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婚約破棄の顛末

 人々の案じた通り、帰国した国王はミムラスの提示した証拠を全て握り潰し、夜会へ出席していた貴族達へ箝口令を敷くと、直ちにアネモネを貴族牢から解放し宰相へ謝罪した。

 アネモネはミムラスから拒絶されたことで精神が不安定になっていたが、今まで通り婚約を履行すると約束されたことで落ち着きを取り戻し、慰謝料変わりとして王宮へ自由に出入りする権利を与えられた。


 一時はミムラスの王太子廃嫡も囁かれたが他に王子もおらず、他界した王妃にそっくりなミムラスを溺愛していた国王は、一連の婚約破棄騒動の原因をシスルに擦り付けることにする。

 即ち『夜会でのミムラスの行動は、王太子妃になりたいシスルに唆されて起こした』ということにしたのだ。


 だが学園で王太子と親しくしていたというだけで、夜会にエスコートをされたわけでもなく、婚約破棄の場面でも一言も発せず、ミムラスに言われるままに傍で佇んでいただけのシスルを、重い罪に問うことは国王といえども難しかった。


 それにシスルの父親であるクローバー男爵アドニスは魔法的に資金を増やすことが上手く、その手腕を王家のために発揮してもらうため男爵に陞爵したのが僅か数年前のことなのだ。

 クロッカス侯爵家からの援助額ほどではないが、クローバー男爵家からの納税と賄賂もまた戦争バブルが弾けて疲弊した国の財政を担う貴重な収入源となっているのは事実で、それゆえ娘であるシスルを重罪にし、アドニスの怒りを買うのは得策とは言えなかった。


 それよりもシスルに罪を着せ、それを内々で減刑してやったと恩を着せ、男爵から謝礼をたっぷりふんだくる方がいい。

 国王と宰相がそう悪知恵を働かせた結果『シスルは婚約破棄騒動を主導した悪女であるが、まだうら若き乙女で未来もある令嬢を断罪するのは忍びない故に、他の男と結婚して王太子との接点を断ち切れば今回のことは不問に処す』ということが決まった。


 そんなシスルの結婚相手に選ばれたのは15年前に蛮族と呼ばれた隣国との戦争で鬼神のごとき活躍を見せ、平民ながら騎士爵の位を賜ったグルナード・ブラックサレナ元将軍であった。

 戦争終結後まもなく軍を退役したグルナードは現在38歳。18歳であるシスルとは20歳も年齢が離れていたが、グルナードの妻は数年前に他界しており現在独身、子供もいない。

 更に騎士爵になったものの戦争が終結し15年経った現在は、軍人恩給手当も少額となっており生活は困窮し、給金が払えず使用人さえも逃げ出したという有様であるという。


 だが隣国との戦争を勝利に導いた英雄の称号を持つグルナードの人気は根強く、彼の元へ嫁げばシスルも二度とミムラスとアネモネの仲を邪魔したりはしないだろう、と国王から説明を受けたアドニスは娘が王家と侯爵家を騒がせたことを大層恐縮し、英雄との結婚という望外の温情までとってくれたことに深く感謝した。

 後日多額の謝礼金を王家とクロッカス侯爵家に収めたアドニスに、国王と宰相はほくそ笑んだのだったが、一方でいきなり結婚を命じられたグルナードは荒れていた。


「王太子殿下を誑かし、次期王太子妃と宰相であるクロッカス侯爵に目の敵にされている令嬢との婚姻なんて、とんだ貧乏くじを引かされたものだ」


 結婚理由が理由なだけに結婚式は挙げず、貴族の屋敷と呼ぶにはあまりに貧相な家にやってきたシスルに、グルナードは開口一番そう告げると、スタスタと物置部屋として使用していた個室へ歩いてゆく。

 かつては使用人の部屋だったのだろう、古い寝台はあるが埃を被って至るところに蜘蛛の巣が張ってある部屋へシスルを押し込むと、冷たく言い放った。


「この家に置いてやるだけ有難いと思うんだな。嫌なら出て行ってもらって一向に構わない」


 妻となった早々に夫からこんな言葉を言われれば泣いて逃げ出すだろうと思ったグルナードの意に反し、シスルは満面の笑みを浮かべると元気よく返事をする。


「はい。ありがとうございます! 私はグルナード将軍の妻となれて嬉しいですわ」


 思いもよらない返事と若い娘に将軍と呼ばれたことで、グルナードは意表を突かれるが、すぐにまた軽蔑の表情を浮かべた。


「は? 王太子へ愛を囁いていたその舌の根も乾かぬうちに、よくもそんなことが言えるもんだ。噂に違わぬ尻軽ぶりだな」


 貴族令嬢が言われれば相当な屈辱である物言いに、今度こそ泣き出すかと思われたシスルだったが、グルナードの言葉に慌てたように弁明を始める。


「それは、皆様誤解なさっているのです。男爵令嬢如きである私が王太子殿下を無下にすることなどできませんのに……ですが信じてください! 私はずっと英雄であるグルナード将軍の妻になることが夢だったのです!」

「20歳も年上の俺の妻になるのが夢? それが真実なら光栄だな。では、その言葉が真実かどうか、これからのお前の言動で判断するとしよう。どうせ王命に背くことはできないのだからな」


 嫌味と侮辱を込めて返事をしたグルナードに、シスルはニコニコと微笑むとぎゅっと拳を胸の前で握った。


「承知しました。私、絶対に将軍を振り向かせてみせますね!」

「はっ、精々足掻いてみることだな」


 可愛らしいシスルの言動は確かに庇護欲をそそる仕草ではあったが、グルナードは振り払うように踵を返す。

 だが部屋から立ち去ろうとするグルナードへシスルが驚いたような声をあげた。


「ご一緒に寝るのではないのですか?」


 あまりにも不思議そうに訊ねるシスルに、立ち止まったグルナードは不機嫌も顕に振り返ると、呆れたように溜息を吐く。


「こんな薄汚い小部屋で俺が寝るわけないだろう。それに就寝中に寝首を掻かれたら堪らんからな。俺は自室で恋人と過ごさせてもらう」

「グルナード将軍には恋人がいらっしゃるのですか?」


 さすがに目を丸くするシスルに、グルナードは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。


「そうだが、何だ? ずっと妻になりたかった将軍に恋人がいて幻滅したか?」

「いいえ。奥様が他界されて数年も経つのですもの。ですが今日は初夜ですし……」

「どうせお前も初めてじゃないんだろ? 王太子を篭絡した手練手管を堪能したい気もするが、俺は生憎子供の身体じゃ欲情しないんでね」


 シスルはあまり豊満とはいえない華奢な身体をしている。

 それが余計に庇護欲を誘うのだが、生憎グルナードの好みは出るところが出ている大人な女性であった。


「……子供の身体では欲情、しませんか……」


 そう呟いたシスルの瑠璃色の瞳が一瞬だけ氷のような冷たさを纏ったような気もしたが、すぐに眉を八の字にへにゃりと下げた。


「では、仕方がありませんね」


 笑顔ではあるが、しょんぼりとしたようにそう言ってペコリと頭を下げたシスルは幼気な小動物のようで、グルナードはほんの少しだけ罪悪感のようなものを覚えて背を向ける。

 自室に戻り出迎えてくれた恋人を抱いている最中も、モヤモヤした気分が晴れることはなく、これも全てあんな女と結婚させられたせいだと見当違いの怒りを抱いたのだった。


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