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オルケイア国 上陸2

 リカルド市長の部屋を出ると、別室で待っていた3人が直ぐに迎えに来てくれて、そのまま護送車へ再び乗った。


「次は、銀行へ行って口座開設をする。教会では奉仕活動と仕事の両方を行って貰う。奉仕活動は給金は出ないが、仕事は出る。ほんの少しだがな。その給金は全て開設した口座へ振り込まれる。きちんと貯金して、教会から出て一人暮らしを始める資金にして欲しい」

「はい」


 ダスガン様の言葉に私は頷いた。銀行へ口座開設。前世の私もしていた覚えがあるが、エリンとしては初めてで、楽しみだった。

 窓の外は、王都らしく立派な石作りの建物が並び、車道から一段高くなっている石畳の歩道を多くの人が往き交っていた。暫くすると、前方にレンガ造りの荘厳で大きな建物が見えて来た。

 護送車は、その建物の馬車置き場に止まり、私達は馬車を降りた。流石に慣れたのか、4人の騎士達の挙動不審は無く成っていたが、きちんと私が逃げられない様に四方を固めている様だった。


 正面玄関からではなく、やはり私は裏の通用口へ連れて行かれた。入り口には警備員らしき人が待っていて、私達は奥の部屋へ通された。皆でソファーに座り待っていると、壮年の背の低い男性と黒髪で20代くらいの背の高い男性が入って来た。


「おまたせしました」


 長身の男性がにこやかに挨拶をした。


「いえ、こちらこそ、お時間を頂きありがとうございます」


 ダスガン様が立ち上がり礼をしたので、私も慌てて立ち上がり同じ動作をした。


「ほお、このお嬢さんが第三級犯罪者の方ですかな?」

「はい、そうです。エリン殿と申します」

「お初にお目にかかります。エリンと申します。以後お見知りおき下さい」


 背の低い壮年の男性が聞いてきた言葉に、ダスガン様が丁寧に返していたので、私も挨拶をした。


「私は、この銀行の頭取をしているシオ・ドミトールです。これは孫のケジック・ドミトールです」


 背の低い壮年の男性は、この銀行の頭取だった。隣に立ったお孫さんにも会釈をすると、人当たりの良い笑顔で、座るようにと手で合図をしてくれ、皆元の席に座った。


「第三級犯罪者の方と聞いたので、もっと怖い方を想像していました」

「私達も迎えに行った時は緊張していたのですが、思っていたよりも良い娘で驚いています」

「そうですか」


 少し私を伺うように見ていたケジック様は、持って来た書類箱から書類を取り出すと、机の上に並べた。すると、ダスガン様もナップザックから幾つかの書類と黄色のカードを取り出した。


「これが、エリン殿の市民カードと仮市民として登録済の書類です」

「では、これに口座開設の手続きを行いますね」

「お願いします」


 ケジック様とダスガン様が二人で手続きを進めて下さっている。

 ケジック様は、受け取った書類を木箱に入れ、隣に置いてある銀色の箱を手元に置くと、私の黄色の市民カードをその箱の横から差し込み、上のボタンを押した。すると、銀の箱を幾筋かの光が走る。それが消えたのを確認し市民カードを取り出した。ケジック様は、一度ダスガン様を見てから市民カードを私へ差し出した。


「これで口座開設は完了です」


 市民カードを受け取っていいのか分からずダスガン様を見ると、頷いてくれたので受け取った。市民カードは、横7cm×縦5cm×厚さ2~3ミリくらいのカードだった。オルケイア語でエリンと書かれており、下に銀行をデフォルメしたような小さな絵柄が見える。


「この小さな絵柄が銀行の口座登録がある意味に成ります。ご自身でお金を持って窓口で入金してもいいですし、雇い主に送金先口座として伝えれば送金して貰えます。買い物先等で、この銀行と取引がある相手であれば、その市民カードで支払いも出来ます」


 前世の記憶にも同じような物があった。万能なクレジットカードみたい、いやデビットカードかしら?どちらにしても、エリンとしては初めてのカードだ。


「大切にします」


 市民カードを握りしめていた横から、キハラ様が手を出してきた。


「エリン様は、バックも何も無いでしょう?手で持って歩くのは不用心過ぎます。だから預かります」

「はい」


 その通りだ。私は素直にキハラ様に市民カードを手渡した。


「エリン様。渡して下さいと言った私が言うのもなんですが、市民カードは簡単に他人に渡してはいけません。これを悪用される事も有りますからね」

「・・・はい」


 キハラ様は、私の市民カードを自身のリュックサックに収めながら言われた。私は浮いた手をウロウロさせていると、キハラ様がその両手をきゅっと握って笑った。

 

