第20話
遅れてしまいました。
これからはなるべく週一投稿します。
「ふぅ……」
隣に座っている人を起こさないよう、首だけをゆっくり動かした。体が固定されて動けないので顔は見えないが、すやすやと規則正しい音を立てていた。
魔力を共有していなければ、姫は倒れていただろう。まだ万全ではないのに、全盛期の力を使うからだ。
「どうして無茶ばかりするんですか」
呆れとも心配とも言えない気持ちが広がる。本気で怒れるわけがない。こうやって、また助けられたのだから。
回復したと言っても、汚れまで落とせる訳ではない。彼女の服は白い分、赤が目立っている。
「とりあえず、姫とソーニャを同じ部屋に送りますか」
一人呟き、指を慣らした。すると金色の粉が二人を包んだ。光が消える頃には、肩の重みから解放された。
立ち上がり、未だ寝転んでいる狼の元向かう。早く手伝って欲しいが動く気配が無い。
痺れを切らして声をかける。
「おい……」
「まーた守られちゃった……」
「っ!」
その声色は切なげだった。あの頃みたいに。
私が動揺していることに気づいた様子もなく、棒立ちしているのを不思議そうに眺めてきた。
「ん。アルガスどうしたの?」
「あ、あぁ、ここの地形を戻してくれるか」
「えーぇ……」
嫌がるのも無理はない。
大地は草花と共に抉られ、倒木しか見当たらない惨状は誰も治したいと思わないだろう。
魔法には使える者と使えない者がいる属性魔法と、会得すれば誰でも使える魔法がある。今回使うのは復元魔法だが、こんなに莫大な地形だと労力も魔力も桁違いに必要になる。
つまり、面倒なのだ。
「こんなとこ誰も見に来ないって!」
余程やりたくないのか声を張り上げた。その姿は駄々っ子のそれだ。
こんな所誰も来ないとは思うが、来てしまう可能性がある。地獄のような惨状は直ぐに国全体に広まり、騒ぎになるだろう。それこそ、復元魔法よりも面倒だ。
これを言っても、こいつの頭で理解できるか分からない。適当に乗せておくか。
「あー、姫は自然が好きなんだが」
「!」
「しょうがない。私が直して、姫に報告を……」
「ぼくがやるぅ!」
先程までが嘘のようにやる気を出して、目を輝かせた。どうせ姫に褒められると思っているのだろう。扱いやすいからいいが、ここまでだと心配になってくる。
お願いすると、凄まじい勢いで削られた大地が戻っていく。……どこにそんな体力が残っているのだろう。
修復は任せるとして……
「これか……」
足元に散らばっているカケラを摘み、太陽の光にかざした。その光を受け、紅く輝いている。氷のはずなのに溶ける様子は無いが、ひんやりとした感触が手袋越しに伝わる。
もう一度視線を足元に落とすと、紅くないカケラが視界に入る。何かが、閉じ込められていた。
割れ物を扱うように、慎重に持ち上げる。この形は……
「懐中時計……?」
秒針は止まっていた。まるで時ごと閉じ込められたようだ。金色に輝いてることから、かなり高価なものだと分かる。
注意してよく観察すると、見覚えのある模様が彫られていることに気づいた。
手が震える。この模様を見間違うはずが無い。この忌々しいデザインを。忘れるはずが無い。
「三百年前の、王家の紋章が彫られているとは……」
なぜだ。なぜ今ここにある? もしかして、過去からやってきたのか……。ならこいつは、
『時の使者!』
「っレア!?」
いつの間にか背後に立っていた。もう地形を直してしまったのか……。
「なんで、ここに時の使者がいるの?」
「分かるのか!?」
「バカにしないでよぉ!」
頬を膨らまして怒っているらしいが、今はそれどころでは無い。何でレアは時の使者とわかったのだ……
「におい? うーん、狼だから分かるのかもね。それにあんなに強いと時の使者しかいないよ」
「なるほど……」
人狼は嗅覚、聴覚と五感が発達しているものが多い。だからだろう。
もう一つ謎がある。なぜ、王家の紋章入りの懐中時計を持っているのか。
「あの男ならやりかねないが」
「うーん?」
思考を過去の事柄と透かし合わせて巡らせるが、それしかない気がする。思考の沼に入りかけた瞬間、
ぞわり
背後に悪寒を覚えた。
「っアルガス!!!」
「ふむ、あと二体なら……やるか」
二人の視線の先には黒フードの人型が二人。
ここで逃せば、姫に必ず危害が加わる。それに、
姫なら過去を、未来を変えられるかもしれない。
そんなひとかけらにも満たない希望を胸に、目の前の脅威を睨むのだった。




