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第13話

今回はいつもより長めです。

 「フェリアどーしたのー?」



 机に顔を伏せ唸っている私を、心配そうな顔をして覗き込んできた。心なしか周りの視線が痛い。


 私は顔を上げることなく唸るように声を出した。



 「アルガスに倫理観を教えてよ……」


 「どうしたのー?」



 困惑しているのか困ったような表情を浮かべた。ソーニャ、君だけが頼りなんだよ。

 未だオロオロしているソーニャに顔を上げて向き合う。わらに縋る思いで訴える。



 「このままじゃ私の平穏な生活が危ないんだよ!」


 「?」


 「賊に襲われたり、共犯者として捕まるかも……」


 「どーしたどしたー?」



 私が血迷ったのかと思ったのか、体を乗り出して頬を引っ張られた。い、いふぁいよ。



 「なーにか変な夢でも見たー?」


 「ゆ、ゆめじゃないひ、わはしほゆめのほおがよかった……いふぁい、いふぁいから!」



 手は離してくれたけど、まだジンジンする。頬をさすりながらさっきのことを思い出す。


 私の背丈を超えるほどの金貨の山を。


 あれだけあれば多分豪邸が買えるし、一生遊んでも困らないだろう。何より恐ろしいのは、本人がその価値が分かっていないことだ。悪魔って怖い。


 先程の光景に身震いした後、もう一度ソーニャに頼み込む。



 「お願いだからアルガスに価値観を教えてよぉ」


 「うーん、良いけどー悪魔に理解できるかなー?」



 それが問題なのだ。ついさっき私がソーニャと寮の前で会うと、仕事がありますのでとか言ってその場に消えた。……使い魔は普通仕事より主人を優先すると思うけど。


 アルガスは普通じゃ無いのだ。


 これはやっぱり難しいかもしれない。頭を抱えているとソーニャは鞄から、深緑色の宝石を銀色の枠で囲んだペンダントを取り出して首にかけた。



 「どうしたのそれ?」


 「まぁみててよー」



 ソーニャはペンダントを両手で握り、短く呪文を唱えた。これはまさか……。



 「ぴぴぴっ!」


 「わぁ!」



 思わず感嘆の息を漏らす。現れたのは、緑を基本としたグラデーションの小鳥だった。尾の羽にいくにつれ、色が青みがかっている。


 この子は……。



 「私の使い魔リーだよー」


 「そうなのっ!?」



 リーはソーニャの肩に止まり毛づくろいを始めた。つまりあのペンダントは使い魔召喚をするための魔道具で、召喚を手助けするための物だったのだ。


 キラキラした目でリーとペンダントを交互に見つめる。



 「かわいいねっ! キラキラしてる」


 そう言うと、ソーニャは自慢げに話しだした。心なしかその表情は嬉しげだ。


 「そーでしょー! この子はフェリアが倒れたのと同時に出て来たんだよー。フェリアは私のペンダントみたいな魔道具持ってないのー?」


 「そーいえば無いよ」


 「……流石だねー」



 魔道具で補助してもらうほど魔力は少なくない。私、魔力は多いほうなのだ。歩く魔力爆弾といつの日か言われた。



 しばらくの間使い魔について雑談していると、教室の扉が勢いよく開いた。先生が来たのかな?


 慌てて私達は席についた。


 だけど教室に入って来たのは……



 『王子っ!』



 そう、入って来たのは何を隠そうこの国の王子サマだ。

 胸を張り堂々と歩いて来た。

 そういえば昨日はいなかった気がする。


 どうしてだろうと考えを巡らしていると、急に声をかけられた。



 「おいっそこの平民!」



 平民はこのクラスに二人しかいない。王子の指す指の方向は……



 「私っ!?」


 「そうだ」



 忌々しい者を見るような目で睨みつけてきた。私なんかしたっけ?

 とは言ってもこれが平常運転なので考えても仕方が無い。とりあえず下手にでることにする。



 「王子サマのようなコウキでイダイなお方が私に何かようですか?」


 「どうしたもこうしたもあるかぁっ!!!」



 こっわ。急にキレ出した。やっぱり何かしたっけ。

 心当たりがないのに私の前の方まで距離を詰めて来た。怖いよ!


 震える私を勇気づけ、ソーニャが肩を優しく叩く。

 ソーニャぁ……!



 「頑張ってねー」



 王子には聞こえない声量でそっと耳打ちされた。ひどいっ!


