フルメリア教会 1
護送車が、フルメリア教会へ到着したのは日が傾いて来た頃だった。
今まで通り、教会の裏手に止められた護送車から降りた私達は、今日一日一緒に回ってくれた4人の騎士達に別れを告げ、迎えに現れた神官様の案内で、教会の奥にある祭壇の間へと連れて行かれた。
その部屋はドーム型に成っており、頭上には神々の絵姿が色彩豊かに描かれていた。等間隔にある窓もステンドグラスが使われていて、前世の記憶の教会に近いと思った。
祭壇は真ん中に有り、どういう仕組みなのか分からないが、祭壇の上を光の玉がふわふわと浮いている。
いつも通り、ダスガン様の後を付いて中に入ると、祭壇の向こう側に、全身紫色の、要所要所に金のラインが入っているローブを羽織り、頭には同じ色の高さのある帽子をかぶった司祭様が立っていた。長く白い眉毛に、白い髭が三角に伸びた顔には、濃い皺が見て取れる。かなり高齢の方なのだろうと思った。
その左後ろには30代の神官様と、右側には50代のシスターが1名ずつ立っている。
ダスガン様は、祭壇まで一直線に敷かれた赤いジュータンの上を迷う事無く歩き、その後ろを私、ガイエス様、キハラ様が続く。
祭壇の前まで来ると、ダスガン様が体半分で振り返り、私に手招きをし、祭壇の前に立つよう示した。
私は、頷くと、祭壇の向こう側にいる司祭様の真ん前に立った。
「ようこそ、迷い子よ。遥か遠い異国の地からよくお越しくださいました。私は貴方を歓迎します」
「恐れ入ります。私は、ウイスタル国より参りました。エリンと申します。これから、司祭様のご指導を受け、正しい人としての道を邁進していきたいと思っております」
私は、祭壇より少し手前で、膝を少し落とし挨拶をすると、この国に来て、初めて無条件での歓迎を受けた気がした。司祭様のしわがれた声は、包容力があり優しい声だった。
「人は皆等しく神の子です。他人を慈しみ、自分を愛して下さい。そうすれば、今回の様な悲しい行いをすることは二度と無いでしょう」
「はい」
「それでは、これからあなたのサポートをする者を紹介しましょう」
司祭様が、後ろの二人を呼ぼうとした時、ガイエス様がそれを遮った。
「ルグレスト司祭様、一つお願いがございます」
一歩前に出て、私の横に立ったガイエス様を、開いているのかよく分からない目で司祭様は見た。
「なんでしょうか?」
「この者の魔力と加護が本当に無いのか、調べて貰えませんか?」
突然の申し出に、私は心臓が飛び出るほど驚いた。ウイスタル国では、何度も魔力や加護が無いか調べられ、無いと断言されてきた。しかし、それは婚約解消される前の事。魔法契約が解除された今、魔力は開放されている。加護があるかまでは分からないが、魔力がある事を知られてしまったら、私はどうしたらいいのだろう?
「どうしてですか?」
司祭様は真っ蒼になった私とガイエス様を見比べて楽しそうな声で聞いた。
ガイエス様は、ウイスタル国で私が聖女ルメリアにより、顔の傷と失ったはずの左目を取り戻した経緯と、その後、オルケイア国へ向かう船の中でのジェズガとの戦闘時に、誰かが回復、もしくは聖魔法を使っていた筈だと話した。
「それで調べてほしいと・・・」
「そうです」
司祭様は、私をしばらく見ていたが、ガイエス様に向かって答えた。
「いいでしょう。エリンは既に市民カードも持っていますね?」
「はい!ここに!」
後ろからキハラ様が、意気揚々と私の市民カードをバックから取り出した。すると、後ろに控えていた神官様が、さっとキハラ様のところへ行き、市民カードを受け取ると、司祭様へ恭しく渡す。
神官様は、かなり司祭様に心酔しているように見えた。
「あ・・・あの。私、幼い頃から何度も検査を受け、魔力も加護も無いと言われております。書類にもそう書いてあるかと思います。態々再検査をするまでもございません」
私は必死になって、止めて貰えないかと司祭様へ訴えた。
「ウイスタル国で見つからなかった力が、オルケイア国へ来る事により発現するかも知れませんからね。いずれにしても、我が国でも、一度は検査する必要はありますね」
にっこり笑うと、司祭様は私を手招きする。私が迷い動けないでいると、シスターが私の傍へ来て手を差し伸べた。私は逆らう事が出来ず、その手に犯罪者の証がある方の手を乗せる。
しかし、シスターは嫌な顔一つせず、私の手を取り司祭様のすぐ前にまで連れて行く。
私が司祭様の前に立つと、シスターは直ぐに離れた。私の居る位置を確認した司祭様は、静かに呪文を唱え始める。右手で私の市民カードを持ち、左手を左右上下にゆらゆらと動かす。するとその動いて行った後に、金色の光が、残った。その光の上に、私の市民カードを置くと、金色の光に押し上げられるようにして、上にふわふわと浮いていた球体へと飲み込まれて行った。
