第18話
「ふふふ、お前の命もここまでだアルガスッ!」
「ほぅ。やれるものならどうぞ」
緑の芝生が広がる草原。辺りには花と共に蝶が舞っていた。温かな午後の昼下がり、そんな平和な雰囲気に似合わない者がいた。
一人の少女は輝く銀髪をなびかせ目の前の男を睨んでいた。それに対し男は挑発的な態度をとっている。
少女が動き出す。
口を開き何かを呟いたかと思うと、体の輪郭がぶれて次の瞬間にはその場から消えていた。
男はその光景に焦ること無く、目を閉じて神経を研ぎ澄ませていた。
『スノーストーム』
その途端、激しい吹雪が男を襲う。吹雪は草や花を凍らせながら向かう。凍った地面は太陽の光に反射し煌めいていた。少女はここから離れた木の上からこちらを見下ろしていた。
この男も呑まれてしまう……。
「今の姫ではこの程度ですか……そうですね、では『消えろ』」
男の言葉が発されたと同時に、先程まで確かにあった吹雪は跡形もなく消えていた。男は魔力が消えたのを確認すると、木の上に向かって呼びかけた。
「姫、大人しく私よりは弱いと認めてくださ……」
「降りれない〜!!!」
顔を下に向けると、アルガスたちが豆粒のように小さくなっていた。風で木の先がゆらゆらと揺れる。い、意識すると怖くなってきた……。
涙目で木にしがみつきながら、助けを求めて叫ぶ。
「う〜! だれかぁ……」
「何してるんですか……」
「ひめ!? 今ぼくが助けるから!」
音を置き去りにした。レアの姿が消えた後に声が聞こえる。速すぎて見えないんだけど!? 今どこに……?
「ひーめっ!」
「ふえっ!?」
突然目の前にレアが現れた。思わず木から手を離しそうになった。冷や汗が止まらない。死ぬかと思った……。
「どうやって来たの?」
「? 木を登ってだよ」
首を傾げられたが、そんな訳あるかと叫びたい。音速以上の速さで木を登るなんて人間ではない。……そういえば獣人だった。
一人思考を巡らせていると、レアの背中に乗せられた。え? どうしたの……?
「ぎゅっとしててね、ひめ」
「ぎゅ?」
「いくよー! 舌を噛むからお口とじてね!」
「え、なになに……。キャーーーーッ!?」
レアは私がしがみつくのを確認すると、足を蹴って前に飛んだ。そのまま垂直に滝のように落ちていく。も、もう無理!
目をぎゅっと瞑って祈る。死なないで死なないで……。
「ちゃくちっ!」
「ふ……助かったぁ……!」
華麗に地面に降り立った。生きてるよ私!!
「あ、ありがとうレア」
「ふふん! そーでしょ、ぼくはひめの役に立つの!」
胸を叩いてドヤ顔する。感謝の気持ちを込めて、足を伸ばして撫でてあげた。余程嬉しいのか尻尾を揺り動かす。かわいい。
まださっきの浮遊感が抜けない。ふらふらする。
危ない足取りでうろついてると、誰かに手を引かれる。
「危ないですよ、姫。転んだらどうするんですか」
「大丈夫だよアルガス。ここ芝生だし」
「そういう意味ではなくてですね……」
まずいぞ。お説教モードに入ることを予測した私はソーニャの後ろに隠れる。逃げるが勝ちなのだ。
「それにしても二人の魔法すごかったねー」
あれのことか。思い出すと嫉妬のような自分への怒りのようなものが湧いてきた。
「アルガスは何で、“消えろ“って言っただけで私の魔法を打ち消せたの……」
少し不貞腐れて俯き顔を隠す。今まで私より強い人なんていなかったもん。
そっぽを向けていると、目の前でアルガスがしゃがんだ。
「姫の魔法が私の魔法よりも弱かったからです。 本気で打たないと殺せませんよ」
「本気だよ……」
「本当ですか?」
アルガスの質問に押し黙る。本気でないと気づいたのはアルガスだけだ。でもそれを言うわけには聞かない。そう決めたから。
「何故本当の力を見せてないのが何故なのかは気になりますが、そもそも不老不死なので殺せませんね」
「えっ!? 不老不死なの!」
「悪魔ってふつー不老不死じゃないー?」
「確かに!」
ソーニャの言う通りだ。何で今まで気づかなかったんだろう。立ち上がると、私の隣に立った。
「レアは不老ですが、それでも千年は生きますよ」
「せんねん……」
桁が大きすぎる。レアの動きを見ても、そんなに年があるとは思えない。ほら、今も手を振ったらすぐにこっちへ駆けてきた。
「レアって何歳なの?」
「うーん? なんさいってなぁに?」
その表情は嘘をついているようには見えなかった。この調子なら寿命なんて無さそうだけど。
「何歳はね、生まれてから何年経ったかってことだよー」
「なるほど! ……でもぼく数えてない」
「あー……それならしょうがないかー」
ソーニャの健闘も虚しく、何年生きたか分からなかった。まぁ何百年も生きてるなら覚えて無いよね。
不老不死っていいものなのかな。
「アルガスは不老不死で良かったと思ってる?」
「っ! そうですね……」
驚いた顔を浮かべた後、貼り付けた様な笑顔を作った。
「姫にまた会えたので、良かったと思いますよ」
嘘つき。それが本心ならこんなにも苦しげで、深い後悔をした顔をするはずがない。
何か声をかけなくてはと、使命感のようなものに襲われて口を開こうとした。
「あるっ……」
「まぁ、こうして姫の命を奪おうとする者から守れますし」
「っ!?」
殺意が肌に突き刺さる。視線の先には黒いフードを被った男が佇んでいた。いつの間に……。
恐怖で足がすくんで動けない。殺意を受けると自分で蓋をした何かを思い出してしまいそうで。
「レア、姫たちを守れ」
「わかった」
いつになくその表情は真剣だった。こんなに焦る二人を見たことがない。二人が恐れるほどの人物って一体……?
すぐそばに忍び寄る死。それは記憶を呼び起こす。
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