報告 ガイエス
エリンを教会へ無事送り届け、私は自宅では無く実家へと足を向けた。
いろいろとイレギュラーな事が起き、思ったよりも遅い帰りと成ってしまったが、家人達は快く迎えてくれ、私は父の待つ執務室へと向かった。
「失礼します」
ノックをし、了承を受けて扉を開ける。部屋の中には、父と2番目の兄がいた。
父はこの国の宰相を務めている。長男でも有った為、自領を持ち、宰相との二足の草鞋を履く、珍しい領主だったが、1番目の兄が成人し結婚したと同時に領地を兄に譲り渡し、宰相一本に仕事を絞った。
2番目の兄は、裁量にたけている為、早々に父の片腕と成り、後の宰相では無いかと持て囃されている。
その二人が待つ、空気が張り詰めた部屋へ入った。
「お帰り!ガイエス」
2番目の兄は、柔和な性格で人とのコミュニケーション能力にも長けている。緊張気味に入って来た私を労い、直ぐに執務机の横にある応接用のソファーへと誘導した。
「疲れたかい?でも、他国へ行くいい機会でもあっただろう?」
「はい」
にこにこと語り掛ける兄は、私が今回、エリンを迎えに行く一人に任命した立役者だ。
私にとってはとても迷惑な話だった。勿論、彼らの意図は、エリンを入国させた直後に、その報告を一番最初に受ける為だ。
テーブルの上には既にエリンの報告書がいくつも乗っている。
執務室の椅子から、私の目前の席へ移動した父が追加の書類をテーブルに置いた。
「では、報告を聞かせて貰おうか」
私に、渋めの声を掛けた父を見上げる。その人は、市役所で市長の後ろのソファに座っていた人だった。
「ご自身でもエリンに会って話をしたのではないですか?」
「うむ。少しだけ話しを聞いた」
「ずるいですよ自分だけ、仕事を私に押し付けてちゃっかり市役所で待ってたなんて!」
本当にそうだ。市長室へ入った時、顔には出なかったが酷く驚いた。その上、市長室を私達は追い出されてしまったので、何を話したのかも知らない。こちらこそ聞きたいくらいだ。
「一言で言うと、エリンならこの国できちんとやっていけると思います。そのサポートを今後も続けるつもりです」
私は、一行にまとめて、ついでに自分の気持ちも一緒に入れた。
「いやいや、簡単に纏め過ぎでしょう?もう少し細かく聞きたいよ。えっとね、このウイスタル国からの書類にある通り、聖女様を殺したの?」
「・・・未遂です」
「ああ、そうだった。未遂ね未遂。で、どんな手管を使ってたの?」
兄は少し人が悪い。知っていて態と言い間違えたふりをして相手の出方を見る。分かってはいるのに、ついイラっとしてしまった。そんな私の心情も踏まえて報告を受けるつもりの人だ。
「知りません」
「ん?でも裁判にも同席させて貰ったんだよね?」
「一方的な裁判で、エリンは何一つ訴える事をせず、粛々と判決を受けただけでした」
「え?そうなの?じゃあ、情報はこのウイスタル国から渡された書類だけ?ここには、エリンは度々市井へ変装をして遊び歩いており、そこで繋がりを持った犯罪組織ガーズと癒着し、その暗部に聖女ルメリアを殺すよう再三依頼をかけていたと、それを勇敢な王子が、私兵を出し守り抜いたって、なんかスペクタクルロマンショーみたいな事が書いてあるけど?」
目が点に成る。今まで一緒にいたエリンからは想像も付かない内容だ。もし、この書類の方が正しいなら、とんでもない悪女だ。今まで一緒にいたエリンとは別人としか考えられない。
「エリンからは何と聞いている?」
横から父が声を掛ける。
「・・・何も聞いていません」
「え?だって2日半の船旅でしょ?その間に何も聞かなかったの?」
「それどころでは無くなってしまって・・・」
「ああ、ジェズガかぁ。あれ、港まで見に行ったけど凄かったね。いままであんな巨大なジェズガなんて見た事がない!よくあれに勝てたね!」
あんたも、仕事をせずどこに行ってたんだと言いそうになるのをぐっと堪える。兄も父と同様で、自分の興味に従う人だった。
「本人は否定していますが、ジェズガを倒せたのはエリンのサポートが有っての事です」
掻い摘んで説明をすると、父も兄も顔を見合わせて首を捻っていた。
「聖女様は殺されそうになった方でしょう?エリンじゃないよね?」
「それは・・・そうなんですが。でないと辻褄が合わない事が多く・・・」
