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アドニスからの提案

 ミムラスが連行されてゆく様を薄れゆく意識の中で眺めていたグルナードは、握りしめてくれる掌の温かさに安堵と、同時に仄暗い優越を感じながら目を閉じた。

 痛みと出血は酷いが、昔取った杵柄で何となく致命傷ではない気がしていた。

 長年の不摂生が祟ったのか、英雄とも称された自分が王太子ごときに遅れをとったことはショックであったが、それよりもシスルが自分を選んでくれたことの方が重要だった。


(あの王太子も、もう終わりだな……これで俺達の仲を切り裂く邪魔者は永久にいなくなったんだ)


 病院へ運ばれたグルナードは傍らに心配そうに自分を見つめるシスルを見て、内心でほくそ笑む。

 戦争では人を多く殺せば殺すほど英雄と呼ばれるが、平時の時に人を殺せば犯罪だ。

 それは未遂であっても重い罪であり、王族といえども例外はない。

 ましてやミムラスがグルナードを刺した現場は王都であり、沢山の野次馬達に目撃されたため有耶無耶にすることができず、婚約破棄騒動の件もあってミムラスは貴族牢に収監された。

 そしてミムラスの一方的な偏愛を目撃した人々から事の次第は具に王都中に広がり、やはりシスルは冤罪をかけられた被害者で、今度は逆恨みで英雄さえも手に掛けようとしたのだと、王家を糾弾する声が日に日に大きくなっていったのだった。


 王都が不穏な空気に包まれる中、グルナードは屋敷でシスルに甲斐甲斐しく世話をやかれていた。

 グルナードの予想通りミムラスに刺された傷は致命傷ではなかったが重傷には変わりなく、立ち上がるにも歩くにも彼女の助けが必要になってしまっていた。


「お薬、ちゃんと飲んでくださいね」


 そう愛する妻に厳命されてしまえばグルナードは逆らう余地がない。


「わかっている」


 渋々と言った体で了承し「あ~ん」と口を開ければ「仕方ないですね」と、笑ってシスルがスプーンで薬を流し込んでくれる。

 不自由さは感じても、そんな甘い生活に満足していたグルナードだったが、次第に疲労の色が見え始めたシスルに気付いて慌て始めた。


 本当は今のまま、ずっと二人きりで過ごしていきたいのが本音だが、それでは怪我をしてから今まで以上にグルナードを献身的に介護してくれるシスルへの負担が大きすぎる。

 そこで渋々ながらもグルナードは新しく使用人を雇う決断をした。

 グルナードの怪我は王太子の横恋慕の末の凶行とされ、王家から謝罪と十分な賠償金をもらうことが出来たブラックサレナ家は、数名の使用人を雇う余裕がうまれていたことも、決断を後押しした理由であった。

 グルナードがそのことをシスルに伝えようとした時、不意に来客を告げるベルが鳴る。

 来訪したのはシスルの父親であるクローバー男爵であった。


 アドニスと名乗ったシスルの父親は、グルナードに男爵家での療養を提案してきた。

 クローバー家の方が使用人もおりグルナードもシスルも快適に過ごせるだろうという話に、グルナードは渡りに船とばかりに頷いた。


 賠償金を貰ったとはいえ、資金は多いに越したことはない。それにシスルとの間に子が出来れば養育費もばかにならないと打算的な考えが浮かぶ。

 怪我をして身体が思うように動かなくなってからそういう行為はしていなかったが、そろそろ再開してもいいだろうと思っていたこともあり、グルナードはアドニスの提案を嬉々として受け入れた。


「妻の実家の世話になるなど心苦しくは思いますが、こんな身体になってしまいましたので……」


 グルナードが腹部の怪我を引き合いに出し殊勝な態度をとれば、アドニスが焦ったように眉尻を下げる。


「それは王太子殿下の凶行から娘を庇ってくださったせいではありませんか。本当はすぐにでも我が屋敷で療養して頂きたかったのですが、生憎商談で国外にいたため、お迎えするのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした。私は昔から肝心な時にいつも大切な人の傍にいない、不甲斐ない父親なんです」


 最後の言葉だけ怒りを滲ませるように吐き出し深々と頭を下げたアドニスに、グルナードは首を傾げたが、いつも傍にいないということが先の婚約破棄騒動のことだと当たりをつけると、苦いものが口内に広がった。


 貴族牢へ収監されたミムラスとシスルは二度と会うことはないだろうが、王太子より先に自分がシスルと出会えていたらと何度思ったかしれない。

 だが新興の男爵令嬢と、夜会へ参加しない20歳も年上のグルナードが出会う確立など無いに等しく、ましてや結婚などあり得ない。

 そう考えるとあの婚約破棄騒動も運命としか言いようがないが、王太子の一方的な思い込みだとしても自分より先にシスルが違う男と恋仲の噂があったことが悔しかった。


「俺は、これから先何があってもシスルの傍にいます。絶対に」


 シスルの手をとったグルナードは宣言する。

 家事と看護で少し荒れたシスルの手を愛しそうに握りしめると、恥ずかしそうにはにかむ妻の様子に、義父の前だというのに劣情が込み上げてきてしまう。


「その言葉を伺って安心いたしました」


 アドニスの返事に我に返って気を静めようとするが、グルナードはつい熱を持った瞳でシスルを見つめてしまっていた。

 そんな娘婿にアドニスは複雑な笑顔を見せつつも、すぐに転居の手配を始め、夕刻近くになってから三人はクローバー男爵家へ向けて出発することとなった。


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