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フルメリア教会 2

「それでは、今回は私が、お部屋へご案内します」


 シスターエメニが、ダスガン様に向かって言うと、司祭様へ向き直り礼をし、扉へ向かった。ダスガン様達3名が、司祭様へ騎士の礼を取ったので、私も司祭様へ膝を折り退出の挨拶をした。


「この教会で、貴方に足りないものを沢山学び、新たな人生を始められる事を望みます」

「はい。ありがとうございます」


 司祭様からのお言葉を頂いて、私達はシスターエメニの後を付いて、祭壇の間を出た。


 もと来た道を戻り、教会の裏庭を超えた先に石造りの平屋の建物があった。大きな観音扉の前に来ると、シスターエメニがドアノッカーをコンコンと叩く。すると程なくして内側から女性騎士が扉が開いた。


「こんばんは騎士様。エリンをお連れしました」

「シスターエメニ。ご苦労様です」


 私達は促されるまま、建物の中へ入った。両脇には部屋がある様だったが、一部屋分行った正面には、頑丈そうな扉が有る。そこの先にも部屋がいくつかある様だった。


「エリンの部屋は、あの扉の先です」

「はい」


 シスターエメニに言われて、扉に近づくとキハラ様が先回りし、扉を開けてくれた。


「どうぞ、エリン様」

「ありがとうございます」


 私は、開いた扉から中へ入った。左右に扉があり、いくつか部屋がある様だった。


「キハラは、エリン殿を部屋に案内してくれ。私達は書類を提出してから行く」

「はい!」


 ダスガン様とガイエス様、シスターエメニと女性騎士が、扉手前の部屋へと消えて行った。


「エリン様のお部屋は一番奥に用意しました。どうぞこちらへ」

「はい」


 先に立ったキハラ様が、大きな扉を開けると、左に扉が3つと右に扉が2つ並んでいた。

 キハラ様が、どうぞと中へ入るように勧めてくれたので入ると、キハラ様も続き扉を閉める。すると自動的に鍵の掛かる音がした。

 キハラ様は気にする事なく、一番奥にある部屋へ私を(いざな)うと扉を開いた。この部屋の扉には鍵は無いようだった。さっき入って来た大きな扉のみに鍵がかかるらしい。


 入った部屋の中は、床には板が貼ってあったが、壁は一面石材で奥にベットと収納が有り、手前に机と椅子が有った。窓は2つあったが、両方とも鉄格子が嵌っており、内側から木の扉で閉じる事が出来る様になっている小ぢんまりとした部屋だった。


 ベットの近くには、先程購入したものが、梱包されたまま置かれている。


「ここがエリン様の部屋です!少し殺風景ですが、自分の好きなように飾って楽しんで下さい。この部屋だけ窓が2つあるんですよ」


 キハラ様は、直ぐに梱包された荷物に近寄ると開けて中身を出し始めた。


 これからは、メイドも侍女も居ない。私が自分でしなければ成らないのだと、私もキハラ様を手伝おうと近づいた。


「庶民の部屋としても、この部屋は少し広い方に成るんですよ」


 キハラ様が、買ったばかりの服をハンガーに通すと、ベットの横にある作り付のクローゼットを開け、初めから入っていたシスターの制服の横に掛ける。下の方には引き出しがあり、そこに下着や諸々の物を入れて行く。私と言えば、キハラ様の後ろを付いて行くばかりで何の役にも立たなかった。


「よし!とりあえずはこんな感じですね。私の部屋は隣に成ります」


 キハラ様が梱包していた物を纏めてゴミ箱に捨てると、私に向き直った。


「これから初めての事ばかりで大変だと思いますが、私もサポートしますから、一緒に頑張りましょうね」

「はい」

「あ、それと市民カードを見せて貰えますか?」

「はい」


 私は、唯一手に持っていた市民カードをキハラ様に渡した。キハラ様は市民カードの裏と表を交互に見る。


「ああ、本当に無いんですね」


 市民カードには、銀行の隣に教会の印が浮かび上がっていた。裏には、口座残金0。魔力なし。加護なしと書かれている。キハラ様は、長いオレンジ色の紐を市民カードの左に開いている穴に通すと、私の首へそれを掛けた。


