初日 後編
「初期の魔法書で、分かりやすい物を幾つか持って来たよ」
ダスガン様が、アキの仕事机の上にドンと本を置いて仰った。
「ありがとうございます」
「助かります。教本無しでどうしようかと悩んでいたんです」
その本をさっと受け取り、キハラ様が開いている扉から自分の部屋へ本を持って行ってしまった。
「まだ初日だが、どうだ?やって行けそうか?」
「はい。頑張ります」
心配そうな顔で言われて、私はしっかりと頷いた。両親の元に居た時よりも、待遇が良く、無理な時間配分でも無い。これからもっと仕事が増えて行くのかも知れないが、まだまだ余裕が有った。
「ダスガン様は、お仕事の途中で来て下さったんですか?」
「ああ、昼休みを抜けて来た。ついでにここで昼を食べてもいいかな?」
私とダスガン様がアキを見る。アキは、シュタッと立ち上がると
「ダスガン様の昼食も貰ってきます」
と走って出て行ってしまった。入れ替わりにキハラ様が戻って来たので、皆で私の部屋へと行く事にした。
ダスガン様は私の部屋に入ると、周りを見回した。
「しかし、本当に凄い変貌ぶりの部屋だな」
「そうですよね。私は2週間しか住まない部屋なので、今の部屋で文句は無いのですが、この部屋に来ると、このままここに住みたいと思います」
深く考えていなかったが、キハラ様の部屋も多分、前回の私と同じ様な部屋なのだろう。一人だけこの様ないい部屋にして貰ってしまって申し訳が無かった。
机の上にはキハラ様との2人分の昼食が置かれている。程なくしてアキが一人分の昼食と椅子を持って現れた。
私達は、アキに礼を言い、小さな机に3人固まって昼食を取った。
「教会ではどんな事をしているんだ?」
「そうですね、奉仕活動は、主に教会内の掃除ですね。今はまだエリン様を他の人達と接触させない為に、仕事の時間は短いですね」
「そうか」
私は、豆スープを頂きながら、お二人の話を聞いていた。
「仕事は、なんと!聖女様が作った初級ポーション詰めです!休憩を挟みますが4時間もやっているので、大変そうです」
「侯爵令嬢が行き成り4時間の労働か、大変だな」
お二人がこちらを見る。私の反応を見ているようです。
「あの・・・」
「ん?もう少し、時間を短くするように言っておこうか?」
極甘のダスガン様が、心配そうに眉を潜めて言った。隣ではキハラ様も頷いている。私が、今までどれだけの家庭教師に分刻みで勉強を教わって来たかを知らないので、大変だろうと感じるのでしょう。私からすれば、こんなに楽でいいのかと悩むくらいです。
「いいえ、大丈夫です。それよりもポーションは誰でも作れる薬なのですか?」
「いや、聖女様の聖魔法を使って作るので、一般的には作れないものだな。我が国には聖女様と呼ばれる方々は30名程しかおらず。この教会には確か3名いたかな?」
「そうですね。市民用の初級ポーションと騎士団へ降ろしてくれている初級・中級・上級ポーションを作ってくれています。確か、上級ポーションが作れる聖女様は一人だけだと聞いています」
え!私さっき、上になったポーションを混ぜてしまいました。
「エリン様が詰めていたのは、初級ポーションです。騎士団にも納めて貰っていますが、初級ポーションは市民でも買えるくらいの値段なので、教会で売っているんですよ」
「そ・・・そうなんですね」
「信用度の問題がある為、エリン様が詰めたものは、全て騎士団で買い取る物に成ります。騎士団に収められたポーションは、毎回全て鑑定士が鑑定をして問題ないかを確認する事に成っているんです」
凄くすまなそうに私を見るキハラ様に、私は笑顔を作った。
(どうしましょう、中級ポーションもどきと上級ポーションもどきが1本ずつ入っています。今後は悪戯をするのはやめましょう)
「そう言えば、ポーションは値の張るお薬と伺ったのですが、もし初級ポーションすらも買えない庶民の方々がいらっしゃったらその方々は、お薬などはどうされているのでしょうか?」
「基本、市民は町医者が出す粉薬を買っているな。これは、町医者が贔屓にしている薬師が作る物だが、ポーションとは違って、聖女様の力が入っていないから、効き目は薄い。それでも治らない時に、教会へ初級ポーションを買いに来ると聞いている。薬師は薬師で店を構えている物もいれば、町医者に降ろすだけの薬師もいる。軍と提携している薬師もいるしな。薬師の実力によっては、効能の高い薬もあってな。まあ、それなりの値段にもなるので、やはり、貴族しか買えなかったりもするな」
「薬師・・・で、ございますか」
薬なら、見れば成分は分かる。それをどの様にして調合しているのかは分からないけれど、家庭教師がいれば・・・あ、では無くて、薬師の方に教わる事も出来るのでしょうか?