 腹を括るしかない。覚悟を決めて王子に向き合う。早く終われと願いながらギュッと目を瞑った。



 「お前この俺様を氷漬けにしただろう!?」


 「え」



 何がくるかと身構えたが、そんなことだったのか。入学式のことかな。緊張が緩んで息を吐いた。



 「そうですけど?」


 「謝れぇ! お前のせいで半日もあのままだったんだぞ」


 「タイヘンモウシワケゴザイマセン」


 「心をこめろぉ!」



 絶対に嫌だ。王子は私の反応に憤怒して、その場で地団駄を踏んだ。コワァイ。これに謝るくらいなら地面を踏んだ事に対して床に謝る。



 「とにかくっ! これでは俺様の気がすまない。勝負しろっ!」


 「えーーー」



 めんどくさいなぁ。この王子は私に凍らされたことを覚えていないのかな。昨日の今日で私に勝てるほど強くなっているとは思えない。

 他の生徒もそれは理解しているだろう。王子が逆ギレしない程度に宥めている。だけどもその忠告を聞かずに睨んできた。貴族も大変なんだなぁ。



 「ふふん。この俺様が二度も同じ手をくらうと思うなよ!」



 今のままでは勝てないのが分かっているらしい。ならやらなければ良いのに。


 誰か変わってくれないかなと、そんな期待を込めて辺りを見回す。……ソーニャ、目が合ったよね。期待を込めて見つめる。



 「死んでないなら回復できるよー」



 私の親友の言葉に、王子は幾分か顔を悪くした。これじゃぁこっちが悪者みたいじゃないか。


 変わってほしかったが仕方がない。そもそもソーニャは回復しか出来ないので戦えない。



 重い足取りで王子に向き合う。



 「……分かりました。受けて立ちます」


 「そうか、わざと、負けに来てくれたのだな」



 周りは何言ってんだこいつと思っているだろう。だってその目は王子に向ける目では無い。


 一応手を振り下がるよう合図する。無関係な人は巻き込まないからね。ボコされるのは王子だけでいい。


 「いけっお前たち!!」


 「えっ」



 王子の掛け声で出て来たのは、白い騎士服に身を包んだ王子の直属の騎士……だけど子供だ。多分生徒の誰かだろう。平民だから誰かは知らないが、貴族の生徒のあの慌てっぷりはかなり偉い人なのだろう。


 騎士たちは私に剣を向け、一斉に飛び掛かって来た。女子生徒の悲鳴が上がる。五対一って殺す気なのかな。


 だけども。


 そう慌てることはなく私は両手を横に突き出し、爪先を立ててくるんと一周回った。


 カキン。



 「なっ」


 「っぐえっ」



 私の周りには、背丈を超えるほどの分厚い氷が円形に連なっていた。

 私を串刺しにしようとした剣は、周りの氷に阻まれて真っ二つに折れていた。



 「な、なぜだ……」



 王子は折れた剣と気絶した騎士を見比べて拳を握り締めた。噛み締めた唇からは赤い鮮血が滴り落ちている。


 それを一瞥した後、王子に向かって華麗なカーテシーを見せてやる。



 「私を殺すなら、強い騎士さまを百人用意してくださいね。これじゃぁ遊戯にもなりません」



 優雅にいっそう美しく微笑んだ私は毒々しく見えるだろう。心なしか部屋の温度が下がった気がした。


 王子は俯いてボソボソ何かを呟いたかと思うと、右手を上に上げた。人差し指にある指輪が炎のように紅く激しく光る。


 彼の頭上には小さい太陽と言うべきか、半径三メートル程はある燃え盛る火の玉が浮かんでいる。それは魔力を吸収し渦巻いていた。


 こんなの当たったら蒸発する。教室どころか学校全体が燃えて灰になる。


 あまりの恐怖に誰も動けない。私を除いて。



 「消えろぉっ!!!」



 手を振り下ろし勢いよく火の玉が迫って来た。熱気が肌をビリビリと焼く。


 片手を上げて囁く。



 『スノーストーム』



 片手から凄まじい勢いで猛烈な吹雪が吹き荒れた。教室にあるもの全てを凍らせて吹き飛ばす。それの前では何もかもが無力だった。



 「うわっ!?」



 王子は火の玉が消えたと同時に椅子や机を巻き込んで吹き飛ばされた。吹雪は収束したが、凍った家具は戻らない。

 しかしフェリアが片手を下ろすと、氷は溶けて水蒸気が空中に霧散した。


 目の前で繰り広げられた魔法の威力と、王子が吹き飛ばされた事実に動けないでいた。


 王子は誰も助けてくれない事に苛立ったのか癇癪を起こす。


 た、大変だっ! どうすれば……考えるより先に足が動いた。風を切ってかけ寄る。



「だ、大丈夫ですか……」


 「あ、あぁ……」

 


 王子は私に手を伸ばしたけれど、華麗に無視して床に滑り込む。



 「床と椅子!」


 「はぁ!?」



 痛いよね、ごめんねぇ。床と椅子を優しく撫でているとソーニャがなぜか吹き出した。どうしたの!?


 

 「なぜこの俺が平民なんかに……」



 王子サマは床の一点を見つめぶつぶつ何かを呟いている。まるで何かに呪われたのかのよう。


 「フェリアってすごいんだな」


 「このような強い平民もいるとは……」



 貴族が私を見る目にはもう侮蔑は乗っていない。尊敬や期待が感じられた。


 私への賞賛が鳴り止まない。居ても立っても居られなくなり顔が赤くなってしまう。


 先程までの張り詰めた空気が嘘のように、穏やかな空気が流れた。王子以外は。


 そんなのも束の間だった。



 「……何ですかこれは?」


 「! み、ミランダ先生……」



 教室の隅に飛ばされた椅子に、割れた備品やガラス。


 この世の終わりのような惨状を目の当たりにしてしまった。受け入れられないのかメガネを上げて裸眼で確かめる。現実です、先生。



 「誰がやったのでしょうね」



 先生の前では隠し事は通用しない。

 その後憤怒した先生により、生徒全員で一人百枚の反省文を書かされたことで、生徒達の絆は少し深まったのだった。

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