「市民カードは大切ですから、無くさない様に、皆こうやって持っているんです」

「ありがとうございます」


 私は、キハラ様を真似て、市民カードを服の内側に入れた。


「あっちはまだ掛かりそうですね。ちょっと私も自分の部屋に荷物を置いてきますから、エリン様は、ここでゆっくりしていて下さい」

「はい」


 キハラ様は、入り口に置いた自分の荷物を持って、部屋を出て行った。


 私は、窓辺に備え付けられた机に近づく。何の木で作られたのか分からない。雑ではあるけれど丈夫な机。椅子も何の装飾も無い、ただただ木で出来ているだけのもの。


 私は、誰かに引いてもらう事も無く、その椅子に座った。クッションも無い椅子の座り心地はとても硬くて座りにくいと思った。

 壁紙も無い、むき出しの石壁に鉄格子の窓。木製のベットも、上に敷かれているぺったんこの布団も、きっと硬いんだろうなと思う。

 私は、もう一度市民カードを胸元から取り出し、後ろに書かれている、魔力:無し。加護:無し。の文字をじっと見た。


 私の中には確かに何かがある。でもそれは魔力では無かった。いつも家族から無能力者として扱われ、寂しく思っていたけれど、そう思われたまま、国を出る事に成ってしまったけど、私は新たな土地では、もう無能力者では無いのだと心を躍らせていた。なのに・・・。


 私は、やっぱり無能力者だったのだ。前世の記憶と、不思議な力はあるけれど、やっぱり私は・・・。

 市民カードにぽたりと雫が落ちた。

 私は、貴族ではなくなった途端に我慢が効かなくなっているみたいだ。パタパタと零れ落ちる涙が止まらなかった。


「エリン様、皆が来ましっ!!」


 突然開いた扉に、私は市民カードを手に固まった。


「エリン様!どうされましたか!?」


 物凄い勢いで私に駆け寄ったキハラ様と、その後から入って来たダスガン様は私の部屋を見回す。シスターエメニは、無表情で私に近づいて来る。一人、部屋の入り口で立ち止まったガイエス様は、踵を返すと出て行ってしまった。


「エリン。この部屋は貴方が逃走を図れない様に用意された、いわば牢獄です」


 シスターエメニが無表情で私に語り掛ける。キハラ様が、ぎょっとした顔でシスターエメニを見た。


「ここで真面目にお勤めをし、司祭様から許しを頂くことが出来れば、例え平民だとしても、もっといい部屋を市井で借りる事が出来ます。ですから、この程度の事で腐ってはいけません」

「そ・・そうですよ!一緒に頑張りましょう。それに休日に成ったら何かこの部屋を可愛く飾れるような物を一緒に買いに行きましょう!私がなんでも買ってあげますから」


 部屋が気に入らなくて泣いていた訳では無いのだけど、すっかりそう思われてしまったらしい。だからと言って、本当の事も言えない。

 とは言え、皆様が私を気遣ってくれているのは分かる。辛口のシスターエメニと甘口のキハラ様の言葉に私は少し口元が緩んだ。


「まあ、甘やかすのは推奨できないが、女性の部屋と考えると、少し可哀そうではあるな」


 やっぱり甘口のダスガン様が困り顔で言った。そう言う事では無いのだけれど、訂正するのも恥ずかしいので、私はゆっくりと笑い頭を下げた。


「前向きに頑張りますので、よろしくお願いいたします」


 キハラ様が私にハンカチを渡して下さり、私はそっと涙を拭った。


「それでは、これからここでの生活の流れをご説明します。ここは基本牢獄でございます」

「言い方~!」


 無表情のシスターエメニに、さっそくキハラ様が突っ込みを入れている。私は、可笑しくてハンカチで口元を隠してしまった。


「エリンの罪状は、ここに収監された犯罪者の中でもトップクラスに当たります」


 殺人未遂ですものね。私は静かに頷く。私とシスターエメニを交互に見ながらお二人がハラハラしているのが分かった。


「その為、エリンがきちんと更生出来たか確認出来るまで、しばらくの間は、教会の者との接触はあまり無い仕事や奉仕活動を中心に行っていただきます。食事もこちらで一人で取って頂きます」

