第2話
アルガスと主従契約を結んで三日。私達は入学準備に追われていた。
ここ数日はぐらかされていたが、そろそろ決めなければいけない。
私は必要な教科書のリストから目を外し、部屋で教科書を移動させているアルガスに声をかける。
「ねぇ、やっぱり私と一緒に学校行かなくても……」
「無理です。私はあなたの従者なので」
言い切る前に断られた。このやりとりはもう三日、つまりアルガスが従者になった時から続いている。どちらも一方にゆずる気配を見せないので私は少し、いやかなり疲れていた。
だがここで引く私ではない。
「ちょっと考えてみてよ、平民に従者がついているのっておかしいでしょ。それに悪魔の高位種って絶対目立つじゃん!」
「目立つことの何が悪いんですか」
「目立ちたがりの貴族に嫉妬されて虐められるの!」
これ、常識だよ。私は [平民は必読!貴族はここが怖い] という累計百万部も突破した大ベストセラー本を読んだことがある。
私が顔を青ざめて震えていると、アルガスが目に影を落として細める。ひぃ。
「心配しなくてもいいですよ。あなたに危害を加える者は私が対処しますから」
やさしい声色とは裏腹に目には殺意が宿っている。たっ対処って絶対命が危ないよね!? 私の従者はとても凶暴なようだ。
私はあの日選択を間違えてしまったと後悔するばかりだ。額を抑えてため息と共に声を絞り出した。
「主従契約するんじゃなかった」
「……主従契約?」
契約させた本人が何を言ってるのだろう。だが次に彼の口から出たのは衝撃の事実だった
「私がしたのは主従契約ではなく使い魔契約ですよ」
「ふぇ?」
「自分の魔力を確認してみてください」
言われるがまま、大きく息を吸い体に循環する魔力に集中する。使い魔契約なら結んだ相手と魔力が共有されるのですぐにわかるはず。
「……あっ」
「それが私の魔力ですよ」
確かに馴染んだ私の魔力とは別にあった。馴染みすぎてたから気づかなかった。
「めっちゃ馴染んでるし使いやすいね」
試しに手の上に氷を出しても、すぐに出たしいつもよりスムーズな気がする。
「当たり前でしょう。……ニ度目ですし」
最後の呟きは小さすぎて聞き取れなかった。そういえば肝心の問題が解決していない。
「もう主従契約でも使い魔契約でもいいから学校ついてこないでよっ」
「そんなあなたに残念なお知らせです。つい先ほど申請書の使い魔の欄に丸をつけてしまいました」
「やられたっ!?」
私はその場に崩れ落ちた。悔しいのでアルガスの側に寄ってぽこすか叩いても苦笑いされるだけだ。いや違う、微笑ましい目で見られた。高位種にはこの程度の攻撃は効かないのか。
こいつとあってから今みたいに悪魔だと再確認する機会は度々あった。なかでも酷かったのは両親に対してだ。
※ ※ ※
アルガスと使い魔契約をした直後だった。
コンコンコン
ドアをノックする音が聞こえる。両親が帰ってきてしまった。
体が硬直してしまう。もし可愛い我が子の隣に知らない男がいたら両親は悲鳴をあげるに決まっている。考え得る最悪の未来を想像して思わず体が震えた。
私はとっさにアルガスの服の裾を握り引っ張る。
「やばいよ!速く隠れ……」
「ただいま〜」
手遅れだった。
やはり両親は私達を見て固まる。言い訳しようと口を開くがアルガスの方が速かった。
「お邪魔してます」
両親はアルガスに目を合わせたかと思うと顔色が変わった。
私の心は余計なことをするな! という気持ちでいっぱい。だが、
「あらアルガス、フェリアは大丈夫だったかしら」
「2人に何かあっては大変だからな」
期待がいい意味で裏切られた。ニ人の口調は明らかに自分の子供を心配する親そのもの。
脳内は大混乱していたが、アルガスが両親と視線を合わせてからおかしくなったので、もしやと思った。悪魔が使える魔法、洗脳を使ったのではないか。でも普通そんなやばい魔法使わないよね。
少し期待を込めてアルガスを見上げると目を逸らされた。
ん?
その後笑顔で問い詰めたら、確かに使っていて私の遠い親戚を預かっている設定らしい。
流石に両親を洗脳されてキレた私は1時間無視した。アルガスによれば両親に負担は無いし生活にも支障は出ないらしい。ケーキ美味しかったな。
※ ※ ※
「まだ根に持ってるんです?」
「そうだよ。ケーキひとつで私の恨みは消えないからね」
拗ねてそっぽを向いてるとこいつは深くため息をついた。
「いつか解きますよ」
「いつかっていつなの? それに悪魔に寿命はないから待ってたらそれこそ私たちが死ぬでしょ!」
「あぁ、人間の寿命は短かったですね。かわいそうに」
「うざいっ!」
私の声が部屋中に響いた。このときの私は怒っていたから気づかなかった。
寿命の話をしているアルガスが顔に憂いを灯していたことに。
読んでくださりありがとうございます。