第14話
反省文を書かせれた日から既に一週間が経とうとしていた。入学式には満開だった桃色の花もすでに散って、青々と葉を巡らせていた。
生徒たちが穏やかな朝を過ごしているところに、一人唸っている女の子がいる。
苦痛に耐えているのか、ペンを持つ手は細かく震えていた。
「痛いよぉ〜助けて……」
涙目で友達の女の子を見つめても、首を振られてしまう。
「アルガス……」
アルガスは苦しそうに顔を歪めるが、隣のソーニャに睨まれると、表情を隠して目を逸らされた。
「レア……はまだ寝てる」
どうしよう。この痛みに耐えれるわけがない。涙目で訴えても助けてくれない。うぅ、ひどい。どうして……。
「なんで腱鞘炎になるの……」
「自業自得だよねー」
「うっ」
私フェリアがこの苦痛に耐えているのには理由がある。
反省文を書かされたあの日、原稿用紙百枚書き終わるまで休まずにペンを走らせていた。書いている時は腕中が痛かったが、文字をたくさん書いてるからだろうと疑問には思わなかった。
終わった後の違和感。その時に気づけばよかった。
次の日には腕全体が痛く、ペンを持つことすらままならない。すぐにお医者さんに診てもらったところ、腱鞘炎と診断された。
「でも、回復魔法で治してくれてもいいじゃん」
「先生の話を聞いていましたか。反省文を書かされる程のことをやったんですよ。主犯の罰と言っていたではありませんか」
アルガスの言う通り、私の他にも腱鞘炎になってしまった人もいたが、私たちの魔法を傍観してただけなので直してもらっていた。
「別にアルガスさんがノート書いてくれるし困らなくないー?」
「じゃぁ変わってよ!」
直して欲しい理由は痛いだけでない。ただでさえ高位種の悪魔というだけで目立っているのに、高位種にノートを書かせている事でより注目が集まっている。授業中に刺さる視線が痛い。
どうしてこうなった……。
「まー、今日直す予定なんだけどねー」
「えっ」
「ほらー」
ソーニャは私の右腕を軽く撫でて呪文を呟く。すると暖かい光が包み、痛みと共に消えた。
腕を上げ下げしても、振り回しても痛みが感じられない。腕が痛くないことはこんなにも素晴らしいのか。
「ソーニャありがと~」
「どーいたしましてー!」
ソーニャに勢いよく飛びつく。少しよろけたけどしっかり受け止めてくれた。
でも一つ引っ掛かることがある。
「今日直す予定って言ってたよね」
「? そうだよー」
「……」
「どうしたー?」
やっぱりそういうことね。無意識に腕に力を込める。痛いとか叫んでるけどそれどころではない。
肺いっぱいに空気を吸い込んで吐き出す。
「ならさっき直してくれてもよかったじゃん!!」
「フェリアの反応おもしろいからねー」
「ひどい!」
腹いせにぽこすか叩いても、笑われるだけで謝ってくれない。
親友の苦しむ姿を無視できるなんて!
同じ目に遭わせないと私の気が済まない。笑ってられるのも今のうちだ。
ソーニャの手を素早くとって、私の指と絡める。きょとんとされたが構わずに力を込める。
「痛いー、痛いよーフェリアー!」
「ふふふ、止めてほしかったらごめんなさいと言いなさい!」
涙目で訴えられても無視する。人にやられて嫌なことはやらないって習わなかったのかな。
コツは相手の指を縦に揃えて握ること。こうすることで骨同士が軋んで、折れたのかってくらい痛い。握力が無い人でも簡単にできる。
お母さん直伝の技を喰らうがいい。
「低レベルなイタズラですね」
「は!?」
誰の戦いが低学年レベルだと。アルガスの手をとって壊すつもりで握る。ん?
「石……?」
「これで全力ですか」
痛いと顔を歪めると思っていた。予想とは正反対に涼しい顔をしている。なんでなの!
「あぁ、私と手を握りたかったんですか」
「ちーがーう!!!」
自意識過剰なやつめ。手をすぐさま振り払う。
身体強化の魔法を使えるようにならないと。
「そー言えばもーすぐソルセルリーだねー」
強い決意を胸に抱いていると、ふとそんなことを言われた。
そるせるりぃ……ってなに?
「まさーか忘れてないよねー」
「ソンナワケナイヨー」
「ふーんー?」
疑わしげに見られてしまった。何故私が嘘をつくと直ぐにバレるんだろう。これは、私が下手なんじゃなくて周りがすごいだけだに違いない。
ひとりでに頷いていると、二人に呆れ顔をされた。なぜ?
「ソルセルリーと言うと、魔法の大会のことですよね」
「そのーとーりー! つまりね、フェリア……」
たっぷりと間を取る。つまり……?
「魔法がどれだけ得意なのか、大会を開いて学校内で順位を競うんだよー!」
「えっ! そんな大会があるの!?」
目を輝かせてその場で跳び跳ねる。
なんて楽しそうなの!
これで失った成績を取り戻せるし、身体強化の魔法を練習できる!
ソルセルリーに対して胸を高鳴らせる。
だから、アルガスの呟きなんて耳に入らなかった。
「ソルセルリー、懐かしいですね。姫がそれを創られたんでしたっけ」
その瞳はここに無いどこか遠くを写していた。
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