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moon light

 お母様とお父様にも事情があるのはよく知っているけど、今回の相手はいくら何でもひどいと思った。


 「で、アヤサさんはおいくつで?」


 少し気取ったレストランに押し込められた私の目の前でいるのは40前の脂ぎったおっさん。


 ・・・お母様・・・いくらなんでもこれはつらいですわ・・・・。


 


 私はアヤサ・リズロ・ライラック。


 5年前、今の屋敷に連れてかえられるまで、私はおじいさまと一緒に山賊をしていた。今は貴族の娘さんらしい。


 人を斬ったり、人からものを奪ったりするのがいいことじゃないっていうのはもう知っているけれど、あのころは良かったな、って最近よく思うようになった。


 今いるライラックの家に不満がある訳じゃないのだけれど、きっと私は貴族じゃないのだと思うから。


 でも、だったら私って何なんだろう?


 


 「アヤサさんは本当にきれいですよね・・・」


 おっさんのだみ声で、現実に戻る・・・。もどるんじゃなかった・・・。見たくないおっさんの不細工な顔。


 「ありがとうございます。お世辞がお上手で・・・」


 一応、レディの声で対応。


 まったく、初めて会った10以上離れた小娘にきれいだって。これでロリコンだったらまだ救いがあるのだけれど、私の家が目的のお見合いだからこそでるこの台詞だって考えると、本気で同情したくなってくる。


 なんでも、うちの家は私が生まれる前は没落寸前のだめ貴族だったのだけれど、お母様とお父様が結婚してからふたりの手腕で一気に勢力をとりもどしたらしくて、今では結構有力貴族。


 群がるように私に求婚してくるのもそのせい。私自身のことが目当てで来てくれる人いるなら、少しはうれしいのだけれどね。どうせ、私ぺちゃぱいですし。


 お母様たちは私が断るのをわかっているのだけれど、一応向こうのメンツもたててそのたびにお見合いになる。もちろん全部断るからライラックの娘は難攻不落ってレッテルまではられちゃった。


 淑女になるための勉強。良妻賢母になるための修行。経済学に帝王学。社交界に経済界。今の家に連れてこられてから奪われた全てのものに対してお母様が与えてくれたたった一つの権利をこんなところで無駄に使う気はないから。


 でもね、本当にこれでいいのか、本当に私の場所がどこかにあるのか・・・。なんだかよくわからないの。


 


 目の前のおっさんは何を話していいのかわからなくて困ってるらしい。隣で見学してらっしゃるお母様なんか、必死に笑いをこらえている。


 「えっと・・すいません・・。女の方とこういう風にお話する機会が今までなくて・・」


 そういえば、このおっさん、これでも無一文から商売初めて、今では経済界で名前売ってる人だっていってたな。ずっとずっと一人でがんばって、ただ、ずっと仕事だけして・・・。


 ・・・そこにこの人の居場所は有ったのだろうか?私の居場所は、もしかしたら、そこに有るのだろうか・・?


 「少し外に出て風にでも当たりながらお話いたしませんか?」


 なんとなく、優しく言葉をかけてしまった・・。 


 


 レストランの結構立派な庭。月にかすかにかかった雲が、私を照らす光をより優しくしてくれる。風に揺れる照葉樹の木の葉で反射したかすかな明かりが、私の髪と一緒に舞う。


 そっと、月明かりで星の見えぬ空を見上げた私の、ドレスの裾が風に踊る・・・。


 「きれいな月ですわね。本当に・・」


 誰にというわけでもなく、そっと言葉が唇から漏れる。


 「ええ・・。こうやって月を見るのは子供の頃以来ですけど・・本当にきれいです・・」


 背中から中年が声をかけてくるけれど気にならない。


 「ずっと、仕事ばかりの生活でしたので」


 苦笑いをしつつ、そう続けてから、中年は私の横にそっと立ち、月を見上げたまま黙ってしまった。


 ・・・やだな。遠目にみたらいい雰囲気のカップルみたいじゃない。


 人にどう見られてもかまわないのだけれど、やっぱ、こういうのは好きな人とじゃないとつまんない。一緒に夜空を眺める相手がいる訳じゃないのも確かなのだけれどね。


 好きな人はいたけれど、失恋したばっかりだし。大体、こっちにきて初めて気兼ねなく話できる相手が、好きな人の彼女だなんて反則だ。


 あの人なら、と思ったのに。


 お母様とお父様がたった一つだけ許してくれた、今の家を出る時の条件・・・。


 


