客人来る
父ちゃんと母ちゃんと抱きしめ合って。
兄ちゃんと、久しぶりに長い時間話をして。
あっという間に気がついたら、僕の誕生日は過ぎ去っていた。
次の日。
まだ日も昇らないような朝。
どんよりと曇った空のせいで、外は更に薄暗い。
そんな時間に、その人は現れた。
コンコンコン……コンコンコン……
玄関の方から、扉を叩く音がする。
誰だろう。鍛冶屋のお客さんだろうか。
あいにくと、父ちゃんと母ちゃんはまだ眠っているようだ。
昨日、夜遅くまでお酒を飲んでいたみたいだから、仕方がないのかもしれない。
兄さんは、多分もう家を出て、学校にいるのだろう。
今日は、授業で鉱石を探しに行くと言っていたから。
つまり、僕が対応をしないといけないみたいだね。
別に初めてのことではないけれど、毎回少し緊張をする。
大人を相手に堂々としている兄ちゃんは、やっぱりすごいなあ。
そんな兄ちゃんの様子を見習うようにして、背筋を伸ばして玄関へと向かう。
「はい、どちらさまでしょうか?」
ドアを開けると、ヌッと伸びる人影があった。
突然、目の前に壁が現れたかと思って、つい後ろに飛び退いてしまった。
冷静に観察すると、それは壁でもなく、単に背の高い女の人だった。
確かに僕は同年代で背が低い方だけど、そんなことは関係なく、この人は……大きい。
がっしりしていると言うよりは、すらっとしている。
だけど、ヒョロヒョロしているわけではなく、しっかりと筋肉はついている。
ただの町娘……という感じではない。ということはきっと、この人も冒険者なのだろう。
「うちのお客さんですか……? あいにく両親はまだ、休んでおりますが……」
僕がそう問いかけると、彼女は腰をかがめて僕に目線を合わせようとして、目を細めて口角を上げ、優しく微笑んだ。
「いいえ、私はお客さんではないわ。私はクティ。あなたはワイくんね? 私はあなたを迎えに来たのよ」
「僕を、迎えに……?」
「そうよ。ワイくんは、お父さんから聞いていないかしら?」
「……?」
「あら、困ったわね……」
確かに昨日、僕は「冒険者になる」と言ったけど、それはこれからじっくり時間をかけて、冒険を始めるんだと思っていた。
少なくとも父ちゃんも母ちゃんも、今後のことについてはまだ話していない。
どういうことだろう……
首をかしげていると、両親の寝室の方から、慌ただしく支度をするような音が聞こえて、寝癖を付けたままの父ちゃんが現れた。
父ちゃんは、玄関の前で対峙している僕とクティさんを見て、一瞬青ざめた表情をして、すぐに僕じゃなく、クティさんの方へと駆け寄った。
「クティ、よく来てくれた。出来ればもう少し遅刻して欲しかったが……」
「何言ってるんですか。私は注文通り、日の出の直後に来ましたよ」
「それは、そうなんだが……」
「それよりも、どういうことですか! 私のことを、ワイくんに話していないんですか!?」
「それは……深い深い、理由があってだな……」
そう言って、少し気まずそうに頭をかく父ちゃんの、昨日の様子を思い出す。
父ちゃんは、僕の成人を心から祝ってくれて、お酒も結構飲んで酔っ払っていた。
もしかして、父ちゃんの言う「深い理由」って、まさかそのことじゃないと思うけど……
とにかくクティさんは、父ちゃんが僕のために呼んでくれたひとで間違いないらしい。