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初日 前編

 朝、目が覚めて周りを見回した時、こぢんまりとしてはいるけれど貴族の部屋と言っても遜色のない部屋だった。

 天蓋は付いていないベットだけど、ふかふかの布団から足を下ろすと、室内履きを履いても、いつもと変わらない柔らかい床。

 着ているのは、キハラ様に買って戴いた庶民の寝巻。すこしざらついているけれど、着心地は悪くない。

 時計を見ると、まだ5:45分で起床には少し早かった。私は、ドレッサーに近寄ると丸椅子に座り、鏡に映る自分の顔を見た。


 昨日、鏡を見て驚いたのは、髪の長さではなく、瞳の色だった。私の瞳は、父譲りの冴え冴えとしたグリーンだった筈。右目はそのままの色だった。しかし、左目。聖女ルメリアに治して貰った左目は金色に成っていた。

 治して貰った当初は、薄い白っぽい色だったそうだ。それが、どんどん色が鮮やかになって行き、金色に成ったのだそうだ。皆、言い出しづらかったらしい。


「不思議な色」


 どうして色が変わってしまったのか全く分からなかった。何せ、無くなった体の一部を取り戻す聖魔法はお伽噺レベルの事で、実際にそれを見た事がある人は今まで居なかったのだそうだ。


 短くなった髪をキハラ様に買って貰った櫛で何度か梳いた後、私は、メイドがしてくれた編み方を思い出しながら左右の髪を編み込み、後ろで止める。あまり上手く編み込めなかったが、その上からキハラ様が買って下さった赤い花びらの形をした髪飾りを付ける事で、少し見栄えが良くなった気がする。


「エリン様!朝です。起きて下さい」


 控えめにトントントンと扉を叩く音がして、ゆっくりと扉が開いた。

 私は、急いで立ち上がり振り返る。


「おはようございます。キハラ様」


 寝巻のままで挨拶をすると、キハラ様は既に制服を着ていた。


「一応これも仕事なので、私はこれから制服に成ります。エリン様も通常の時間はシスターの服が制服ですよ」

「はい」


 動きの速いキハラ様は、直ぐにクローゼットからシスターの服と靴を取り出した。


「じゃ、これに着替えて貰いますね。初めは手伝いますから、自分で着られるように頑張りましょう」

「はい」


 鏡の前で着替え方を教えて貰いながら着替えた。この世界にはジッパーなどは無いので、全て紐とボタンで服を着る。シスターの服は、わりと紐が少なく着替えるのはそこまで大変では無かった。


「7:20分には持ち場に居ないといけないので、急ぎましょう」


 キハラ様に言われて、少し小走りに後を付いて行く。大きな扉の前で、キハラ様がドアノッカーを叩く。すると、鍵が外れる音がして、昨日会った女性の騎士が扉を開けてくれた。


「おはようございます」


 私が膝を少し落として挨拶をすると、女性騎士はにっこり笑って言った。


「おはようございます。私はキハラの同僚でアキと言います。よろしくお願いします」

「アキ様ですね。私はエリンと申します。これからよろしくお願いします」

「キハラは男爵令嬢だから、様が必要かもしれないが、私は貴方と同じ平民なので様はいりません。私もエリンと呼ばせて貰っていいですか?」

「はい、よろしくお願いします」


 にっかりと笑うアキ様は女性なのだけど、背も高く筋肉質の体でとても強そうだった。


「おはよう!アキ。これから仕事にエリン様を連れて行くけど、いいよね?」

「ああ、聞いているよ。行ってらっしゃい。あ、出て直ぐに井戸があるから、そこで顔を洗ってから行くといいよ!」

「ありがとー」


 キハラ様が走るので、私も必死に後を追った。残念な事に、全く追いつけず、井戸の前に着いた時には既にキハラ様が、ボールに井戸水を汲んで下さっていて、私はありがたく使わせていただいた。ちまちまと顔を洗っていたので、タオルを探していたら、突然顔にタオルをゴシゴシとされて、息が詰まった。


「良し!顔も洗ったし急ぐよ!」

「は・・・はい!」


 またもや走り出したキハラ様の後を必死に付いて行きながら、自分の運動能力の無さに涙した。裏口から教会の中へ入ると、シスターエメニが待っていた。

 肩で息をしている私を見て、静かに近づいてくる。必死に息を整えながらも、ついキハラ様の後ろに隠れてしまった。


「おはようございます。キハラ様、エリン」

「「おはようございます。シスターエメニ」」


 お腹の前に手を組んで体を前に倒す挨拶を交わす。シスターエメニはぐるりと教会の中を見回した。


「皆が来る前に、出来る範囲での掃除をお願いします。今日は、そうですね講壇の拭き掃除して貰いましょうか」

「はい」


 シスターエメニの後を付いて行くと、講壇の横に水の入ったバケツと数枚の雑巾が置かれていた。シスターエメニは雑巾を一枚バケツに入れ絞ると、私に向かって頷く。私も、シスターエメニがした様に、雑巾を一枚取るとバケツに入れて絞った。


