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第17話

 「はぁ、はぁ……」



 息が苦しい。足は鉛が付いているように重く、ここから一歩も動けない。ドクドクと心臓の音が壊れるくらいに聞こえる。



 「もう疲れたんですか」


 「まだ山頂まで結構あるよー」


 「そう……なの……はぁっ」



 前を歩く二人とはかなりの距離がある。私のために遅く歩いてくれているがそれでも追いつけない。いつもは暖かい日差しをくれる太陽も、ギラギラと熱して苛立ちを覚える。



 私達はレステリア学園の裏山に来ていた。


 山と言っても高さは百メートルほどで、普通は三十分程で登れる。急斜面がなくて、なだらかので登りやすいはずだった。なのに……。



 ことの発端は今日の朝。ソルセルリーということで、今日からの授業は自由学習となった。とは言っても先生に魔法を教えてもらうこともできる。


 大会のペアはもちろんソーニャと組んだ。そこで私が身体強化を使えるようになりたいから練習に付き合ってほしいと頼んだのだ。二人とも身体強化ができるので、教えて貰おうと思っていた。


 この選択を間違えた。


 呪文詠唱やコツを教えてくれると思っていた。だけど連れてこられたのは裏山。ん?


 考える暇もなく二人が山へ走りだしたので、思わず追いかけた。

 それからかれこれ三十分。足を止めずに動かし続けている。


 おかしい。こんな事になると知ってたら絶対に頼まなかった。肺に残っていた空気を振り絞って叫ぶ。



 「何でっ! 身体強化の魔法を学ぶために体力つけなきゃいけないの!意味なくない?」


 「意味あります。そもそも身体魔法は、自身の体力を無理矢理引き上げるから負荷が掛かるんです。その負荷の分、体力をつけないと……」


 「つけないと……?」



 アルガスは顔に影を落とし、少し下を向く。こ、怖いよ……。つけないとどうなるのっ!?


 青ざめる私を一瞥した後、明るい声で囁く。



 「体がぶっ壊れます」


 「ぶっこわっ!?」


 「だいじょーぶ! 壊れたら戻すだけだしー」


 「うぅっ……」



 やばいよ! 頭のネジが外れてる。身の回りの人が全員サイコパスだった。


 まだ死にたくない私は駆け足で二人を追い抜く。



 「さぁ、早く進もう! シニタクナイ……」


 「死にはしませんよ。……腕とか足が腐るだけですし」


 「うーん? 腐ってるならー、切り落とさないと新しく生やせないよー?」


 「聞こえなーい聞こえなーい」



 何にも聞こえないなぁ! 私は耳を塞ぎながら、未だ疑問符を浮かべる二人を置いて駆け出した。




















 


※ ※ ※

 「し、しぬぅ……」


 「体力無さすぎません?」


 「疲労は治せないねー」



 顔を林檎のようにして、息を荒々しく吐いている私とは正反対に、二人は少しも息を乱すこと無く山頂に着いた。


 何で……そんなに……疲れてないの……。


 山頂は開けていて、周りが木々に囲まれていた。三十分のハイキングの予定だったが、一時間の登山になってしまった。


 太陽は真上に登っていた。もうお昼かぁ。時間を気にしたら、急にお腹が減ってきた。ちらっと二人に視線を流す。アルガスは懐中時計をポケットから取り出した。



 「もうお昼にしますか」


 「いいのっ!」


 「ピクニックだねー」


 「今すぐ準備するねっ!」



 肩にかけていた鞄を下ろして、木陰に敷物を敷く。

 鞄はマジックバックという収納スペースが見た目の何倍もあるもの。入れた荷物は軽量化されコンパクトになる。


 敷物の上にお弁当と水筒を取り出した。朝早くから起きて作った私のお手製だ。もちろん全員分ある。



 「準備出来たよー!」



 呼び掛けたらすぐに集まってくれた。私が作ったお弁当に驚くがいい!



 「ふふふ、どうぞ蓋を開けてください!」


 「変なものとか入ってないでしょうね」


 「し、失礼なっ!」



 そんなこと言うなら食べなくて良いんだよ。軽く睨むと疑わしげに見られた。変なもの入ってないから!



 「アルガスさん、フェリアは料理はー上手だからー」


 「なら大丈夫ですね」


 「料理はって何!? いいよっ! どうせ体力はゴミレベルだよーだ」


 「そこまで言ってませんが……」



 ぬぬぬ、二人して酷い。はいはいそうです。どうせ私は料理と魔法しか能が無いです。


 

 「これを差し上げますから、機嫌直してください」



 そっぽを向いて拗ねていたら、飴を差し出してきた。ふん! こんな飴如きで機嫌が直るとでも……



 「いちご味ですよ」


 「わぁ! ありがとーアルガス!」



 いちご味の飴って美味しいよねー。見た目も可愛いし。目を輝かせながら鞄にしまった。偉い私はご飯の前におやつを食べない。


 ……あれ、何か忘れてるような……?


