第16話
「アルガスぅ!」
「……レアか」
レステリア学園の西に高くそびえ立つ古い塔の上。夜の帳は既に落ち、空には無数の星が瞬いていた。
二人の使い魔は、主人もまだ起きていない時間にそこにいた。
しばらくそのままでいたが、なかなかレアが立ち去らないのに痺れをきらし、後ろを振り向く。
夜目は効く方だ。レアの表情が冴えてないのは気のせいではないと思う。
心当たりは一つある。
「姫のことか?」
「!」
肩を揺らす気配がした。
不本意とは言え、長年の付き合いだ。これくらいは分かる。
口にすべきか躊躇っているようだったが、やっとのことで重い口を開く。
「ひめは、僕たちのこと覚えてないの……」
「はぁ、そんな情けない顔をするな」
レアは残念なところはあるが感は鋭い。もう気づいているだろうが、信じたくないのだろう。
そんな顔、姫の前でしたら心配されるぞ。そんな言葉を飲み込んだ。
「……記憶は戻られていない。が、たまに何かを思い出したような行動を取ることかある」
「む! 思い出すかもしれない……」
たまに思い出してるかもしれない。これがどんなに辛いことか。もしかしてと期待させおいて裏切るなんて、ひどい人だ。
レアも思い出すかもしれないからと喜ぶことはなかった。
「僕たちのことを思い出すってことは、あのことも覚えてるってことだよね……」
「その通りだが……」
だから私達は頭を悩ます。悩んで悩んで悩んで、姫と三人で救われる道を探している。
「どうしようアルガスぅ~。姫には僕たちのことを思い出してほしいけどほしくないよぉ~」
「っ。……離れろ」
涙目で泣きつかれる。こいつの腕力は骨が折れるほど強い。本人に自覚がないから私も肋骨を三本折られたことがある。
無理やり引き剥がすと、レアはしょんぼりして耳をぺたんと横に倒した。
私達にはどうしようもないと分かっている。だから、姫が過去を知りたいと言うなら、その気持ちに答えようではないか。だが、そのときに上手く笑える自信がない。
暗い考えを振り払い、ソルセルリーのことを思い出す。
「ソルセルリーでは、氷露の首飾りが賞品になるらしい」
「それって本当なのっ!?」
先程とは正反対に耳としっぽをぴんと立てた。興奮するレアをなだめながら、心を落ち着かせる。
「そこで、だ。何としても取り戻さなければいけない。あの首飾りがあれば姫が記憶を取り戻すかも……」
「それにぃ、アルガスが初めて姫に誕生日プレゼントとして渡したものだもんね」
「そっそれは……」
ニヤニヤとこちらを見る視線が居たたまれない。
私としても初めて異性にあげた贈り物だったから、渡すときにひどく緊張したのを濃く覚えている。
黒歴史のようなものだから、触れないでほしかった。
だが、そんな気持ちを打ち消すほど喜んでくれた。魔力を練って作ったもので時間がかかったけれど、花が咲いたように笑う顔を見たら苦労なんか忘れた。
あのときから私は姫のことを……
「……おーい。 アルガスー帰ってこーい」
「……何だ」
「う……。ひめとの思い出に浸るのも良いけど、どうやって取り返すか考えよー!」
「それもそうだな」
提案に頷いて、情報を共有する。
「昨晩城に行ったところ、首飾りが本物だと確認できた。過去の記録から、偽物の賞品が渡される可能性は低い」
「……うーん?」
「つまり、ソルセルリーで優勝すればいい」
「なるほどぉ!」
ようやく理解できたらしく、うんうんと頷いている。ここまで噛み砕かないと分からないのか。
呆れに似たため息を吐くと、再び向き直った。
「ハイドシークのルールは分かるか?」
「もちろんっ!」
元気よく手を挙げた。流石にバかにしすぎだったか。
「ひめ以外を全員倒せば良いんだよね!」
「……もうそれでいい」
「はーいっ!」
前言撤回。信じた私が悪かった。まぁ、考えた作戦としてはそれでいいが。
「私が姫を護衛するから、レアは人数を減らせ」
「りょーかいっ! 二対二のやつはどうすればいい?」
「姫はソーニャと組むから、私達が主な攻撃役でソーニャは後方支援と回復だな」
「はいっ! 峰打ちで済ませます!」
「峰打ちって分かるか?」
「……殺しませんっ!」
「……ならいい……のか?」
峰打ちをレアに教えなければ。死者が出てしまう。やらなくてはならないことが一つ増えてしまった。
そんな私の苦悩なんてお構い無しに、張り切った声を上げた。
「よーしっ! ひめのためにがんばるぞ!!!」
「そうだな」
私達は頭脳に大きな違いがあっても、根本的な思いは同じだ。
姫を幸せにしたい。ただそれだけ。
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