「あ、私も一緒にここで食事は頂きたいです!」


 キハラ様が割って入る。


「それは構いません。ですが、自己責任でお願いします。では、時間割をお伝えします。


 6:00 起床。

  ~   教会の掃除

 7:00

  ~   朝食

 8:00

  ~   仕事の時間

12:00

  ~   昼食

13:00

  ~  キハラ様と勉強 

16:00

  ~   自室の掃除

17:00

  ~   夕食

18:00

  ~   自由時間 以上です。7日間毎に2日間、休日が有ります。何かご質問は有りますか?」


「承りました」


 私は静かに頭を下げた。やはりシスターエメニは無表情のままだった。


「エリンが、この部屋から出る事が出来るのは、基本的に仕事の時間と奉仕の時間のみです。ただ、ずっと閉じ込められているのは辛いと思いますので、自由時間に、決められた範囲ですが、教会の中を散策したい場合は、騎士1名の方と一緒であれば、許可いたしますと司祭様が仰られています」

「ありがとうございます」

「牢屋とは申しましたが、しばらくの間の自宅です。休日は大いに市井へ出向き、平民の生活や、これからの生活の楽しみを見つけて下さい。危険物でない限りは持ち込みも可能です」


 それでもやはりシスターエメニは無表情だった。けれども、私を心配して下さっているのだろうと思う。

 私が静かに頭を下げると、シスターエメニも会釈をし、踵を返して部屋を出て行った。


「思ったよりも厳しい時間割ではなくて良かったですね」

「はい。私も学びたい事が沢山あります。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。そう言えば、本当は語学の勉強のつもりだったのですが、私との勉強の時間はどうしましょうか?」


 キハラ様は、私を見た後、ダスガン様を見た。


「そうだな。何か興味のある事はあるか?あればそれに合わせた勉強道具を持って来よう」


 お二人が私をじっと見ています。私、船の中でも言いましたが、勉強したいものがあります。


「それでは是非、魔法について勉強をしたいと思います。魔力も加護も有りませんが、よろしいでしょうか?」

「ああ。そう言えばそう言っていたな」

「そうですね」


 ダスガン様とキハラ様が顔を見合わせて頷くと私を見た。


「平民で魔力が無い者でも、魔法や魔力の研究をしている者もいる。それに、魔力が無くても魔石を媒介として魔法の様に使える物を作る平民もいる。魔法は奥が深いから勉強するのは良いかもしれんな」


 魔法関連は本当に何も知らないので、ダスガン様が仰る事が、殆ど分かりませんが、奥深いのですね。楽しみです。


「よろしくお願いします」

「私で教えられるところまで教えるけど、何か追加で教えられる事が有ればダスガン様もお願いしますね」

「ああ、偶に覗きに来るから、その時に質問してくれ」

「助かります」


 私が椅子から立ち上がり、お二人に頭を下げていた時、遠くから大きな物音が聞こえて来た。その物音はどんどん近づいて来て、複数の男性の声も混じっている。私達が固まって扉を見ていると、突然扉が勢いよく開いた。


「ここですか!じゃあ今から組み立てますんで、皆さん出て下さい」


 突然入って来た、平民の男性が、私達を追い立てて廊下へと連れ出されてしまった。その間も、何人もの男性が大きな荷物を持って出入りを繰り返している。すると後からガイエス様が現れ、最初に入って来た平民の男性と何かを話た後、こちらに来た。