 首を傾げていると、ソーニャが可哀想な子を見る目でこちらを見る。何でっ!?



 「……食べていーいー?」


 「もちろんだよ、ソーニャ!」



 ソーニャは恐る恐る蓋を開ける。……爆発物でも扱ってるのかな。



 「わぁー!」

 「ひーめっ!」

 「ぐえっ……」



 幾つもの声が交差した。


 お、お腹が苦しい。息が……。


 ソーニャは蓋を持ったまま固まっていた。後ろに何が……。



 「ひめはご飯食べるの?」


 「レアっ!」



 首を無理矢理後ろに動かすと、視界に灰色の髪がチラついた。何でレアがここに……? というか苦しいんだけど!



 「レア、姫を潰さないでください。息ができなくなってます」


 「ふぇ! アルガス!」


 「む! ごめーん、ひめ!」



 いつに間にかアルガスが背後に回っていた。そのままレアを引き剥がしてくれた。息がしやすい。私の目の前にはソーニャが蓋を持ったまま固ま……! そうだ紹介してなかった!



 「ソーニャ! この子はレア。私の使い魔だよ」


 「この女の子ソーニャちゃんっていうの? よろしくねぇ!」


 「……よろしくー。フェリアはすごいねー」


 「んん? ありがとう?」


 

 顔色が良く無いように見える。体調が悪いのかな? 


 首を傾げていると、レアが私の隣に座った。ぬぬぬ?



 「ぼくも一緒に食べていーい?」


 「もちろん! たくさん食べて」



 レアはお弁当に手を伸ばした。中にはサンドイッチがぎっしりと詰め込んである。それを覗いてアルガスが呟いた。



 「まともそうですね」


 「だからそう言ってるじゃん!」


 「おいしーね、ひめ!」


 「ありがとう。レア!」



 もぐもぐと幸せそうにサンドイッチを頬張るレアは大層かわいい。しっぽもゆらゆらご機嫌に揺れている。


 ソーニャ達もサンドイッチに手を伸ばしてくれた。



 「きちんと作れているでしょ!」


 「サンドイッチって失敗しようがない……」


 「アルガスうるさい!」



 さっきから何なのこいつ! 私は料理が上手なの。これでも家では毎日作ってたからね。このことを知ってるソーニャなら分かっててくれるはず。


 期待を胸に抱いて、サンドイッチを咀嚼しているソーニャと視線を合わせる。ニコッと微笑んでくれた。



 「フェリアはやっぱり料理が上手だねー」


 「ソーニャっ!」


 「このお肉のやつおいしーよー」


 「そうでしょ! 一番こだわってたの」



 ここは私の秘伝レシピを教えてあげようではないか。



 「このお肉は照り焼きチキンでね、お肉はそこら辺にいる紫色でツノの生やした兎肉を使ってるの。あとは、庭に生えていた葉っぱで挟むだけ!」


 『ん”っ』



 何故かソーニャとアルガスが喉に詰まらせた。もう、おいしいからって早く食べようとするからだよ。


 水筒の水でなんとか流し込むと、ソーニャはこちらを向いた。



 「……この葉っぱレタスじゃないのー?」


 「庭に生えてたやつ」


 「雑草ですよね……しかもこれ魔獣の肉……」



 アルガスの呟きは小さすぎて聞き取れなかった。

 そんな青ざめた顔ををしないで、レアのようにおいしく食べたら良いのに。


 そういえば、レアはどうやってここに来たんだろう?



 「レアはどうやってここに来たの?」


 「む? えーとね、こっきょう? を一周した後に、ひめの匂いがしたから会いたくなってきたの」


 「……え」



 こっきょうって国境だよね。……レステリア国は一周一万キロあったはず。聞き間違いかな?



 「一周だけでは足りませんよ。姫を守るなら三周はしなければ」


 「はーい! 明日は三週するね」


 「朝の九時には終わって私達のところに来てください」


 「うん。六時に起きれば間に合うね」



 この人たちは何を言ってるんだろう。私がおかしいのかと思い、ソーニャの方を向く。彼女の目はどこか遠くを写している。

 私がおかしい訳ではないらしい。



 「……ソーニャ、私走るの頑張るね」


 「一緒にがんばろー……」



 たかが山如きで疲れているようではこの子たちの主人には向いてない。そんなことを思いながら、今日からまず一キロは走ろうと決意するのだった。

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