「ん?興味があるのか?なら、今度、薬に使える薬草の本でも持って来ようか?」
私が、思案に暮れていると直ぐにダスガン様が提案して下さった。
「嬉しいですが、よろしいのでしょうか?」
本は、そこまで安い物ではない筈。優しさに甘えすぎてはいけない。
「ああ、さっきの魔法の本もそうだが、ガリ版印刷で大量に作られている本の中古だから、そんなに高い物でもない。最初は、入国祝いと言う事でプレゼントするよ。その後は、どこで買ったらいいか等を教えるから、自分で購入金額と相談しながら購入すればいい」
「ありがとうございます!」
安価の本もあるのですね。私が、お礼を言うと、隣からキハラ様が言った。
「じゃあ、最初のお休みの日は、魔法関係と、薬草関係の資料集めを中心に市井巡りしますか?」
「よろしいのですか?」
「勿論です。これも私の仕事の内ですから」
「お世話を掛けます」
「いえいえ、お任せください!」
私達の会話に、ダスガン様が口を挟んだ。
「キハラは、まだ家に一度も帰っていないだろう?初めの休日は、私かガイエスが同行しようかと思っていたんだが、いいのか?」
「はい。初めの2週間は、みっちりエリン様をサポートします」
親指をギュッと出してウインクするキハラ様に、ダスガン様が小さく呟いた。
「出かける気満々の奴がもう一人いるんだがな」
「ガイエス様ですか?」
「ああ」
「エリン様、ガイエス様も同行してもよろしいですか?」
なぜか、お二人とも真剣な顔をして私を凝視した。監視者が増えるのを私が嫌がると思っているのでしょうか?
「はい。ただ、大切なお休みの日を私に使って戴くのは気が引けます。大丈夫でしょうか?」
お二人は顔を見合わせて、苦笑いをした。
「それは問題ない。私達は仕事なので、別日に振休を貰えるからね」
「そうです、そうです」
「お世話をおかけして申し訳ありません」
私が頭を下げると、二人ともイヤイヤと手を振った。
「エリン殿には、どこに行くにも監視が付いてしまい申し訳ない。暫くの辛抱なので、我慢して下さい」
「とんでもないです。いろいろなサポートをしていただきありがとうございます」
「私は、監視と言うよりも一緒に遊びに行くつもりですので、あまり気にしないで下さいね」
「部下の問題発言を、私はどう受け止めたらいいのだろうか?」
「失言でした!言い間違えです!忘れて下さい!」
態とらしく腕を組んだダスガン様に、キハラ様が手を合わせている。私達は、くすくす笑いながら食事を終えた。
ダスガン様は、食事が終わると直ぐに、仕事場へ戻って行き、私は、キハラ様の講習で、魔法の基礎を習った。
やはり、魔法を使っていても、周りに具現化して見える事は無いらしく、ただ、使っている本人は感覚的な把握は出来るのだそうだ。後、分かり易いのは、魔物と戦っている時に、魔物が受けた傷でどの様な魔法が使われたかが分かるらしい。だから、チームを組んだ時には、各々がどの様な戦い方をするのかを把握しておかないと、危険なのだそうだ。
勉強の時間が終わり、部屋の掃除と成った時、鍵のかかった扉の内側全部の掃除となり、私の部屋以外はモップ掛けですんだのだけれど、私の部屋はふわふわの絨毯なので、手入れが難しく、思ったよりも時間がかかってしまった。
いろいろな道具を使って掃除をするので、メイド達がどんなに大変だったのかと今さらながらに思った。
その後、夕食をキハラ様と取り、自由時間と成ったのですが、初めてのお休みのお出かけ先を二人で話し合い、楽しい時間を過ごした。
初めての休日は、明後日なのだそうです。