船内での打ち上げ ダスガン
夜も更けてきて、エリン殿が船を漕ぎだしたので、船室へ連れて行き、キハラが寝ているのを確認して戻って来た。
「どうだった?」
「疲れているみたいですね。ベットに入ったらすぐに寝てしまいました」
「そうか」
私達は、追加で頼んだジェズガ焼きを摘まみながら、酒を飲む。
「エリン様、全面否定でしたね。やっぱり、エリン様では無いんじゃないですか?」
自分の席に戻ったキハラが言った。ガイエスにも迷いはある様で、眉間に皺を寄せて酒を飲んでいる。
「今回、ウイスタル国からのエリン殿の国外追放の依頼が来た時、私は反対だった」
「え!ダスガン様は反対派だったんですか?」
「考えてもみろ、国母に成ろうと言う上位貴族女性が、国の宝とも言える稀代の聖女様を、恋敵だからというだけで暗殺未遂を犯した。それがバレて、極刑を免れる為の措置としての他国への国外追放だ。なんでそんな犯罪者を我が国が受け入れるリスクを取る必要がある?国の上層部は一体何を考えているって思ったね」
「それは、そうなんですけど・・・。私は人の本質を、まだ見極められませんが、ですがね!私はエリン様好きです。大好きです。とても暗殺未遂をするような方には見えないんです」
キハラが私のコップに酒を注ぎながら合いの手を入れてくれる。その言葉に私は無意識に頷いていた。
「私が、エリン殿の護送に立候補したのは、エリン殿を見極めてみようと思ったからだ。もし、どうしようもない悪女だった場合は、引き取りを拒否するつもりだった。それで処罰を受ける事に成ったとしてもな」
「え!!す・・・凄い覚悟だったんですね」
「ウイスタル国に到着して、周りから聞こえて来るエリン殿の話は、愚か者の一言だった。連れて帰る気には到底なれないと思っていた。だが、実際に現れたエリン殿の姿は酷く痛ましく、そこに居た誰よりも毅然としていて・・・全てを諦めている様に感じた。」
「ですね!私も後ろで聞いているだけしか出来ないなりに、腹が立っていました。大の大人が寄ってたかって、あそこにいる中で一番幼い少女を捕まえて・・・・なのに、私にはエリン様が一番大人に見えました!」
悪酔いして来たのか、キハラが泣きだした。
「それなのに、それなのにですよ!エリン様は、ウイスタル国を出た船内で一人泣いてたんです!!もう!私は可哀そうで、可哀そうで、だけど、掛ける言葉も思い浮かばなくて、何も出来ませんでした」
「・・・そうか」
珍しくガイエスが呟いた。
「15歳の少女が、全てを諦めた目をして、何一つ言い訳もせず判決をと言った時、この子は本物だと思ったね。あの時私は、エリン殿を我が国に連れ帰ろうと決心したよ。だが、その後の馬鹿馬鹿しい騒ぎもうんざりだった。」
「そうですよね!私達を呼びつけて置いて、国外追放を免れる方法があるですって!しかも、暗殺未遂をした相手の侍女って!あり得ないですよね!?あれって、冤罪だから言える提案だと私は睨みましたよ!」
カランとガイエスのグラスから氷の音がした。顔を覗き見ると今にも誰かを殺しそうな怒りの表情をしている。キハラの言葉に深く同意しているようだった。
「ですが・・・あの聖女様の聖魔法は圧巻でしたぁ。あんな凄い聖魔法を私は見た事が有りません。しかも魔力が具現化するなんて、今世紀最大の聖女様なのかも知れませんね。性格は最悪でしたが、あの能力では、誰も太刀打ち出来ないですよ。・・・エリン様が可哀そうです」
キハラは泣いたり怒ったり忙しい。その横で少し遠い目に成ったガイエスが小さな声で呟いた。
「あの聖魔法は、本当に聖女が行ったのだろうか?」
「どういう意味だ?」
少し迷ったような素振りを見せるとガイエスが続けた。
「あの金粉の光が杖から出る前に、エリンが光って見えた気がしたんだ。見えなかったか?」
ガイエスの言葉に、私達は顔を見合わせた。
「いや、元々魔法は目に見えるものでは無いし。聖女様の杖から発せられた金粉の様な光が見えたこと自体凄い力だったと思う。だが、私に見えたのはそれだけだ。エリン殿が光ったりなどはしていない」