私が市民カードに気を取られている間に、多分、もともと有ったのでしょう、私を中心とした魔法陣が下から黄金の光を放ち私の周りをぐるぐると周り、スキャンする様に私の体を通って登って行く。
ダイレクトに体の中を触られて行く感覚に身震いしたが、不思議な事にその力は私の中の力に一切触れず、全て上に浮かぶ球体へと吸い込まれて行った。
しばらく球体は黄金の光を発行し光り輝いていたが、程なくして私の市民カードが、ひらりと司祭様の掌の上に舞い降りて来る。司祭様は、掌の上の市民カードをじっと見つめた。
「結果は如何でしたでしょうか?」
長い沈黙に耐えられなくなったがダスガン様が、一歩前に出ると司祭様へお伺いを立てる。
「ふむ」
司祭様は、市民カードをそのまま私に手渡し、皆の方を向いた。
「書類通り。魔力も加護もありませんでした」
「そっそんな馬鹿な!」
いつになく、ガイエス様が声を荒げ叫んだ。
「魔力はある筈だ!それも聖魔法の上級の、いや特級の魔法を持っている筈です!私は見たんだ!左目を治す時も、私を癒してくれた時も、彼女は、エリンはキラキラと輝いて見えたんだ!あれは魔力の光だ!」
私は平静を装いつつも息を飲んだ。そう、魔法を使うと、その人から魔力が放出されるのが見えます。私は、動きを伴わないので、気が付かれる筈が無いと思って、使っていました。きちんと勉強をしていなかった私のミスです。
私は項垂れました。そんな私に信じられない言葉が聞こえて来たのです。
「ガイエス様、本来魔力は目には見えません!まあ、聖女ルメリア様の杖から発せられたあの魔力は桁外れだったせいか具現化されて見えましたが、初めての体験でした。金粉を纏った魔力がエリン様へ流れ始めた途端に、傷がどんどん消えて行ったのは本当に驚きました。ですが、あれは杖から発せられた魔力で、エリン様から発せられたものではありませんでした」
キハラ様がはっきりとした口調で言った。
「い・・・いや、金粉以外にも、違う光があった筈だ」
「いや。私にも聖女様の金粉以外は何も見えなかったよ」
尚も食い下がるガイエス様に、ダスガン様が静かに答えた。
私は、ずっと皆さんが魔力を使うとその力の流れが、その人独特の色で見えています。ですが、皆さんには見えていないという事らしかった。少しホッと胸を撫でおろした時、視線を感じて瞳を上げると何か言いたげなガイエス様と視線が合いました。私は申し訳ない気持ちで目を逸らしてしまいました。
「司祭様、お時間をお取りし申し訳ありませんでした。そして、エリン殿の鑑定をありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
ダスガン様が、司祭様に丁寧にお礼を言うと、司祭様は何事も無かった様に微笑んだ。
私は、司祭様に視線を戻すと、司祭様も私を開いているか分からない目で見つめ返してくる。
落ち着いてみると現実が戻って来た。私が勝手に魔力だと思い込んでいたモノは、魔力では無かった。加護もやっぱり無かった。初めて魔力を手にしたと思っていたのに・・・・。
バレなくて良かったという思いと、やはり私は魔力無しの加護なしだったのだと、少し沸き立っていた心が萎んでいく。
私は、もう貴族では無いのですから、我慢しなくてもいいとは思うのですが、でも習慣とは恐ろしいものです。私の顔はいつもの作り笑顔に成っていました。
「それでは、改めてこれからあなたのサポートをする者を紹介しましょう」
司祭様が、優し気な笑顔で頷くと、後ろから神官様とシスターが一歩前に出た。
「神官のオルターとシスターエメニだ。この教会での生活や、奉仕活動、仕事などをサポートして貰う事になります」
「神官のオルターと申します。よろしくお願いします」
「シスターのエメニと申します。よろしくお願いします」
お二人とも、両手を腹部辺りで結び、体を折り曲げるだけの挨拶です。これは教会独自の挨拶なのでしょうか?取り合えずは同じ挨拶を私も返しました。
「至らぬこともあるかと思いますが、どうぞよろしくご教授下さい」
「私達、騎士団も一緒に見守って行きますので、よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
私の後に、ダスガン様が続き、その後をガイエス様とキハラ様が続いて挨拶をした。
これからは、「」はオルケイア語です。・・・そんなに気にするところでもないかも知れませんが^^;