「じゃあ、なんでエリンは否定しているのかな?もし、聖女様の力を持っているなら、例え犯罪者としてこの国へ来たとしても、歓迎されるよ?変な話、平民としてなんてじゃなく、どこかの貴族と養子縁組だって夢じゃない。だろう?」
本当に、それはそうだと思う。だがエリンは頑なに違うと言うし・・・。
「教会へ着いて、司祭様に魔力や加護を調べて貰いました」
「おお!どうだった?」
「・・・書類の通りです。魔力も加護も無いと・・・」
兄は、しばらく上を見て考えると、いきなり言った。
「それは、もしかしてお前の聖人としての能力が上がったんじゃないのか!?異国の聖女様に出会って、己の中に潜んでいた力に目覚めたとか?」
「そんな事ある訳がない!我が国でも、スペクタルロマンショーがやりたいんですか?」
「まあ、そうだな」
この兄とは馬が合わない。ついけんか腰になってしまう。
「私の見解も言っていいだろうか?」
突然父が割って入って来た。
「はい」
「お願いします」
父は頷くと、先程追加で持って来た報告書を私達に渡した。
「市役所で、どの様な罪で国外追放に成ったのかをエリンに市長が聞いた内容がそれだ」
渡された書類を読むと、私の知っているエリンが居た。
「この内容では、結果は同じでも、経緯がウイスタル国からの書類とは合致しませんね。どちらが真実なんでしょう?」
「この数日間一緒に居て、エリンの人となりを見ていると、エリンが聖女様の殺害未遂を犯したとは思えない節があります。」
「でも、エリンは認めているんだよね?聖女様の殺害未遂」
「・・・はい」
兄の言う通りだ、エリンはなぜか否定をしない。市長に話したこの内容は、必死に無実の罪を着ようとしているとしか思えない。
「分からん。エリンがあざとく無知を装っている極悪人なのか?もしくは、無実の罪をなぜか被ろうとしているのか?だが、その様な事をしてエリンになんの見返りがあると言うのか?判断材料が少な過ぎる」
父の厳しい目が私を捉えた。
「お前はまだ、エリンを調べる気がある様だな」
「はい」
「猶予は3年ある。なにかあれば逐一報告をするように」
「はい」
私は、まだエリンに関われる事に少しホッとしながら、力強く頷いた。
「じゃあ、仕事はここまでだね」
兄がにこにこと私に笑いかけて来る。この笑顔は要注意だ。
「ちょっと小耳に挟んだ噂なんだけどさ、君、今日うちの名前を使って特急で教会内に荷物を運びこませたんだって?」
「あ、あれは急を要したので、家の名前を使わせて貰いましたが、支払いは自分でします」
「いいんだよ、それはいいんだ。でもさ、運んだ荷物ってのが、女性物のベットとかドレッサーとかだってね」
「ベット!!」
父が大きな声を上げて、纏めていたエリンの書類を取り落とした。この国で女性にベットを贈るのは恋人や愛人などにする行いに当たる。だか、今回は緊急かつ迅速に行わないといけない人道的な判断だった。
「へ・・・変な言い方をするのは止めて下さい!それだけでは無いです。流石に女性が住む部屋にしてはあまりにも可哀そうだったので、少し手直しをしただけです」
「それはお前がしなければいけない事だったのか?」
あの威厳のある父が、真っ青な顔をしてこちらを見ている。
「直ぐに動けるのは私だけでした。あそこに居た者で、兄上の様に勘繰る者などいませんよ。あの部屋を見たら誰でもそうしたと思います。当然の行動です」
「そうか?業者から速攻私に連絡がきたが?もちろん、お前に変な噂が流れては困るからしっかり口止めはしておいたがね」
かなりの金額に成ってしまったからな。支払いが気に成ったのか。
「大丈夫です。明日、きちんと支払ってきます」
「・・・いや、そういう意味じゃないと思うけどね」
あの父がソワソワしている。
「お前は、エリンをどう思っている?」
「可哀そうな娘だと思っています。出来る限り力に成ってあげられたらとは思っています」
どうしたのだろう?父は更に青くなり、兄はいつもの嫌な笑顔を作っている。
「大丈夫です!私は、きちんとエリンを見極めるつもりです」
「・・・そうか」
「分かった。分かった。何かあればすぐに相談しに来いよ」
「ありがとうございます」
絶対に兄に相談する事は無いと思ったが、父の態度の面妖さに真面目に答えておいた。