「私も、エリン様が光ってるのは見たことないです」
ガイエスが私達をじっと見た後、グラスを持つ自分の手元を見る。
「そうか。・・・私がエリンを助けて黒酸弾を受けた時、聖魔法で治療をしつつ意識が飛びかけていた。傷は確実に内臓まで溶かしていたと思う」
「そ・・・そんなに酷かったんですか!?」
キハラの言葉に、ガイエスが頷いた。
「はっきり言って助からないと思っていた。だが、今戦線を離脱するわけには行かない、後数分だけでも戦えるようにと必死に聖魔法で応急処置を行った。しかし、私の聖魔法は傷は癒せても、無くなった部位を再生する程の力は無い」
「ガイエスの聖魔法は、どちらかと言うと、戦いに特化しているもんな」
「はい。痛みと苦しさに、次第に意識が朦朧として来た時、突然何かに包まれた気がしました。痛みと苦しさがどんどん薄れて行き、体の内側から力が湧いてくるような・・・」
「あ、そう言えば、怪我が治った時、と言っても私は擦り傷くらいの物でしたが、なんだか、溜まっていた疲れが取れたような、晴れやかな気分になりました。関係ないかな?」
首を傾げ乍らガイエスの言葉にキハラが賛同した。私にはよく分からない感覚だったが。
「意識がはっきりして来て、目を開けた時にも、私にはエリンが光って見えたんだ」
ん?それって・・・。
「直ぐに、光は消えてしまったが、確かに光って見えたと思う」
「光って見えた事は無いですが、エリン様って私達よりも頭一つ分くらい小さいから、私を見上げる儚げな姿を見ると、物凄く保護意欲を刺激されます!」
「うむ」
酔っぱらいのガイエスは、いつになく饒舌だった。さもありなん。今回倒したジェズガは、今世紀最大級の大きさだった。あの大きさのジェズガを見た事も倒した者も居ないだろう。私だって疲れと興奮が体にまだ残っている。
しかし、これは・・・・。
「だから、どんな事が有ってもジェズガは倒すと誓ったんだ。たとえ刺し違えたとしても、皆を守ると!」
「そうだったんですね!サポート出来て光栄です!あの時、ジェズガを倒す事しか考えていなかった自分が情けないです!」
おやおや?話がなんだか少し違う方向へ行っていないか?
「なのに、本当に守られたのは俺の方じゃないかって・・・」
「そんな事は有りません!ガイエス様の聖剣で無ければ、あの巨大なジェズガを一刀両断に出来ませんでした!最高にカッコ良かったです!!また一つ伝説を作ってしまいましたね!」
キハラは戦闘中を思い出して興奮している様だが、ガイエスは、自分がいつもとは違う事を言っているのに気が付いていない。
私には、ガイエスがエリン殿をとても気にかけている。その表れに感じた。
この聖人様は、侯爵家の3男として生まれたので、爵位を継ぐことは出来ない。だが、強力な聖魔法を持って生まれた為、沢山の家から婿養子をと望まれた。だが、沢山のご令嬢と何度お見合いをしても頑として頷かなかった。しかも、王女殿下に望まれた時すら、どうしても結婚しなければいけないなら、この国を出るとまで言って、周りを困らせた朴念仁だ。恋心すらも神に捧げた聖人様と言われている。その聖人様が、初めて気に成った女性が、選りに選って・・・・。
「皆が居なければ倒せなかった。私一人の武勲ではないよ」
「それにしても、あのジェズガ大きかったですよね。あれって、やっぱりあの聖女様が生まれたせいなんですかね?」
二人が私をじっと見て来る。
「どうだろうな?まあ、伝説的な話だから、一概には言えないが、魔物が活性化すると、強力な力を持った聖女様が現れると言われているからな」
「あそこまでの強力な聖女様は我が国にはいませんが、強力な聖人様は居ますからね。やっぱり、これからの魔物退治は、かなり大変に成って来そうですね」
「ただの伝説である事を祈りたいね。そうでなくても、伝説級の魔物はあちらこちらにいるんだからな」
「ですよね」
キハラが眠たそうなしぐさを始めたので、そろそろお開きにするかと言っている側で
「・・・光って見えたと思うんだがな」
ガイエスが、小さな声で呟いていた。