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最初の一歩

 突然だけど、僕の家族は、すごく優しい、いい人達だ。


 父ちゃんと母ちゃんは、お金持ちではないのに僕を学校に行かせてくれた。

 僕が欲しいといった物は、買ってくれたり作ってくれたりしてくれた。

 兄さんは、僕が困っていたらいつも見守ってくれた。手を差し伸べてくれもした。

 僕は今の暮らしに不満を感じたことはない。多分僕は、この世で一番幸せなんだと思う。

 そんな僕の自慢の三人が、晩餐の席で僕に視線を向けている。


 手を合わせて食事に感謝する前に、父ちゃんがおもむろに口を開いた。

「ワイー、明日でお前も15歳(せいじん)を迎える。それでは、お前の結論(かんがえ)を、聞かせてもらおうか」

「そんな、あなた……ワイちゃんに厳しすぎませんか!? もう少し、ゆっくり考える時間を……」

「馬鹿ッ! 俺だってなぁ……つらいんだよ! だけど、これがワイーのためなんだっ!」


 僕は父と母(このふたり)のことを、心から尊敬している。

 けれど、僕に対して過保護なところだけは、どうにかして欲しいと、思う。

 心の中でため息をつきながら、兄さんに目を向けると、呆れた様子で耳を傾けようともせずに、黙ってナイフとフォークを動かしていた。


 兄さんの名前は、コイー。

 コイー兄さんは僕よりも成績優秀で、運動も出来て、しかも優しい、僕の自慢の兄さんだ。

 兄さんは昔、僕に「俺はいつか冒険者になって世界中を飛び回る」と言っていた。

 僕はそんな兄さんに憧れたりしたんだけれど……だけど兄さんは、優しすぎたんだと思う。


 それは、今日の僕と同じように、兄さんが15歳の誕生日を迎えた日のことだった。

 冒険者になりたいと願っていたはずの兄さんは、両親の想いをくみ取って、家業の鍛冶屋を継ぐ決心をした。

 兄さんが「俺は世界一の鍛冶師になる」と言ったとき、僕は……

 素直に、褒めることが出来なかった。


 その日から兄さんは、僕と目を合わせなくなった。


 それから兄さんは、毎日毎日父ちゃんから鍛冶の技を習って、鍛冶の勉強もして。

 忙しくて、それどころじゃなかったんだろうけれど、きっとそれだけじゃないと思う。

 きっと兄さんは、夢を諦めなくてもいい僕のことが、恨めしいんだと、思う。


「僕は……」


 年甲斐もなくじゃれ合っている父ちゃんと母ちゃんは、僕が口を開くと急に黙り込んだ。

 静まりかえった家族三人の視線が、僕に刺さる。

 僕は、僕が考えていた結論を……つまり、僕もこの家の仕事を継いで、兄さんの手助けをするという言葉を、口から吐き出そうと息を吸う。

 その瞬間に、兄さんと父ちゃんが目配せをして、兄さんが僕に「待った」と声をかけた。


「ワイー、その前にコイーから、お前に話があるそうだ」

 父ちゃんはそう言った。

 兄さんの方に視線を向けると、兄さんは気まずそうに視線を背けながら、机の下から何かを取り出した。

「ワイー、お前にこれを、渡しておきたかったんだ……」


 兄さんが取り出したのは、冒険者達が身につけている、マジックバッグだった。

 商店に飾られているような綺麗な物ではない。だけどどこか、安心感のあるような。

 そこらの安物よりも質が良いことが、鍛冶屋の息子である僕には分かった。


「兄さん……これは?」

 バッグを受け取りながら聞くと、兄さんはやっぱり、気まずそうに目をそらした。

 そんな兄さんの代わりに、父ちゃんが口を開く。

「そのバッグは、お前の兄さん……コイーが丹精込めて作った物だ」

「そうよ。コイーちゃんが、素材集めから空間属性付与(エンチャント)まで、全部やったのよ!」

「ほんと!? すごい……でも、どうして?」


 てっきり兄さんは、僕が冒険者になることを反対するんだと思っていた。

 なのに、冒険者道具の代表でもあるようなマジックバッグを渡されて、正直僕は困惑していた。


 父ちゃんと母ちゃんは兄さんの背中をトントンと叩き、兄さんは震える口調で話し出した。

「お……俺は、お前には、冒険者になって欲しいと思ってる。俺に叶えられなかった夢を……託したいと……」

 それだけ言うと、兄さんは部屋の奥へと走り去っていった。

 僕の手元に、兄さんのマジックバッグだけが残される。


「ワイー、聞いてくれ。コイーはな、家業を継ぐと決めたその日から、お前専属の鍛冶師になると決めていたんだ」

「そうよ。あの子ったら恥ずかしいのか、ワイーちゃんに隠れて、ワイーちゃんのための冒険道具を作っていたのよ」

バッグ()の中には、あいつが作ったり、あいつが小遣いで買った道具が詰まっている」

「でも、選ぶのはワイーちゃんよ。ただ、あなたが気持ちを声に出す前に……ワイーちゃんは、私たちに遠慮なんてする必要はない。そのことを伝えておきたかったの」


 バッグの中身を確認すると、短剣や魔法の杖や、他にも冒険に必要な物が全部そろっている。

 これだけそろえるのは、大人でも大変だと思う。

 それを、兄さんは僕が15歳になるまでの時間で用意してくれていた。

 こんなの……こんなの、ずるいじゃないか。

 こんなことをされたら、今更ここに残るとは言いづらいじゃないか!


「父ちゃん、母ちゃん。僕、決めたよ……」

 決意を込めて、目を開く。

 二人の優しい瞳。柱の陰から僕を見守る兄さんの息づかい。

「僕、冒険者になる!」

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