「あ、もちろん今回は大丈夫です。お任せください」

「はい」


 私はホッとしてキハラ様に微笑み返した。

 手続きは簡単で、これで終わりですと言われて、また通用口から銀行を出た。お見送りにシオ様とケジック様も来て下さって、恐縮しながら護送車に乗った。


「では、次は教会へ行きましょう」

「いえ!お待ち下さい。ダスガン様、一つ寄り道をしたいと思います!」


 勢いよくキハラ様が声を上げた。私は、どうしたのだろうとキハラ様を見ると、キハラ様が私を両手で示した。


「エリン様は、本当に着の身着のまま出国をされています。洋服もバックも何も無いんです。このまま教会へ行ってもシスターとしての制服は支給されるでしょうが、それ以外の物が全く有りません。私がお金を払ってもいいので、少し身の回りの物を購入してから教会へ行きたいです!」

「ああ、なるほど」


 キハラ様の言葉に、皆様の視線が私に集まる。


「キハラの言う事も正しい。だが、初めから甘やかすのはどうかと思う。支払いは今回のジェズガの討伐で出る報酬から払って貰うという事で、日用品を買ってから教会へ向かおう」

「あ・・・私、ジェズガ討伐のお邪魔しかしていないかと・・・」


 私の声は無視され、ダスガン様の言葉に皆は賛同すると、護送車は行先を変更をし、街中へと進んで行った。


「まずは服を見ましょう。ここは市民が買いに来る店なので、そんなに高くは無いですよ?後、一人で着れる様な着やすい服を探しましょうね」

「はい」


 護送車を馬車置き場に置き、すっかり慣れてしまった4人の騎士達は、私達が店に入るのを普通に見送ってくれた。

 入店すると、入り口の椅子にどっかりとダスガン様とガイエス様は当たり前の様に座ってしまった。

 私は、キハラ様に引っ張られるまま洋服が沢山飾られている店内を連れて歩かれた。どの様な服がいいかと聞かれても、市民の服は私が着ていたドレスとは全く違っていて、どれがいいのか全く分からなかった。それを素直にキハラ様に伝えると、まずは見繕って下さると仰ってくれた。


 普段着用の服を5着と室内着を4着、下着を4セット、バック類を3つ。靴も室内履きと外履きを2つづつ、タオルを3枚、櫛とリボンを2つと次から次へとキハラ様が店員に手渡していく。


「よし!こんなものかな?足りなかったら後日、また買いに来ましょうね」


 満足げに振り返ったキハラ様が、満面の笑みで私を見る。私も、平民の服や小物を見るのは初めてで楽しかった。大仰な細工はされていないものだけど、何かしらちょっとしたアイデアが盛り込まれた、素敵な一品ばかりに思えた。


 店員は、買った物を袋詰めすると、護送車の荷台まで持って行ってくれた。4人の騎士様達も手伝って、荷物はしっかりと護送車に積め込まれる。


「なんか、動き回ったら汗かきましたね。エリン様は大丈夫ですか?」

「ええ、ですが、船の中では、水が貴重で体を拭くことも出来ませんでした、体を拭きたいですね」


 転生前の記憶にはお風呂が有ったが、今生のお風呂は大変で、侍女達が、部屋でお湯で湿らせたタオルで体を拭いてくれたり、お湯を入れたタライを何度も部屋へ持ち込み、侍女が2人がかりで髪を洗ってくれていた。一人で出来る事には思えない。平民はどうしているのだろう?


「それなら、寄るか?」


 一人静かだったガイエス様が言った。



 