「拭き掃除はした事がありますか?」

「いいえ。でも見た事はあります」

「よろしい、私がする通りにやって下さい」

「はい」


 シスターエメニは一か所をとても丹念に拭いて見せてくれた。


「では、この要領で講壇を綺麗に拭いて下さい。雑巾が汚れて来たと思ったら、バケツで洗ってからまた拭いて下さい」

「はい。やってみます」


 講壇は、艶出しをきちんとしている木製の机なので、シスターエメニが教えてくれた様に拭くととても綺麗に光る。もともと汚れが見えないのは毎日磨いているからなのだろう。上から下まで綺麗に拭き、内側も拭いた。すると、今度は乾いた雑巾を渡され、もう一度拭くよう言われた。それも済ませると、シスターエメニが教会の右上にある時計を見てから言った。


「本日の奉仕活動はこれで終わりです。お疲れさまでした」

「ありがとうございました」


 私から雑巾を受け取ると、キハラ様に目で合図を送った。


「さあ、エリン様、シスターの皆さんが来る前に、部屋へ戻りましょう」

「はい」


 私は、シスターエメニに挨拶をすると、キハラ様と一緒に、教会を後にした。帰りは、私に合わせてゆっくり歩いて戻ってくれた。

 部屋に戻ると、机の上に2つ食事が用意されていた。小さなロールパンが2つとチーズが2切れ、葉物野菜と果物が2切れ。飲み物はホットミルクだった。キハラ様は、自分の部屋から椅子を持ち込んで一緒に食事をしてくれた。


「奉仕活動はどうでしたか?」

「はい。思ったよりも私に出来る内容で良かったです」

「私は監視役なので、見ている事しか出来ませんが、何か困った事が有ったら、何でも言って下さい。私が間に入って治めますから」

「ありがとうございます」


 もし、私に姉が居たら、こんな人だったらいいなと思いながら食事を続けた。


「次はお仕事ですね。待っていれば神官のオルターが迎えに来てくれると言っていました」

「そうなんですね」


 私達は、少し食休みを取りつつ、オルター様の迎えを待った。


「キハラ様は男爵家の方だったんですね」

「はい。ダスガン様は伯爵家で、ガイエス様は知っていますよね。侯爵であり剣聖でいらっしゃいます」

「そうでしたか」

「貴族の階級では、ガイエス様よりダスガン様の方が下なのですが、ガイエス様が一騎士として扱って欲しいと自分から仰ったので、公式の時以外はダスガン様はガイエス様を呼び捨てにしているんです」

「そうだったんですね」


 食後のお茶を堪能していると、オルター様が来たとアキが呼びに来てくれた。牢獄とは言え、女性の住まいなので、神官様は中には入れないらしい。


「お待たせ致しました」

「いえいえ、私も少し早めに来てしまいましたから。思ったよりもシスターの服が似合いますね」

「ありがとうございます」


 私が嬉しく成って笑うと、オルター様も微笑んでくれる。オルター様は、意外に気さくな人だった。


「今暫くは、一人で仕事をして頂くので、別室に仕事の道具を用意しています。こちらへどうぞ」

「はい」


 私とキハラ様は、オルター様の後を付いて、先程とは違う入り口から教会の別室へと移動した。

 小さめの個室で、横長のテーブルがあり、その上に樽が置かれており、下には木箱に入った空瓶が並んでいた。


「おお!これはもしや聖女様が作られたポーションですね!」

「はい、初級ポーションです。これを瓶詰してコルクで蓋をする作業と成ります」


 キハラ様が樽を覗き込み、オルター様が説明をしている。ポーション。前世の記憶だと、ゲームでよく聞く薬の名前だった。初級だと大した回復は見込めない薬だった筈だ。


「私も魔物討伐の仕事の時は、軍から支給される物の他に、自分でもポーションを買って持って行ってますよ」

「そうなんですか、お買い上げありがとうございます」

「ポーションは高価な薬ですが、初級は求め安くて助かってます」

「強い薬もいいですが、平民が買える手ごろな薬も必要ですからね。初級ポーションは一番の売れ筋なんです」


 すっかり蚊帳の外で聞いていたが、どうやらこの初級ポーションを私は詰める作業をするらしい。どんな薬なんだろう?じっと樽を見て思った。すると、突然樽の上に矢印が現れ、矢印の線の先に文字が出た。

