて行くじゃないか。本当に大丈夫なのか?」


 不満一杯の顔で、私のすぐ後ろをついて来るガイエス様が呟いた。そう言えばそう。私置いて行かれる事が多いです。でも、先で待ってては下さいます。きっと大丈夫です。私は、ワクワクしながらキハラ様の後を小走りで付いて行った。



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