 「私はね。アヤサさん」


 中年が気にさわらない程度の大きさの声で口を開く。まるで月が私に話しかけているかに聞こえるほど、優しくゆっくりとした声で。


 「お恥ずかしい話なんですが、この年まで女性を好きになったことがないのですよ・・・」


 ・・・見合い相手にする話じゃないでしょうに。


 「ずっと、生きることだけに必死で。さみしい、なんて思ったこともなかった」


 さみしい・・か。


 「気がついて周りを見渡せば、なりあがりの私を妬む人と、媚びを売る人間しかいない」


 「・・・そんなものですわ。こっちの世界なんて。」


 だって、それは私も同じ。うん・・・・たぶん全く同じ・・・。


 「やめてしまえばいかがですの?あなたは自分でこの道をお選びになられたのでしょ?」


 「レンと呼んでください」


 また苦笑しつつ中年が言う。そういえば、名前なんか完全に忘れていたな。


 「今更、ここでリタイアするつもりはありませんので」


 目だけで中年を少しみてみる。私と同じように月を見つめるその横顔は、さみしそうでいて、でも、強い。


 「それにきっと、今の私が、一番私らしい私ですから。」


 強くなれるのがうらやましい。一人ぼっちで居ても笑っていられるのがうらやましい。


 私は、どこにいけばそうなれるの?


 「それでしたら、一生おひとりでがんばられるしかありませんわね。」


 癖で出ちゃう皮肉。いつからこんな話し方がくせになっちゃったのだろう。私はただ、負けない様にしていただけのに。


 レンはまた苦笑い。なんだか子供だって馬鹿にされている様な気がしてきた。


 「私は、アヤサさんと一緒にがんばることができればと思ってしまったのですけれどね」


 「お世辞はよろしいですわ。ほしいのは家だと素直におっしゃってもよろしいですのよ?」


 まったく、我ながらいやな小娘だと思う。


 「はじめは、そのつもりだったのですけどね」


 「はじめも何も、まだお会いしたばかりですわよ?」


 「私は、あなたが思ってらっしゃるよりアヤサさんの事をしっていますよ。」


 「どういう意味ですの?」


 返事を返さずに今度は私をからかう様な笑い方をする。


 「でも・・・、やめておきますよ。私が連れていける場所は、きっとあなたの望む所ではありませんから・・・」


 ・・・どうして、突然私の知りたがっている答えを言うの?


 急に胸が苦しくなる。夜空を見上げる。


 無意識に、スカートの上から隠した剣の感覚を確認する。リズ爺が私のために造ってくれた剣の感触が、気を落ち着かせてくれる。


 そう、私は貴族じゃないけれど、今は貴族で居ないといけない。


 「何の事をおっしゃっているのか、よくわかりませんわ。」


 物腰柔らかに、貴族の女性らしく。


 レンはただ優しく笑っているだけ。・・・・こんなのずるい。


 「本当に、あなたはこっちの世界に向かない人ですね。」


 「・・好きでやってる訳じゃありませんもの」


 「ほら。ね?」


 


 その後、しばらく二人で黙って月を見ていた。


 レンはいいやつだと少し思えたけど、やっぱり好きにはなれそうにない。


 でも、戻る前に一つだけレンのお願いを聞いてあげた。


 「この年になって初めての恋の思い出に、踊ってみせてほしい」


 って。


 


 月明かりの下で。


 風をパートナーに。


 木々のざわめきを音楽にして。


 水面に映る私は幻。ここにいる私も幻。


 心の歌うままに・・・・。


 生きるもの全てのために。


 私の一番、大好きな歌を・・・。


  

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