 (水 キュアル草5% レノン石2% 聖女の祈り3% 効能:回復力 微)


「それでは、エリンさんはこちらの椅子に座って頂けますか?」

「はい」


 私は、目の前に出た説明にどぎまぎしながら、勧められた席へ着いた。すると、私の隣に立ち、空瓶を机に広げると、一つだけ瓶を取り、樽の右側についている蛇口に合わせて置き、上にある取っ手を手前に引く。すると蛇口からポーションが出て来た。7分目まで入れると取っ手を戻し止める。その瓶にコルク栓をした。


「仕事の流れはこんな感じです。出来そうですか?」

「はい」


 私はオルター様に、にっこりと笑顔で答えると、オルター様がやった通りに一本作って見せた。


「では、途中、休憩に成ったら声を掛けますので、よろしくお願いします」

「はい」

「エリン様、頑張って下さいね」

「はい」


 オルター様が別の仕事がありますからと部屋を出て行った。その後私は、ひたすら瓶詰を頑張った。その間、キハラ様は、入り口近くにずっと立っている。途中気に成って、空いている椅子に座ったらどうかと言ってみたが、仕事中なのでとやんわり断られた。騎士職とはとても大変なのだと思った。1時間ほどした頃、オルター様がお茶を持って現れた。


「疲れたでしょう、少し休んで下さい」


 私だけでなく、キハラ様の分のお茶も持って来てくれたので、キハラ様も、席に座って休憩を取れた。


「このままポットを置いて行きますので、1時間毎に休憩を取って頂いていいでしょうか?次に私が来るのは終わりの時間に成りますので」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 私達は、忙しそうなオルター様に礼をすると、もう少しだけお茶をして仕事に戻った。

 瓶詰に慣れて来ると、瓶の横に出て来る矢印が気に成った。多分、これが見えているのは私だけなのだろう。


(キュアル草ってどんな効能があるのかな?)


 すると、キュアル草の下に文字が現れた。体力回復(小) 怪我回復(小)と出た。


(レノン石の効能は?)


 すると、レノン石の下に文字が現れる。防腐効果(小)。


(じゃあ、聖女の祈りの効果は?)


 聖女の祈りの下に文字が現れる。病気・怪我回復補助(微)。


 どういう仕組みかは分からないが、説明書きが出て来る。ふとキハラ様を見て、同じようにキハラ様とは?と考えるが何も表示は出なかった。これは出るものと出ないものがあるらしい。


「どうかされましたか?」


 私がじっとキハラ様を見ていたので、キハラ様が心配して声を掛けてくれた。私は首を振ると仕事に戻った。手の中の瓶にポーションを詰めながら、ふと思い立ち「聖女の祈り」に、偽聖魔法をそっと絡めてみた。すると、上手く絡み3%から4・5・6と%が上がって行く。面白くて続けていたら聖女の祈りが15%になると、効能が、回復力 微から、回復力 小に変わった。

 私は慌てて偽聖魔法を止めた。効能が変わった瓶を見るが、他の瓶との違いは見て取れなかった。多分まずい事には成らないだろうと、他の瓶と一緒に置いた。


 何個かは、真面目に詰めたが、また、やってみたくなって、ゆっくり瓶に詰めながら、聖魔法を絡めて行く。今度は30%で効能が、回復力 中に変わったので、そこでやめた。やっぱり、見た目は変わらなかったので、他の瓶と一緒に置いた。そうなると先が知りたくなり、つい次の瓶もやってしまった。今度は50%で、回復力 上に成った。でもやっぱり見た目は変わらない。

 その後は、悪戯をせず、きちんと仕事を続け、オルター様が戻ってくる前に、瓶詰は終わり、元の箱の中に瓶をすべて戻して置いた。


「おお、早いですね。ありがとうございます。では今日のお仕事はこれで終わりです」

「はい。ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 オルター様に見送られて、私達は自分の部屋の方へと戻って行った。

 入り口で、ドアノッカーを叩き、アキが迎えてくれる。すると、中には5冊程の本を抱えたダスガン様が待っていて下さっていた。

 


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[気になる点] 現代日本人の成人女性の記憶をあるにしてはあまりにお粗末でバランスが悪いかと。 平民服が1人で着られないとか無いよね。 販売すらポーションの効能を無断で爆上げしたら問題になるのは明らかだ…
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