「待たせたな。腕利きの者たちだからすぐに終わる」


 何が?私はガイエス様とダスガン様とキハラ様を見回した。ダスガン様とキハラ様も初めは驚いた顔をしていたのに、途中から、あきれ顔に成ってしまった。


「あの・・・どうしたのでしょうか?」


 どたばたと走り回る人達の邪魔をしない様に隅っこで声を掛けるが、ガイエス様は指示を出す為に、部屋の中へ入ってしまうし、ダスガン様は諦め顔で、キハラ様はにやにやと笑っている。


 暫くすると、荷物の出し入れが済んだらしく、男性全員が出て行った後、最初に入って来た平民の男性がガイエス様に何かを伝えてから去って行った。

 ガイエス様がこちらを見ると、ダスガン様は、そっと私の背中を押した。


「もう、部屋に戻っていいって言ってるぞ」


 私は、押されるままにガイエス様に近づくと、ガイエス様が一歩扉から退き、私に部屋の中がよく見える様にしてくれた。


 そこは、先程までいた部屋とは思えなかった。

 床は板張りだったのだが、クリーム色の絨毯が一面に張られ、壁も石がむき出しだったのに、今は、バラの絵柄の壁紙が貼られ、ベットもしっかりとした木組みのシングルベットに、布団もふかふかの物に入れ替わっている。隣にあった作り付けのクローゼットはそのままの様だが、扉だけ新しく取り換えられ、薄桃色の可愛らしい扉に成っていた。その隣に今までは無かったドレッサーが置かれていた。ドレッサーの前にある丸椅子もふかふかの座りやすそうな椅子だ。手前にあった机と椅子も、細工が細かい一点物の椅子と机に取り換えられていた。


「元侯爵令嬢の部屋としては納得がいかないかも知れないが、前の部屋よりは少しでも生活し易いように依頼したんだがどうだろうか?」


 私は、呆然と何が起きたのか分からずガイエス様を見た。


「お!いいじゃないか。市民の部屋としては最高のグレードなんじゃないか?」

「うわ!羨ましい。このベット、私の自宅のベットよりも高級ですよ!寝心地も良さそうですね」


 毎回、甘やかしてはいけないって言っていた筈のダスガン様が、妙に褒めてくるし、キハラ様も輪をかけて同意してくる。


「気に入らなかっただろうか?」


 私の反応の薄さに、ガイエス様がおずおずと聞いて来る。私はなぜガイエス様が部屋の内装替えをする気に成ったのかがよく分からなくて戸惑ってしまったが、こんなに素敵な部屋にして貰って、文句を言ったら罰が当たる。


「いいえ、とても気に入りました。ありがとうございます」


 私がお礼を伝えると、ガイエス様は今まで見た事が無い程の優しい笑顔向けてくれた。私はどうしてしまったのでしょうか、鼓動がドキドキと激しく成って、恥ずかしくてガイエス様が真面に見れません。


「エリン様、お部屋に入ってみましょうよ」

「はい」


 不自然じゃない様にガイエス様から視線を部屋へ向けて、手前に置いてあった室内履きに履き替えると、キハラ様と一緒に部屋へ入った。足元に感じる感触は、以前の自室にいる時と同じだった。

 キハラ様に付いて部屋を見回していた時、ふとドレッサーが目に入った。いえ、ドレッサーの鏡に映った私の顔が目に入ったのだ。


「え!?」


 私は、ドレッサーの鏡の前に棒立ちに成った。


「どうしました?エリン様」


 3人と鏡の中で視線が合う。


「わ・・・私、左目が・・・」

「あ、エリン様はあの日から鏡を見るの初めてでしたね」


 キハラ様の声に、皆が気遣わしげに私を見た。

 私は、今の今まで自分の顔を見ていなかった。視界が戻っていたので、元に戻ったとばかり思っていたのだ。まさか、左目が・・・。


「金色だなんて・・・・」


 呆然と呟く私に、皆様は困ったように笑った。



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