旅立ちの日
クティさんを居間に案内すると、いつの間にか起きて着替えまで済ませていた母ちゃんが、台所からお茶をおぼんに乗せて運んできた。
このお茶っ葉は、うちにある中で一番高いやつだ。
それに、このおぼんも湯飲みも、普段は使わずに、大切にしまってあるやつだ。
「クティさん、どうぞ」
「ありがとう。あまりお気遣いなく……」
家族全員にお茶が行き渡り、母ちゃんが父ちゃんの隣に座ると、早速、父ちゃんがクティさんに向かって頭を下げた。
「クティさん。改めて、今回の依頼を聞いてくれて、ありがとう。これからどうか、うちの息子を鍛えてやってくれ」
「いえいえ、私はクッソカさんの作った武具には助けてもらっていますから。その恩返しです。
それに、こんなにかわいい弟子を持つことは、私にとっても幸福です」
……かわいい!?
父ちゃんと母ちゃんは、自慢の息子が褒められたみたいに喜んでいるけれど、男の僕としては「かわいい」と褒められたことには複雑な気持ちだ。
これから強い冒険者にならなきゃいけないのだから、せめて「つよい」とか「かっこいい」とか、そういう風に褒められたいんだけど……
でも、まだ強くも格好良くもない僕には、かわいいという言葉が似合うのかもしれない。
そんなことを思っている間に、両親とクティさんの会話はトントン拍子で進んでいった。
話を聞く限り、クティさんは昔、駆け出しの頃に父ちゃんから、格安で武器や防具を買っていたらしい。
父ちゃんの言い分は「うちの宣伝にもなるから」ってことだけど、クティさんによると「それは照れ隠し」らしい。
なにせ、父ちゃんの作る武器はオーダーメイドがほとんどだけど、市販品に刻まれているようなロゴも銘も刻まれていないから。
クティさんが、どれだけ父ちゃんの武器で活躍しても、それで父ちゃんの客が増えるわけじゃないらしい。
そこに関しては、ぼくもクティさんの意見に賛成だ。
だってそうじゃなきゃ、ちゃんとした良いものを作っているはずの武器屋が、こんなに暇なわけがないはずだから。
「それじゃあ、うちの息子をよろしく頼む」
「任された。立派な冒険者に育ててみせます」
最後にそう言って互いに頭を下げ合って、お話はどうやらこれで終わりになるみたい。
それから、残った時間で折角の高級茶を味わって飲み干して、クティさんがゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ、そろそろ出発こうか。準備は出来ているか?」
その言葉を聞いて、僕はこくりと頷いた。
昨日父ちゃんから受け取ったバッグを肩にかけ、軽くパンパンと叩いて位置を整える。
「もちろん。準備は万端だよ」