◇◇◇◇


 護送車が向かった屋敷は、街中を少し外れたところに建っていた。門をくぐり抜けて屋敷の入り口前まで来ると、執事らしき人が急いだ様子で屋敷から出て来た。

 護送車から私達が降りると、直ぐに執事がガイエス様を迎えた。


「お早いお帰りですね。ガイエス様」

「いや、まだ任務中だ。途中寄っただけだ。彼女たちが風呂を使えるようにしてくれ」

「畏まりました」


 端的な会話だったけれども、執事は静かに一例すると、直ぐ近くにいる使用人とメイドに何か指示を飛ばし、こちらに向き直った。


「ご用意いたしますので、それまではこちらでお寛ぎください」


 ガイエス様は執事と一緒にどこかへ行ってしまったけれども、執事に指示を受けたメイドに、私達は連れられて客間へと案内された。

 あの門構えといい、この客間、屋敷の大きさから言って、貴族の中でもかなり上位と思われた。

 メイドがお茶の用意を済ませると、出て行き私達だけになる。


「は~。息しずらかったわ。流石はラジェット侯爵家。豪華ですね」

「ああ、だが、この家はラジェット侯爵家と言うよりも、ガイエスの家だな」

「そうなんですか?」

「ああ、ガイエスは3男なので、家は継がないが、剣聖として騎士団に所属している。この家もラジェット侯爵家ではなく、国からガイエスへ与えられた褒美の一つの筈だ」

「実家が侯爵家だと言うだけでも、私には雲の上の方なのに、その上剣聖として独立も果たしているなんて、凄いですね」


 お二人の話を聞いていてもピンと来ませんが、実家は、私と同じ侯爵家だったのですね。いえ、私は今は平民なので全く違いますが、国としての力関係は理解出来ます。

 程なくして扉が開くと、メイドが入って来た。


「お風呂のご用意が出来ました。エリン様とキハラ様はこちらへどうぞ。ダスガン様はもう暫く、こちらでお待ちいただくようにとの、主からのご伝言でございます」

「はい」


 私とキハラ様は、ダスガン様に礼をすると、メイドに付いて行く。長い廊下の右側の扉を開けてメイドが畏まった。


「こちらで衣服を脱いでいただき、この先の扉を開けていただくとお風呂がございます。私はここで待機させていただきますので、何か分からない事がありましたら、仰って下さい。直ぐに伺います」


 メイドは、私達に背中を向けて立っている。キハラ様を見ると、すでにリュックサックから新しい衣服を2着取り出していた。


「侯爵家の風呂に入れるなんて、一生に一度の贅沢です。エリン様も心して楽しんで下さいね!」


 さくさくと衣服を脱いでいくキハラ様に、必死に付いて行こうと衣服を脱ぐが、いろんな所に紐が通されたこの服は手強く、上手く脱げず時間がかかった。それでも何とか一人で脱ぐ事ができ、待っていてくれたキハラ様と一緒にお風呂場の扉を開けた。


 そこは、大きな石が敷き詰められ真ん中に1人なら余裕で浸かれる大きさの四角い木製の風呂桶があり、その中には、お湯が並々と入っていた。その手前には木製の椅子と陶器の洗面器と石鹸らしきものが2つづつ置いてあった。


「す・・・凄い、こんなに大きなお風呂は初めて見ます」


 キハラ様が感動しつつ、風呂桶へ近づいて行く。その後を付いて行きながら、私も前世の記憶にあるお風呂と見比べて感動した。バズガイン侯爵家ですら、この様な立派なお風呂は無かった。

 直ぐにキハラ様は、椅子に座り洗面器で風呂桶のお湯を掬い取り、タオルを使って石鹸を泡立てて見せてくれた。


「使い方はこうです。同じようにして使って下さい」


 私は頷くと、キハラ様の真似をして体と髪を洗った。前世の記憶も有ったので、恙なく済ませる事が出来た。お湯が少なくなった風呂桶を見て、浸かりたいと思ったが、キハラ様にはその考えは無い様で、退出を促されてしまった。後ろ髪を引かれる思いで脱衣所に戻ると、メイドが、新しいタオルを用意してくれていて、私達は感謝して使ったのだった。

 濡れた髪は、待っていてくれたメイドが、風魔法で優しく乾かしてくれた。


 かなり長い時間を風呂に費やしてしまった私達は、すっきりした面持ちで、外で待つ別のメイドに連れられて、先程とは違う部屋へ案内された。そこは、大広間と成っており、テーブルには既に、ダスガン様とガイエス様と4人の騎士の方が着席していた。メイドに勧められて私達も席に着くとガイエス様が執事に目で合図を送る。

 すると、メイド達が一人一人に食事の提供を始めた。


「お食事のご用意をさせていただきました。ごゆるりとお楽しみ下さい」


 執事の言葉に、私は静かに一例を返す。目上の方にこちらから言葉を掛けるのは失礼にあたる。


「突然の事で大したことも出来なくてすまない」

「とんでもありません、ご相伴に預かります」

「いただきます」


 ガイエス様の言葉に、皆一応にお礼を言って食べ始めた。


「ご厚意、ありがたくいただきます」


 私も、一言添えてから食事に手を付けた。船の中で朝食を食べてから、いままで食事を取る暇もなく走り回っていたのだ、お昼時はとうに過ぎており、お腹も空いていた。

 お風呂で体を綺麗に出来てから、暖かな食事を食べるのは本当に嬉しい贅沢だった。

 よく見ると、ダスガン様もガイエス様も衣服が変わっているので、体を拭いてすっきりとしているみたいだ。

 私達は、ガイエス様の邸宅でしばらくの間、のんびりとした時間を堪能し、再び護送車へ乗り、本日の最終目的地の教会へと向かったのだった。

 


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